表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300/860

10-2

10-2


近づいてみると、生々しい戦闘の跡が見えてくる。美しかった町は無残に破壊され、マンティコアの血しぶきで汚れている。首を切り落とされたマンティコアは、もはやピクリとも動いていなかった。どころか、早くも所々、体が崩れかけている。強烈な腐臭に、思わず鼻を覆った。


「もう、腐ってきてるのか……」


「魔法で、無理やり命を持たせてただけだからね……あるべき姿に、戻ろうとしてるんだよ」


魔法の醜悪な側面に、ライラも顔を歪めている。


「っと、それよりも……フラン、エラゼム!大丈夫だったか」


俺が呼びかけると、エラゼムは手を上げてこたえた。フランも、マンティコアの死骸の陰から姿を現す。エラゼムは白兵戦の影響で、鎧があちこち凹んでいるが、それ以外の損傷はなさそうだ。それはフランも同じようだが、とどめを刺した時に、返り血を頭からたっぷりと被ってしまっていた。銀色の髪も、今は赤黒い血でべったりと固まっている。


「二人とも……お疲れ様。悪かった、損な役回りをさせて……」


俺がうなだれると、エラゼムはやんわりと首を振った。


「此度の戦いは、我々が一丸となって臨んだものです。誰かが損だとか、誰かに責任があるだとかは、ありますまい」


……たぶんエラゼムは、とどめを刺すことになった、フランを気遣っているんだろう。俺は黙って、その言葉にうなずいた。すると……


「なんだ……なんだよこれ……」


ふいに聞こえてくる、ざわざわとした声。気が付くと、壊れた町のがれきの陰から、町人がちらほらと顔を出してきていた。戦いが終わったのに気づいて、様子を見に来たんだろう。


「化け物のしわざなのか……いったい誰が……」


「怪物はどこにいった……死んだのか……」


「誰だ……誰が、町をこんなにしたんだ……」


ざわざわ、ひそひそ……町人たちのささやきあう声が、俺たちを静かに取り囲んでいく。


(……まずいな)


雲行きが怪しくなってきた。ここに長居をするのは、よくないかもしれない。俺は素早くフランの下へと駆け寄った。


「フラン。とりあえず、ここを離れよう」


フランは髪から血を滴らせながら、こくりとうなずく。だがその時、俺の耳に、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。


「なんだ、あの血まみれの女は……」


「なんて姿だ……恐ろしい……」


「あいつも、怪物の仲間なんじゃないか」


……っ!


「おい……っ!」


「いいの」


言い返そうとした俺の腕を、フランがぐっと掴んだ。


「いいの。言わせておけばいい」


「フラン……けど!」


「大丈夫だから。それより、あなたもそばにいないほうがいいよ。仲間だと思われる」


フランは、あくまでも冷静だ。俺はそんなフランに、無性に腹が立った。


「……ふざけんな!」


俺はコートを脱ぐと、フランの肩にかけた。そして肩に手を回すと、ぐいと引き寄せる。


「わ。ちょっと……」


「いいから、行くぞ」


俺はフランの肩に手を回したまま歩き出す。フランは少しだけ抵抗したが、すぐにおとなしくついてきた。


「お前は、この町の人たちを助けたんだ。俺はお前が仲間であることを誇りに思うし、そう見られても一向にかまわない」


フランはまばたきを一つすると、顔を背けてぼそりとつぶやいた。


「ばかみたい」


「あ、あのなぁ……」


するとその時、瓦礫の陰から、小さな人影が飛び出してきた。たたたっと近づいてくるその姿には、見覚えがある。伸び放題の真っ黒な髪、ぶかぶかの服。


「あ……お前、あの時の」


宿を教えてもらった、花売りの子どもだ。相変わらずぼさぼさの黒髪をなびかせて、その子は俺たちの前へとやってきた。うっ、こんな形で再会することになるとは……


「あのな、これは町を救おうとしてやったことなんだ。けっして……」


誤解を与えぬよう、矢継ぎ早に説明する俺の鼻先に、花売りの子どもは無言で拳を突き出した。一瞬殴られるのかと思ったが、違う。その手には、一輪のしおれた花が握り締められていた。


「へ。花……?」


子どもはこくりとうなずくと、その花を、血みどろのフランへと差し出した。


挿絵(By みてみん)


「え、わたし?」


「……」


「……くれるの?」


子どもは再度、こくりとうなずいた。フランがおずおずと手を伸ばし、その花を受け取ると、子どもはくるりときびすを返して、どこかに走り去ってしまった。


「あ、おい……何だったんだ、あの子。ひょっとしてお礼のつもりか?」


子どもの消えて行った方角を見ながら、俺は呟く。するとフランは、しおれた花を見下ろしながら、小さな声でつぶやいた。


「わたしのしたことは、無駄じゃなかったんだね。少なくとも、あの子は守れたんだ」


「……そうだな。皆が皆じゃないかもしれないけど、きっとこの町の人たちだって、それをわかってくれるはずさ」


「うん」


俺たちが仲間の元に戻ると、ライラがストームスティードを呼び出して待っていた。疲れた顔をしたウィルが、小声で話す。


「さっき遠くに、衛兵さんたちがこっちに向かってくるのが見えたんです」


「そりゃそうか、これだけ大騒ぎすればな」


「ええ。なので、厄介なことになる前に、町を出たほうがいいと……」


「なるほどな。同意見だ」


説明すれば分かってくれるかもしれないが、いちいちそれも面倒だ。

俺たちはストームスティードに乗り込むと、すみやかにボーテングの町を後にした。




ひとしきり馬を走らせ、俺たちは大きな湖のほとりにやってきた。


「ここ……宿から見えてた湖かな」


白い砂浜に、清らかな水がさわさわと打ち寄せている。ここまできたら、一息ついてもいいだろう。


「ここらで、少し休もう。それなりに町からは離れたし」


俺は特に、ウィルとライラの様子を見ながら言った。魔法の連続使用は、魔術師に相当の負荷を強いる。天賦の才をもつライラは、まだストームスティードを使役するだけの余力があるが、ウィルは完全にグロッキーだった。いつもは肩に捕まるだけの移動中も、ほとんど俺の背中にのしかかっていたくらいだ。

エラゼムが手綱を引くと、風の馬は静かにスピードを落とし、静止した。


「さて……フラン、とりあえずおいで。それ、落としちまおう」


馬から降りるなり、俺はフランを手招いた。いつまでも血みどろじゃ、さすがに可哀想だから。


「ってわけで、俺たちは水を浴びてくるな」


「はひ……」


「いってら~……」


魔術師二人は、ガス欠でふにゃふにゃと崩れ落ちた。俺たちが行っている間に、休憩できればいいんだけど。

湖は広いが、周りに木は一本も生えていない。とりあえず仲間からは十分離れたが、目隠しになるようなものは何もない……


「しょうがないな。フラン、服ごと浸かるんでもいいか?きちんときれいにはできないだろうけど……」


「別に。はなっから、わたしは気にしてないし」


ああ、そういやそうだった……フランは腰ぐらいまでの深さまで行くと、一度ざぶんと水に潜ってから、頭を上げてぶるぶると振った。


「犬……」


「なに?」


「いや、何でも……」


「そう……ねぇ、髪はやって」


フランは仰向けになって、ぷかりと水に浮かんだ。水面に髪が広がる。俺はフランの頭側に回って、血に汚れた髪を手に取った。


「う~ん……ちょっと固まってきてるな。時間かかりそうだぞ」


フランの髪にこびり付いた血は、かさぶたのように固まりつつある。簡単には落ちないだろう。


「わたしは、別にいいよ。そのぶん長くやってもらえるし」


「ははは、それもそうだ」


髪を傷つけないように、指の腹で慎重に汚れを取る。たぶんゾンビのフランなら、多少乱暴にしても痛みはないんだろうけど……それじゃ、俺が嫌だ。


「ねえ」


「ん?なんだ?」


「さっきの、戦闘のこと。どうしてマンティコアは、あの時怯んだの?」


「ああ、あれか。ウィルの魔法がヒントになったんだ。火の粉を散らす魔法でな」


ほとんど威力の無い魔法で、マンティコアが怯んだ理由。


「光だ。きっとアイツは、強い光が苦手だったんだよ」


「光……?」


「そう。だから、雲が晴れた瞬間にあんなに弱ったんだ。ほら、マスカレードが現れる直前、不自然な雲が急に出てきただろ?あれはきっと、奴が出したんだ」


「そっか。怪物の弱点を消すために」


「そういうことだろうな」


「ふーん……よくわかったね。あんな土壇場に」


「まあ、運がよかった。そこまで難しい謎解きでもなかったし……」


「……誇らないんだ?」


「よせよ……自慢できるもんか」


俺のひらめきのおかげで、フランはあいつに、とどめを刺すことになったんだ。それを誇れるわけ、ないじゃないか。


「俺は結局、あいつを殺さずに済む方法を見つけられなかった。やつを倒す方法しか、見つけられなかったんだ……ごめんな」


「どうして謝るの?あなたのおかげで、わたしはこうしていられるし、あの町は壊されずにすんだ。言ったじゃん、わたしたちが町を救ったんだって」


「まあ、そうなんだけど……」


「あなたは……少し、優しすぎる。心配になるよ」


うつむく俺の目を、フランの深紅の瞳が見上げる。


「すべてを救うことは、難しい。いつかのオオカミ狩りの時とおんなじ。殺さなくちゃいけないときは、どうしてもある」


「……強いんだな、フランは」


「強くなんかない。本当に強かったら、きっと、あなたにそんな顔をさせなくても済んだんだ……」


フランが水面(みなも)に浮かぶ腕を上げて、俺の右頬に触れた。ざらりと、ガントレットの感触。


挿絵(By みてみん)


「前にも言ったと思うけど。わたし、本当に危なくなったら、何よりもあなたを優先するよ。そのために何人殺すことになっても、きっとわたしはためらわない」


ごくり……思わず、唾をのんだ。フランの目は、本気だ。彼女がその気になれば、きっと町一つを血の海に沈めることも……不可能じゃ、ない。


「……あなたも、わたしを化け物だと思う?」


俺の顔に触れていたフランの手が、力なく離れていく。俺は、その手を……


「させない。化け物になんか、させるもんか」


がしっ。


「俺が、お前をそんなものになんて、絶対にさせない。さっき言ったな、自分は強くなんかないって……その通りだ。だから俺たちは、強くならなくちゃいけない」


いつかに俺は、自分が強くなるんだと誓った。けど、それは間違いだった。俺たちは、一つの勢力なんだ。みんなで、強くならなくては。


「俺は、もっと強くなる。みんなに守ってもらわなくてもいいくらい……すぐには無理だろうけど。けどそうすれば、フランは誰も殺さずに済む。化け物になんか、ならなくてもいい」


フランは、小さくうなずいた。


「うん。わたしも……もっと強くなる。わたしが誰にも負けなくなれば、あなたは誰にも傷つけられない」


「へへへ。結局、最初の目標通りでいいんだよな。俺たちは、無敵の第三勢力を目指すんだ」


俺が笑うと、フランもつられたように微笑んだ。


「頼りにしてるよ」


「おう。もちろんだ」


俺の目標は、誰にも縛られない第三勢力を作ること。まだまだ遠い話ではあるけれど、ほんの少しずつではあるが、道筋が見えてきた気がした。




「……それで?」


薄暗い地下室に、無感情な男の声が反響する。


「試作品まで持ち出したが、結果は振るわなかったというわけだな?」


「そーなんですよ。いやぁ、残念残念」


対してそれに答えたのは、男とは違って、軽薄な声。銀色の仮面をつけた、奇妙ないでたちの人物だ。


「日光に弱いっていう弱点を突かれちゃったみたいだね。まったく、勘がいいんだか悪いんだか」


「ふむ……まあいい。まだ改良の余地はある。それで、本題は?」


「“そっち”はバッチリだよ。場所も突き止めた」


「ならいい。引き続き任務を継続しろ」


カツンと足音を響かせて、男は地下室を去ろうとした。


「あ、それともう一つ。あの、勇者君のことなんだけど」


「……それがどうした」


「彼、なかなか面白いよ。まだ未成熟だけど、場合によっては使い物になるかもしれない」


「……この前の報告では、その価値もないと言っていなかったか?」


「まぁね。今のままじゃダメだ。けど、もうひと手間加えてやれば、真価に目覚めるかもしれない」


仮面の人物の楽し気な声に、男はわずかに苛立ちを表した。


「余計なことはするな。お前にそんな暇はないはずだ」


「わーかってるってば。やるのは僕じゃないよ。もう一人のほうさ」


「……なに?」


「きひひひ!もう一人の勇者君。正義の使者、雷の断罪者……彼と引き合わせたら、面白いことになると思わない?」


「……勝手にしろ。だが、任務に支障をきたすことは許さん」


「りょーかい!きひゃひゃははは!」


銀色の仮面は、狂ったようにケタケタと笑った。男はその笑い声に嫌気がさしたかのように、無言で地下室を去っていった。


「きゃははは……待ってなよ、勇者君たち。そうさ、君たちは勇者。魂によって、曳かれ合う運命にあるんだから……」


仮面の奥で、真っ黒な瞳が怪しげに光った。


「魂の重なる場所。そこが、決戦の舞台(ステージ)さ」




九章につづく

====================


読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


====================


Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ