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「んー?なんか、先頭の方でやってるみたいだぞ……」
馬車隊は、道がカーブしたところで停まっていた。道に沿って連なった馬車の一番前で、数名の兵士たちが、何やら話し込んでいるのが見える。その手に持っているのは……地図、だろうか?大きな紙を広げて、あーだこーだと言い合っている様子だ。そのさらに向こうには、二股に分かれた別れ道が見えた。ひょっとして、道にでも迷ったのか?
「あ。なあ、ちょっといいすか」
たまたま近くにいた兵士に声を掛ける。兵士はがっしりした体格の、中年のおじさんだった。
「ん?お前確か……ロア様の命令で同行することになったとかいうガキか?」
「あ、そうですそうです。それで、今何してるのかなって」
「ああ、この先の進路の事で揉めてるんだ。今更になって、日和った奴が出てきたんだな」
「ひよる?」
「そうだ。このまま街道を進むのか、“遺嶺洞”を進むのかってことさ」
いれいどう?さっぱりちんぷんかんぷんな俺を見て、兵士は説明を足した。
「知らないか?今俺たちがいる西部街道は、このまま進むとクロム山脈にぶち当たって、大きく北にそれることになる。そうすると、目的地である一の国の帝都へ行くには、かなり遠回りになっちまうんだ」
「へぇ。じゃあ、その遺嶺洞ってのは、ひょっとして近道なのか?」
「そういうことだ。遺嶺洞は、クロム山脈の途中にある、古代の遺跡だ。山脈をぶち抜くように作られてるから、そこを通れば、険しい山を通らずに山脈を越えることができるんだ。そこを通る通らないで、軽く二ヵ月は旅程が変わるな」
「えっ、そんなに?そんなの、通らない理由がないじゃないか。なんでそんなことで揉めるんだ?」
「ほお。なかなか言う小僧だ。ただ、これを聞いても、同じことが言えるか?」
おじさん兵士は、意地悪くにやりと笑う。なんだなんだ?
「遺嶺洞はなぁ、真っ暗な洞窟に作られた遺跡なのさ。大昔には人が住んでいたんだろうが、とっくの昔に滅びて、今は廃墟になっている。山の奥深くにある遺跡だから、だーれも立ち寄らなかったんだろうなあ。すると、そんな場所には当然、モンスターがうようよ住み着くわけだ」
モンスター……しかも、暗くて狭い洞窟にひしめく、だ。視界も悪いし、回避もしづらい……
「そこには、普段は見ないような、恐ろしいモンスターばかりが住み着いてるんだと。呪いの目で人を操るフリア、蛇の王バジリスク、人食いワーム……さらに、洞窟の一番奥には、かつて生贄を捧げていた儀式の祭壇があるそうだ。そこには、今でも犠牲者たちの亡霊がうごめいているらしいぜ……」
兵士の話を聞くほど、俺の顔は青ざめていった。反対に兵士は、何が楽しいのか、にやけた口元の角度が増していく。
「そ、そんなにやばい所なのか……」
「そうとも。そこを通ることを反対する奴は多かったさ。だが、ヘイズ殿が頑として譲らなかったんだ。そりゃそうさ、お前の言った通り、通らん理由がないからな?」
むっ。皮肉っぽく笑う兵士に、俺はすこしイラっと来た。
「そういうあんたは、怖くないのかよ?」
「俺が?おうとも。俺は兵士だ。上の命令には絶対に従う。そこで尻込みする奴は、兵士失格だな」
く……兵士は自信満々にそう言い切った。ちょうどその時、止まっていた馬車が少しずつ動き始めた。どうやら、話し合いは終わったみたいだ。
「お。ちょうど動き出したな……ふふん。やっぱり、遺嶺洞に進むことにしたみたいだぞ」
先頭の馬車の行く先を見て、満足げに兵士が笑う。
「お前さんも災難だったな。ま、あそこを通って死ぬのは、だいたい一、二人くらいなんだそうだ。そこに入らないよう、せいぜい祈っておくんだな」
わはは!兵士は大口で笑って、すたすた行ってしまった。くそ、なんなんだ。怖がらせるような事だけ言いやがって、大人げないな。けど……正直、ビビった。
「遺嶺洞か……無事に通れればいいんだけど」
この胸のもやもやは、さっきの兵士にからかわれたせい……と、思いたかった。まさか、胸騒ぎというわけでは……な?
「遺嶺洞、ですか……」
再び動き出した馬車の中で、俺の話を聞いたウィルは、青い顔で繰り返した。
「そんな恐ろしい所を通っていくなんて……けど、それだけ切羽詰まっているってことなんでしょうね……」
「そうなんだろうな。なんつっても、二ヵ月だ。今のエドガーじゃ、とても耐えきれないだろ」
「そう、ですよね……でも、怖いです……」
正直、俺もウィルと同じ気持ちだった。誰が好き好んで危険な場所に行くもんか。しかも俺とウィルは、ホラーが苦手という共通弱点もある。ネクロマンサーと幽霊が、お化けが苦手だなんて……笑えない冗談だな。
「ねえ。でもその話、全部が本当とは限らないんじゃない?」
どっぷりと陰鬱な空気に沈みかけた俺たちに、フランが待ったをかける。
「その兵士、感じ悪いやつだったんでしょ。からかわれてるのかもよ」
「あ、それは確かに。大げさに言ってるだけかもな」
ならば、情報の精査をした方がいいだろう。この世界の事なら、博識な字引に聞くのが一番だ。俺はシャツの下から、ガラスの鈴を引っ張り出した。
「アニ。遺嶺洞ってとこについて、教えてくれないか?」
『かしこまりました。話はだいたい聞いていましたが、残念ながら遺嶺洞が危険な場所であるという事実に、差異はありません』
なんだ、そうなのか。俺とウィルは、そろってため息をついた。
『遺嶺洞を通るルートが開拓されたのは、約五十年ほど前だと言われています。発見自体はそれよりも前でしたが、モンスターや罠が多すぎて、とても通れたものではなかったのです』
「罠?モンスターだけじゃないのか?」
『はい。旅人を疲れ果てさせる迷路や、時限式で召喚されるガーゴイル、落石、落とし穴……あそこは遺跡というよりは、ダンジョンと言ったほうが正しいでしょうね』
うわー……聞く前よりも状況が悪くなっているじゃないか。トラップまであるのか……
『ただし、それは当時の話です。幾度にもわたる調査、およびモンスターの討伐によって、現在の遺嶺洞の通行はそこまで非現実的ではありません』
「おお!そういう話が聞きたかったんだよ。じゃあ、今は安全なのか?」
『いいえ、先ほども言ったでしょう。危険なことに変わりはありません。整備された街道を外れるだけでもリスクが跳ね上がるというのに、あまつさえ閉所かつ暗所である洞窟に入るわけですから』
「あ、そう……ちぇ。そんな道、どんな奴が通るんだ?よっぽど命知らずな連中だな」
『ええ。ですので、個人で遺嶺洞を通る旅人はまずいません。あそこを通る者は、事前に大人数でパーティを組んでから臨むことがほとんどです。ちょうど、今の主様たちのように』
「あ、そう言われりゃそうだな。ヘイズは、これだけ兵士がいるから通れるって判断したのか」
『もしくは、通ることを想定して人数を増やしたか、ですかね。おそらく、どんなモンスターが現れても対応できるように、十分な武装もされているのではないですか?』
「なーるほど。危険だってわかってるなら、きちんと準備しとけばいいってことだな」
『そういうことです』
うん、そう言われれば、希望も持ててくる。やっぱり話してみるもんだな。
「桜下も、ウィルおねーちゃんも、だいじょーぶだよ。どんなモンスターが出ても、ライラがやっつけたげる!」
にこりとライラがほほ笑むと、ウィルもつられて笑顔になった。
「うふふ。ええ、そうですね。私も微力ながら、お手伝いします。考えてみれば私、もう死なないですしね」
うむ、確かに。不死者は、それであるだけでも強力だ。暗所ではフランの目が活きるし、エラゼムの剣も元通りになった。なんだ、考えてみれば、案外どうとでもなりそうじゃないか。
「後は……アルルカ。お前も手伝ってくれるのか?」
俺は最後に、床に寝転ぶアルルカへと目を向ける。この自分勝手なヴァンパイアは、ついこの前までは、自主的に俺たちへ手を貸したことはなかった。が、なんの心境の変化があったのか、ついにその不文律が破れたのだ。
「……ま、気が向いたらね。あんたたちが、どぉーっっっしようもないほどだらしないようなら、手を貸してあげるわ」
案の定、アルルカは断らなかった。相変わらず口は悪いけど……やれやれ、どういう風の吹き回しやら。人徳なんて理念、とっくにぶっ壊れていると思ったけど、ようやく仲間意識が芽生えてきたのだろうか?俺はにやりと笑った。ライラとフランは憤慨しているが、少しは更生の兆しが見えてきたってもんだ。
「よっしゃ!それなら、俺たちが兵士たちを守ってやろうか。死人が出るのも嫌だしな」
夜になってから、俺たちがそう申し出ると、ヘイズは大そう喜んだ。王都での俺たちの活躍を知っている一人だからな。
それから俺たち一行は、次第に街道から外れ、山深い旧道を進んでいった。そして、数日後。ついに、うわさの遺嶺洞への入り口が、俺たちの目の前に現れたのだった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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