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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
10章 死霊術師の覚悟
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14-2

14-2


「うーん、見つからないなぁ。エラゼム、どうだ?」


「いえ……こちらも駄目です」


「そうかぁ……ウィル、アルルカ。お前らは?」


「ダメです、ちらとも出てきませんよ」


「ないわね」


「ぬうぅぅ……」


俺たち四人は今、グラスゴウ伯爵の部屋で、一心不乱に本を散らかしまくっていた。もちろん、苛立ち紛れに本棚から引っこ抜いているわけではない。グラスゴウ家に関する本を片っ端から開いて、エラゼムの城主・メアリーさんについての情報を虱潰しに探しているのだ。だが、今のところ成果はない。目を皿のようにしても、メアリー・ルエーガーの名前は、どこにも見つからなかった。


「なあ、ここ以外には、歴史書の類はないんでいいんだよな?」


俺が念を押してたずねると、奴隷の女たちは、部屋の隅でこくこくとうなずいた。彼女たちは、今はちゃんと服を着て、隅で一塊になって、俺たちを遠巻きに見ている。いくつか質問をして分かった事だが、彼女たちは妻に先立たれたグラスゴウ伯爵の、妾のような存在だったらしい。彼女たちの“仕事場”は、主にこの伯爵の寝室で、この部屋に大抵の古い本があると教えてくれたのだ。

ちなみに、俺たちがこれだけ大騒ぎをしても、使用人たちは一人も姿を現さなかった。何度か入り口に人の頭を見た気がしたが、すぐに引っ込んでしまった。彼らもまた、自分の身だけが可愛いらしい。さいあく、この部屋の奴隷がどうなろうと、知ったこっちゃないってわけだ。けっ!


「う~ん……桜下さん、これだけ探してもないのなら、ちょっと希望薄なんじゃないでしょうか」


ウィルはぱたんと本を閉じると、眉をハの字にして言った。


「……そうだな。俺も、そんな気がしてきた所だ」


「でしたら、ここは私とアルルカさんに任せてください。桜下さんとエラゼムさんは、もうお墓の方に行かれたらどうですか?」


「え?俺たちだけ?」


「ええ。もう残りの本も少なくなってきましたし、こっちは二人で十分です。作戦が順調なら、そろそろコルトさんたちの方も片が付くでしょうし」


「……そうだな。あまりのんびりもしていられないか。エラゼム、いいか?」


「承知しました。ウィル嬢、申し訳ありません。頼みます」


俺とエラゼムはさっと立ち上がると、部屋の出口へと走り出した。後ろでアルルカが「あたしにはなんかないの!」と騒いでいたが、忙しいので無視する。

俺たちが廊下に出ると、様子を見ていた何人かの使用人が、急いで部屋に引っ込んで、扉を閉めた。そいつらも無視し、俺たちは屋敷を出て、庭園を駆け抜ける。目的地は、庭のはずれの方に隣接している、霊園だ。


霊園は、かなりの広さがあった。暗くて正確には分からないけど、たぶん俺のいた小学校の校庭より広い。ここにも雪が積もっていたが、伯爵家が管理しているだけあって、最低限の雪かきはされていた。とは言え、この広さを探し回っていたら、朝までかかっても終わらなそうだが……


「確か、ボウエブから聞いた限りじゃ……天使の像があるって言ってたよな?どこだろう?」


「ええ……おそらく、あれではないですか?」


「んー……あ、見えた見えた。うん、だな。行ってみよう」


俺たちは、暗がりにかすかに見えた像らしきものへと、アニの明かりを頼りに進む。

十分ほど前のことだ。ウィルの監視の下、キョンシーのパーツを全部集めたボウエブは、それらをひぃひぃ言いながら、伯爵邸へと引きずってきた。俺はそれを“ファズ”で直し、コルトのもとへ向かうように伝えた。その際、霊園の間取りについても、ついでに聞いていたんだ。


「霊園について、ですか?」


「ああ。俺たちは、グラスゴウ家の先祖にあたる人を探してるんだ。その人の墓があるとして、どうやって探したらいいかなって」


「それでしたら、伯爵様の親族が眠る区画があります。その区画には町民は埋葬されず、代々グラスゴウの血を引く者だけの墓が立っているのです」


「おお、まさにそれだ!それ、どこらへんなんだ?」


「ええと、そうですね……区画の入り口に、大きな天使の像が建っております。それが目印になるかと」


「天使の像だな……わかった」


と、言う具合だ。そして俺たちは、その天使像の足下へとやってきた。なるほど、その区画だけは、鉄柵でほかの墓と仕切られている。この中が、グラスゴウ家の墓ってことだな。霊園全体に比べたら、ぐっと絞り込めた。


「これなら、なんとか調べられそうだな。よし……行こう、エラゼム」


「はい……」


俺たちは静かに鉄柵の内へと踏み入れると、慎重に墓石に刻まれた銘を調べ始めた。俺はアニを高く掲げて、エラゼムが墓石の雪を払う。一つずつ、一つずつ。墓石の数は、そこまで多くなかった。歴史の古い家とは言え、一家系の人数はたかが知れている。

そして、最後の墓石を調べ終わった。メアリー・ルエーガーの名は、どこにもなかった。


「そんな……」


エラゼムが、かすれた声で、小さくつぶやく。しんしんと降り続く雪に吸い込まれてしまいそうなくらい、弱弱しい声だった。

メアリーさんの墓がなかった。てことは、メアリーはこの地で没しなかったことになる。いや、そもそも……?


「お墓がない……メアリーさんは、ここに留まらなかったのか?それとも何かの手違いで、この区画にいないのか。エラゼム、念のため他の場所も……」


「いえ……おそらくは、その可能性は低いと思われます」


「え?」


「もしもメアリー様が、ここにお眠りになっているのなら、何がしかの痕跡が必ず残っていたはず。墓の場所を間違えるなど、あるはずがありません」


「……いやにはっきり言い切るな。何か、理由があるのか?」


「はい……実は、メアリー様には、特別な力が宿っていました。光の魔力です」


え?完全に初耳だ。


「光の魔力って……確か、闇の魔力と一緒で、すごく珍しいって言う、あの?」


「はい。メアリー様は、ご自身の力の事を、ごく一部の者にしか明かしていませんでした。皆様に明かさずにいた事、お詫びいたします」


エラゼムは深々と頭を下げた。確かに驚いたけど、怒ってはいない。彼の性格からして、主君が秘密にしていた事をべらべら話すことはしないだろうし。


「でも、それなら……そんだけ珍しい力を持った人なら、何かの記録に残るだろうって?」


「そう、考えております」


「でも、力のことは隠してたんだろ?」


「だとしても、一生涯隠し続けるのは困難かと」


「それもそうか……」


この町には、メアリーの名前も、光の魔力の保持者の記録も無い。


「てことは、やっぱり、ここにはいなかったのか……」


まさかここまで来て、空振りだったなんて。そんなぁ……


「桜下さーん!」


俺たちが茫然と立ち尽くしていると、屋敷の方からウィルが飛んできた。


「ウィル……」


「今、こちらの調べが終わりました。やっぱりメアリーさんらしき人の記録は、どこにも載っていなくて……桜下さんたちは?」


「いや、こっちも見つからなかった……」


「そうでしたか……」


ウィルの方も、ダメだった。どの本にも、彼女のことは記載されていない。そして、墓もない……


「そもそも、メアリーさんは……本当にこの町に来たのか……?」


エラゼムの記憶では、確かにメアリーさんは、北にある母の実家を訪ねると言い残して、城を出ていった。だが歴史は、彼女がここに来たことがないという事実を示している。記録が間違っていたり、なんやかの理由で抹消されている可能性もあるが……


「あの、桜下さん、エラゼムさん」


ウィルが、おずおずと口を開く。


「見つからなかったことは、とても残念です。ただ、フランさんからの伝言が……あちらは、片付いたと」


「そうか……まだ、後始末が残ってるもんな」


いちおう、これで俺たちの作戦は完遂だ。戦いを防ぎ、コルトを調停者へ仕立て上げ、メアリーさんの痕跡を探す。これらのことを、ぜーんぶ一晩でやってのけたわけだな。我ながら、よくやれたもんだ。残念ながら、結果は振るわなかったけども……ただ、だいぶ押せ押せの作戦だったので、まだ粗がいくつか残っている。それを片さないと。


「エラゼム……」


俺とウィルは、立ち尽くすエラゼムを見つめた。生真面目な彼は、これまで何度も落ち込んだり、凹んだりすることがあった。けど今は、何というか……傷ついている、ように見えた。心に深い傷を負ったが、どうやって嘆いたらいいのかすら分からない……そんな風に、見えたのだ。


「……桜下殿、ウィル嬢。コルト殿のもとへ向かいましょう」


「けど……大丈夫か?」


「はい。今はひとまず、なすべきことをなしましょう。考え込むのは、その後でも遅くありません」


「そうか……わかった。行こう」


エラゼムが言うのであれば、何も言うまい。俺たちは、雪の降りしきる静かな墓地を後にした。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


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