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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
10章 死霊術師の覚悟
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15-1 エラゼムの主

15-1 エラゼムの主


ひやりと冷たい空気が背中を撫で、俺はぶるりと震えて目を覚ました。まだ目の前は真っ暗だ。うぅ、やっぱり夜は冷えるなぁ。俺は毛布を手繰り寄せて、もうひと眠りしようと目をつむった。

その時、背後でかすかに、扉が閉まる音がした。キィ……パタン。


「……ん?」


こんな夜更けに、誰が……?一瞬、コソ泥でも入ったかと身構えたが、それなら仲間たちが見逃さないはずだ。てことは、仲間のうちの誰かだろう。気になりだして、目がさえてしまった俺は、むくりとベッドから起き上がった。

暗闇でしばし目をしばたくと、ぼんやりと室内の様子が見えてくる。あの後、ボウエブの歓待を受けた俺たちは、飯を食い、風呂を沸かしてもらい、ベッドまで譲ってもらった。コルトが「明日出発なのだし、ゆっくり休んで」と、気を使ってくれたのだ。その彼女は、テーブルの上で毛布にくるまっている。ボウエブはその下で、床にじかに寝ていた。この寒さだ、床は冷えるだろうに……ボウエブは、頑として俺たちより高い位置で寝ることをよしとしなかった。奴隷根性、ってやつかねぇ。


「むにゃ……」


俺の隣では、例にもよってライラが丸くなっていた。てことは、ライラが出ていったわけではないな。俺が視線を巡らせると、消えかけの暖炉の火を受けて、赤く輝く瞳と目が合った。


「どうしたの?」


壁にもたれていたフランが、小声でささやいた。なんか最近、夜に目を覚ますと、いつもフランと目が合うな。俺はそっとベッドから抜け出すと、静かにフランのそばまで歩いて行った。みんなを起こさないように、俺も声を潜める。


「フランて、気配とかもわかるのか?」


「え?なに、急に……」


「だって、いつも俺と目があうだろ。起きたのがわかるのかなって」


「……たまたま、じゃない?」


ふむ。まあ、そんなもんかね。


「それより、さっき誰かが出ていかなかったか?」


「え、ああ、うん。エラゼムが。ちょっと出てくるって」


「エラゼム?」


彼が……ふらふらと夜の散歩?まさか、そんな柄じゃないだろうな。でも、今日は残念なこともあったし、気晴らしならあり得るかもしれない。


「うーん……どこに行くとかは、言ってたか?」


「ううん。でも、その辺にいるんじゃないの?あの人の性格からして、遠くには行かないでしょ」


「確かに」


真面目で義理堅いエラゼムが、仲間たちを置いて遠くに行くことはないだろう。案外、その辺にいるのかもしれないが……雪の中でぽつんと一人佇む、彼の鎧姿を想像してみた。うーん……


「……ちょっと、様子を見てくるか。凹んでんのかもしれないし」


「ん。わかった」


取り越し苦労かもしれないが……ちょっとだけ、気がかりだったんだよな。あの霊園で、茫然と立ち尽くしていた彼の姿が。俺は戸口のわきにかけていたマントを羽織ると、そっと扉を開けて、外へと滑り出た。


「うひぃー!寒ぃー……」


夜の冷たい空気は、吸い込むだけで肺まで凍り付きそうなくらいだ。さっきまで暖かい部屋にいたせいか、より一層寒く感じる。はぁーと息を吐くと、真っ白な煙がもくもくと立ち上った。


「あれ?桜下さん?」


ん?頭の上から声が聞こえてきたぞ。見上げると、屋根の上にウィルが座っていた。


「ウィル?何やってんだ、そんなとこで」


「え?ああ、ちょっと祈祷を。最近サボりがちだったので……それよりも、桜下さんの方こそ。まだ真っ暗ですよ?」


「ああ、でもちょうどよかった。ウィル、エラゼムを見なかったか?」


「エラゼムさん、ですか?」


「うん。ほら、エラゼムの城主さん、見つかんなかっただろ。もしかしたら、落ち込んでんのかなって。その辺にいるはずなんだけど……」


「あの、エラゼムさんでしたら、お庭をずぅっと行ってしまいましたけど……」


「え?」


まさか。あのエラゼムが?


「ずっとって、どこに行ったんだよ?」


「さ、さあ、そこまで聞いては……私もたまにお散歩することはあったので、そこまで深く考えなかったんです」


「そうか……まあでも、そういうときもあるかもな……」


エラゼムだって、一人になりたいときくらいあるだろう。ウィルの言う通り、そこまで深く考えなくてもいいのかもしれない。


「あの……私も、エラゼムさんを探したほうがいいでしょうか?」


「……いや、やめておこうか。一人になりたいなら、放っておいてやろう。俺もおせっかいだったよ」


「いえ、ですが……桜下さんに言われて、そうだなって思ったんです。そうですよね、エラゼムさんだって、落ち込むことはありますよね。どうして気づかなかったのかしら……桜下さん、やっぱりエラゼムさんのこと、探してあげてくれませんか?」


「え?でも……」


俺が迷うと、ウィルは屋根から下りてきて、俺の目を見つめた。


「私の早とちりだったら、ごめんなさい。けど、思い返してみたら、エラゼムさんに元気がなかった気がするんです。もし、そうだとしたら……桜下さん、元気づけてあげてくれませんか?」


「俺が?」


「そうです。桜下さんだからこそ、です」


面と向かってそう言われると、大げさじゃないのか?とは言いづらい。それに……ほんとにそうだとしたら、ほっとけないよな。エラゼムは大人だし、俺が二回りも年上の相手を励ませることもないだろうけど……愚痴ぐらいなら聞いてやれるか。邪魔そうだったら、帰ってくればいいんだしな。


「……ん、わかった。行くだけ行ってみるよ」


「ありがとうございます。お願いします」


ウィルは律儀に、ぺこりと頭を下げた。自分の事でもないのに、ウィルも大概お人好しだ。


「エラゼムさんが歩いて行かれたのは、あっちの方向です。私が見た限りは、まっすぐ行かれたはずです」


「わかった。アニ、明かりを頼めるか?」


『承知しました』


シャツの下からアニを引っ張り出す。照らし出された雪の上には、確かに彼の足跡が残っていた。これなら難なく後を追えるだろう。


「よし。じゃ、ちょっくら行ってくるな」


「はい。いってらっしゃい」


ウィルに見送られて、俺は雪の積もった庭を歩き始めた。点々と続く、エラゼムの足跡をたどって。


「……」


ウィルが何かを悩むような目で背中を見つめていたことには、俺は気付かなかった。




「ここって……」


俺がつぶやくと、白い息が闇夜に漂った。エラゼムの足跡を追って、俺が行きついた先は、霊園だった。彼の足跡は、霊園の中へと続いている。


「エラゼム……」


俺は少し速足になって、霊園の中へと入っていった。粉雪が舞う夜の墓地には、俺以外の気配はまるでない。静かだった……当然だろう。ここは、死者の眠る場所。夜更けに墓場をさ迷う者がいるとすれば、それは帰る場所を失くした、さ迷える魂だけ……

やがて俺は、大きな天使の像の前へとやってきた。翼を広げた天使は、雪をかぶってなお、慈愛に満ちた表情を浮かべている。その足元の台座に、エラゼムは腰かけていた。


「エラゼム」


俺が声を掛けると、エラゼムは顔を上げた。きちきちとした彼らしくない、緩慢な動作だった。


「桜下殿……どのように……いえ、足跡が残っておりましたな」


「うん、まあな」


俺がそばに近寄ると、エラゼムはうなだれて、ゆるゆると首を振った。


「どうか、お戻りください。今夜は冷えます。お体に障っては一大事ですから」


「そうだなぁ。エラゼムは?」


「吾輩は……じきに戻ります。桜下殿は、どうかお先に」


「うーん、そっか」


俺はそういいつつ、台座の雪を払って、エラゼムの隣に腰かけた。うは、冷てぇな。ケツが凍り付きそうだ。


「……桜下殿?いかがなされたか……?」


「まあ、いいんじゃないか?そんなに急がなくてもさ。ちょっと、こうしてこうぜ」


「……」


エラゼムは、戸惑っているようだった。だが、はっきりとした拒絶の色は感じない。それを確認してから、俺は空を見上げた。相変わらず、空は厚い雲が覆っていて、星の一つも見えやしない。俺はぽつりとつぶやいた。


「残念、だったな」


「……」


エラゼムは、何も言わない……ま、無理に話さなくてもいいだろう。俺も口はうまいほうではないし、それはエラゼムも同じだ。

そのまま、しばらくの時が流れた。雪は、だんだんと弱まっているみたいだった。ぱらぱらとした粉雪へとなりつつある。どこかの木の枝から、どさりと雪が落ちる音が聞こえた。


「……残念、だったのでしょうか」


ぽつりとこぼしたのは、エラゼムだった。どういう意味だろう?俺は少し考えてから、口を開く。


「俺には、そういう風に見えたけど」


「……そうですな。確かに、落胆したのは事実です。メアリー様の捜索は、振出しに戻ったも同然です……しかし、それだけではなかった。それだけでは、なかったのです……」


エラゼムは、頭の兜を抱えて、深くうなだれた。それだけじゃない?


「吾輩は……どこか、心の奥では……安堵していたのです。どの文献にも、どの墓石にもメアリー様の名がないことに……こんな……こんなことなど、あってはならぬはずなのに……」


「……?エラゼム、どういうことなんだ?」


「桜下殿……吾輩は、望んでいたのです……この旅が、まだ終わらぬことを」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


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