4-2
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アルルカは真っ黒な翼を広げて、崖より少し高いくらいのところまで舞い上がった。当然、その姿はイエティたちにも見えているだろう。崖の上から伝わってくる気配がにわかに変わったが、それでも大きな動きはない。やつらも、こっちに飛べる手勢がいるとは思ってもみなかったみたいだ。
(よし。むこうが動揺してる、今がチャンスだ!)
俺はぐっとこぶしを握って、アルルカを見つめた。頼んでおいてアレだが、これで失敗したらタダじゃおかないぞ。主に、フランが……
「フー……ッ」
アルルカは細く長く息を吐くと、杖を猟銃のように構えた。間髪いれずに叫ぶ。
「メギバレット!」
ダァーン!開戦のラッパは一瞬だった。杖の先端から白い霧と一緒に、亜音速の氷の弾丸が発射される。俺にはとても目で追えない速さだが、着弾したことだけは判断できた。
「ヴァアアァァ!?」
崖の上から、野太い悲鳴が上がった。イエティの内の一匹がやられたようだ。にわかに連中が騒ぎだす。いよいよ、戦いの始まりだ!
「アルルカ、来るぞ!」
「分かってるわよ!一匹たりとも逃しはしないわ!」
アルルカはすぐさま次の呪文を唱え始めた。イエティたちは崖に陣取ったのが災いして、アルルカに手出しはできない……と思ったが、甘かった。
「うわ!あいつ、岩を投げる気だぞ!」
一匹のイエティが、ライラくらいはありそうな大岩を持ち上げた。やつは両手でしっかり岩をつかむと、砲丸投げよろしく体ごと回転させて勢いをつけ、そのままブゥンと放り投げた!
「アルルカ!」
直撃コースだ!だが、岩がアルルカを粉々にする寸前、アルルカの体は真っ黒なもやとなって消えてしまった。岩はもやを突き抜け、騒々しい音を立てて崖を転がり落ちていく。ガガガーン!
そして次の瞬間には、もやが集まって再び実体となり、両手を合わせたポーズのアルルカが現れた。あれも、ヴァンパイアの権能か……アルルカは得意の魔法の早撃ちを披露する。
「バッカルコーン!」
ザアァァァァ!アルルカが呪文を唱えると、足元の雪がざわめいた気がした。いや、気のせいじゃない!雪が生き物のように、崖の上へと吸い寄せられていく。
ザシャアアアア!
うわ!突然崖の上に、無数の氷の柱がそそり立った。地面が爆発して、そこから突き出してきたかのようだ。三つ編みちゃんはびっくりしてバランスを崩し、ライラと一緒にもんどりうった。
氷の柱の間には、イエティたちが挟まれ、身動きが取れなくなっている。いち、にぃ、さん……うん、全部で五体だ。一匹も取りこぼしていない。そして全員動いているから、殺しもしていない。
「お見事……」
思わずエラゼムもそう溢すくらい、アルルカの仕事は完ぺきだった。
「そうだった……こいつ、やればできるタイプだった」
俺までもがそうつぶやくと、フランは舌を噛み切りそうな顔をした。魔法というお株を奪われたライラも面白くなさそうだ。
「むぅ……こーいうのは、ライラの役目だったのに」
地べたに座ったまま、頬を膨らませるライラ。俺は笑って手を差し伸べる。
「ま、適材適所ってやつさ。今回は場所が悪かった。ライラは、ライラが一番力を発揮できる場所で活躍すりゃいいのさ」
「一番……そっか、そうかもね」
ライラが俺の手をつかんで、ぐっと立ち上がる。
「ねえ、その時になったら、ライラを頼ってくれる?」
「もちろん。よろしく頼むぜ、大魔法使い様」
俺がわしゃわしゃと撫でると、ライラはくすぐったそうにきゃははと笑った。そんな俺たちの姿を、三つ編みちゃんがぼんやりと見つめている。俺が見ていることに気付くと、三つ編みちゃんはふいっと視線を逸らして、たたたっと離れていってしまった。
(さっきの三つ編みちゃんの目……)
俺にはなんだか、羨ましそうに見えたんだけど……
「三つ編みちゃん、どうしたんだろ?」
ライラが不思議そうに首をかしげる。
「……たぶんだけど。三つ編みちゃんにも、兄妹がいたんじゃないかな」
「きょうだい……?」
「ああ。ライラのことを気にかけてくれるのも、そういう理由なのかも」
俺たちの姿を見て、家族のことを思い出したのかもしれない。三つ編みちゃんの家族は、今頃どうしているのだろうか……
「そっか……三つ編みちゃんにも、おにぃちゃんがいたのかもね。ねぇ、桜下。三つ編みちゃん、きっと大丈夫だよね?王都に行けば、どうにかなるよね?」
「……ああ」
そう言うしかなかった。いや、そうなってくれと、俺も願っていたのかもしれないな。
戦闘が終わると、俺たちは速やかにその場を離れた。アルルカの話では、あの氷柱はそうそう溶けないそうだが、ぼやぼやしていたら別の仲間が集まってくるかもしれない。イエティたちは氷をかじったり、殴りつけたりしていたが、魔法の氷はその程度ではビクともしていなかった。あの調子なら、やつらが解放される頃には、俺たちは地平線のかなただろう。
「どう、どう?あたしの魔法、すごかったでしょう?」
「ああ。すごかったよ」
「んふふふふ!そうでしょう、そうでしょう!もっと褒めたたえなさい!」
戦闘の立役者だったアルルカは、さっきからこの調子だった。鬱陶しいことこの上ないが、なまじ戦果をあげた手前、邪険にもしづらいんだ。
「やっぱりあたしって、自分の才能を隠しておけないのよねぇ~。この有り余る能力を活かさないと、この世に不公平じゃない?あたしばっかり力を得ちゃ、他の凡夫があまりにも哀れっていうかぁ~?」
「……あああ!もう!いいかげんにして!!!」
わあ、ついにフランの堪忍袋の緒が切れた。さっきまでの緊張と、アルルカの流水のような戯言のせいですっかり疲れていた俺は、心底うんざりした。この上で、二人のケンカを仲裁しなきゃならないなんて、あまりに重労働すぎる。
「お二人とも!いつまでいがみ合っているつもりですか!もうその辺にしてください!」
一触即発な二人を見かねて、ウィルが大声で喧嘩を止めに入った。二人はキッとウィルを睨むが、負けじとウィルも二人を睨み返す。
「フランさん!腹が立つのもわかりますけど、今は移動が先決でしょう!大騒ぎして、またモンスターが寄ってきたらどうするんですか!」
「だ、だって!」
「だってもヘチマもありません!喧嘩ばかりしている女の子は、男の子に嫌われますよ!」
その一言に、フランはびくりと肩をすくませて、ちらりと俺を振り返った。どうして俺を見るんだ……あ、そういうこと……少し考えてから、俺は頬を赤くした。ご、ごほん。
「アルルカさんも!あまり調子に乗り過ぎないでください!」
「な、なによ。あんただって、なんにもできなかったじゃない……」
「そうです!私はすごい魔法も、とてつもない力も持ち合わせていません。ですが、力にあぐらをかいてふんぞり返ることが間違いだということは分かります。それに、単純に不快です!」
「なぁ、なんですって!あんた、ケンカ売ってるの!?」
「いいですよ。そっちがその気なら、私にも考えがありますから。私だって、これでもシスターの端くれですからね。ターニングを試してあげましょうか?たぶん微弱な効果しか出ないでしょうけれど、それを四六時中、それこそ満月の夜にだってしてあげてもいいんですよ?幽霊は疲れませんから」
「うっ……」
そんなんじゃ、満足に吸血はできないだろう。アルルカもそれを想像したのか、黙りこくってしまった。すげ、二人とも言い負かしちゃったよ。戦いでは非力でも、口喧嘩じゃ最強はウィルかもしれないな……
二人がしおらしくおとなしくなり、ウィルが二人から離れたタイミングで、俺はこっそりウィルに話しかけた。
「ウィル、サンキューな。二人のこと。どうしようかと思ってたところだったんだ」
「ええ、そうだろうと思って、多少強引にでもやめさせちゃいました。桜下さん、お疲れそうでしたものね」
「え、気付いてたのか?」
「ほんのちょっと、ですけど。それに、女の子のケンカは、慣れていないでしょう?神殿のみんなは仲良かったですけど、いつでもそうだったわけではないですから」
ははあ、なるほどな。これも、適材適所ってやつか。
「あ、ところで。お前って、ターニングってやつ、できたのか?」
「ああ、あれは嘘です。それができたら、とっくにいろんな場面で使ってますよ」
ぐはぁ~……敵わないな、まったく。
つづく
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