7-2
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「おい!どうした、今の叫び声は?」
俺がげんなりしていると、ふいにどやどやと足音が近づいてきた。屋根から見下ろしてみると、ヘイズが血相変えてこちらにやって来るところだ。ああ、さっきの俺の絶叫を聞いたんだな。
「ヘイズ。いや、ちょっとな……声が、聞こえたんだよ」
「声?」
「ああ。けど、姿は見えないし、俺以外には聞こえなかったんだけど……」
ヘイズは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに合点がいったようにうなずいた。
「そうか。お前はネクロマンサーだったな。てことは、アンデッドのしわざか」
「おお、話が早いな。俺たちもそんなことを話してたんだ」
さすが、切れ者のヘイズだ。説明しなくても理解してくれる。
「アンデッドか……姿が見えないってことは、幽霊タイプのモンスターだな……」
幽霊という言葉に、ヘイズは憂鬱そうな顔をする。だが隊をまとめる兵士長らしく、それで臆病風に吹かれるようなことはなかった。すぐに切り替えて、対応策を考えだす。
「よし。なら、今後はそいつにも注意しないとな。地理書にはアンデッドモンスターの出現例もあったし、それほどイレギュラーなことでもねえ。部隊にも伝えて……いや、待てよ。それなら、そいつの対処はお前に託そう。霊魂系なら、オレたちには見えねえからな。アンデッドが相手なら、お手のもんだろ?」
「ああ、わかった。任せてくれ。それにどのみち、声の内容的に俺しか狙ってこなそうだし……」
「なに?その声、何て言ってたんだ?」
「聞いてくれよ。みぃつけた、だってさ。ったく、笑えないよ」
「そいつは……ご愁傷さま、だな」
返す言葉もないな。
休憩が終わり、部隊は再び洞窟の中を進み始める。さっきまでとは違い、ふいの襲撃にも気を付けなきゃならなくなったから、片時も油断できない。途中、俺たちのそばにやって来た兵士が、ニヤニヤとこちらを見てきた。顔をよく見れば、そいつは前に、俺を脅かしてきた中年兵士だった。あんにゃろ、さっきの騒ぎを聞いてやがったな。ふん、勝手に馬鹿にしてろ。同じ目に遭ってみろってんだ。
それから、かなりの時間が経った、気がする。ドワーフの坑道でも思ったけど、ずっと地下にいると、時間の感覚がぐちゃぐちゃになるんだ。空が見えないのは当たり前として、遺跡も取り立てて代わり映えせず、ずっと似たような景色が続いている。古びた柱、何かのレリーフ、朽ち果てた建物の残骸など……最初は感動したけど、何度も繰り返すと飽きてくる。そんなものばかり見ているもんだから、同じところをぐるぐる回っている気分になってくるんだ。だから、行く手の闇が突然ぐっと広がった時は、俺の目がおかしくなったのかと思った。
「これは……?」
闇が広がったわけじゃなかった。左右の壁が急に広がり、大きなホールのようになった空間に出たのだ。
「うわー、なんてでかいんだ……」
本当に広い。天井は今までも高かったけど、さらに一回り高くなっている気がする。たぶん、ちょっとしたコンサートホールくらいはあるんじゃないか?馬車がガラガラとそこに入ると、車輪の音が空間にこだました。グワン……グワン……
「ふう。よし、最初のチェックポイントに着いたな」
先頭の方にいるヘイズの声がかすかに聞こえてくる。どうやら、このホールが進行度の目安になっていたみたいだ。
「ここで長時間の休みを取る。野営の準備をしろ」
「はっ」
兵士たちは慌ただしく走り回って、キャンプの支度を始めた。
「今日はこのホールで野宿みたいだな」
俺はうーんと伸びをしながら言った。ずっと気を張っていたから、思ったより疲れているな……それに、腹が減った。伸ばした胃袋が、きゅるきゅると切ない音を出している。一緒に馬車の上にいたライラも、くたびれた様子で頭を揺すっていた。彼女の場合、苦手な暗闇でしんどいのもあるんだろう。一方、フランはぜんぜん疲れていなさそうだ。
「ここは広いですから、野営しやすそうですもんね。ふぅ、一息つけそうです」
ふわふわと下りてきたウィルも、少し疲れた声色をしていた。
「ウィル、疲れたか?」
「というか、ずっと緊張してました。なんだか、闇の中に何かが潜んでいそうで……」
「あ、それ俺も思った。何なんだろうな、あれ。ジーッと見てると、時折何かが動く気がしてさ……」
「ああー、後あれです。天井の木目とかも、人の顔に見えませんでしたか?」
「あはは、あったあった。だから昔は、寝るときは絶対に目を開けないようにしてたよ」
「あははは、かわいいですね。私が子どもの頃は、神殿のお手洗いの扉にガイコツが見えて、絶対一人でトイレに行けなかったな……あ」
とたん、ウィルはしまった、という顔をした。
「あ、あはは。すみません、今のは忘れてください……」
「……そういや、デュアンが言ってたっけな。ウィルがおねしょをして、プリースティス様の寝巻を汚しちまったって。あれは、そういう……」
「わーわー!推測しなくていいですから!」
あはは。ウィルとふざけていると、少し疲れが取れた気がする。そうしているうちに、野営の準備はほとんど終わっていた。炊事をする匂いが漂ってくる。ああ、腹減ったなぁ。
「いま外は、いつくらいなんだろ」
「ちょうどいい頃合いだよ」
え?俺とウィルはそろって、隣でそうつぶやいたフランを見た。
「ずっと暗いから分かりづらいけど。多分外はとっくに夜だから」
「へぇ~」
さすがフラン。体内時計すら正確なのか。この遺跡に入ったのが昼くらいだったから、もう半日近く過ぎたことになるんだな。どうりで腹も減るわけだ。
時の流れの速さに、俺が舌を巻いた時だった。突然、フランががばっと体をひねった。
「……!」
「……?フラン?どうした」
「いま、何か聞こえた……」
なんだって?俺とウィル、それにライラは顔を見合わせて、耳を澄ませる。しかし、あたりは作業をする兵士たちの発する、ガチャガチャした音で満ちている。並の耳しか持たない俺たちじゃ、何の音も拾えなかった。
「静かにして!」
フランが馬車の上から大声で叫んだ。急に女の子の怒鳴り声がして、兵士たちは何事かと手を止める。にわかに音が減り、一瞬の静寂が訪れると、かすかな声が聞こえてきた。
「すん……ぐすん……」
……!聞こえた!小さな子どもがすすり泣くような声。真っ暗なホールのどこかから、くぐもった声がする。
「この声……女の子か?いったい、どこから……」
俺がきょろきょろと視線をさ迷わせている間にも、フランは音の出所を掴んで、正確にある一点を見据えていた。
「あそこだ……何かいる」
まったく、ほんとに大した視力だな。俺はフランと同じ方向を向いたが、暗くて何も見えない。
「アニ、お前の明かりを、あそこに届けられるか?」
『承知しました』
俺はシャツの下から、アニを引っ張り出す。アニは青い光を照射し、その暗闇へと投げかけた。
「っ!あれは……!」
青白い光に照らし出されたのは、一人の少女の姿だった。う……思わず目をそらしそうになる。なんとその少女は、一糸まとわぬ、素っ裸だった。しかも、遠目でも分かるくらい、すごく可愛い顔をしている。ブロンドの髪はサラサラで、目は大きくパッチリ。直視するのが恥ずかしいくらいだな……だがすぐに、そんなこと言ってる場合じゃないと気づく。その子の下半身は、がれきの下に埋もれていたからだ。
「うぅ……たすけて……」
「っ!た、たいへんだ!」
俺は大急ぎで、馬車から飛び降りようとした。だがフランに、がしっと腕を掴まれる。
「ちょっと!何する気!?」
「何って、決まってるだろ。あの子を助けないと!」
「正気?ちゃんとよく見たの?」
「見たから言ってるんだろ!フランこそ、あの子が苦しんでるのが見えないのかよ!?」
俺はイライラしながら叫んだ。どうしてフランはこんなこと聞くんだ?俺はらちが明かないと、ウィルの方を見た。が、おかしい。ウィルもまた、困惑した表情をしている。
「お、桜下さん……?」
「ウィル、どうしたんだよ。お前も、あの子を助けるのに賛成だろ?」
「い、いいえ。だって、おかしいですよ。こんな場所に、女の子が一人でいるなんて……」
「~~~あぁぁ!そんなこと、今はどうだっていいだろ!?早くしないと、間に合わなくなる!」
俺が怒鳴ると、ウィルはびくりと首をすくませた。ったく、どいつもこいつも!どうして、あんなに可愛い子を疑えるんだ!?正気を疑うぞ!!!
「桜下……?」
俺が癇癪を爆発させようとしていた、その時だ。ついと裾を引かれて、俺は反射的に振り返った。そこには、不安そうな目で俺を見つめる、ライラがいた。ふるふると揺れる大きな瞳を見た時、俺は奇妙な感覚に陥った。
こんなにもイライラしているのに、どうして俺はイライラしているんだ?と、疑問を感じたのだ。いや、理由は分かる。あの子を助けなきゃいけないのに、みんながモタモタしているから……けど、どうして助けなきゃって思うんだ?
『主様。正気を保ってください。ラミアの魔性に負けてはなりません』
アニの一言で、俺は眠りから覚めたような気がした。頭から急速に熱が抜け、代わりに現実感が押し寄せてくる。
「……フラン。一発、俺をどついてくれないか?」
「わかった」
フランは一切躊躇せず、俺のみぞおちにジャブを食らわせた。ドスッ!
「グボっ……!!!」
「ちょ、ちょっとフランさん!桜下さん、大丈夫ですか!?やりすぎですよ!」
「だって、イラっとしたから。あんなのに、鼻の下伸ばして」
「まあ、それは私もそうですけど……」
「ウィル……フォローするのか、しないのか、はっきりしてくれよ……」
俺は腹をさすりながら起き上がった。まったく、きついのを食らわせてくれるぜ。だが、おかげで完全に目が覚めた。
「ごめんみんな。やっと目ぇ覚めたわ」
「もう、シャキッとしてよね」
「ああ。サンキュー、フラン」
俺が礼を言うと、フランはぷいっと顔をそむけた。が、そのすぐ後にちらちらと、気づかわし気にこちらをうかがってくる。さっきのパンチ、気にしているのかな。俺が大丈夫だと腹をぽんぽん叩くと、フランは少し表情をやわらげた。
「さて……問題は、あの女の子だな」
『主様。アレを、なるべく直視しないようにしてください』
アニの忠告。俺はできる限り薄目にして、再度女の子の姿を見た。
ぼんやりと見える少女の姿は、確かに愛らしい。けど、さっきと違って、かなりの違和感を覚えるようになった。そもそも、こんな遺跡の奥地に、裸の女の子がいること自体不自然だ。ちょっと不謹慎かもしれないけど、死体がある方がまだ納得できるぞ。ここはモンスターだらけの超危険地帯で、滅多に人は足を踏み入れないところなんだろ?
「アニ。さっき、あの子のことを何て呼んだ?」
『ラミア、です。主様、だまされないでください。あの姿はまやかしに過ぎません』
ラミア……?少なくとも、人間以外の何か、ってことだな。
様子がおかしくなったのは、俺だけではないらしい。兵士の何人もが、ぼうっと呆けた顔で、その裸の少女に見惚れていた。あるやつなんて、口元がゆるんでよだれを垂らしている。うわ、俺もああだったのか?ずいぶんまぬけ面だなぁ……
「おい!しっかりしろ!図鑑のラミアの項目を思い出せ!」
正気そうなヘイズが大声で叫んで、近場の兵士の頬を引っぱたいて回っていた。はたかれた兵士たちはぱちぱち目をしばたくと、すぐに頭をぶるっと振って、呆けている他の仲間を叩き始める。気付け方法としては、あっちの方が正解みたいだな。うぅ、フランの手前強がったけど、結構痛かったんだよな……いてて。
「弓兵部隊!目を覚ました奴らだけでいい、順次撃て!」
ヘイズの合図とともに、兵士たちが弓に矢をつがえた。弦が弾き絞られ、一斉に矢が放たれる。ヒュンヒュンヒュン!
「きゃああああああああ!!!」
雨のような矢を受け、少女は甲高い悲鳴を上げた。うぅ、鳥肌が立つぜ……人間を撃っているみたいで、めちゃくちゃ胸が痛い……だが、俺の同情は、長くは続かなかった。
「きゃあああ……あはは。きゃはははは!」
うわっ。狂ったような笑い声が、ホール全体にこだまする。まるで大勢が一斉に笑い始めたみたいだ。さっきまでほとんど静かだったのに、今は反響した笑い声で頭が割れそうだ。
「キャハハハハハハ!」
「くそっ!何がどうなってんだ!」
「桜下さん、あれ……!」
ウィルが震えながら指をさす。その先では、さっきの少女が、ゆっくりと体を起こしていた。あれだけの矢に射られたのに、体には傷一つ付いていない。少女の体は、どんどん高くに上っていく。え?上っていく?
少女は、ゆうに二、三メートルは上昇した。がれきに埋まっていたはずの下半身は、人間のそれじゃない。蛇だ。大蛇のような鱗に覆われた腹が、本来足があるはずの場所から伸びている。
「キャハハハハハア!」
狂ったように笑う少女の顔。その可愛らしい顔に、突如切れ目が走った。グチャッ。少女の顔は、縦に割ったように真っ二つになった。そして喉の奥の穴から、蛇の頭がズルズルと這い出てきた。
「おえっ……」
「うぷっ……」
俺とウィルは、同時に口を押えた。ちくしょう、晩飯を食う前で助かったぜ。あんなものを見た後じゃ、食欲なんて湧かなそうだけど。
「くそったれ……今まで見た中で、一番グロいモンスターじゃないか。あんなのを可愛いと思うだなんて……アニ、あれが、ラミアか?」
『その通りです。人間の女性に擬態し、男性を誘惑して食い殺します』
「恐ろしいモンスターだな……」
『見た目は曲者ですが、それに騙されさえしなければ、そこまで対処に困るモンスターではありません。ましてや、単体なら……』
「……それは、少し早計なんじゃない」
え?フランのつぶやきに、アニも思わず口をつぐんだ。どういう意味だと、俺が訊ねようとしたその時。その言葉の意味を、理解してしまった……
ホールのそこら中から、ラミアの大群が現れたのだ。
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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