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6-3

6-3


「その……ウィル」


「はい」


「……さみしく、ないか?」


「え?さみ、しい、ですか?」


「ああ。ほら、ここんとこ、昔の話をすることが多かっただろ。その時のウィルの顔が、ちょっと寂しそうだったから……」


「え。私、そんな顔してました?」


ウィルが自分の頬を触る。


「まぁ、な。俺の勘違いかもしれないけど」


「……私も、大概ですね。人のこと言えないなぁ」


「じゃあ、やっぱり」


「……そうですね。さみしくないと言ったら、嘘になるとは思います。確かに最近、昔のことを思い出すことが多かったですし」


「そっか」


「あ、でも勘違いしないでくださいね。皆さんといるのが嫌だとか、あのころに戻りたいだとか、そういうんじゃないんです。桜下さんについて来たことを後悔してはないですし、それに嘆いたところで、もう戻れないことは重々承知もしているつもりで……」


「ウィル。いいよ、わかってる」


矢継ぎ早にまくしたてるウィルを、俺はやんわりと制した。


「仕方ないって、俺は思うよ。そんなにすぐに、断ち切れるもんじゃないだろ。故郷の思い出ってさ」


「……そう、みたいですね。まいったもんですよ、あはは」


ウィルは、弱弱しく笑った。


「……桜下さん。ちょっとだけ、お話に付き合ってもらってもいいですか」


「おう」とだけ、ぶっきらぼうに返す。


「ふふ、ありがとうございます。きっかけは、そうですね……セイラムロットで、シスター見習いの女の子たちに会ったじゃないですか」


「ああ。リンとローズだろ」


「ええ。あの子たちを見たからかな……思い出しちゃって。神殿での、生活のこと」


「神殿には、ウィル以外のシスターもいたんだよな?」


「ええ。大きな神殿と比べると、全然少ない人数でしたが。厳格なプリースティス様と、私たちシスター、それにブラザーも一人だけ」


「ブラザーって、男版のシスターってことだよな」


「そうです。ゲデン教は女性の聖職者が多いので、少し珍しかったですね。まぁあの人は、違う意味でも珍しかったですが……」


ウィルが遠い目をする。なかなか、浅からぬ因縁がありそうだが。


「その人とは、仲良かったのか?」


「ブラザーですか?いいえ、それはないですね。もちろん、同じ釜の飯を食べた仲ですから、険悪ではなかったですけど……あくまで、いち同僚であって、それ以上でも以下でもないです」


「そうなのか」


「どちらかと言えば、私は村の子たちのほうが仲良しでした。私は、神殿では一番年下だったので、同年代は神殿の外にしかいなかったんですよね」


「へー、そうだったのか。ほかのシスターたちは、結構上なのか?」


「そうですね、一回りは年上だったと思いますよ。というか、私の歳でシスターっていうのは、全体で見ても結構珍しい部類に入ると思います」


「あれ?でもさ、ほら、あの一の国の金髪勇者。あいつの仲間にも、俺たちくらいのシスターがいなかったか?」


「ああ、いましたね。でも普通、シスターを目指す子たちは、その前にどこかの神殿で見習いをするか、神学校に通うのが普通なんです。私みたいに、物心つくころから神殿暮らしでもしないと、未成年でシスターにはならないんじゃないかな……」


「へぇー。けど考えてみれば、子どものうちから働くってことだもんな。そう考えると、ウィルは苦労人だなぁ」


「あはは、私みたいに、神殿に拾われたのは幸運なほうだと思いますよ。田舎じゃ、子どもが働くのも珍しくないですし。コマース村でも、ほとんどの子は家の仕事を手伝っていましたよ」


なるほど。そこは、俺のいた世界とは違うところだな。俺の知る限り、同級生は働いてはなかったと思うから。


「だからたぶん、一の国のシスターさんも、それなりに事情がある人なんでしょうね。私と似た境遇なのか……神殿には、孤児の子どもも、よく訪れるんです」


「それは……衣食住に困って?」


「もちろん、それもあります。神殿は、貧しい人たちの駆け込み寺としての役割も持ちますから。ほら、桜下さんたちが泊ったみたいに」


「そういや、俺たちも厄介になったっけ。あはは、貧しい人たちって点では、間違っちゃなかった」


「ふふふ。コマース村の神殿に来るのは、ほとんどが旅人さんか、巡礼中のシスターでしたけど……プリースティス様が以前、もっと大きな町の神殿にいたことがあって。そういう所になると、飢えた子どもだとかが、フラフラになってやってくることもあるそうなんです」


「そっか……」


ボーテングの町で出会った、喋れない花売りの子を思い出す。あの子は今も、元気にしているだろうか?


「そういう場所の孤児は、悲惨です。栄養失調くらいならマシなほうで、酷い怪我や、病気を患っている子も……大人に暴力を受けた子も、一人や二人ではなかったとか。中には、妊娠している子までいたそうです」


「……」


「私も一歩間違えば、そうなっていたかもしれない。いいえ、私は自分の意思で間違うことすらできなかった。言ってしまえば、ただの運です。コインを投げて、表か裏か、そのくらいの差。子どもには、自分の運命を決めることすら、できないんです」


「ウィル……」


「私、村を離れるとき、手紙に親を探したいからなんて書きましたけど。あれは半分ほんとで、半分うそです。私を捨てた両親になんて二度と会いたくないし、会ってその顔を思いっきりぶん殴ってやりたいし。半々です」


ウィルはぎゅっと拳を握り締めると、何も見ていない目で床を見つめた。この目は、前も見たことがある。フランのばあちゃんが、自分の内に潜む強すぎる憎しみのせいで、体が動かせなくなっている時と、同じ目だ。


「……なんちゃって。はぁ、なんだかおかしな方向に流れちゃいましたね」


ぱちん。ウィルが軽く手を叩くと、まるで見えないあぶくを割ったかのように、一気に空気が軽くなった。さっきまで聞こえていなかった音があふれてくる。風で葉がこすれる音、外で衛兵が上げる号令、階下から聞こえてくる足音。


「ごめんなさい、桜下さん。長々と愚痴に付き合わせちゃいました」


「いや、俺は構わないんだけど。ウィルは、その……どうだ?」


「ええ。気分が軽くなりました。最近、一人で考えることが増えていたので。あぁー、スッキリした!」


ウィルはわざとらしいくらい明るく、うーんと伸びをした。俺はまだ気にしていたけれど、ウィルはもう、この話はここまでにするつもりみたいだ。彼女がそう言うのなら、そうしたほうがいいだろう。


(孤児、か)


さっきの話を振り返る。

ウィルは、よく泣く。だけど特に取り乱している時は、子どもに関する出来事が多かったような気がする。ウィルがライラに優しいのも、そういう理由なのかもしれないな。


(それなりの付き合いだと思ってたけど……まだまだ、知らないことが多いな)


ずっと一緒にいる相手でも、人一人を完全に理解するのは、やっぱり途方もなく難しい。けれど、それらすべてを一瞬で知ろうと思うのは、それもまた傲慢なんだろう。出会ったばかりの彼女だったら、きっとこの話を俺にしてはくれなかった。それを今日知れたことが、俺たちの関係のバロメーターになっている、ような気がする。

俺は、彼女を知りたい。きっとそれが、彼女の未練にもつながる。それがネクロマンサーとしての、俺の使命だとも思うから。


ウィルの内面に触れた、印象的な一日だった。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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