表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
10章 死霊術師の覚悟
371/860

8-1 北へ

8-1 北へ


「うぅ~~~、さぶいなぁ」


俺は肩を縮こまらせながら、ずずっと鼻をすすった。この寒さじゃ、鼻水まで凍り付きそうだ。だれだ、地上に出れば、暖かな日差しとそよ風を感じられるなんて言ったやつは?


(……俺だけど)


ドワーフの町、カムロ坑道を出てから一日が過ぎた。あの大穴を境に、山脈は雪の積もった下り坂へと転じた。登りじゃない分、行きよりよっぽど楽だ、なんて思っていたんだけど……考えが甘かった。北に近づいたせいか、寒さが今までの比じゃなくなったのだ。


「同じ国内なのに、ここまで差が出るもんかね……」


俺がぼやくと、それを(いさ)めるように、胸元でアニがチリンと揺れた。


『北部地方は山脈が気流を遮る関係などで、同緯度帯より気温が低い傾向にありますから。それより、気を付けてくださいよ。またあのモンスターがいないとも限らないので』


「わかってるよ。さすがに二度目はごめんだ」


『まったく、うかつでした。目と寒さという二点から、スニードロを連想することができないなんて。字引として、あれほど自分を恥じたことはありません……主様、十分、じゅうぶん警戒をしてください。同じ轍を踏むなど、絶対にあってはなりませんよ』


「わーってるってば。だからコレを付けてるんだろ」


俺は目にかけたでっかいゴーグルを、こんこんと指で小突いた。ドワーフの町を出る前に仕入れたシロモノだ。これがあれば、目に飛び込んでくるスニードロ対策はバッチリだという。ただ、今の天気は晴れなので、吹雪に紛れて飛ぶスニードロが来ることは無いはずなんだけども……ゴーグルを取ろうとすると、みんなが怖い目で見てくるので外すに外せなかった。

雪が分厚く積もった山道は、歩きにくいことこの上ない。ボスボスと踏みしめる足だけに血流が集まったせいか、俺は太ももが痒くてしょうがなかった。


「ぬぅぅ~……」


内ももをゴシゴシこする俺を見て、ライラが首をかしげた。


「桜下、何してるの?」


「いや、足がかゆくってさ……」


「ふーん。ライラがかいてあげよっか?」


「え゛っ。いや、それはちょっと……」


さすがに、内ももを幼女にさすらせるのは……


「ならさぁ……」


うひゃっ。耳元にぽそぽそとした声が吹きかけられる。何事かと首をひねると、アルルカが背中に引っ付いて、耳にマスクのついた口元をよせていた。ニヤニヤよからかうような笑みを浮かべて……またこいつか!


「あたしが、あんたの足をさすってあげよっか?ほーら、こうしてズボンを脱がしてぇ……」


つやっぽい声をだすアルルカ。やつの腕が、俺の腰に回され……!?


「っ!うおぉっ!」


俺は勢いよく飛び退ると、腰元の剣に手を伸ばした。そんな俺を見て、アルルカはけたけた笑っている。


「きゃはは!なぁによ、そんなにビビんなくてもいいじゃない」


「バカ、そうじゃない!後ろだ!」


「え?後ろ?」


アルルカが後ろを振り向いた瞬間、足元の雪が爆発した。ドカーン!

うわぁ!俺とライラとアルルカの三人は、飛んできた雪をドサドサ、しこたま被った。雪煙をもうもうとまき散らしながら現れたのは、二メートルはありそうな、真っ白な毛でおおわれた巨人だった。


「ゆっ、雪男!?」


『違います!あれは……イエティ!』


あ、その名前は聞いたことあるな。未確認生物だとか……うわあ、どうしよう。今この瞬間に確認してしまった。なんにしても、人間に友好的な印象はない。案の定イエティは俺たちを睨むと、黄色い歯を剝き出しにして吠えた。


「ヴォオオオオ!」


くそ!せめてもの威嚇にと、俺は剣を抜こうとした。が、鞘の途中で、何かに引っかかったようにガッ!と止まってしまった。しかも運が悪いことに、俺はその拍子に雪に足を取られ、無様にひっくり返ってしまった……どさっ。バキッ!


「ぶへっ」


「桜下殿!」


「下がってて!」


エラゼムがさっと俺たちの前に滑り込み、フランがイエティへ突撃する。

イエティは太い腕を思い切り突き出してきたが、フランは単調なパンチを余裕でかわすと、逆に腕を踏み台にして、イエティの顔面に飛び膝蹴りを食らわせた。


「ヴァアァ!?」


真っ赤な血を鼻からふき出しながら、イエティがバランスを崩す。が、すぐにギロリとフランを睨むと、その体勢のままで反撃を繰り出した。巨大な手のひらをぬうっと伸ばすと、人形でも掴むようにフランをわしづかみにする。ベキベキベキッ!

ああっ!嫌な音が、フランの全身から発せられた。


「ファイアフライ!」


ウィルが叫ぶように呪文を唱えた。蛍光色の火の玉が毛皮に押し付けられ、イエティは驚いたように叫んで、フランを手放した。そのまま巨体が雪に倒れる。ズズーン!

フランはくるりと宙返りして雪の上に着地したが、両腕はだらりと垂れさがったままになっている。よく見ると、ところどころ関節ではないところで曲がっている気がした。


「フランさん!大丈夫ですか!」


「任せて!」


ウィルが作った隙をついて、フランは足だけで高々と飛び上がると、倒れたイエティの顔面を踏み付けるように蹴飛ばした。


「……ヴァアアア!」


怒ったイエティが跳ね起き、フランを殴りつけようとする。が、フランはさっと体をかがめると、再び跳躍して、両足をイエティの首に絡みつかせた。


「あああアアァッ!」


フランは体ごと投げ出すように、イエティの背後へと倒れこんだ。フランの怪力に引っぱられて、イエティの上半身がぐらりと揺れる。


「やああああぁ!」


イエティの体が浮いた!フランは足だけの力で、イエティの巨体を投げ飛ばしてしまったのだ。し、信じられない……


「ヴォオオオオォォォォ……」


イエティが宙を舞い、街道を飛び越える。白い巨人は断末魔のような雄たけびを上げながら、雪の積もった斜面を転がり落ちていった。


「……倒したか?」


「死んだかどうかはわかりませぬが……少なくとも、すぐには戻っては来れぬでしょう」


エラゼムは白い雪煙がもうもうと舞う斜面をのぞき込んで、少し警戒を緩めたが、それでも油断なく様子をうかがっている。俺は尻がじんわり冷たいことに気付いて、ようやく腰を上げた。抜きかけだった剣を鞘に戻して……


「ん、あれ……?あ!?」


剣をもとに戻そうとして、俺は大声を上げた。ライラがびっくりした様子で、俺の裾を引っ張る。


「桜下、どうしたの?どこか怪我した?」


「いや、そうじゃないけど……見てくれよ、これ」


俺は手に握った、半分以下になってしまった剣を見せた。剣は根元の十数センチを残して、ばっきりと折れてしまっていた。


「ありゃ……折れちゃってるね」


「ああ……たぶん、転んだ時だな」


中途半端に抜けていたせいもあって、その拍子にやってしまったんだろう。そういえば、バキって音がしていたような気もする。


「あーあ……これじゃ、さすがに使い物にならないな……」


剣の断面を眺めて、エラゼムが言う。


「ふむ……どうやら、鞘の中で(さび)が回っていたようです。そのせいで脆くなっていたのでしょう」


「あー、だから途中で引っかかったのか……」


けど思い返せば、俺はろくすっぽ剣の手入れをしてこなかった。エラゼムはまめに剣を拭いたりしていたもんな。まさに身から出た錆ってわけだ。当然と言えば、当然の結果かもしれない。


「うーむ。ついに武器を失ってしまったか……」


まさか、戦いでも何でもないところで力尽きるなんて。こいつとは確か、フランと出会った村以来の付き合いだった。あの時拾った剣を、なんだかんだここまで持ってきてしまったんだ。そこまで重宝していたわけではないけれど、旅の道連れを失くしたみたいでなんだか悲しい……


「桜下、元気出して?」


ライラがよしよしと背中をさすってくれる。幼女に慰められて複雑な気分だったが、それでも俺は少し元気になった。


「ありがとよ……そうだな。失った戦友を嘆くのは、山を無事に下りてからにしよう。今はとにかく、ここを離れないとな」


さっきのイエティがもしも無事だったら、また襲ってくるかもわからない。ここでぼやぼやしている暇はないだろう。俺は仲間の傷を治すべく、激闘を終えたフランのもとへと向かった。


「フラン、大丈夫……な、わけないな。うん、見ればわかる」


「うん」


フランの腕は、一言で言うとバキバキだった。肘の曲がり方が逆な気がする……


「……フランには、怒られちゃうかもしれないんだけどさ。こういう時は、つくづくフランがゾンビでよかったって思うよ」


「……うん。わたしも、そう思う」


俺が困ったようににやりと笑うと、フランも珍しく、ふふっと笑った。

フランの胸に手を当て、ファズの呪文を唱えると、フランの腕はすぐに元通りになった。


「フラン、動けそうか?すぐここを離れたほうがいいと思うんだけど」


「うん、わたしも同じ。たぶんあいつ、死んでないよ。落ちていく時、わたしの顔をしっかり見てたから。あの目、いつか仕返ししてやるって目だった」


ぶるるっ。俺の背中に、寒さだけじゃない震えが走った。一刻も早く山を下りたほうがよさそうだ。

それから俺たちは、十二分(じゅうにぶん)に周囲を警戒しながら、だがなるべく急いで山を下っていった。中腹あたりに差し掛かると、道幅がぐっと広がり、傾斜がだいぶ緩やかになった。


「これなら、馬に乗って走れそうだな」


ライラが呼び出したストームスティードに乗り込むと、俺たちはひとっとびで、コバルト山脈を駆け下りたのだった。




つづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ