10-3
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「え~……桜下、それはないよぉ」
呆れたような目で、ライラが俺を見る。
「疲れすぎて、めんどーくさくなっちゃったの?ちょっと休む?」
「いや、考えるのが嫌になって、投げたわけじゃないぞ?そうじゃなくてさ、おかしいじゃないか」
「なにが?」
「ここの仕掛け。明らかにヒントが少なすぎるだろ。解かせる気がないのかってくらい」
「うん。確かに、むつかしーけど……」
「だろ?けどさ、ここの試練は本来、解けなきゃマズいはずなんだ。だって誰も解けなかったら、この先にいるお姫様と会えなくなっちまうだろ」
「あ、ほんとだね。じゃあここも、必ず解けるようになってるってこと?」
「そう思う。んで、その前提で考えてみると、これだけノーヒントなのはおかしいってことになってくるんだよ」
俺たちの話を聞いていたのか、他の仲間たちも顔をこちらに向ける。ちょうどいいので、そのまま続けよう。
「どう考えても解かせる気がないってのは、ここの諸々の仕掛けには、初めから意味がないってことなんじゃないか?だから当たりはないって言ったんだ。正解が分からないってことは、そもそも正解がないんじゃないかってことだな。逆説的にってやつ」
答えなんてないなんて、あまりにも投げやりな考え方だ。だが、確かな類推のもとに導き出したのなら、話は変わって来る。それでもライラは、納得できていなさそうだ。
「でも、じゃあ、当たりがなかったらどうすればいいの?ライラたちは、絶対に向こうには渡れないってこと?」
「いいや、そうじゃない。ここから先は、推察でも何でもない、単なる想像になってくるんだけど……つまり、あの紐は言っちまえば、全部ハズレの紐なんだ」
「全部、はずれ?」
「ああ。ハズレの紐を引くと、タイルの罠が作動する。こう言ったらどうかな。“紐を引いたから、罠が作動した”」
「……あ!」
ライラがわかった!というように、目を大きく見開いた。
「そっか!紐を引っ張らずに行けば、向こうに渡れるってこと?」
「の、可能性があるんじゃないかって。最初のアルルカも、その次のフランも、紐を引いてから渡ろうとしてたよな。俺たちは知らず知らずのうちに、この中に正解の紐があって、それを引かなきゃ向こうにいけないと思い込んでた。彫ってあった文字も、それっぽい言い回しだしな。それが、言っちまえば最大の罠だったんだ」
狡猾な罠だ。ああ書いてあれば、だれだってそう思うだろ。次も謎解きがあるはずという、挑戦者の身構えた姿勢を逆手に取ったひっかけだ。
「そっか……うん、確かにそーかも」
ライラはしきりに、うんうんとうなずいている。納得してくれたみたいだ。そしてそれは、話を聞いていたみんなも同じだった。
「確かに……一理ありそうですね。初めは、突拍子もない案だと思いましたけど」
「まあ、俺もそう思うよ。ただ現状、これくらいしかまともな案が出せないんだ」
「いいんじゃないの。わたしは賛成」
フランはそう言うと、再びタイルの敷かれた床を見据えた。
「試す価値は、あると思う」
「フラン……いいのか?」
「うん。あなたの考えだもん。信じてみる」
フランはあんな目に遭ったというのに、きっぱりと言い切った。だが、ウィルはなおも不安そうだ。
「フランさん……やっぱり、私が代わりに試しますよ。私なら、炎を吐かれても平気です」
「ウィルじゃ、罠が作動するか試せないじゃん。いざみんなが乗って、引っかかったらどうするの」
「あう。そ、そうですね……」
「大丈夫。死ぬよりも酷い目にあうことはないよ」
フランの独特な冗談(だよな?)に、ウィルはぎこちない笑みを浮かべた。
「それじゃ、いくよ」
フランは再び、タイルの淵に立った。今度は、赤い紐には一切触れない。俺たちは固唾をのんで、彼女を見守る……
「……」
フランが右足を上げ、一歩を踏み出した……ストン。タイルに触れても、何も起こらない。けど、さっきも真ん中くらいまでは、罠は作動しなかった。油断はできないぞ……
フランは一歩一歩、それこそ石橋を叩くがごとく、慎重に歩を進めていく。フランが一歩進むたびに、俺たちは緊張と安堵とを繰り返した。手のひらが汗でびちゃびちゃだ。
「……っと」
フランはさっきと同じ、半分の地点まで渡り切った。問題はここからだ……フランは呼吸を整えると、再び足を動かし始める。一歩、また一歩……俺は祈る気持ちで、その様子を見守った。ウィルは実際に両手を顔の前で合わせて、祈りをささげているみたいだ。
トン。フランの靴が、固い床の上に触れた。ついにタイルの上を、渡り切ったのだ。
「……はっ!やったー!」
「やったぁ!」
「やりました!」
俺とウィルとライラは、手を取り合って跳ね回った。エラゼムはほうっと大きなため息をつき、アルルカはふんと鼻を鳴らす。
「……うん。大丈夫みたい。念のため、もう一度戻るよ」
フランはタイルの上を再度わたって、こちら側に戻って来た。もちろん、罠は作動しなかった。
「これで、当たりみたいだね」
「ああ。いやぁ、正直ドキドキしてたから、ほっとしたよ」
さっきの試練といい、奇跡的に勘がさえている。俺はほっと胸をなでおろした。
あ、いかん。緊張の糸が切れて、急に力が抜けてきた……体力的にはだいぶしんどくなってきたな。ただそのおかげか、妙な直感が働いているみたいだ。徹夜明けでハイになるみたいな……違うかな。
「じゃ、俺たちも渡るとするか……」
俺たちは一塊になると、慎重にタイルを渡っていった。フランが確認してくれたとは言え、万が一って事もある。もしも床が抜けても、お互いがお互いを助けられるように、肩を寄せ合って進む。そうやって押し合いへし合いしながらタイルを渡り切ると、次なる問題が浮上した。
「あれ……?ところで扉って、どこにあるんだ?」
俺はてっきり、こちら側の壁のどこかに扉が付いているものだと思っていた。が、いざたどり着いてみると、一面群青色の壁が続いているだけじゃないか。
「え、あれ?仕掛け、ちゃんと解けたんだよな?それとも、これも間違いか?」
俺が困惑していると、背後でバタンと、大きな音が鳴り響いた。俺たちがびっくりして振り返ると、タイルが一斉にバタバタと動き始めている。
「なんだ!?今更罠が……?」
「待って。それにしては、様子が変だよ」
変だって?そりゃそうだろ、あれだけいっぺんに動いているんだ。よほど大掛かりな仕掛けか何かが……
タイルは上に持ち上がり、横にスライドし、下に引っ込み……まさに縦横無尽に動き回っている。だが、その下から針が飛び出してくるとかはない。むしろ、タイルたちそのものが、何かの形を成しているような……あ!これって、もしかして?
俺の予想は当たったようだ。やがてタイルたちは渦を巻いて伸び上がり、巨大な螺旋階段のような構造体となった。
「なるほどな。こうやって、次の階に行けるようになるのか……」
螺旋階段の上部にあたる天井は、ぽっかり開いて上へと抜けられるようになっている。扉は、上にあったのだ。
「ややこしい事しやがって……まあいいか、それじゃいよいよ最後の試練か、っとと」
いかん、足元が……よろりとふらついた俺を、フランが支えてくれる。
「ちょっと、大丈夫?一度休憩したほうが……」
「いや、ちょっとホッとして、気が抜けただけだって。せっかく勢いづいてるんだ、このまま行っちまおうぜ」
俺はあえて元気に振舞った。完全にから元気だが、休んだところで空腹が治まるとも思えないし。だったら、このままトントン拍子で進めたほうがまだ楽だ。
「ほらほら。この通り元気だから、この調子でどんどん行こう!」
俺は肩をぐるぐる回すと、先んじてタイルでできた階段に足を掛ける。タイルの階段には柱も何もなく、ただ積み重なっただけだが、俺が乗ってもぐらつくことはなかった。俺がどんどん先に進むので、後からフランも、やれやれと首を振って付いてくる。
階段を上りながら、俺は誰にともなくつぶやいた。
「第一、第二と来て、次はどんな内容なんだろうな」
もちろん、具体的な回答を期待したわけではない。そんなもん、これから実際に見れば分かる事だからな。
「そうですね……私、ちょっとだけ思ったことがあるんですけど」
「お。なんだ、ウィル?」
ウィルは俺の隣にふわりとやって来ると、思案するようにあごに人差し指を添えた。
「ここって、お姫様と王様が、死後に結ばれる場所、なんでしたよね?ということは、ここはいわば、結婚式場ってことになるんですかね」
「あー、まあ言いようによっちゃ、そうかもな」
「ですよね。そう考えると、さっきの二つの試練、少し意味合いが変わってくると思いませんか?」
「うん?意味合い?」
「最初の試練は、心から信じている、だけど確かでないことを口にすることが、次に進む条件でしたよね。これとよく似たようなことを、結婚の場で口にする気がしません?」
「え……あ、あれか。トワに愛するとか、永遠に二人は一緒だとか?」
「そう、それです。ちょっとロマンに欠ける気はしますけど、現実的に考えれば、永久に一緒にいることは不可能ですよね。だって、人は必ず死んでしまいます。生まれ変わっても君だけを愛するとか、僕の一生を君だけに捧げるとかも、よくよく考えると矛盾だらけです。そういう人に限って、ホイホイ浮気するんですよね……」
「へー。ずいぶんすらすら出て来るもんだな。そういうのも、シスターの役目なのか?」
「はぇ?べ、別にそういうわけじゃ、ないですけど……な、なんですか。シスターが恋愛物語を嗜んじゃ、悪いですか!?」
「え?いや、結婚式の進行とかって意味だったんだけど……」
「へ?」
ウィルは目をぱちくりさせると、取り繕うように咳払いをした。男と付き合ったこともないくせに、ほんとに耳年増なんだからな、くくく。
「んん!で、ですね。あの試練も、そういうものを試しているんじゃないかなって。たとえ現実的には不可能でも、それでも永遠の愛を誓えるくらいの覚悟がある人だけが、先に進めるみたいな」
「はー。だったら、ここの歴代の王様は相当なロマンチストだな」
「まあ、実際どうかは分かりませんけどね。桜下さんみたいに、試練に関係なく扉が開いてたのかもしれませんし」
「あ、じゃあそうすると、さっきの試練はどうなるんだ?」
「さっきのは、あれですよ。桜下さんのいたところでは、運命の赤い糸って、ありませんでした?」
「ああ、あるある。こっちにもそういうのがあるんだ?」
「ええ、ですです。さっきの試練は、紐に頼らずに進むことがクリア条件でした。つまり、目に見える紐なんかに頼らずに、自分が直感的に信じる運命の赤い糸に引かれて、歩を進めることができる人が、次の階に行ける……ってわけですよ」
ふーむ。そう言われると、そんなような気もしてくるな。俺は単に挑戦者の頭脳を試すためだけの謎解きだと思っていたけど。そういう意図もあるのかもな。
「そんな風になんて、全然考えなかったよ。ウィル、意外とロマンが分かるんだな」
「いやぁ、それほどでも……ん?意外って、どういう意味ですか?」
そんな話をしているうちに、次のフロアが見えてきた。そのおかげで、俺はウィルの追及をかわすことができた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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