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11-1 三つの試練 その3

11-1 三つの試練 その3


「こりゃまた、ずいぶん殺風景になったもんだな」


三度目ともなると、そこまで驚かないけど。

今回の部屋は、下二つよりさらにだだっ広く、それでいて一切、なんにも物がない。床と壁、そして天井だけだ。殺風景すぎて、部屋にいるという感じがしないな。ただの空間に閉じ込められたみたいだ。

ここまで上ってくるだけでも相当の体力を消費した俺は、部屋の入り口に突っ立ったまま、ぐるりと目線だけを動かした。


「ふぅ……今回の試練も謎解きかな。だとしたら、またどこかに文字が刻まれてるはずだけど」


「この広さの中から探すとなると、骨が折れそうですね……」


まったくだな。ぼやいてもしょうがないから、地道に(しらみ)潰すしかないだろうけど。ハハハ……気が遠くなりそうだ。

ふわ。


「あれ?」


目にゴミでも入ったか……?俺は両目をゴシゴシ擦って、もう一度前を見た。やっぱり、目の前がかすんで見える。まるで、霧でもかかったみたいな……


「目が悪くなったかな。ずっと暗いとこにいたし……」


もしくは、いよいよヤバイか。疲れすぎて、目の前が霞んできたのかも……


「そんなわけないでしょ。わたしもだよ」


おっと、フランも?視力がずば抜けて良いフランがそう言うってことは……


「てことは……何かが、始まったってことだな」


地下の密室に霧がかかるなんて、ただ事じゃないぞ。先二つを思えば、今更かもしれないけど。

霧は次第に濃くなり、周囲の風景を白く塗りつぶしていく。俺たちはぎゅっと固まって、何が出てきてもいいように備えた。


「……」


……何も、起こらないな。ただただ、霧が濃さを増していくだけだ。白色が視界を占める比率がどんどん増していく。もう一メートル先も見通せないほどだ。


「ね、ねえ。これ、まずいんじゃないの?」


ライラの怯えた声。でも、どこにいるのか分からない。


「みんな、隣の人の体に触れて!このままじゃ何も見えなくなる!」


フランが鋭く叫ぶ。確か俺の隣には、フランが居たはずだ。俺が手を伸ばすと、フランのガントレットの、ザラザラした感触があった。ぎゅっとその手を握ると、向こうも握り返してくる。

ついに、なんにも見えなくなってしまった。自分の体すら見えない。手を繋いでいなければ、あっという間にフランを見失っていただろう。


「これは……みんな、大丈夫か!?」


俺は白いかすみに向かって声を上げる。だが、おかしい。誰からも返事が返ってこないぞ!?


「おい!どうした!何かあったのか!?」


やはり、誰の声も聞こえない。くそ!だが少なくとも、フランは隣にいるはずだ。俺は彼女の姿を見ようと、繋いだ手にぐっと力をこめた。


「え!?」


消えた!?フランのガントレットの感覚が、一瞬でなくなった。俺の手が虚しく空を掴む。俺は茫然と自分の手を見下ろしたが、もはやそれすらもかすんで見えない。


「くそ、何がどうなってるんだ!フラン!フラーーン!」


返事はない。


「ウィルー!ライラー!エラゼムー!アルルカー!」


だめだ。俺の声すら、霧に飲み込まれて消えていくようだ。音も消え、視界も消え、ついには体の感覚まで消えていく……地面はどこにあるんだ?足の感覚がない。俺の体は、いったいどこだ?何も見えない……まぶたを閉じても、白い霧が見える……


目の前が、真っ白になった。




「ん……」


俺は、のそりと目を開けた。頭がくらくらする。


「ここ、どこだ?何がどうなって……」


俺は頭を振って、記憶を呼び起こした。確か、あの白い霧にみんな飲み込まれて……


「……あ!そうだ、みんなは!?」


俺は慌てて飛び起きると、周囲を見渡した。白い霧は、もう消えていた。代わりに、左右に迫る群青色の壁と、低い天井が見える。俺は細長い廊下のようなところにいた。


「いつの間に、こんなところに……」


あの霧に飲み込まれてから、場所を移動したのだろうか?いずれにせよ、仲間の姿は見えない。


「くそ、また離れ離れかよ。とりあえず、みんなを探さないと」


俺は廊下を足早に歩き始めた。かつん、かつんと、俺の足音だけが響き渡る。長い廊下には、扉の一つも見当たらない。壁の色からして、ここも逆ピラミッドの中だとは思うんだけど……


「……ん?」


前方に、何か見えてきた。きらりと光りを反射するあれは、ガラスの壁のように見えるが……早足でそちらに向かう。近づいてみると、やっぱりガラスだ。大きなガラスの一枚板が、廊下を隙間なく覆ってしまっていて、これ以上先に進めなくなっている。ガラス板の先には、他にもいくつか通路が見える。あそこに入れればよかったのに、まいったな。行き止まりだったのか。


「あれ。なんか、文字が……」


ガラスの一部に、切子のような文字が刻まれている。例にもよって象形文字だったが、なぜかこの文字だけは、アニの翻訳なしでも意味が分かった。


「汝は、本物なりや?」


短い、シンプルな問い掛け。どういう意味だ?自分自身が、本物かってことか……?


「あっ!桜下さん!」


「え?あ、ウィル!」


よかった、仲間に会えた!ウィルはガラスの壁の向こう側、そこから見える別の通路にいた。俺はガラスに駆け寄って、ぺたりと張り付く。顔を近づけてよく見てみると、他にも同じような通路があるぞ。ここを含め六本の通路が、六角形型に面している構造だ。ウィルは俺から見て、左斜め前の通路にいた。


「ウィルは大丈夫か?霧に飲み込まれたけど」


「ええ、たぶん……あれから、霧がどんどん濃くなって、何も見えなくなって……気が付いたらここに居ました」


「ウィルもか……俺もだよ。他のみんなには会わなかったか?」


「ええ。桜下さんも?」


「ああ……みんなも、無事だといいんだけど」


「そうですね……これから、どうしますか?」


「そうだな。とりあえず、みんなを探すか。なんか気になる文字もあるけど、それは後回しだな……ところでウィル、いつまでそっち側にいるんだ?こっち来いよ」


ウィルはいつまでも、ガラスの壁の向こうにいる。幽霊なんだから、壁もすり抜けられるだろうに。だがウィルは、困ったように眉をㇵの字にした。


「あの、はい……実は、さっきからそれをしようとしているんですけど。なぜか、すり抜けられないんです……」


「え?マジかよ」


「このガラスどころか、この廊下の壁も、天井も、床も、全部ダメで。それで仕方なく道なりに進んできたら、ここに出たんです」


なんだそりゃ。幽霊をも通さない壁?普通の壁じゃないってことか。


「くそ、どうなってんだ。このっ」


ドンドン!ガラスを叩いてみるが、それで開くなら苦労はしない。ウィルがハラハラとこちらを見つめている。


「あの、桜下さん。だいじ……」


「あ!ウィルおねーちゃん!桜下!」


え?俺とウィルは、同時にその声の方を見た。俺から見て左隣の通路から、たたたっと足音が響いてくる。じきにライラが、ガラスに顔を擦りつけるいきおいで現れた。ウィルがほっと胸を押さえる。


「ああ、ライラさん!よかった、無事だったんですね」


「うん!ねえ、何このガラス。開かない……」


ライラがぎぎぎっとガラスを押すが、彼女の細腕じゃとても無理だろう。


「そのことで、俺たちも困ってたんだ。この壁、ウィルでもすり抜けられないんだよ」


「え、そうなの?うーん……じゃあ、ライラの魔法で、吹き飛ばしてみる?」


「いや、さすがにそいつは……それに今思ったんだけど。どうにもこれが、第三の試練なんじゃないか?」


「え?これが?」


「ああ。だって、おあつらえ向きすぎるだろ。たぶん、後の通路からも……」


やっぱり。俺の予想した通りになった。それぞれの通路から、仲間たちが一人また一人と現れたのだ。


「む。みなさま、お揃いでしたか」


エラゼムは、俺の右隣の通路からやって来た。


「ん。なんだ、こうなってんのね。はぁ、やっと出られたと思ったのに」


アルルカはけだるげな様子で、右斜め前の通路に現れる。フランは、最後にやって来た。


「……」


フランがいる通路は、俺の真正面だ。フランはガラスのすぐそばに立つと、俺たちの顔をぐるりと見渡した。


「……?」


「フラン、どうかしたか?」


「……ううん。なんでもない」


フランはそれ以上口を開かなかった。なんだろう?フランの感覚は動物並みだし、少し気になるけど……今はそれより、こっちに取り掛かるか。


「さて、みんな集まったところでだな。みんな、目の前のガラスの壁に、文字が書かれてないか?」


みんなはこくりとうなずいた。やっぱりな。そんなら話が早い。


「じゃあ、書かれてる文字も一緒かな。なぜかこれだけは読めるんだけど……汝は、本物なりや?これが、俺んところの文字だ」


みんなは再度うなずく。これで確定だな。


「じゃあこれが、次の試練の内容ってわけだ……」


「汝は、本物なりや……これ、どういう意味なんでしょう?そのまま、言葉通りに受け取ると……その……」


ウィルは、その先を言いづらそうに口にする。


「まるで……私たちの中に、偽物がいるみたい、ですけど。あはは、なんて……まさかそんな……」


「……」


みんなは、黙り込んでしまった。だって、なあ。


「……字面を見るに、そうとしか考えられない」


フランの言葉だ。ウィルがびくりと肩をすくめる。


「で、ですが。偽物だなんて……ここに居るみなさんは、どう見たって本物にしか見えませんよ?」


ウィルの言う通りだ。仮に誰かが変装していたとして、俺たちが気付かないと思うか?そんな浅い繋がりで、俺たちは一緒にいるわけじゃない。それは、はっきりと断言できるんだ。だが、しかし……


「この直前の、霧。あれのせいでわたしたちは、一度完全に分断された」


その通りだった。おそらくこの中で、ずっと一緒にいたと明言できる仲間は誰もいない。つまり、誰であっても、入れ替わられるタイミングがあった。


「そして、この遺跡のありえない仕掛け。心の中が筒抜けになるような罠があるくらいなんだよ?わたしたちそっくりの偽物を作る事なんて、わけないんじゃない」


フランの言葉は、残酷なまでに的確だった。俺たちが仲間の顔を見まごうはずがない。だが、ここの遺跡が、寸分たがわぬ完璧な幻を生み出すことができるとしたら?ましてや今、俺たちはガラスの壁によって分断され、お互いに近づくことができない。ガラスは十分な透明度だが、それでもやっぱり、壁越しである事には変わりはない。もしもホクロ一つ違うとか、実は顔の表面にマスクの継ぎ目があるとかがあっても、これじゃ気付けないだろう。


「わたしたちの中に紛れている、偽物を探す。これが、最後の試練の内容なんだ」



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

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