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6-2

6-2


「うぉっと!」


ぼすっ。俺の腰のあたりに、ぼさぼさの黒髪がぶつかる。慌てて後ろに下がると、そこに居たのは小さな子どもだった。浅黒い肌に、伸び放題の黒髪。服はボロボロのワンピース……というより、大人物の上着をすっぽり被っているようだ。ぶかぶかの裾からは、はだしの足がのぞいている。恰好だけでは、男の子か女の子かもわからないな。


「あ、ごめんな。よく見てなくて」


俺が謝っても、その子どもは口を閉ざしたまま、大きな丸い目でじっと俺を見上げている。な、なんだ?


「えーっと……?」


「……」


俺が弱っていると、その子どもはごそごそと、自分のポケットをまさぐり始めた。なんだなんだ?やがてポケットから出てきたのは、すこしくたびれた花だった。子どもはそれを、俺に差し出す。


「え?これ、俺にくれるのか?」


子どもはぶんぶんと首を横に振った。そしてもう片方の、何も持っていない手も俺に差し出す。


「桜下さん、この子、対価をよこせって言ってるんじゃないですか?」


「ああ、なるほど。その花を、売ってくれるってことだな?」


俺の言葉に、子どもはこくりとうなずいた。ははぁ、変わった訪問販売だな。


「花、ねぇ。別に俺たち、草花と自然を愛する集団ってわけでもないんだけど……」


正直、いらない。花は桃色の可愛らしい花びらをしているが、ずっと握りしめられていたからか、しおれてしまっている。だいたい、金に余裕もないし……なんだけど、この子の恰好は気になる。言っちゃ悪いが、ずいぶんみすぼらしい……


「あー。君は、何て名前なんだ?」


俺がたずねても、子どもは首を横に振った。ふむ、知らない人には名乗らない、か。


「じゃあ、この仕事はどうして?」


これにも、沈黙。困ったな、コミュニケーションが取れない。


「弱ったな。なにか、話せる事情でいいから教えてくれよ。じゃないと、さすがになぁ」


俺が渋い顔をすると、子どもは手を引っ込めた。そして口を大きく開くと、口内を指さした。


「え……」


「やだ……!」


ウィルが息をのむ。子どもには、舌がなかった。根本のほうで切れて、丸まってしまっている。子どもは口を閉じると、また首を横に振った。


「そうか、だから一言も喋らなかったのか……」


これも正しくないな。喋らないんじゃなくて、喋れなかったのだ。過去に一体、何があったのか……この子の口から聞くことは、もう叶わない。


「……お前の事情はわかった。悪かったな、無茶を言って」


子どもはまた首を横に振ると、再びこちらに花を差し出した。


「……わかった。それじゃあ一輪、もらおうかな」


俺はくたびれた花を受け取ると、カバンから銀貨を一枚取り出した。


「これでいいか?」


子どもはこくりとうなずくと、コインを受け取り、ぎゅっと握りしめた。花一本にしては割高だが、なんだか事情もありそうだし……


「あ、そうだ。ついでに聞きたいんだけど、この辺に安く泊まれる宿ってないか?」


俺の問いに、子どもは少し悩むと、ついてこいとばかりに手招きした。どうやら、ガイドを引き受けてくれるらしい。

小走りに駆けて行く背中を追いながら、フランが小声で話しかけてくる。


「よかったの」


「何がだ?」


「とぼけないで。いちいちこじきに恵んでなんていたら、財布がいくつあっても足りないよ」


う。フランの鋭い指摘。


「まぁ、そうなんだけどさ。この町の案内料と、花代と考えれば、それほどではないだろ?ほら、結構キレイだし」


桃色の花を、フランの前髪にそっと挿す。


「ほーら、似合う似合う」


「……」


「そ、そんな怖い顔すんなよ……わかってるって。この一回こっきりにする。けど、さすがにあの場で、知らんぷりはできないじゃないか」


「……はぁ。お人好し。すぐ付け込まれるんだから」


ははは、手厳しい……けど、フランの指摘は正しい。俺のしたことは、善行というよりは、自己満足に近いものだろうから。それでも俺は、そうしたかったのさ。


名も知らぬ子について行くこと数分、目の前に小さな建物が見えてきた。少しくすんだ白色の壁には、「旅人歓迎」と書かれた看板が打ち付けられている。脇にはこんもりと葉を茂らせた木が生えていて、しだった枝にピンク色の花を咲かせていた。


「ここが、お前のおすすめか?」


俺がたずねると、子どもはこくこくとうなずいた。ふむ、ちょっと古そうだけど、逆にそれくらいがちょうどいいだろう。


「いい感じじゃないか。気に入ったぜ」


うんうんうなずく俺を見て、子どもはほんの僅かに口角を上げて微笑んだ。それから勢いよく頭を下げると、次の瞬間にはくるりと背中を向けて、たたたっと駆けて行ってしまった。


「あっ。もう行っちゃったよ」


「あの子、大丈夫でしょうか?ちゃんと帰る家はあるのか……」


遠ざかって行く背中を見つめて、ウィルが心配そうな顔をする。彼女も孤児だったわけだから、余計に心配なのかも。


「喋れない子どもか……苦労は絶えないだろうな。けど、案外ちゃっかりしてたし、逞しく生きて行くんじゃないかな」


「そう、ですね……うん、そう思うことにします」


ウィルは複雑な表情で、それでも飲み込むように、こくんとうなずいた。子どもは行ってしまった。そこから先は、俺たちの知りえない領域だから。するとエラゼムが、うつむいてぼそりとつぶやく。


「花売りの子ども、か……」


「うん?エラゼム、なんか言ったか?」


「……いいえ。それよりも、宿に入ってしまいましょう。桜下殿たちは、体をお安めにならなければ」


「あ、そうだな。よし、行こう」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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