9-1 三つの試練 その1
9-1 三つの試練 その1
俺たちが姫様の待つ逆ピラミッドへ出向く前。ミイラたちは、とある忠告をした。
「皆様。あちらの離宮は、王族の姫君が代々眠る、聖なる陵墓。軽々しく立ち入れる場所では到底なく、ましてや許しも得ずに押し入るなど、本来は言語道断なのです……」
「でも、今はしょうがないだろ。それとも、ほんとは行ってほしくないのか?」
「いえいえいえ、そうではございません。ただ、あなた様はともかく、お仲間様方は招かれざる客人。そうなると陵墓は、あなた様方に牙をむくやもしれません」
「牙?それって、何か罠とか仕掛けがあるってことか?」
「おっしゃる通り。陵墓には、立ち入る者にその資格があるのかどうかを試す、三つの試練が仕掛けられているのです」
「試練だって?それ、一体どんな……?」
「申し訳ありません。我らも、詳細は知らされていないのです。ただ、その者の誠の勇気と知恵、そして愛を問うものだとか……」
ぬぅ。勇気と知恵と、愛ねえ。その三つがありゃ、この世のあらゆる問題を解決できそうなもんだけどな。
「まあ、覚悟だけはしておくよ。いずれにせよ、そこを通らなけりゃ上には出れないんだから」
「はい。皆様方のご健闘を、わたくし共一同、深く願っております……」
深々と礼をしたミイラの一団に見送られて、俺たちは出発した。
「三つの試練……いったい、どんなものなんでしょうか」
ウィルが不安そうな顔で、前方にぼんやり浮かぶピラミッドを眺める。
「さてな……けど王様の墓には、罠とかはつきものだろ」
「そうですね……まるで、子どものころに聞いた吟遊詩人の歌みたいです。罠の仕掛けられた、地底のダンジョンに潜るだなんて……現実味が湧きません」
「だな。最後に待ってるのがお宝じゃないってのは、歌とは違うところだけど」
「そうですか?最後には可愛いお姫さまが待っているじゃないですか。十分お宝なんじゃありません?」
「……誘導尋問なら、引っかからないからな」
「ふふふ、すみません。冗談です」
静まり返った死者の都をしばらく歩くと、逆さのピラミッドの頂点部分に近づいてきた。遠くから見ている時は暗くて分からなかったけど、その真下には塔が立っていた。頂点から垂れ下がった糸のようにも見える、細長い塔だ。俺たちはその塔へと向かう。
塔の中は、ぐるぐると続く螺旋階段になっていた。ここを登っていけば、姫様の待つ離宮の中に入れるんだろう。
「ふう。ここを登るだけでも、立派な試練になりそうだ」
「気を付けてよ。もう試練が始まってるかもしれないんだから」
そう言って、フランは俺の前を先行して登り始めた。確かにフランの言う通りだな。いつ何が起こってもいいように、俺は気合を入れて、階段の一段目に足を乗せた。
「ハァーッ……ハァーッ……」
今にも死にそうな呼吸音だな。誰だ?あ、俺以外はみんな生きてないのか。
螺旋階段は、想像以上に長く続いていた。外から見たときは、もう少し楽だと思っていたのに。暗かったから、目測を誤ったみたいだ。
俺がこんなだから、監視と警戒は完全にフランに任せきりだった。その背中に、五十段ほどで参ってしまったライラがへばりついている。俺はウィルとエラゼムに後ろから押してもらう形で、何とか一歩一歩踏みしめるように上り続けていた。
「最後に……寝たの……いつだっけ……」
「はい?遺嶺洞に入ってからのことですか?あ、そう言えば、いつだったかしら……エラゼムさん、覚えてます?」
「ふうむ。確か、野営の準備をしているところを、ラミアの群れに襲われたのではなかったですかな」
「あ、そうでしたそうでした。じゃあきっと、今頃外は真夜中ですね」
うひー。てことは、俺は夜通し、この地下をさ迷い続けているのか。どうりで疲れるわけだ。おまけに、飯も食いそびれているし……ああ、思い出すんじゃなかった。下腹がキュウキュウ鳴り始めたぞ。食料の入った荷袋は馬車に置きっぱなしだから、どうすることもできない。早いとこヘイズたちと合流しないと、飢え死にしかねないな。
俺が精魂尽き果てる寸前、ようやく階段が終わりを迎えた。広いフロアに震える足で出ると、俺はへなへなと崩れ落ちてしまった。
「はーっ、はーっ……ここ、どこだ……?」
「恐らく、あの逆三角錐の底の部分でありましょう。ここからさらに上に上っていけば、始めの洞窟に戻れるのではないでしょうか」
まだ上るのか……ひょっとして、本当にこれが試練なんじゃという気がしてきた。何千段もの階段を上り切れるフィジカルのある者が、お姫様に相応しいという……
「あ。ねえ、あれなんだろ?」
ふと、フランの背に乗ったライラが、何かを見つけたようだ。俺は力なく、首から上だけを動かしてそちらを見る。
俺たちが出た広いフロアは、群青色をしたメタリックな素材でできた、無機質な空間だった。外観と同じように、やはり建材自体が淡く光を放っており、床も壁もぼんやり光っている。家具も窓も装飾も一つも無い空間には、ただ一つだけ、同じく無機質なのっぺりとした扉がそびえ立っていた。
「あそこが、上への入り口か……?」
俺は立ちあがろうとしたが、足が生まれたての小鹿みたいに震えて、上手く立てない……くそ、ずいぶんきてるな。日中はずっと緊張しっぱなしで、その後はラミアとの戦闘、遺跡の探索と続いたから、思っていた以上に体力を消耗していたらしい。
見かねたウィルが、俺を横から支えてくれた。
「桜下さん、少しだけ動かないでくださいね」
そう言うと、ウィルは目をつむって、両手を俺の足にかざした。
「キュアテイル」
パァ。ウィルの手から青い光が放たれ、俺の足を包み込む。
「お……おお!すごいぞウィル、足が軽くなった!」
さっきまでの疲労が嘘みたいに、俺は軽やかに立ち上がった。
「すごいな!さっきの魔法、確か回復呪文だろ?」
「ええ。楽になったならよかったです。ただ、あまり無茶はしないでくださいね?キュアテイルは、体の治癒力を増進するだけなんです。疲労が消えてなくなったわけではないので、あくまで一時しのぎと思ってください」
ふむ。確かに、さっきに比べれば格段に楽だが、それでもまだ足は重い。腹も減ったままだし、早いとこ脱出するに越したことはないだろう。
「ねえー!みんな、来てみてよー!」
おっと。扉を調べていたらしいライラとフランが、何か見つけたようだ。俺たちは殺風景な部屋を横切って、壁に取り付けられた扉のもとへと歩いて行った。
「ほらほら、ここ。なんか書いてあるよ」
扉のわきっちょを、ライラが指さしている。
「ん~……?」
そこには、文字のような、絵のようなものが彫りつけられている。
「読めない……何語だ?象形文字?」
見方によっては、絵とも、文字とも取れそうだが。そのどっちでもいいけど、肝心の意味が分からないんじゃなぁ。すると、ちりんとアニが揺れた。
『真実を、偽りと為せ』
「へ?アニ?どうした、急にポエマーだな」
『違います。ここに彫られている文字ですよ。古代ウィゲル語のようです』
「はー……?」
どうやら、アニにはこの文字が読めるらしい。外国語は知らないのに、大昔の言語には対応しているなんて。ずいぶん知識に偏りがあるな。
「それで、どういう意味だ?真実を偽りにしろって」
『さあ……その一文以外には、何も記述されていません。こちらで解釈するしかないのでは?』
「つってもなぁ……」
それだけでは、何の意味も分からない。何かの暗号なのだろうか?それを解読すれば、この扉が開くとか……ありそうな話だ。
「せめて、ヒントとかないかな。この扉のどっかにさ」
俺は、つるりとした扉のあちこちを眺める。うーん。武骨な金属板のような扉には、おおよそヒントらしきものは見当たらない。おいおい、これじゃ最初からムリゲーじゃないか。俺が眉根を寄せた、その時だ。
「んん?」
「桜下さん、どうしたんですか?」
「いや……あ、これ、やっぱり。この扉、開くぞ」
俺が扉に軽く触れただけで、分厚い鉄扉は油引き立てかというくらい、つぅっと簡単にスライドした。ウィルがあんぐり口を開ける。
「ええぇ……いえ、先に進めてよかったんですけど。これじゃ、あんまりにも……」
「だな。ったく、思わせぶりなこと書きやがって」
意味深なことを書いて、惑わせようとでもしたのだろうか?ここの設計者、かなり性格悪いな。やれやれと首を振りながら、扉の先に進もうとすると、ぐいっと肩をつかまれた。
「待って。何かの罠かもしれないよ」
フランはそう言うと、俺を引き戻して、自分が扉へと進んだ。おいおい、流石に疑い過ぎじゃないか?あっけなさ過ぎるけどさ、いくらなんでも……
ズゴゴゴ……バッチーン!
「ひぇっ!」
フランが扉をくぐろうとした、その瞬間。彼女の鼻先で、鋼鉄の扉は猛烈な勢いでスライドし、ぴしゃりと閉まってしまった。風圧で髪がふわりとなびく。
「……」
「これで分かったでしょ。油断させるための罠だって」
「はぃ……」
俺はすっかり青ざめてしまった。もしも、俺がそこをくぐっていたら……ひき肉、だ。
「あ、あぶ、危なかった……あ、ありがとな、フラン」
「いいよ。もしもまた、あなたが危ない目に遭ったら、わたし今度こそ気が狂っちゃうから。ほんとは心配でたまらないんだよ。あなたには、ずっとそばにいて欲しいんだから」
「へ……?」
俺は目を点にした。今の、ほんとにフランが言ったのか?いつもは無愛想な彼女が、みょうに素直だな?しかし、当のフラン本人も目を丸くして、口元を押さえているぞ?
「えっ。ど、どうして、わたし……桜下の事大切に思ってるのはホントだけど、みんなの前では言わないようにって思ってたのに」
またもフランは、余計なことまで口にした。おかげで俺は、大変気恥ずかしくなって目をそらし、フランは目を白黒させて大混乱している。
「フランさん、どうしちゃったんですか?前々からアピールが増えてきたなとは思ってきましたけど、今日はやけに積極的なんですね。ようやく素直になる気になったんですか?」
うわ、今度はウィルもか。ウィルはすべて言い終わった後で慌てて口を押えたが、後の祭りだ。フランは穴があったら入りたいという顔で、ぎりぎりと歯をこすり合わせている。
「そんな風に思ってたんだ……」
「ちが、違うんですよ?別に、気付かないふりをしていたとかじゃなくて。いえ、ほんとは気付いてましたけど。なかなか距離が縮まらないもんですから、こっちまでソワソワしてましたよ。って、そうじゃなくて!今の、全部ウソです!違います、本当です!うわー!?」
ど、どうなっているんだ……?ウィルは一人芝居でもしているかのように、本音と建て前を高速で行ったり来たりしている。うっかり口を滑らしたにしちゃ、あまりにも変だ。
「どうやら……」
エラゼムが、慎重に口を開く。
「なんやかしらの影響により、心の内と外との区別が無くなっているようですな」
「えぇ?それって、つまり……隠し事ができなくなった、てことか?」
「お二人の様子を見るに、そういうことかと。おかげで、うかつに口を開けなくなりました。失言が恐ろしいので、吾輩はしばらく黙っているつもりです……っ!?」
ああ、エラゼムまでも。隠しごとができないだって?それじゃ、全部開けっぴろげに話しちまうってことかよ。うわ、じみーに嫌だな、それ。
「でも、どうしていきなり。何かの魔法か?」
「それはないわね。魔力の気配は感じなかったわよ」
アルルカの言葉だ。おや、こいつはあまり様子が変わってないな。
「アルルカ、お前はこのヘンテコな現象、影響ないのか?」
「あたし?まぁあたしは、高貴なるヴァンパイアだからね。って言うのは嘘で、ほんとはよく分からないんだけど。ていうかそんなことより、そろそろ満月じゃない?気が付いたらあんたの首筋を目で追ってて、それどころじゃないのよね」
「……」
俺は首元を押さえて、思いっきり後ずさった。こいつは普段から欲望丸出しだから、あんまり変化がないんだな。まあとりあえず、ヴァンパイアにも効果がある事だけはわかった。
「ねー、そう言う桜下は何ともないの?」
俺の袖をついと引いて、ライラが訊ねる。
「あれ、ほんとだな。確かに、俺はみんなみたくは……ならないな、やっぱり。ライラ、お前は?」
「んー、よくわかんない。ライラ、思ったことを言ってるだけだからなぁ」
ふむ。もともとライラは、裏表のない性格だからな。影響が少ないのかもしれない。
「でも、俺はどうしてだろう?」
『主様、こう考えることはできませんか』
アニが提案するように、チリチリと小刻みに揺れる。
『主様は、この離宮に正式に招かれた客人です。客に対して、ややこしい仕掛けや罠で出迎える必要はないでしょう。だから、先ほどの扉も主様にだけは開いたのではないですか』
「あ、なるほど。するとじゃあ、あの扉は罠じゃないってことになるのか……もしかして。このヘンテコ現象が、ここ本来の仕掛けってことか……?」
俺は改めて、扉の横に彫りつけられた文字を見た。確か、“真実を偽りと為せ”……だったか。これが、みんなが突然、本音しか喋れなくなったことと関係があるとしたら……
「……こいつは、ややこしい事になりそうだな」
つづく
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