表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
420/860

7-3

7-3


ずるずる、ずるずる。無数の蛇が地面をはいずる音。だがその頭部には、人間の女性の美しい上半身が付いている。ラミアたちは、身の毛もよだつほど妖艶な笑みを浮かべていた。


「ウフフフ……」

「キャハハハ」

「ホホホホ」


ホール中にこだましていた、ラミアの笑い声。あれは、反響していたんじゃなくて、大勢のラミアが発していた声だったんだ。


「くそったれ……ここは、ラミアの巣だったのか」


俺たちは、ラミアが広げた網の中に飛び込んじまったんだ。この広いホール全体が、ラミアの営巣地だったに違いない。


「っ!固まれ!」


ヘイズが大声で叫ぶ。前の方に出ていた弓兵たちが、大慌てで仲間の下へと戻って来た。


「一塊になって、全方位を警戒しろ!ハルバードで牽制するんだ!そうすれば、敵もうかつに近づいてこれない!」


ヘイズの指示によって、兵士たちは馬車を背にして、ぐるりとその周りを取り囲んだ。兵士たちはリーチの長いハルバードで武装している。ラミアはおぞましいモンスターだが、空を飛ぶわけでも、長い角を持つわけでもない。近づかせなきゃ、奴らもただの蛇だ。けど……

ラミアの大群は、するすると俺たちの周りを取り囲んでくる。無数の笑顔が、俺たちを見つめる。可愛い顔、整った顔、丸みを帯びた顔、シュッとした顔……くそ!どうしてどいつもこいつも、こんなに美しく感じるんだ!俺は気を抜くとまた骨抜きにされそうで、ラミアの顔を直視できなかった。やつら、男をたぶらかすフェロモンでも放っているんじゃないか。だが一方で、本能は奴らの正体を敏感に感じ取っている。心臓が早鐘のようだ。笑顔が、こんなに恐ろしく感じるだなんて……ラミアたちが近づくにつれて、鼻をつく悪臭も漂ってきた。動物園で嗅いだことのある匂い……蛇の匂いってやつか。


「ヒヒヒーン!」


馬たちが、恐怖のあまり暴れ始めた。調教師が必死になだめているが、その声すら震えている。いつの間にか、俺たちは完全に取り囲まれていた。三百六十度、どこを向いてもラミアの笑みだ。だがラミアたちも、ハルバードの刃先を恐れてか、むやみに飛び込んでくることはしない。戦況は現状、硬直状態だが……


「ライラ……いつでも、魔法を撃てるように準備していてくれ」


「うん……」


ライラは緊張した面持ちでうなずいた。ライラの魔法は強力だが、それゆえに味方が近くにいると、十分な威力を発揮できない。ましてや、ここは古い遺跡の中だ。爆発なんて起こした日にゃ、天井が抜け落ちてくるかもしれない。慎重に、慎重にだ……ああくそ。けど、おぞましい蛇の群れを見ていると、一発打ち込んでやれと言いたくなってくる。ダメだ、そんなやけっぱちじゃ。やるなら、確実に仕留められるタイミングで……


「ねえ……こっちに来て?」


ぞわわ。全身に鳥肌が立った。甘い声を発した人間は、この場にはいない。それを発したのは、人間を模した器官を持つ、蛇だ。


「ほら……一緒に遊びましょう?」「わたしを抱いて?」「どうして恐れるの?」「安心して」「怖がらないで」「大丈夫」「楽しいよ」「気持ちいいよ」


(こいつら……声だけじゃなくて、喋れもするのか……)


ラミアたちは、接近が困難だとわかると、今度は言葉で揺さぶりをかけてきた。うっとりするくらい、美しい声だ……俺はライラの手をぎゅうと握ることで、何とか心の平静を保っていた。情けないけど、こうでもしないと頭がおかしくなりそうだ。今までは視覚に気を付ければよかったが、聴覚も同時に攻められると……


「う……うわあああ!」


ああ!ついに一人の兵士が、恐れをなしてハルバードを手放してしまった。あ!あいつ、俺のことをさんざんからかってきた、意地悪な中年兵士じゃないか!あの野郎、偉そうなこと言っておきながら!


「馬鹿野郎!陣を崩すんじゃ……」


ヘイズが慌てて叫んだが、遅かった。壁に空いたわずかな穴を、ラミアは見逃さなかった。


「ジャアアアア!」


ラミアの美しい顔がバカッと割れ、中から本物の蛇の頭が現れる。本性をあらわにした化物は、一斉に襲い掛かって来た。


「くそったれ!」


あたりは、一瞬にして大混乱になった。悲鳴と怒声、蛇がシャーシャーと唸る音。


「お、桜下!これじゃ、まほーが撃てないよ!」


「ああ……くそ!」


俺は苦々し気に舌打ちした。ライラとは、遺嶺洞に入る前にある程度作戦を立てていた。多少威力は落ちても、洞窟自体にはダメージが入らないように、火力をセーブして魔法を使う戦法だ。洞窟は狭いので、敵も自由には動き回れない。だからそれでも、十分効果を発揮するだろうと思っていたんだけど……


(完っ全に想定外だ……)


よりにもよって、こんな広い場所で乱戦になるなんて。どうする……魔法が駄目なら、物理?いや、数が多すぎる。フランとエラゼムが馬車を離れては、エドガーを守れない。

兵士たちは、ハルバードで必死に牽制しつつも、明らかにラミアに押されていた。まだ動揺が抜けきっていないんだ。


「くそ、このままじゃ……」


「なら、あたしの案に乗ってみる?」


え?この声は、まさか。


「アル、ルカ?何か、策があるのか?」


「そうだって言ってんでしょ」


ふわりと馬車の屋根まで舞い上がったアルルカは、俺を見下ろしながらそう言い切った。


「で、乗るの?乗らないの?」


「え……いや、待て。その前に詳しく聞かせてくれ」


「あによ、まどろっこしいわね。あたしが信用できないって言うの?」


「できない」


俺が即答すると、アルルカは目をぱちくりした後、顔を真っ赤にした。


「なあ!?あんたねぇ!」


「できないけど、信じたいとは思ってるよ。だから、話が聞きたいんだ。頼む」


俺が再度頼むと、アルルカは渋い顔をした後、はぁとため息をついた。


「……ったく。ぁあったわよ。いい?あたしの魔法なら、広範囲の敵の動きを止めることができるわ。文字通り、氷漬けにしてね」


「けど、それだと兵士を巻き込むんじゃないか?」


「いいじゃないの。あんな臭いやつら、一人や二人くらい」


「あ、アルルカ!」


「冗談よ。あんたは嫌だって言うんでしょ?なら、しょうがないけど従うわ」


あ、ああ?なんだ、いつになく従順な態度だな。アルルカはそこで言葉を区切ると、俺の隣のライラへと目を向けた。


「こら、クソガキ。あんたも手ぇ貸しなさい」


「へ?ライラの?ていうか、ライラはクソガキじゃ」


「あんた、水属性魔法が使えるんでしょ?なら、あの蛇だけ濡らすこともできるわよね」


「きぃー!無視しないでよ!」


俺はプリプリ怒るライラをなだめて、アルルカに続きを促す。


「アルルカ、どういうことだ?ラミアを濡らすって?」


「ええ。エッチな意味じゃないわよ?」


「わ、わかってるよ!」


「そーお?くすくす。まあ、言葉通りよ。あたしの氷魔法を、水の力で増幅させるってこと。そうすれば、蛇だけをピンポイントで狙い撃ちできるわ。臭い連中は氷漬けにならずに済むってわけ」


な、なるほど……?つまり、あれか。水に濡れていると風が冷たいのと同じ原理で、ラミアだけを凍り付かせようってことかな。


「それ、ラミアは死なないか?」


「あんた、まだそんなこと言ってんの?呆れたわね……」


「ポリシーは大事なんだよ!」


『主様、そこは問題ないかと』


チリンと、アニが揺れる。


『ラミアは、爬虫類系のモンスターです。低気温に晒されれば、冬眠に近い状態になって活動を停止するものと思われます』


「そうか。じゃあ、氷魔法は相性抜群なんだな……よし」


俺はうなずくと、アルルカの目を見た。


「その案で行こう。アルルカ、頼むぜ」


「ふん。最初からそう言えばいいのよ」


「みんなも、手を貸してくれ!」


俺が仲間たちに呼びかけると、ライラはしぶしぶながらもうなずいた。


「ライラ、それで、できるのか?ラミアだけを水で濡らすって」


「できるよ!たぶん、アメフラシのまほーを使えば……でも……」


「でも?」


「……ちょっと、数が多いから。少しの間でも、動きが止められればいいんだけど」


それもそうだ。あれだけの大群の動きを止めるとなると……ラミアの気を引くとか、驚かせられるようなことが、何かあるだろうか?


「うーん……あ!じゃあ、こういうのはどうだ。アニ、お前確か、光を出す魔法が使えたよな?」


『はい?フラッシュチックのことですか?』


「そう、確かそれだ。それで、ラミアの目つぶしをすれば、動きも止まるんじゃないか?」


ラミアは、洞窟で暮らしていたモンスターだ。松明の明かりで目を慣らしていた俺たちとは違って、強い光には弱いんじゃないか。


『それは……可能かもしれませんが。しかし……』


「しかし?」


『私のみだと、威力が足りるかどうか。光の拡散を考えて、なるべく高所から撃ちたいところですが、私は主様を離れては魔法を使えません』


「そうなのか。ちっ、それなら……」


『ですが、そうですね。ならば、高所からも撃てる人員を確保するまで。幽霊シスター。来なさい』


アニが、手招きするように左右に揺れる。名前を呼ばれたウィルは、きょとんとしていた。


「私、ですか?あの、私、フラッシュチックの魔法は使えなくて……」


『問題ありません』


「え?」


『フラッシュチックは、きわめて単純な魔法です。マナ原理もファイアフライの応用みたいなものですので、そこまで理解は難しくないはず』


「え、え?あの……?」


『今からルーン語を教えますので、四十秒で覚えてください』


「え、えええぇぇ!?」


『死ぬ気でやればなんとかなります』


「私、もう死んでるんですけど……」


ウィルの哀願はすっぱり無視された。



つづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ