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4-1 黒い旅人

4-1 黒い旅人


「おーい、もう残っている旅人さんはいないなー?ゲートを閉めますよーっと」


あ、まずい!俺は声のかぎりに叫んだ。


「まったーーー!まったまった、まだいまーーーす!」


俺の声を聞きつけ、門の前で衛兵の男が手を止めた。


「うん?なんだ、まだいたんですか。それじゃ、さっさとしてください。日が暮れたら、もう国境は通れなくなりますよ」


よーし、ぎりぎりセーフだ。俺たちは大急ぎでそこへ向かう。

マスカレードの襲撃から数日。俺たちは三の国の東側沿岸を全速力で駆け抜け、今日の夕暮れ時になってようやく、二の国との国境まで戻ってきたのだ。マスカレードの追撃もなく、旅路は順調だったと言えるだろう。


「はあ、はあ……あ、そうだ。俺、こういうものなんですけど」


俺は息を切らしながらカバンをひっかきまわすと、金属製の小さなプレートを取り出した。ファインダーパス、国境を渡る通行手形みたいなもんだ。衛兵はプレートを見ると、すぐに態度を変えた。


「おや、ファインダーパスをお持ちの方でしたか。失礼いたしました」


さすが、効果テキメンだな。このパスがあれば、国境も楽々通れるんだ。先行した俺の後から、鎧・少女・幼女・幽霊・黒マスクという奇妙奇天烈な仲間たちがやってきても、パスの効果か、衛兵は目を丸くしただけで何も言わなかった。


「皆様は、二の国へお帰りですね。アアルマートはいかがでしたか?」


「さすが、叡智の都って呼ばれるだけあったよ。実に刺激的だった」


良くも悪くもだったけれど。そうとも知らず、衛兵は俺の返事に満足したのか、にっこり笑って門の中へと案内してくれた。二の国と三の国の国境検閲所は、巨大な洞窟の中に作られている。洞窟の中には、魔法で作られた光の玉の照明がいくつも設置されていて、白と黒のコントラストを洞窟内に投げかけていた。衛兵に連れられて進むうちに、ついに国境が見えてきた……ゆらゆらと揺れる、半透明のヴェール。天井から床まで隙間なく覆うそれは、違法な魔道具を検知する魔力のヴェールだ。本来であれば、旅人はそこをくぐらなければいけないのだけれど……


「みなさまは、どうぞこちらに」


そう言って、衛兵はヴェールのすぐ隣の詰め所へと案内してくれた。ファインダーパスを持っていると、あのヴェールをくぐらずに国境を渡れるのだ。衛兵は帳簿のようなノートを開いて、さらさらと簡単に記入した。


「はい、これで手続きは完了です。またのお越しをお待ちしております」


「どうもー」


ふう、楽勝楽勝。あっけないほど簡単に、俺たちは検閲所を出て、茜色に染まる二の国ギネンベルナへと戻ってきた。


「はは、別の国に行った後だと、なんだか懐かしく感じるな。大した時間は経ってないのに」


「本当ですね。なんだか、空気まで違った匂いがする気がします」


俺とウィルが話していると、ライラが首をかしげて、小さな鼻をふんふん言わせた。俺とウィルは、顔を見合わせてくくくっと笑った。


「さあ、日没までもうひと踏ん張りだ。行こう!」


この先には、ラクーンの町がある。今日中にたどり着けるかは微妙なところだけど、進むだけ進んでおこう。俺たちはストームスティードに乗り込むと、山道を下り始めた。




「ん~……お。ラクーンの町明かりが見えてきたな!」


俺はエラゼムのわきから顔を突き出して、前方にそびえる街並みを眺めた。俺たちは、宵闇迫る草原を走っている。夕日が見えなくなってから十分は経っただろうか。今は西の空の端っこに、うっすらとピンク色が残っているだけだ。じき夜の闇が後を追ってくるだろう。


「このままのペースで行けば、今夜は町で過ごせましょう!」


エラゼムが叫ぶと、ストームスティードの腹を蹴ってさらに加速する。ここ最近野宿続きだったから、そうなったらありがたい。ラクーンに着いたら、今度こそクリスの宿に泊まることにしよう。前はあいさつだけで、店に寄れなかったからな。親父さんも喜んでくれるだろうし、あそこのミートパイはうまい。

俺がそんなことを考えながら、町へと順調に進んでいた矢先のことだ。突如として隣を走るフランが、鋭い声を上げた。


「まって!」


うぇ?フランは足を踏ん張って急停止した。ズササー!それを見たエラゼムも、ストームスティードの速度を緩める。さすがに馬は急停止できないので、俺たちは大きく弧を描くように、フランの元へと駆け寄った。エラゼムがたずねる。


「いかがなされました、フラン嬢?」


「今一瞬、叫び声が聞こえた。それに、たくさんの馬のひづめの音も」


馬のひづめ?俺は耳を澄ませるが、さわさわという、日暮れの草原をそよぐ風の音しか聞こえない。しかしフランの五感は人並以上の鋭さだと、俺は知っている。きっと、フランにしか聞こえない何かがあったんだ。すると上空を飛んでいたアルルカが、ばさりと俺たちのそばへ降りてきた。


「そいつの言ってること、あながち間違いじゃないわよ」


「え?アルルカ、上で何か見たのか?」


「ええ。この先、数百キュビットほど行ったところで、何人かがレースをしてたわ」


「レース……?」


ひづめの音がしたってことは、馬に乗ってレースをしてるってことだろ。なんだろう、競馬?まさかな、こんなのっぱらで?だいたい、もう日が暮れるってのに、わざわざ追いかけっこなんて……


「……まてよ。アルルカ、まさかそれ、誰かが追われてるって意味か?」


「ぴんぽーん。だいせいかーい」


おどけた口調のアルルカに、フランが無言で拳を振り上げるが、俺は馬上から、振り上げた腕をがしっと押さえつけ、話を続けた。


「アルルカ、そいつらのこと、よく見えたか?つまり、なんの目的で追ってるのかとか……」


「目的ぃ?そんなの、荒野で女が追われる理由なんて、一つしかないでしょ」


「え?待ってくれ、追われてるのは女の人なのか?」


「そーよ。ながーい髪をしてたから、たぶんね。で、追っかけてるのはブサイクな男ども。こんなん、人攫い以外ありえないわよ」


「ひと、さらい……?」


「あそっか。あんたたちは二の国の人間だから知らないのね。アアルマートじゃ日常茶飯事よ。奴隷にするために、田舎町のガキを掻っ攫ってくんの。ここは国境付近でしょ?こんな時間と場所に女一人でうろついてたら、そりゃ恰好の獲物に……って、ちょっと!?」


アルルカが言い終える前に、俺はエラゼムに向かって叫んでいた。


「エラゼム!行こう!」


「承知しました!」


「ちょ、ちょっと!え、もしかして助けに行くつもり?バッカじゃないの、その女とは面識もクソもないのよ?」


「だから、なんだ!目の前でそんなことされちゃ、夢見が悪くなるだろ!」


イヒヒーン!ストームスティードは透明な前足を高くあげ、勇ましくいなないた。


「フラン、アルルカ!そいつらのいた方向、案内してくれ!」


「わかった!」


「いや、あたしは……あ、こら。待ちなさいよ!もぉー!」


ダダダッ!俺たちを乗せたストームスティードは、草を引きちぎりながら荒野を走り始めた。

陽は完全に沈んでしまった。夜の闇が瞬く間にとばりを広げると、視界は一気に暗くなってくる。俺は首から下げたアニを高く掲げ、その青い光で前方を照らした。


「……っ!見つけた!あそこだ!」


フランが叫ぶ。あ!百メートルほど離れた所を、ちょうど俺たちの前を横切るように、一騎の馬が走り抜けていく。そしてその後から、十人はいそうな大軍がどやどやとそれを追い立てていた。


「どう見ても尋常じゃなさそうだな!」


「後を追います!ぬりゃ!」


エラゼムが手綱を操ると、ストームスティードはぐるりと九十度首の向きを変え、疾走する一団と平行に走り出した。


「それで、どうするんですか!?」


ウィルが俺の耳元で叫ぶ。あまり早く飛べないウィルは、俺の両肩に必死にしがみついていた。


「とりあえず、追手の足を止めよう!ウィル!お前の出番だ!」


「ぅええぇー!?」


ダダダッ、ダダダッ!疾風の騎馬は軽やかに大地を蹴り、ぐんぐん一団との距離を詰めていく。


「ライラの魔法じゃ威力がありすぎだ!フランも同文!お前の魔法で、あいつらビビらせてやれ!」


「しょ、しょんな……」


ダダダッ、ダダダッ!ついに俺たちは、猛チェイスをする一団に並んだ。男たちが俺たちをぎょろりと睨み、女は横目でこちらを一瞥する。男たちが口を開きかけるが、先に声を上げたのは女のほうだった。


「助けて!」


女が俺たちのほうを向いて叫ぶ。そう言われちゃ、加勢しないわけにはいかないな。俺の胸の中に、闘争心が燃え上がった。


「よし、ウィル!いまだ……!?」


ズキン!俺が叫ぼうとした瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。


「ぐっ……!?」


「お、桜下さん?大丈夫ですか?」


胸を押さえる俺の耳元で、ウィルが心配そうな声を上げる。い、いったいなんだ?突然胸がうずきだした……いや、突然じゃあない。こんなうずきを、前にも感じたことがある。マスカレードの闇の魔法を受けたときと、同じ感覚だ。


(くそ……なんだって、こんな時に!)


思わず奥歯をギリリと噛みしめた。アニが言っていた、これが心の傷ってやつか?確かに今、俺は人攫いたちに対して、闘志を燃やしていた。だが振り返ってみれば、それは純粋な闘志だけではなかったかもしれない。もっと、どす黒い感情……憎しみや、怒りのような気持ちも、そこにはあったんじゃないか?


(このうずきは、憎しみに反応しているのか?)


マスカレードから受けた心の傷が、俺の負の感情に呼応して、再び俺を暴れさせようとしているのかもしれない。ちくしょう!そんなこと、させてたまるもんか!

俺は深く息を吸い込むと、昂っていた感情をゆっくりと落ち着けた。


「……悪い、ウィル。もう大丈夫だ。それよりウィル、いけそうか?」


「え、ええ……もう、腹はくくりました」


「よし。それじゃ一発、かましてやれ!」


「わかりました……!桜下さん、協力してください!」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、

作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。

よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma

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