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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
10章 死霊術師の覚悟
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3-3

3-3


挿絵(By みてみん)


「君は……」


まるで幽霊でも見たかのような声で、クラークがささやく。シュッ!彼のすぐ横を何かが通り過ぎた。

トスッ。突如、フランの右の瞳から矢が生えた。クラークが驚いて後ろを振り向くと、次の矢を弓につがえるアドリアの姿があった。


「あ、アドリア!何もいきなり……」


「馬鹿か!あいつは岩を投げつけてきたんだぞ!矢の一、二本程度、釣銭が出る!」


そうだったと、クラークは気を取り直した。見た目は可愛い女の子だから油断しがちだが、相手は怪力の、アンデッドなのだ。案の定、フランは矢を目に受けたにもかかわらず、うめき声一つ漏らすことはなかった。アドリアがキリキリと、弓を引き絞る音が聞こえる。クラークも戦闘態勢に入ろうと身構えた。

フランが飛んだ!クラークが剣を構える。だがフランが向かったのは、彼の方ではない。潰れた天幕の陰、コルルたちの声が聞こえてきた方角だった。


「え?きゃぁ!」


「いやぁ!離してぇ!」


何かが倒れるような音、雪を蹴散らすバラバラという音。クラークの胸の内に、嫌な予感がよぎった。


「ミカエル!ミカエルゥーーーー!!」


コルルの絶叫。アドリアは迷わず矢を放った。矢は暗闇の向こうで、命中したトスッという音を発したが、相手が倒れた気配はなかった。


「助けて!ミカエルがさらわれた!ミカエルが……」


コルルの泣き叫ぶような声を聞いて、クラークの髪がバチバチと逆立った。


「コネクトボルボクス!」


クラークが叫ぶと、彼の剣からまばゆいオーラが広がり、全身を包み込んだ。


「僕が追う!」


クラークは足に力を籠め、跳躍した。オーラによって全身が強化された彼は、ひとっ飛びで岩と天幕を飛び越えた。そして雪の上の(わだち)を見つけると、その方向に全速力で走りだした。

クラークは電のごとく走った。光り輝くオーラを纏った彼が走り抜けると、後には白い残像だけが残された。知らない人が見れば、本当に雷が走っていると誤解しただろう。だがそれほどの速さをもってしても、先を行く相手との距離はなかなか縮まらなかった。向こうも相当早い。クラークは奥歯を噛みしめ、さらにスピードを上げた。


(見つけた!)


ついにクラークは、銀色の髪を振り乱す、夜叉のようなフランの背中を捉えた。彼女の側面からは、ジタバタと抵抗するミカエルの手足が見えた。人一人抱えている分だけ、速度が落ちているのだろう。


「止まれ!」


クラークは叫んだが、それでフランが止まるはずもなかった。クラークとて期待してはいない。だがミカエルが人質に取られている以上、魔法で攻撃することはできない。電撃魔法は威力が強すぎて、ミカエルまで感電させてしまう。


「なら……っ!」


クラークはとんと軽く跳ねると、着地した右足にありったけの力を籠め、地面を蹴り飛ばした。


「これで、どうだっ!」


渾身の跳躍によって、一瞬だけ超加速したクラークが剣を振りかざす。輝く魔法剣の切っ先は、フランの背中をぎりぎりかすめた。ザシュ!長い銀髪がバッサリと断ち切られ、フランの背中には真一文字の剣創が刻まれた。クラークは確かな手ごたえを感じたが、すぐに面食らうこととなった。切り落とされたフランの銀髪が、クラークの顔に覆いかぶさってきたのだ。まるで死にゆく髪が意志をもって、最後の悪あがきをしてきたかのようだった。


「うわっ!」


視界を完全に塞がれ、たまらずクラークは足を止めた。頭を振って、顔にまとわりつく長い髪を振り落とす。地面に触れた髪は灰色に濁り、ほこりのように崩れてしまった。

その動作のためにクラークが足を止めた時間は、五秒にも満たなかった。だが、高速で動く者同士にとっては、五秒は大きな差となる。


「……!しまった!」


一瞬だが視界を失い、さらに頭を振ったことで、クラークは完全に方角を見失っていた。真っ暗闇の吹雪の中では、目印になるものなど何も見えない。クラークは魔法剣の明かりを頼りに、急いでフランの足跡を探したが、闇の中で小さな痕跡を探すのは困難を極めた。ようやく踏みしめられた跡を見つけたときには、かなりの時間が経ってしまっていた。おまけに、次の足跡は、最初のものとはまるで違う方向に残されていた。追跡を撒くために、フランはちぐはぐなルートを取ったのだ。

クラークは、完全にフランを見失ってしまった。


「……くそっ!」


クラークは、地面を殴りつけた。何度も、何度も殴った。


「くそおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


吹雪の雪山に、彼の絶叫だけがむなしく響いた。




「いや……やめて……離してぇ……」


ミカエルは細い腕で、必死に抵抗を続けていた。が、フランの鋼のような腕はびくともせず、スピードが緩むこともない。着地をするたびに脳天を突き上げるような衝撃が襲い、浄化の呪文も唱えられそうになかった。さきほどから、後を追ってきてくれたクラークの声も聞こえなくなってしまった。ミカエルの心には冷たい絶望が染み渡りつつあったが、それでも無我夢中で、手当たり次第に殴れるものを殴り、蹴り飛ばせるものを蹴った。


「いやぁ!」


ずぶり。ミカエルの指が、冷たく、ぶよっとしたものに突き刺さった。それがフランの無事なほうの瞳だと気づいた時、ミカエルはおぞましさに吐きそうになった。が、それは幸運にもラッキーパンチとなった。ちょうど跳躍したばかりだったフランは、視界を失ったことで空中でバランスを崩し、着地に失敗した。

どさっ!雪に上に投げ出され、二人の体がもんどりうつ。猛スピードで移動していたので、二人はしばらく雪の上を滑り続けた。


「いたっ!……うぅ……はっ!」


ミカエルは背中をしたたかに打ち付けた痛みに顔をしかめながらも、すぐに立ち上がった。数キュビット先には、雪にまみれたフランが起き上がろうとしている。ミカエルはすぐに両手を合わせ、浄化の呪文を唱え始めた。


「ッ!」


ゴバッ!フランが片手で雪をすくい上げ、ミカエルに向かって投げつけた。冷たい雪の塊に顔面を強打され、ミカエルは呪文の詠唱を中断されてしまった。そして次の瞬間、ミカエルは押し倒され、仰向けにひっくり返っていた。ドサ!


「うぅ……ひっ!」


自分に馬乗りになっているものを見て、ミカエルは恐ろしさに息をのんだ。片目を矢で潰され、そこから真っ黒な血を流した少女が、自分を荒い息で見下ろしている。クラークに斬られ、バラバラに乱れた髪は、鬼女のそれを彷彿とさせた。


「フーッ……フーッ……」


彼女の血走った、真っ赤な目を見たとき、ミカエルはとうとう神のみもとへ逝く時が来たと覚悟した。短い生涯ではあったが、最期の方はそれなりに充実していた。それがまさか、こんなところで幕を閉じることになるなんて……ミカエルは、ぎゅっと目をつぶった。


だが、恐ろしい瞬間は、いつまで経ってもやってこなかった。違和感を覚え、ミカエルはそろりと目を開いた。フランは、まだそこにいた。だがその表情は、鬼気迫る化け物のそれではなくなっていた。どちらかと言うと、帰り道が分からず途方に暮れている迷子のようだと、ミカエルは思った。


「……て」


「え……?」


「たすけて」


ミカエルは、我が耳を疑った。力では圧倒的に優位なはずの少女が、自分に頼むようなものの言い方をするなんて。

フランはゆっくりと立ち上がると、ミカエルの上から退いた。ミカエルが後ずさりをしながら上半身を起こしても、フランは何もしなかった。


「……わたしの、大切な人が」


「え?」


「大事な人が、死にかけてるの。わたしたちだけじゃ、治せない」


フランの口調はまるでうわごとのようだったが、ミカエルはかろうじて、それが自分に向けられた言葉なのだと理解した。

とさっ。フランが雪の上に、崩れるように膝をついた。そして、深々と頭を下げた。


「乱暴にしたのは、謝る。だけど、お願い……いっしょに来て。あの人を、助けて」


ミカエルは、目の前の光景を、信じられない思いで見つめていた。フランは、ほとんど土下座に近い形で、雪の上にうずくまっていた。もしも、もしもミカエルにその気があれば、呪文を唱えて彼女を浄化してしまえる。フランにはこちらが見えていないので、さっきのように妨害もできない。少し離れて、小声で詠唱をすれば、この吹雪で音など聞こえないはずだ……


(……でも)


ミカエルは、迷っていた。目の前の少女はボロボロだった。目は潰れ、髪は切られ、雪と泥でぐしょぐしょだ。背中には切傷が走り、肩には矢が一本刺さっていた。彼女はアンデッドなので、見かけほど大したことはないのかもしれないが……それらが、彼女の願いの純真さを、表しているような気がしたのだ。献身は、最も純真な願いの形だと、ミカエルは神殿で教わった。こうまでしてでも、彼女には助けたい人がいるのだ。だが、その為に取った手段は褒められたものではない……さらわれた張本人が言うのだから、間違いない。

ミカエルは、迷っていた。そして、迷った末に……


「……顔を、上げてください」


ミカエルは、固い声で告げた。フランが、ゆっくりと体を起こす。だが、顔は相変わらず、うつむいたままだった。


「……わかりました。連れて行ってください」


「……え?」


フランが、顔を上げた。信じられないという文字を、張り付けてあるかのような表情だった。


「いいの……?」


「はい。どのみち、ここに置き去りにされては、私は凍え死ぬしかありません。なので、あなたの仲間を助け、そのあと私も無事に送り返してもらいます……それで、いいですか」


「……わかった。約束する」


ミカエルはそれを聞いてうなずくと、フランのそばに恐る恐る近寄った。フランはミカエルの腰と足を支えて、ひょいと担ぎ上げた。ミカエルがフランの首にしっかり手を回したのを確認すると、フランは地面を蹴って、自分の帰りを待つ仲間の下へと走り始めた。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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1周年!

挿絵(By みてみん)

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