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13-3

13-3


挿絵(By みてみん)


「なに、いって」


「言いなさいよ。あんたの心臓、ドキドキいってる。ね?」


そう言われて初めて、俺は耳の奥で、鼓動がドクドクと脈打っていることに気づいた。全身の血流が沸騰しているように感じる。まるで俺の気持ちを無視して、身体だけが異様に興奮しているみたいだった。


「……お前、俺になんかしたな?」


「うふふ。今更気付いても遅いわ。魅了(チャーム)って言ってね、ヴァンパイアの権能の一つよ。たしかにあんたを殺しても、自由にはなれないわ。なら、あんたを骨抜きにして、メロメロにさせちゃえばいいのよ。くふふ、天才だわ、あたしって」


「なるほどな。どうりで……」


「残念でした~、もう手遅れよ。こんなに長い間、肌を触れ合わせていたんだもの。どのみち、逃げられっこないしね」


くそ、だからあんなに従順なフリをしていたのか。こいつが善意だけで動くわけなかったんだ。


「ねぇ……キスしてあげる。あたしとの、誓いのキスよ。舌をいっぱい絡めて、あんたの口をぐちょぐちょに犯して、あたしの牙をいっぱい舐めさせてあげる。とっっってもキモチイイわよ……」


アルルカの指が、俺のあごをくすぐった。全身にビリビリと電流が走る。


「ね……?だから、このマスクを外して……?そしたら、あんたをいっぱい愛してあげるわ……最後の血の一滴まで、ね?」


アルルカの言葉が、俺の脳を揺さぶる。俺は震える口で、言葉を発し……かけた。

チクリと、胸に鈍い痛み。そして脳裏に、赤い瞳と、銀色の髪がかすかに映った……


「……」


「どうしたの?悩むことないじゃない。あんたはただ、欲望のままに従えば……」


「……悪いな、アルルカ。お断りだ」


「え?な、なに言って……」


「残念だけど、その手は食わないよ。俺には、お前の能力は、通用しない」


背後で、アルルカが息をのむのがわかった。


「な、なんで……」


「俺は、ネクロマンサーだからな。アンデッドに対してだけは、べらぼうに強いんだ。前にも言っただろ?」


以前、アルルカをボコボコに打ちのめした時にも、おんなじセリフを言った覚えがある。たぶん、この能力がなければ、アルルカの妖術の前にひとたまりもなかっただろう。


「これで満足したか?だったら、早いとこ連れてってくれると嬉しいんだけど」


「ウソ、でしょ……あたしの、最後の切り札が……」


ダメだ、聞いちゃいないな……

その時。ガクンと、アルルカが嫌な揺れ方をした。


「う、わ。お、おい。しっかりしろよ」


「効かなかった……なにもかも……」


再び、ガクン。股のあたりがヒュッとなる。こいつまさか、自暴自棄になって、もろとも墜落するつもりか!?


「じ、冗談じゃないぞ!アルルカ、ちゃんと、ちゃんと飛べって!」


「ぶつぶつぶつぶつ……」


「おいおいおい!アルッ……」


俺は最後まで言い切ることができなかった。アルルカの翼がふにゃりと力を失い、俺たちは空中でひっくり返って、真っ逆さまに落ち始めたからだ!


「わあああぁぁぁ!」


「…………」


くそ!前もこの城壁の近くで空を飛んだな!あの時は無傷で済んだけど、同じ奇跡が二度起きる保証はない。

俺は体を反転させて、アルルカの生気のない顔をぺしぺし叩いた。


「アルルカーっ!正気に戻れー!このままじゃ、お互い不幸になるぞー!」


「……」


アルルカは眼こそ開けているが、その瞳にはハイライトが無い。くそっ、このポンコツヴァンパイアめ!けど今は、こいつしか頼るすべがない!


「アルルカッ!飛べーーーー!!」


俺の絶叫に合わせて、シャツの下でアニが、リンと揺れた。

次の瞬間、俺の体はぎゅっと押さえつけられ、落下が急に止まった。あまりの急ブレーキに、俺は体の中身を落っことした感覚になった。


「いったい、なにが……」


俺が目を回しているうちにも、体はぐんぐん空へ舞い戻っていく。そこになってようやく、俺はアルルカに抱きしめられたまま、再び空を飛んでいるのだと気づいた。よかった、正気に戻ったんだ。それか、さっきアニが揺れた拍子に、俺の叫びがアルルカを従えさせたのかもしれない。なんであれ、助かった……

俺たちは、星に手が届きそうなくらいまで上昇すると、余裕で城壁を飛び越した。羽の音も静かだし、見張りの衛兵たちも、まさか頭上を飛び越えていく者がいるとは思わないだろう。それからは翼を広げて滑空し、お堀と、その先の森の上を飛んで行った。城下町の入り口が見えてきたところで、アルルカは旋回しながら緩やかに高度を落とし、ふわりと着地した。


「お、っと、っと」


さっきまで飛んだり落ちたりしていたから、地面に足をつくと、膝がガクガク震えた。足が固いものに触れているって、こんな感覚だったんだな……


「まぁいろいろあったけど、とりあえず今は水に流そう。ご苦労さん……アルルカ?」


アルルカからの返事はない。ぼーっとうつろな目で、何もない地面を見つめていた。


「……あたし」


「はい?」


「あたし、あんたには勝てないのね。どうやっても、敵わないんだわ」


「え?あ、うん」


なんだなんだ。急に殊勝になって、どういう心境の変化だ?それとも、また何か企んでいるのだろうか。


「あたし、いままで自分より強い相手に出会ったことなかった。どんなにいきがって、汚い言葉を吐いても、結局はあたしより弱くて、最後には命乞いをしてきたわ」


まあ、そうだろうな。俺はネクロマンサーで、しかも仲間に恵まれた。そうじゃなかったら、このヴァンパイアに勝つことはできなかったと思う。


「それが、どうかしたのか?」


「思い出したの」


「思い出す?」


「ずっと、遠い昔のこと……あたしがまだ、弱っちいコウモリだった時のこと。あたしは常に、自分より強い存在に怯えてた……だから、誰よりも強くなって、無敵の存在になろうとした。村一つを掌握して、自分の城を築いた。あたしは神として崇められて、どんなに勇敢な冒険者にも負けないようになった。けど……」


「……けど?」


「はっきり言って、つまんなかったわ。刺激も何もない、退屈な日々よ。あたしが求めていたものって、こんなのだったんだって、そう気づいたわ……」


「だから、リンたちシスターに、あんなむごい仕打ちをしたのか?」


「そうよ。退屈しのぎにね」


「……ちっ。褒められた趣味とは言えないな」


「わかってるわよ……あんたにさんざん言われたもの。ま、結局それも間違いだったわけね。一時は興奮したけど、結局は一瞬だけ。しのぐことはできたけど、根本的な解決にはなってなかった……そうか、そういうことだったのね……」


アルルカは一人で納得しているようだったが、あいにく俺にはさっぱりわからない。俺はイライラと頭をかいた。


「アルルカ、そろそろいいか?ウィルが待ってる」


「ええ……なんだかあたしも、今夜は疲れたわ」


疲れた?アンデッドであるアルルカが?俺は目を丸くしたが、野暮なことは言わなかった。アルルカはまたしても、ぼーっと暗い森の木々を眺めていたから。疲れて朦朧としている人にそっくりだ。


「まあ、ゆっくり休めよ。帰りはどうにかするから」


「ええ……じゃあね」


アルルカの姿が闇夜に溶ける……と思った次には、夜空に一匹のコウモリが羽ばたいていた。俺はコウモリが城のほうに向かうのを見届けてから、城下町へと歩き出した。


「何だったんだ、ったく。はーあ、油断も隙もありゃしないな」


あの野郎(女だけど)、まさか色香でたぶらかしてくるとは……正直、危なかった。あの時、胸がうずかなかったら、俺はアルルカの言いなりになっていたかもしれない。


『……それは、こっちのセリフですよ、主様』


「え?アニ?」


チリンと揺れるガラスの鈴を、俺はシャツの下から引っ張り出した。


「あ、そっか……アニ、さっきのやつ、見てた?」


『見てはいませんが、状況はほぼ把握しています。主様が危うくヴァンパイアの毒牙に掛かりかけたこと、などなど』


「あ、はは。そうだよな……たたた、頼むぜ、みんなには内緒にしてくれ。とくにフランには……」


アルルカに惚れかけたなんてフランが知ったら……生皮をはがされてしまうかも。それか、三枚におろされるか……


『主様、内緒もいいですけどね。もうほんっとに、なんっども言ってますけど。彼ら彼女らは、アンデッドモンスターなんです。気を許し過ぎないでください』


「いやぁ、まぁ、な。今回は油断したよ」


『貴方の場合、今回も、なんですよ。なんど冷や冷やさせられたことか、数え切れません』


「あはは、悪いな。あ、なあ。もしかして、さっき俺の目を覚ましてくれたのも、アニだったり?」


『そうですよ。主様の魔力が乱されていたので、喝を入れました。そのあとにヴァンパイアを飛ばせたのも私です』


「ああ、やっぱり。助かった。さすがアニ、俺の頼れるパートナーだ!」


『……字引にお世辞は通用しませんよ?』


「あ、はい……」


相変わらず、可愛げのない鈴だ。


「けどさ、いつも助かってるよ。ありがとな」


俺が優しく鈴を撫でると、アニはくすぐったそうに、リンと揺れた。


『……それはもう、いいですから。それよりも、幽霊シスターを探すのでしょう?ぼやぼやしてると、夜が明けますよ』


「おっと、そうだな。っし!」


俺とアニは、人気のない町へ歩き出した。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


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https://twitter.com/ragoradonma

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