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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
10章 死霊術師の覚悟
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16-2

16-2


汽車は行きと同じで、乗客の姿はほとんどなかった。代わりに、貨物車にはたくさんの生臭い木箱が積まれている。行きは工業製品っぽいものが多かったが、帰りは魚介類を積んでいるんだろう。

前回の汽車に揺られる時間は、だいたい半日くらいだったか?アラガネの町に着くのは夕方になるだろう。今日はアラガネの町で寝泊まりして、それから山を登れば、ちょうどいいタイミングでドワーフの町に戻ってこられるはずだ。


「ミストルティンの町か……居た期間のわりに、いろんなことがあったな」


車窓を眺めながら俺がつぶやくと、隣に浮かぶウィルが、遠い目をしてうなずいた。


「そうですね……コルトさんたち、うまくやっていけるといいんですけど」


「だな。やっぱり、心配なところはあるけど……そこはもう、祈るしかない。ボウエブがいるから、いざとなれば人手は増やせるし……」


こういう時、ネクロマンサーの能力は便利だ。一人で複数人分の戦力を担えるから。コルトだって、見た目よりはずっと力持ちだ。


「……なんだけどな。はあ~あ、やっぱり不安だなぁ。もっとうまくやれたんじゃないかって、今でも思うよ」


「え、そうなんですか?だって、ぜんぶ桜下さんの狙い通りになったじゃないですか。よくあんな事考えつくなぁって、びっくりしましたよ」


「えぇ?そんなことないだろ。発案は俺だけど、みんなの知恵もたくさん借りたしな」


「そうですかねぇ。でもそれならなおさら、桜下さんだけが悩むこともないんじゃないですか?私たちみんなの責任ですよ」


「……確かに」


「ね?」


あんまり俺だけくよくよしてもしょうがない。ウィルは、その事を言っているんだろう。


「桜下殿。吾輩が言っても、気休めにもならないかもしれませぬが……」


通路挟んだ隣の席に座るエラゼムが、声を掛けてきた。


「吾輩は、コルト殿……おっと、コルト嬢でしたか。彼女ならば、うまくやってくれるのではないかと思っています」


「へぇ、エラゼムが……理由は?」


「そうですな。彼女の能力や、あの死霊術師の活躍にも期待したいところですが……吾輩は、コルト嬢と桜下殿が似ていらっしゃると感じたのです」


「え?俺とコルトが?」


「はい。誰にでも分け隔てなく接するところや、心持ちなどが……彼女ならば、きっと多くの人の心を動かすことができる。先導する立場において、もっとも重要な要素を彼女は持っています。足りない部分があったとしても、きっと仲間が補ってくれましょう」


はぁー。エラゼムはコルトを、そういう風に見たんだな。そう聞くとすごく立派な人に思えてくるけど、そんな人が俺に似ているだって?ほんとかよ?


「……まあ、そうだといいよな。俺も、コルトも」


「ふふ。そうですな」


エラゼムはそれ以上言わずに、ただ静かにうなずいた。俺が自分に自信がない事を知っているからだろう。


「それなら、コルトさんたちは大丈夫そうですけど……」


ウィルが今度は、エラゼムを見やった。


「エラゼムさんの方は……残念、でしたね」


「ウィル嬢、お気遣いありがとうございます。確かにメアリー様の探索は、全くの白紙に戻ってしまいました。ですが、実は吾輩、そこまで落胆してはいないのです」


「え?そうなんですか?」


「ええ。皆様と旅を続けていけば、おのずと各地の町を巡ることができましょう。幸い、吾輩たちには、無限に等しい時間が与えられています。吾輩が心折れない限り、きっといつかは、メアリー様を見つけ出すことができる。そう思うことにしたのです」


「エラゼムさん……それって、とっても素敵だと思います!きっと、きっと見つかりますよ!」


「はっはっは、ありがとうございます。もうしばらくの間、皆様にご厄介になりますな」


エラゼムの声は、実に晴れやかだった。完全に吹っ切れたみたいだな。俺は窓枠に頬杖をつくと、こっそりとほくそ笑んだ。


(なんだけど……)


エラゼムは、もう心配ないと思う。だけど、あと一人。そいつのことが、俺の胸の中に引っかかり続けている。それをどうにかしないとな……うぅ、緊張する。




日が暮れてきた。車内に電灯のようなものは当然なく、わずかな西日だけが、座席の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。


(……そろそろだな)


あれからずーっと頭を悩ませていたが、ようやくある程度、思考がまとまってきた。おかげでこんな時間になってしまったが、まだギリギリ動き回れるだろう。俺はおもむろに席から立ち上がった。今は対面の席にはフラン、ライラ、ウィルの三人がいて、俺の隣にはアルルカが座っていた。

フランたち三人は、ライラがやろうと言い出したなぞなぞ遊びに興じていた。考え事をしていた俺は不参加だったが、思い返せばあれは、縛り付きのしりとりの一種だったような気がする。突然立ち上がった俺を、みんなが不思議そうに見つめる中、俺はフランを見据えた。


「フラン。あー、ちょっといいか?」


「わたし?」


「ああ。すこーしだけ、付き合ってくれないかな。まあ、なんだ。大したことじゃないんだけど」


「はぁ。いいけど……」


フランは怪訝そうにしながらも、座席から立ち上がった。

俺たちが連れたって通路に出ると、エラゼム以外のみんなが、不思議そうにこちらを見ていた。う、さすがにちょっと不自然だったかな……


「えー、じゃ、ちょっと行ってくるな。すぐ戻るからさ」


なんだかかえって言い訳臭い事を口走ってから、俺は足早に車両の後ろへと向かった。

扉を開けて、次の車両へ移動していく。前にフランに連れ出された時と同じように、俺たちは最後尾の車両へとやって来た。最後の扉を開け、外のステップへと出ると、日没間際の薄暗闇が俺たちを出迎えてくれた。

俺は、手すりの上に腕を乗せた。それを見て、フランも隣に来ると、手すりに背中から寄りかかる。


「それで?ここまで連れてきて、何するの?告白でもする気?」


「えっ?い、いや。そうじゃなくてだな……」


「ふふ。冗談だよ」


くすくすと、からかうようにフランが笑う。こ、こいつめ……出鼻をくじかないでくれ、もう。


「わかってる。この前のことの、続きでしょ?」


「……なら、茶化すなよ」


「ごめんね。ちょっとだけ、不安だったの。断られるかもって。わたしってこんなだし」


え?思わず振り向いたが、フランの長い銀髪が風に乱れて、表情まではうかがえない。


「そうじゃない。フランは可愛いよ。ただ……」


「なに?いいよ、言って。ちゃんと聞くから」


「ああ……この前の、な。正直、嬉しかったよ。フランのことは、仲間として頼りにしてるし、一緒にいて楽しい友達だと思ってるし、守ってあげたい女の子だとも思うし、俺をきっと守ってくれるって信頼もしてる。そんな子が俺を好いてくれてるってのは、純粋に、すごく嬉しいんだ」


「……でも、なんでしょ?」


「……フランに、不満はないんだ。ただ、どうしても俺は、自分自身が信じられないんだ」


「あなた自身を?」


「俺は……俺はな。みんなが思ってるより、どうしようもないやつなんだ。前に比べりゃましになったけど、それでも根っこの部分は、暗くて、自信がなくて、ネガティブなままなんだよ」


あの地下牢を思い出す……骸骨剣士に“こころのくさり”を切られたことで、俺は生きることに前向きになることができた。けど、俺という人間の根本が変わったわけではない。心の奥底では、俺はあの日のままなんだ。


「そんな状態で、フランの好意に甘えちまったら、きっと俺はフランに依存しちまう。そんなんじゃ、お前も嫌だろ?」


フランは、考えるように一拍置いた後、こう言った。


「それはそれでいいけど……」


「お、おいおい……」


「冗談。でも、正直わたし、それでもいいよ。あなたが完ぺき超人だと思ったら好きになったわけじゃないもの」


う。またそういう、甘やかすことを……いかんいかん。それをしないために、俺は決意したんだから。


「ありがとな。でもやっぱさ、今のままの俺で、フランの隣に立ちたくないんだよ……もっと、強くなりたい」


「強く?戦いでってこと?」


「いや、というよりか……俺さ、エラゼムと話したんだ。それで俺、あいつに主として認めろって言ったんだよ」


「あなたが?珍しいね。そういうの、興味ないと思ってた」


「いや、その通りだ。けどそれで、エラゼムが悩んでたからさ……それにどうあれ、やっぱり俺は、フランたちの主なんだよ。ネクロマンサーとしてな」


フランは、こくりとうなずいた。やっぱりフランも、そう思っていたんだな。


「俺、これからもっと頑張るよ。みんなの主だって、胸張って言えるように。ただその、それには時間が掛かりそうって言うか……だから、返事はもう少し、待ってほしいっていうか……俺が、自分に自信が持てるようになるまで……いや、自分でも都合のいい事言ってるって、分かってるんだけど……」


カッコつけたこと言っておいてなんだが、結局俺の出した結論は、保留だった。いや、いつまでもってわけじゃないぞ?きちんと向き合うつもりだ、もちろん。けど、フランが何て言うか……


「いいよ」


「え。いいの?」


「だって、最初からそう言ってるじゃん。返事はいらないって」


「あ、ああ……そうだったな」


「たぶん答えられないだろうなって、分かってたんだよ。だって、そんな余裕なさそうだったから。あなた、この世界に来てから、まだ一年も経ってないんだよ?普通だったら、もっとパニックになっててもおかしくないよ。だから、あなたが相っ当ずぶとくて、鈍感なんだってことは知ってたんだ」


「あ、そうね……」


「それに、こうも言ったでしょ?わたしはずるい女だって。あなたがそんなだから、無理やり意識させてやろうって思ってたんだよ?」


「えっ」


そうなの?フランは、ちらりとこちらを横目に見て、心臓に悪い微笑みを浮かべた。


「あなた、もう少し警戒したほうがいいと思う。案外、いろんな人から狙われてるかもよ」


「ま、まさか、そんな……あはは、ないない」


「つい数時間前に、実例があったと思うけど?」


「……」


「……まあ、それはいい。そういうわけだから、その時まで待つよ。エラゼムも言ってたみたいに、旅はまだまだ続きそうだし」


フランは、それでも待つと言ってくれた。申し訳ないやらありがたいやらで、胃がねじ切れそうだ。


「……悪いな、フラン。こんなんで」


「お互い様だよ」


ふむ。ダメ男と、ずるい女か。案外、相性はいいのかもしれないな、なんて。

俺とフランは、お互いを横目で見て、お互いにニヤッと笑った。やれやれ、あんなに考え抜いたのに、フランには最初からお見通しだったってわけか。まったく、こういうのを徒労って言うんだよな。


「でもね」と、フランは手すりから背中を離して、こちらにくるりと向き直った。

「わたしも、ただ黙って待つつもりはないから。あなたが朴念仁だってことは、よくわかったし。い、色々、覚悟しててよ」


「いろいろ……?」


「あ……甘えたりとか……」


「ああ、なんだ、そんなことか。そんなの、しょっちゅうじゃんか」


「え?」


「だって、いっつも俺が髪を洗ってるじゃないか。実際、結構甘えんぼなところあるよな、フランって」


「なっ……」


お、珍しくフランがうろたえている。一矢報いられたみたいだな、ははは。


「に、ニヤニヤしないで!そんなんじゃないから!」


フランはほんのり赤くなった顔で唸ると、バタン扉を開けて、列車の中に戻っていってしまった。俺はぷはははと笑った。


「でも、そっか……わかってくれてたんだな」


俺は正直、もっとフランが怒ると思っていた。だって、今は返事できないけど待ってくれなんて、都合よくキープしているみたいじゃないか。典型的な悪い男のセリフだろ?ビンタをされても文句は言えないと、覚悟していたのだが……


(……やっぱり、俺にはもったいないとか、考えちゃうよな)


フランは強く、賢く、美しい。フランだけじゃない、俺の仲間たちは、みんなそれぞれ、素晴らしい才能を持っている。一方、俺は元勇者とはいえ、ただの人間だ。王都でのウィルの気持ちが痛いほど分かるな……

だけど。フランは、待つと言った。俺は、みんなの主になると決めた。人間とアンデッド、死者と生者。その差は大きいが、一生懸命走っていれば、いつかきっと……


「……これも、覚悟ってやつだな」


さてと。俺は車両の扉に手を掛けた。俺の予想では、たぶん……やっぱり。扉を開け、数歩進んだところで、フランが顔を半分だけ向けて、俺を待っていた。こういう所は、やっぱり可愛いなって思っちまうんだよな。

俺はくすりと笑って、フランの下へと歩いて行った。




十一章へ続く

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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よければ見てみてください。


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