表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
340/860

12-3

12-3


「はぁ……はぁ……」


ウィルの荒い吐息、気まずい沈黙。デュアンがノックアウトされたことも、がやがやと騒がしい酒場の中では、喧騒の中の一つにすぎなかったようだ。さいわい、俺たちに注目している目はない。


「……あー。その、ウィル?」


沈黙に耐え兼ね、俺はそろそろと口を開いた。


「……がいますから」


「へ?」


「違いますから!本当に、この人とはただの知り合いなんです!」


わ。ウィルがいきなり食って掛かってきたので、俺は思わずのけぞってしまった。


「全部、全部嘘っぱちです!私、わたし……!」


「わ、わかってるって。誰も本気にしちゃいないよ。なぁ?」


仲間たちは一斉にうなずいた。ウィルとデュアンのどっちを信じるかなんて、火を見るよりも明らかってやつだ。


「でも、こいつはいったい、何がしたいんだ?本当に、ウィルとは知り合いなんだよな?」


「え、ええ……それは、間違ってはいません。嘆かわしいことに」


いくらか落ち着きを取り戻したウィルは、倒れたデュアンの後頭部を憎々しげに睨みながらうなずいた。


「さっきも言った通り、この人は私の元同僚です。ただ、それ以上でも以下でもありません。ましてや、彼氏彼女の関係なんて……」


「じゃあ、こいつはウィルに片思いしてるってことか?」


「まぁ、そういうことになるんでしょうか……私は初耳でしたけど」


「知らなかったのか?告白されたりとかも?」


「ないです、ないです。というかこの人、見て分かる通り、底抜けの女好きなんですよ。神に仕える身でありながら」


そ、それはまた……たとえ聖職者じゃなくても、ちょっとどうかと思うけど。


「まぁでも、今考えれば、思い当たる節はないでもありません……神殿にいたころは、ちょくちょく声はかけられてましたかね……」


ウィルは遠い目で虚空を見つめる。


「いちおう、ウィルとデュアンは、同窓というか、幼馴染なんだよな?」


「そうなりますね。だから、すごく仲が悪いわけではなかったし、ある程度の会話はしていました……正直、気にも留めませんでしたけど」


「あ、そうなの?」


「そうですよ。女好きで有名な男ですよ?いちいち気にかけません。タイプでもないですし」


バッサリだった。まぁ、だよな。ウィルの男性の好みは知らないけれど、少なくともデュアンみたいなのは、ナシだろう。


「……ってことはさ。ウィルの話をまとめると、デュアンは聖職者だけど女好き。ウィルに惚れてはいたけれど、結局片思い。それでウィルがいなくなってからは、ウィルの恋人を自称して、その行方を捜している……」


うーん……自分で言っててなんだが、これは相当……


「ヤバイやつ」


フランが一言で、だが的確に、デュアンを表現した。


「け、けどさ、悪いやつでもなさそうだよな?」


同じ男として、精いっぱいのフォローをする。

テーブルに伸びているデュアンを見れば、確かにどうしようもないやつだとは思うけど。でも、今まで見てきた“本当に悪いやつ”に比べたら、デュアンのはかわいいものに思えるんだよな。嘘もすぐばれるものだし、好きな人が突然失踪したら、誰だってその行方を追おうと思うんじゃないだろうか?


「こいつにも、こいつなりの考えがあったんじゃないかな……とか」


「いいえ桜下さん、こんなやつ全女性の敵ですよ、敵!」


ウィルはぺっぺっと、まるで汚物でも見るようにデュアンへ舌を突き出した。


「ねぇ、でもさー」


ライラが眉根を寄せながら言う。恋愛事が絡んでいるので、いまいちピンと来ていないらしい。


「つまりこの人は、ウィルおねーちゃんを探しに来たんでしょ?けど、おねーちゃんがゴーストになったことは秘密なんだよね?もうじゃあ、どうしようもなくない?」


ふむ、的確な指摘だ。ウィルの意思を尊重するならば、デュアンには本当のことは語れない。俺が初めて彼に出会ったときも、その壁にぶち当たった。


「このまま彼が目を覚ましたとしても、吾輩たちが語れる情報はもうないですな」


エラゼムが言ったことが、ほとんど結論だった。明かせる事実がない以上、デュアンが目を覚ましたとして、気まずくなるだけだろう。


「このまま、店を出たほうがよさそうだな。ちょっとかわいそうな気もするけど……ウィル?」


「いいです、いいです!こんなやつ、ほっといていきましょう!」


ウィルはプリプリ怒りながら、ロッドを掴んでさっと席を立った。酔いもすっかり醒めたようだ。やれやれ、とんだお開きになっちまったな。

ウィルに続こうと席を立ちかけたその時、しわがれた男の声が、俺たちを呼び止めた。


「待ちな」


え?ウィルがびくりと動きを止める。俺は後ろを振り返った。

俺たちの斜め後ろのカウンター席に、白髪の老人が座っている。髪の色を見なければ、爺さんとは思えないくらい、がっしりした肩をしていた。声の主は、この爺さんか?


「お爺さん、俺たちに言ったのか?」


「そうだ。なにやら、ずいぶんガチャガチャ騒がしかったもんでな」


「あ、ご、ごめん。でも、もう出ていくから……」


「いいや。待てと言ったんだ、忘れたか?」


老人が、ゆっくりとこちらに振り向いた。深いしわの刻まれた、白髪の顔……あれ?俺、この人にどこかで会っているな。見覚えがある……


「……あれ?もしかして、親方?鍛冶屋の?」


「ああ。久方ぶりだな、坊主」


やっぱりそうだ。鍛冶屋で出会った、筋肉もりもりのじいちゃん親方だ。俺とエラゼム以外はきょとんとしていたので、俺は簡単に紹介した。


「この人だよ、俺たちが鍛冶屋に行ったときに、見積もってくれた人。親方、あれから俺たちずーっと仕事して、今日やっと目標金額が貯まったんだぜ」


「ほう、そうだったのか。やるじゃないか、坊主。自分の言葉を曲げねえ奴は、嫌いじゃないぜ」


「へへ、おかげさまで……親方は、よくこの店に来るのか?」


「まあ、ぼちぼちな」


……っと、いけない。思いがけない再開に、つい普通に話し込んでしまった。そうじゃなくて、さっきの発言の意味を確かめないと。


「あ、それで親方。なんか話でも?」


「ああ。お前たちがでけぇ声で話すもんだから、こっちにまで聞こえてきてな。で、だ。一つの名前が引っ掛かったんだが……お前たち、ウィルっつったか?」


「え?」


どういうことだ……?この親方も、ウィルを知っている?みんなが一斉にウィルを見つめると、ウィルはぶんぶんと首を振った。


「し、知りません!私、この人とは完全に初対面ですよ!」


はて、それならどういうことだろう。俺は親方へ向き直った。


「親方は、ウィルのことを知ってるのか?」


「まあ、少しな。その名前に心当たりがある。俺の知っているウィルと、お前たちの知っているウィルが、同じかどうかは知らねぇがな」


「そうなのか。えーっと、何て言ったらいいか……」


俺はちらりとウィルを見たが、当然、親方に彼女が見えているはずはない。俺の目を追って、親方もウィルのほうを見た。だがそこには、宙に浮かぶロッドだけが映っているはずだ。


「……そのロッド」


「え?」


「それを、よく見せてくれないか」


親方は、ウィルのロッドを見つめていった。デュアンに引き続き、またロッドか?俺は困惑しながらも、ウィルに向かってうなずいた。ウィルは恐る恐る、親方にロッドを差し出す。


「これは、どうして浮いている?」


「えぇーっと……そういう、魔法みたいで……」


「魔法、ね……ふむ」


親方はロッドを受け取ると、眉間にしわを寄せて目を近づけたり、ごつごつした指で表面を撫でたり、つぶさに観察している。なんだなんだ?このロッドに、何か秘密でもあるのか……?

ウィルは、このロッドは親が唯一残したもので、ただの安物だと言っていたけれど。俺たちは、ロッドを見回す親方を、固唾をのんで見守っていた。


「……やはりな。このロッドは、ウィルが作ったものだ」


は……?だが親方は、確かにそう言った。




つづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ