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5-2

5-2


翌朝。山の稜線がうっすら青く色付くと同時に、俺たちは移動を開始した。ロアの手紙では、状況はかなりひっ迫しているらしい。もたもたしている暇はないな。

バッチリ寝てすっかり元気になったライラがストームスティードの魔法を使い、俺たちは文字通り、風のように速く走った。高原を抜け、平野を抜け、いくつかの小さな村を通り過ぎ、街道をひたすら南へ。休む間もギリギリまで惜しんだ結果、行きの半分とまではいかないだろうが、三分の二くらいには短縮された旅程を経て、俺たちは王都へととんぼ返りした。


「信じられません……ほんとに王都の明かりが見えてきましたよ」


走り続けること数日。ストームスティードで走りながら、俺の肩につかまったウィルが感心したようにつぶやく。いや、どちらかといえば呆れたようにかな?時刻は夕暮れ、あたりが薄暗くなってきた頃合いだ。下り坂の街道の先に、王都の広大な町明かりが広がっている。俺はウィルに返事をしようとしたが、声がかすれて出てこなかった。喉の調子を整えて、もう一度。


「ほんとに。よく走ったよな」


寝ているか飯食ってる時間以外は、ほぼ馬上で過ごしてきた気がする。実際それくらいの勢いだっただろう。ずっと走り続けたせいで、俺は全身が砂埃でバサバサのパサパサ、もう少しで干物になりそうだった。馬に慣れない三つ編みちゃんもぐったりして、俺にもたれている。彼女には申し訳なかったが、人の命には代えられない。


ついに王都の門へとたどり着いた。もうすぐ日暮れだというのに、検閲所には荷馬車の列ができている。さすが、王都はにぎやかだな。いつもは列に並ぶところだが、今は事情が事情だ。俺たちは順番待ちの列のわきを通り、関所に首を突っ込む。


「あのー。ちょっといいかな?」


「うん?なんだ、ここは衛兵以外立ち入り禁止だぞ」


関所の中には、中年の衛兵が詰めていた。衛兵は俺を胡散臭そうな目で見ると、しっしと追い払おうとする。


「ちょーっと、待ってくれ。ほら、これ。俺たち、ファインダーパスを持ってるんだ。だから先に通してくれないか?」


俺はカバンから、小さな金属のプレートを取り出して見せる。これがあれば、たとえ国境だろうが顔パス余裕なのだ。衛兵はプレートを見て目を丸くすると、さっと顔色を変えた。


「あなた方、もしや王女様に呼ばれた方たちですか?」


「あれ、知ってるのか?うん、ロアから手紙を受け取った」


「かしこまりました。奥へお進みください」


衛兵はさっと身をひるがえして、関所の中へと通してくる。どうやら、ロアが事前に根回しをしていたようだ。


「表に早馬を待たせてありますので、そのまま王城までお向かいください。王女様がお待ちかねです」


関所を出ると、驚いたことに、一台の立派な馬車がスタンバイしていた。はかったように俺たち全員がぴったり乗れるサイズの馬車に乗り込むと、勝手に扉がバタンと閉められ、と思った次にはガタゴト走り始めていた。


「ふぅむ。ロアのやつ、ほんとに待ちかねてたみたいだな」


用意周到な根回しのおかげで、俺たちはそのままとんとん拍子で王城へと運ばれた。

しばらく揺られたのち、やがて馬車はかくんと止まった。それと同時に、扉がパッとひとりでに開かれる。さっきから、自動ドアにでもなっているのか?と思っていたけど、なんてことはない。単純に御者が開け閉めしているだけだった。なんだか、一秒でも早く降りろと言われている気分だ。普段だったら感じ悪いけど、それだけ緊急事態なのだろう。


「おお!着かれましたか!」


俺たちが馬車から降りると、そこは王城の目の前だった。城の玄関から、執事服のおじさんが小走りにかけてくる。慌ただしい出迎えだ。


「お待ちしておりました。さあ、どうぞこちらへ」


「あ、ああ。あの、俺たち、なんにも詳しい事聞いてないんだけど?」


「それもこれから説明させていただきます。さあ、どうぞ」


執事に促されるまま、あれよあれよという間に、俺たちは王城の一室へと通された。その部屋に入った瞬間、粉薬のような苦い匂いが鼻をついた。室内にはカーテン付きのベッドが置かれている。医務室だろうか?カーテンが閉じられたベッドのそばにいすが置かれ、そこに見知った顔が腰かけ、うつらうつらと舟を漕いでいる。


「ロア様。例のご一行が到着されました」


執事がとんとんと肩を叩くと、ロアははっと顔を上げ、腫れぼったい目で俺の顔を見つめた。


「来たかっ……!」


ロアは大声を出しかけたが、すぐに口をつぐんで、ベッドの中を気遣うようなしぐさを見せた。誰か寝ているのだろうか。


「よく来てくれた。もう少し掛かるかと思っていたが、早かったな」


「ま、あんな手紙送られちゃな。寝る間も惜しんですっ飛んできたんだ。多少ほこりっぽいけど、怒るなよ」


「そうか。すまない、感謝する……」


ロアは前と違って、ずいぶんしおらしい。よく見ると髪もすこし乱れているし、化粧をしてごまかしているが、目元にはくまが浮かんでいる。さっきの様子からしても、ずいぶんと満足に寝ていないみたいだな。


「まあ、いいさ。それよりも、詳しく説明してくれ。何があったんだ?」


「ああ……」


ロアは椅子から立ち上がると、ベッドから離れ、医務室の隅に置かれたソファへと移動した。俺たちも移動し、ロアの向かいに座る。執事のおじさんが恭しく頭を下げて出ていくと、ロアは疲れた口調で語りだした。


「……手紙には、何と書いていたか。急いでいたので、よく覚えていないのだが……」


「……エドガーが、死にかけてる。その呪いを解くために、俺の力が必要だから王都まで来い」


「ああ、そうだったな。すまんな、この二、三日は忙殺されっぱなしで、その合間に書いた手紙だったのだ」


「……らしくないな、そんなに素直に謝るなんて。エドガーは、そんなにひどいのか?」


「……ひどい。今も、そこのベッドで寝ているのだ。本人からしても、あまり見せたい姿ではないだろうが……しかし、こちらから頼んでおいてそれもあるまい。一度、見てやってくれるか」


ロアは立ちあがると、カーテンの閉められたベッドまで歩いていく。あそこに、エドガーが……さっきから、寝息の一つも聞こえてこないのだけども。俺は恐る恐る、ベッドまで近づいて行った。


「……開けるぞ」


ロアは前置きしてから、カーテンをゆっくりと開いた。


「う……」


ウィルがうめいた。

エドガーは、変わり果てた姿で、横たわっていた。たくましかった顔がすっかり痩せこけ、しゃれこうべのようになっている。髭は汚らしく絡まり合い、目の下にはどす黒いくまが浮かび上がっている。顔色も悪い……いや、首元まで紫色になっているから、おそらく全身が悪いのだろう。その悲惨な様相を見て、ライラと三つ編みちゃんが、それぞれ俺の手をぎゅっと握った。


「……」


エドガーを痛ましそうに見つめていたロアは、やがて耐えきれないとばかりに目をつぶり、カーテンを閉じた。再びベッドを離れ、ソファまで戻ってから、ようやくロアが口を開く。


「見てもらった通りだ。今では、一日数時間しか目を覚まさない。それも日に日に短くなっている……目を覚まさなくなるのも、時間の問題だろう」


「……呪いって言ってたよな。どうしてあんなことに?」


「……あれは、セントウの種を食したことによる呪いだ。このまま放っておけば、やがてエドガーは魂の抜けた亡者となり、いずれいずこかの山へと姿を消すことになるだろう。強い呪いだ。王都の神官でも治療することはできん」


「種を食った、だって?誰かに盛られたのか?」


「違う……セントウの種は、呪いの代償として、一時的に超人的な回復力をもたらすのだ。エドガーは、前の反乱のさい、それを自ら食べた。その結果、やつは三日三晩走り続け、王都に戻ることができたのだ……」


「え。じゃあ……エドガーは、ロアのために……」


そうまでしてまで……ロアは拳を自分の口に押し当てる。


「馬鹿な男だ。そうまでして一人戻ったところで、いったい何ができるというのか……」


心ではそうは思っていないことは、すぐに分かった。ロアの声は、涙を押し殺したように震えていた。


「っ……エドガーが倒れたのは、そういう経緯だ。そして、ここからは、桜下。お前に頼みたいことについてになる」


「ああ、そうだったな。けど、わかってるだろ。俺には、呪いを解く力なんて備わってないぜ?」


「無論だ。お前に呪いをどうこうしてほしいわけではないのだ。この呪いを解ける人物は、大陸全土、いや人類史全体を見てもそう居ない。しかし、隣国一の国には、その内の数少ない一人が現存しているのだ」


「そうなのか!よかった、じゃあエドガーは治るんだな」


「いや……事は、そう簡単ではない。それだけの力を持った人物だ、その手の依頼など、大陸中から雨つぶてのように殺到しているだろう。たとえ私、ギネンベルナ王女の名をもってしても、気安く診てもらえるわけではないのだ」


ウィルがあんぐりと口を開けた。フランも驚いたように目を見開いている。この世界じゃ、王様は文字通りトップ、最高権力者だ。その王様の頼みでも聞き入れられないってことは、よっぽどのことなのだろう。


「でも、それならどうするんだ?何が何でも、診てもらうしかないだろ」


「そうだ……なので、お前を呼んだ」


「あん?」


ここで、俺?


「俺に、接待でもしろって?」


「まさにその通りだ。今回の件をライカニール帝に依頼したところ、条件として、お前を連れてこいと言われたのだ」


今度は俺があんぐり口を開けた。冗談だろ?皇帝様じきじきのご指名ってことか?


「ええぇ……だいたい、どうしてあっちの皇帝さまは、俺のこと知ってるんだ?俺のことは、あんまりおおっぴらにしてないんだろ?」


「ああ。だが、知ろうと思えばどうとでもなるだろう。お前、一の国の勇者と出会わなかったか?」


「あっ……」


「それに、三の国の大公にも知られているしな。ライカニール帝は顔が広い。その程度の情報など、いくらでも仕入れられるのだろう」


ふーむ。まさか、俺が勇者を辞めていることまで知られていたりはしないよな?どうかな……


「ライカニール帝は、我が国の勇者に大変興味を持っている様子だった。お前が同行し、帝都に顔を出すのであれば、診察を許可しようと言ってきたのだ。そう言われて、私が断れると思うか?」


「ああ、うん……」


「気が乗らないことは重々承知の上だ。望むだけの報酬も出そう。都合のいいことを言っている自覚もある。こういう時だけ、おぬしらを頼ろうなどと……だがそれでも、エドガーだけは……」


ロアはまたしても、頭を下げた。ロアにとってエドガーが、父親のような大事な存在だということは、俺も知っている。あの反乱の夜、ロアは自らを犠牲にしてまで、エドガーを助けようとしていたものな。


「はぁ……わかったよ」


俺はそういうしかなかった。つくづく、この王都とは相性が悪いよな、俺って。



つづく

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夏の休みに、小説はいかがでしょうか。


読了ありがとうございました。


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