1-1 アラガネでの出会い
1-1 アラガネでの出会い
宵の口の紫色の空には、半分になった黄色い月が昇っていた。夜であっても騒々しくにぎわう工場町・アラガネに、俺たちを乗せた汽車は煙を吐いて滑り込んだ。
「あ゛~~~、やっとついた……」
薄汚れたホームに降り立った俺は、ぐぐーっと背伸びをした。全身バッキバキだぜ……あいたた。
夜の空気は冷え冷えとしていて、吐いた息が白く煙る。空気にはわずかに、ススの焦げ臭いにおいが混じっていた。アラガネに戻って来たって感じだな。
「すっかり日が暮れちゃいましたね」
俺の隣に浮かぶ幽霊のシスター・ウィルが、空を見上げてつぶやく。
「だなぁ。まったく、ここの汽車は実にのんびりだ」
「あはは、ですね。途中で何度も停まりましたもの」
「ほんとだぜ。あれが特にひどかったよな、機関士が腹イタとかで、急に草むらに消えたせいで三十分近くも停まったやつ」
「うぇ。桜下さん、思い出させないでくださいよ……汚いなぁ」
「ははは。ま、それ以前にスピードもだいぶ遅いのもあるけど」
「へぇ。桜下さんが前いたところで乗っていた汽車は、もっと早いんですか?」
「ん?ああ。汽車とはちょっと違うけど……たぶん何時間かあれば、この国の半分くらいは行けちゃうんじゃないかな?」
「ええ〜……」
ウィルはどんな想像をしたのか、白い顔をさらに青ざめさせた。
「そんな恐ろしいモノにいつも乗っているから、召喚された勇者さまは強いんですかね……」
「おいおい……」
ウィルは、俺たちが毎日ジェットコースターに乗っているとでも思っているのだろうか?
ホームを出て、アラガネの町を歩く。相変わらず錆びたパイプや機械だらけの街並みからは、シューシュー、ガチャガチャと様々な音が聞こえてくる。
「宿を探さないとね」
ゾンビの少女・フランが、にぎやかな街角を眺めながら言う。
「宿か……フラン、もしあれだったら、夜は町の外に出ててもいいぞ?たしか前に、うるさいのは嫌だって言ってたよな」
「え……まあ、そうだけど……」
俺なりに気を利かせたつもりだったのだが、フランは歯切れ悪く顔を逸らしてしまった。
「……別に、いいよ。夜中はさすがに静かになるでしょ」
「そうか?無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理とかじゃなくて……」
フランは、はぁとため息をつくと、俺に顔を寄せて小声でささやいた。
「一緒に居たいって言ってるの」
へ?俺は固まってしまった。みぞおちに不意打ちを食らった気分だ。たぶん、俺以外には聞こえなかったろうが……仲間たちが、急に足を止めた俺を不思議そうに振り返る。
「そ、そうか。ま、まあ好きにすればいいよな。うん」
俺はあたふたと取り繕うと、また歩き出した。
この前の告白の時から、フランがいやに素直になった気がする。いや、違うか。俺が、フランを意識するようになったんだな。普段のそっけない態度に慣れているから、こういう不意打ちはドキッとするんだよな……
「しかし先ほどから、宿らしい宿の一つも見当たりませぬな」
ちょうどよく、鎧の騎士・エラゼムが口を開いたので、俺はそちらに話を切りかえることにした。
「あーっと、確かにそうだな。でも、汽車が停まる町なんだ、絶対泊り客はいると思うんだけどな」
「おっしゃる通りですな。となると、もう少し奥に行かねば出てこないのか……」
そこで俺たちは、なるべく静かなほうへと通りを進んでいった。にぎやかな所は大抵工場か鍛冶場なので、そこを避けたってわけだ。読みは当たって、町の中心部を離れると、民家や商店などの普通の建物が顔をのぞかせ始めた。
「あ!あそこ、そうじゃない?」
グールの幼女・ライラが、一つの看板を指さしてぴょんと跳ねた。古ぼけたガレージのような建物の軒先には、「INN」の文字のプレートがぶら下げられている。
「おっ。でかしたぞライラ」
「へへへ。けど、ちょっと古そうだね」
「まあ、この際贅沢は言ってられないな。なあに、俺たちには安宿の方が似合ってるさ」
俺たちはその宿屋へと足を向けた。
宿の名前は“カバネ”と言うらしい。独特なネーミングセンスだな。軋む扉を押し開くと、内装は外見にもましてさらにガレージっぽかった。一瞬、入る建物を間違えたかと思ったほどだ。よくある宿のような受付とかはなく、代わりに散らかった作業台と、鉄床が置かれている。
「あれ……?ここ、宿屋で合ってるよな?」
「そのはずですけど……」
俺とウィルが顔を見合わせていると、奥の扉が開いて、そこからぼさぼさの白髭を生やしたじいさんが現れた。うわ、一瞬ドワーフかと思ったぞ。
「おりゃ?おめぇさんたち、お客さんか?」
「あ、ああ。あの、宿に泊まりたいんだけど……」
「おーおー!よく来なすったな。部屋は空いとるでな、さっそく案内しよう。こっちじゃ」
じいさんは付いて来いと手招きすると、入ってきた扉に戻っていった。俺は仲間の顔を見渡した後、そろそろとそのじいさんのあとに続いた。
狭い廊下を通ってじいさんに案内された部屋は、ずいぶんこじんまりしたものだった。客室というより、普通の家の一室を改造して客室にした感じがする。ガレージ風の見てくれといい、ここはもともと、別の店を営んでいたのだろうか?
「あんたらの人数だとちと狭いかもしれんが、どうかね?二部屋に分けるかい?」
「あいや、一つで十分だよ」
「そうかえ。どうじゃ、なかなかあったかくて、居心地いいじゃろ?」
「あれ?言われてみれば……」
不思議だな。さっきまでの寒さを感じない。部屋には暖炉もないのに、どうしてこんなに暖かいのだろう?
「ふぁっふぁっふぁ!これはの、わしの発明品のおかげなんじゃ。床下のパイプの中に熱い湯を循環させて、それで空気を温めておるっちゅうわけよ」
「へぇー」
似たような暖房器具が、前の世界にもあったな。この世界基準で考えると、なかなかハイテクな設備だ。こんなボロ宿にしちゃ、こじゃれた物が置いてある。
「ひょっとしてじいさん、発明家かなにかなのか?」
「ほっほっほ。ま、似たようなもんじゃな。今は宿屋の店主と兼業じゃ」
「へー。だからガレージみたいなのか。あ、じゃあ他にも何か発明品があったり?」
「ふぉっふぉ、そうじゃのぉ。そのベッドなんかは、なかなか自信作じゃぞ。名付けて、屑鉄ベッド」
屑鉄ベッドだって?俺は部屋に置かれた、すこしくたびれたベッドを見た。フレームは確かに金属でできているみたいだが、それ以外は普通のベッドに見える。
「……これのどこが、屑鉄なんだ?布団の中に鉄でも入ってるとか?」
「ふぁっふぁ。なぁに、チクチク痛むということもなかろうて。ナットとボルトだけを使っとるからの」
えっ。マジかよ!思わずのけ反った俺を見て、じいさんは髭を震わせてわらった。
「ふぁっふぁっふぁ!嘘じゃ、ウソじゃ。中にバネを仕込んどるんじゃ。おったまげるぞい。王宮のベッドよりも弾むはずじゃ!」
なんだ……けど、ならスプリングベッドってことだ。これは、寝る時が楽しみだな。実際に王宮のベッドで寝た俺が、じきじきに審査をしてやろう。ライラもきらきらと目を輝かせて、そのベッドを見ている。
「それじゃ、後はごゆるりとしなされ。食事は出せんから、適当に頼むぞい」
「わかったよ」
じいさんはうなずくと、部屋を出ていった。じいさんが居なくなるやいなや、ライラが早速ベッドへと飛び込む。
「うひゃあー!きゃはは、ほんとに跳ねるよ!」
ライラはぼいんぼいんと、お尻で跳ね回った。スプリングがギシギシしなっている。ライラは軽いから、ちょっとしたトランポリンみたいだ。
「ちょっと!ホコリが舞うでしょ。やめなさいよ、みっともないわね」
はしゃぐライラを尻目に、ヴァンパイアのアルルカは、煙たそうに顔の前で手を振った。ライラがむっとする。
「む……ちょっと、ライラがみっともないって言ったの!」
「え〜ぇ、そうよ。ベッドごときではしゃげるなんて、お子ちゃまもいいところだわ」
「むぅ!ライラは、子どもじゃない!お前なんか、ろくなベッドで寝たことなんでしょ!悔しいからそんなこと言ってるんだ!」
「んなっ。なわけないでしょう!?あんたが想像もつかないようなベッドでだって寝てるわよ!」
「ウソつき!ごまかしてるだけのくせに!」
「上等じゃない、耳の穴かっぽじってよく聞きなさいよ!肉布団って言って、裸にした女を」
「アルルカ、おすわり!」
俺が叫ぶと同時に、アルルカは膝を折りたたんで、正座の形で座り込んだ。この大馬鹿野郎、幼い子どもになんてこと教えようとしてるんだ!
「あんっ……な、なにすんのよ」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……お前はすこし静かにしてろ!」
キツくお灸をすえたい所だが、コイツはドM疑惑があるからな……逆にご褒美になりかけない。この変態ヴァンパイアめ……
外で適当に夕飯を済ませ、宿に戻ってくれば、後は寝るだけだ。この世界にはテレビやネットみたいな娯楽もなければ、そもそも照明などの明かりすら乏しいのだから、日が暮れたら後は寝るだけのことが多い。おかげでずいぶん健康的な生活を送っている気がする。
「あの、私は外を見てきてもいいですか?」
俺とライラが寝床に潜り込んで、スプリングではしゃいでいると、ウィルが窓の外をちょんと指さした。
「外?ああ、構わないけれど」
「あの、大したことじゃないんですが。ほら、ここってキカイ?が多くて珍しいじゃないですか。ちょっと見てみたいなーって」
「そういうことか。行って来いよ。面白いもんがあったら教えてくれよな」
「ええ。それじゃあ、行ってきますね」
ウィルはふわりと浮かび上がって、律儀に扉をすり抜けて外に出ていった。ウィルたちはアンデッドだから、夜も眠らない。俺が寝ている間は、いつも各々自由に過ごしてもらっていた。
「ウィルは、あんがい旅行好きなのかもしれないな」
俺はベッドに肘をついて寝そべりながらつぶやいた。前も確か、ボーテングの町だったか?を観光したがっていたっけ。生前は村の外に出たことがないって言っていたし、新鮮なのかもしれないな。
「……まあ、それもあるかもしれないけどね」
「ん?どういう意味だよ、フラン?」
意味深なフランの発言。ただの観光じゃないってことか?
「本人に聞いたわけじゃないけどね。だけど、たぶん……探してるんだよ。お父さんを」
「え?あ……」
そういうことか。ウィルの父親。鍛冶職人で、赤ちゃんだったウィルを神殿の前に捨てていったという……ウィルはそんな父親のことを恨んでいる、二度と会いたくないと言っていた。けど……
「……やっぱり、気になるよな」
「みたいだね。わたしは仮に父親が生きていたとしても、絶対会いたいとは思わないけど」
でしょうね……フランの父親は、悪名高き勇者セカンドだ。とはいえ、親の顔すらも分からないというのは、やっぱり落ち着かないものなんだろう。
「確かにここは鍛冶場も多いし、可能性も高そうだもんな」
「そういうことなんじゃないかな」
「けど、なら誤魔化さなくたっていいのに……」
「まだ整理がついてないんだよ。悪い事してるんじゃないし、そっとしておいてあげよ」
ふむ。まあ、フランの言う通りか。ウィルとした“例の約束”の件もあるし、困ったらきっと頼ってくれるだろう。その時に協力してやればいいか。
そろそろ夜も更けてきて、ライラがうとうとしてきたので、それきり会話は途切れた。汽車での移動疲れがたまっていた俺も、ライラに続くように、まもなく眠りに落ちた……
「あの!みなさん、いらっしゃいますか!?」
うわっ。いきなりの大声に、俺はがばっと飛び起き、目をぱちぱちとしばたいた。まだ真っ暗じゃないか。今何時だ?
「誰だよ……まだお日様も昇ってないぜ?」
「ごめんなさい。でも、緊急事態なんです!」
うん?暗くてよく見えないが、この声はウィルだな。それに、ずいぶん切羽詰まった様子だ……
「何があった?」
俺は頭を切り替えた。こんな真夜中に起こすなんて、普段のウィルじゃ考えられない。ってことは、それだけの理由があるってことだろう。俺の空気が変わったことに気付いたのか、ウィルは少しほっとした、だがそれでも真に迫った様子で、こう言った。
「女の子が……小さな女の子が、襲われているんです!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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