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「いやぁ、さっきは悪かったなぁ。俺はフォルスバーグってんだ」
髭長のドワーフは狭い横穴の中、カンテラを揺らしてのしのし進みながら、だみ声で言った。足が短いからか、歩くたびにカンテラが激しく揺れる。そのたびに、岩壁に映った俺たちの影も奇妙に揺らいだ。
「そっか、俺は桜下だ……ところで、フォルスバーグさん。この道、ほんとにあってるんだよな?」
「あぁん?だっはっは!地下でドワーフを信じなかったら、いったい何を信じればいいってんだ?」
笑い声がうわんうわんと反射する。フォルスバーグは大口を開けて笑うが、俺はとてもそんな気分じゃなかった。今俺たちがいるのは、高さも幅も狭い、窮屈な横穴だ。息苦しくって、気まで滅入ってくる。
この穴は、もと居た大穴のわきから伸びてきている。ドワーフが壁をごそごそいじると、突然壁がスライドし、入り口が姿を現したのだ。ドワーフって種族は、隠し通路作りの天才らしい。
「地上との連絡口は、遠くて面倒だからな。俺たちはもっぱらこっちを使ってんのよ」
「はぁ……」
しかしこの穴、どうにもドワーフ用に設計されているようで、人間にとってはかなり狭苦しい。横幅はまだ何とかなるとして、高さは俺ですら、少し腰を曲げなければならないほどだ。そんなだから、俺は今フランの背中から下りて、一人で歩いている。じゃないと穴の天井で、頭頂部が擦り下ろされちまいそうだ。
比較的小柄なフランとライラはすたすたと歩いているが、俺より背が高い連中は大変そうだった。アルルカは腰をかなり曲げていて辛そうだし(まだ紐を引きずっている)、ウィルは気付いてないが、頭のてっぺんが壁に埋もれている。悲惨なのはエラゼムで、彼の場合横幅もアウトだった。なので体ごと横向きになり、かつ腰を低く落としたカニ歩きで、ずりずりと進んでいる。その無様な姿を見たライラは腹を抱えて笑い、エラゼムは喉がねじ切れたようなうめき声を出した。
「しっかし、桜下よぉ。ありゃびっくりしてもしょうがねぇぜ」
俺の先を行くフォルスバーグが、唐突に話を振ってきた。
「え?なんのことだ?」
「なんだってそりゃ、ヴァンパイアに決まっとろうが。吸血鬼が穴に潜り込んできたって、こっちじゃ大騒ぎだったんだぞ」
「あぁ~……」
そりゃ、確かにそうだ。普段があまりにもアレなせいで忘れがちだが、アルルカは本来、非常に強い力を持ったモンスターなんだ。
「ごめん、まさか人の目……じゃない、ドワーフの目があるとは思ってなくて。あれ?でも俺たち、一度もあんたらの姿は見なかったぜ?」
「そりゃそうだろう。あそこの通路は、坑道に近づくものをこっそり監視するためのもんだからな」
「えっ。じゃあ、どっからか覗いてたってことか……」
あ、でもそういえば。俺、壁に小さな穴が開いているのを見つけたんだっけ。もしかして、あれが覗き穴か。
「どっか、なんてどころじゃねぇさ。お前らは気付かんかったろうが、あっこのあちこちに監視所がこさえてあんのよ。あ、俺たちの担当、監視所の防人な。いやぁ、肝が冷えたぜ。なんせ、ヴァンパイアが現れたのなんて、百五十年ぶりだったからなぁ」
「へぇ~……え?百五十年?フォルスバーグさん、まさかそん時から現役じゃないよな?」
「うんにゃ、現役だ。当時は若かったがなぁ」
うっそ……この人、何歳なんだ?あいや、人じゃないのか……ドワーフってのは、ずいぶん長寿なんだな。
「あ、そうだ。フォルスバーグさん、俺も聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?それと、そのさんっていうの、いらねぇよ。ニンゲン流の礼儀なんだろうが、長ったらしくてかなわん」
「そっか、じゃあフォルスバーグ。なんであんたたちは、そんなに恐れていたヴァンパイアを連れてきたのに、俺たちを信用してくれたんだ?俺がネクロマンサーってだけでさ」
ずっと引っかかっていたのだ。理屈の上では、ネクロマンサーの支配下にいるヴァンパイアには危険はない。でも、それって理屈だろ。もっと疑うとか、怖がるとか、あってもよさそうなもんだ。実際、今までの旅の中で、そんな場面に出くわすのはしょっちゅうだった。
「うぅん?そりゃ、おかしな質問だな。ネクロマンサーの言うことをどうして疑う必要がある?」
「え?でも……あんたは、そんだけネクロマンサーを信用してるってことか?」
「俺がっていうかなぁ……ああ、そうかそうか。お前たち人間は、ネクロマンサーを嫌っとるってこと、忘れとったわ。逆なんだ、逆」
「逆?」
「俺たちドワーフからすれば、ネクロマンサー……俺たちゃ交霊師っつうんだが……それは実に誉ある、立派な役柄なのさ」
「えぇー?」
ネクロマンサーが、立派だって?そんなの、こっちに来て一度も聞いた事ないぞ。しかしフォルスバーグは、さも当然だろうという口調で続ける。
「だって、そうだろうが?死者の魂を慰め、生者の憂いを払い、あの世とこの世の懸け橋になる……立派なもんだ。俺みたいな体しか取り柄のねぇモンからしたら、憧れの存在だよ」
「まじか……」
そりゃどうりで、初見の時から食いつきがすごかったわけだ……憧れだって?呆れられることはしょっちゅうだったけど。
「だから、おめぇさんのことも信用しとるし、立派だと思ってるわけよ。まだ髭も生えてねぇチビのくせに、大したもんだ」
「は、は、は。どうも……」
いまいち褒めているのか分かりづらいが……どうやら、本心から言っているみたいだ。ふぅむ、尊敬されるなんて、俺の人生通しても初めてなんじゃないか?なんだか少しこそばゆい。人間とドワーフにおいては、尊敬の対象はずいぶん異なるみたいだな。
しばらく窮屈な横穴を歩き続けると、ようやく前方に明かりが見えてきた。点のように小さかった明かりは次第に大きくなり、ついに俺たちは横穴を抜けた。
「う、わぁ……」
目の前に広がった光景(狭い穴から出たばかりで、本当に世界が広がったみたいだ)に、俺は短い感嘆を漏らすことしかできなかった。
俺たちの眼下には、入ってきた所と同じくらい大きな縦穴が、どかんと口を開けている。だが、あそこみたいに無機質な穴ではない。岸壁にはいくつもの段が設けられていて、そこに粘土細工のような丸っこい家が立ち並んでいる。ぱっと見はまるで棚田だ。
街並みは横だけでなく、上下にも広がっていた。壁に張り付くようにして、下へ下へと階層が連なっている。わずかな段差に密集した、丸い屋根のキノコのような家。逆に、岩壁から大きくせり出している平たい建物も、形の違うキノコに見える。
「どうだ。美しかろう?これが、俺たちの故郷。カムロ坑道の、カムロの町さ」
「あぁ……すごいな」
目をすっかり奪われた俺に、フォルスバーグは大層気を良くしたようだった。しばらくその光景を目に焼き付けたのち、俺たちは岩を掘って作った急な階段を下りて、カムロの町へと入っていった。
「おぉーい!客人だぞぉー!」
町の入り口に着くなり、フォルスバーグは大声で叫んだ。すると、近くに建っていた小屋から、これまた長い髭のドワーフが出てきた。
「やれやれ、客の前ならそんなでかい声出すんじゃないよ……」
ぶつくさ言いながらやってきたドワーフは、白くてつややかな髭を持ち、先のとんがった帽子を被っていた。フォルスバーグが「斧を担いでいそうなドワーフ」だとしたら、こっちのはまんま「庭先に置かれていそうなドワーフ」だ。
「おう、メイフィールド。こやつらを案内してやれ。なんとこの子ども、ネクロマンサーなんだとさ」
「ほほぉう。ネクロマンサー……」
白髭のドワーフは、くりっとした目を見開いて俺を眺める。とりあえず、ぎこちない笑みを浮かべておいた。
「わかった。ここから先は引き受けよう」
「頼んだぞ。それじゃ、俺は持ち場に戻るな。あばよ、桜下!」
ぼんっ!と力強く俺の腰を叩いて(肩には手が届かないからだろう)、フォルスバーグは元来た穴へと戻っていった。
「さて……わしの名は、メイフィールド。この町の保安管理と外交諸業務……まあ簡単に言うと、案内を任されているものじゃ」
「はあ、どうも。俺は桜下だ。で、こいつらは俺の仲間なんだけど……」
メイフィールドは、俺の後ろにいる仲間たちを物珍しそうに眺めた。
「おーおー、こりゃまた、個性的なお仲間じゃのぉ」
「あはは……さっきフォルスバーグも言ってたけど、俺はネクロマンサーなんだ。だから……」
「あー、皆まで言わなくともよろしい。だいたいの事情はわかっとる」
メイフィールドは手で俺を制すと、ゆるゆると首を振った。
「防人の連中がここに通したということは、お前さんたちは正式にこの町に招かれたということじゃ。そう気張らんでもいいぞ、御客人。ゆるりとこの地下都市を楽しんでいかれよ」
「そ、そっか。うん、それじゃあ世話になるよ」
「ほいきた。それで、ここに何の用じゃ?見たところ旅人のようじゃが、一晩の宿をお探しか?」
「ああ、うん。それもなんだけど、目的は別にあるんだ。実は、仲間の剣を直してもらいたいんだよ」
「ふぅむ、剣か……わざわざこの町まで来たと言うことは、ただの剣ではないのじゃろうな?」
「そうなんだ。アダマンタイトって言ってさ」
「ほほ、アダマンタイト!そりゃまた、ごうつくな代物じゃのぉ。わかった。では、この町一の鍛冶屋に連れて行ってやろう。地上のあらゆる技術を結集させた鍛冶場があったとしても、あそこには敵わんじゃろう。神秘的な鉄床じゃよ。付いてきなされ」
メイフィールドはそう言って、意気揚々と地下の町を歩き出した。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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