12-3
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「おい、聞いたか……?」「謝った……」「ヴァンパイアが、謝ったわ」「本当に、ヴァンパイアを倒したんだ」「もう俺たちは、あいつに怯えなくてもすむんだ!」「私たちはもう、あいつに支配されないんだわ!」
わああああああああああ!
町中が、どっと沸いた。さっきまでそよ風の音が聞こえるくらい静かだったのに、突然スピーカーの音量を最大にしたかのようだ。まあでも、みんなそれだけ喜んでくれているならいい。だが……それは、歓声ではなかった。表現としては……怒号、が正しいだろう。
「殺せええええ!ヴァンパイアを、八つ裂きにしろぉぉぉ!」「焼けた串を、体中に突き刺せ!地獄の苦しみを味わうがいい!」「簡単に殺しちゃダメよ!千日、少なくとも千日は苦しめましょう!」「死んだあとは豚に食わせてしまえ!そのあとでクソを燃やして、灰を肥溜めにぶち込んじまえ!」
各々が叫んでいる内容はバラバラだったが、そのどれもが、耳を覆いたくなるほど残忍な呪いの言葉だった。男も女も、若い人も老人もみな、口々にアルルカへ怨嗟のたけをぶちまけているのだ。四方八方から浴びせられる怒声に、アルルカは身をすくませている。
俺はウィルと話していた懸念を思い出して、思わず吹き出しそうになってしまった。神であるアルルカを倒して、町の人たちが怒らないかって?とんでもない。こいつらは、心の底からアルルカを憎んでいたんだ。
「……うおおおおおおおおお!」
その中で一際でかい雄叫びを上げていたのは、あろうことかクライブ神父だった。なんと神父は、豪快に漢泣きしている。
「よくぞ!よくぞ憎っくきヴァンパイアを倒してくれた!わはははは!勇者殿、感謝しますぞ!」
クライブ神父は俺の手を取ると、激しくぶんぶん揺すった。その変わり様にびっくりだ。
「セイラムロットを代表して、御礼申し上げる。あなたはこの町の救世主だ!」
「いや、そんなに持ち上げないでくれ。俺は俺のやりたい様にしたまでだ」
「ご謙遜を!あなたの行いは実に立派でございました!これであのクソ女の顔に遠慮なく唾を吐きかけてやれると思うと、私は天にも昇る心地ですからな!」
クライブ神父は泣いたかと思うと、快活に笑い、今は憎しみのこもった目をアルルカに向けている。目まぐるしい……あの、いつもむすっとしていた神父とは思えない。
「勇者殿!ぜひおもてなしをさせていただきたい。町を上げて祝宴を上げさせてもらいますぞ。そのヴァンパイアを火あぶりにしながら乾杯をいたしましょう」
クライブ神父の提案に、事務所から出てきた教団の連中がいい考えだとうなずく。アルルカの白い顔がさらに白くなった。冗談じゃないぜ、悲鳴を聞きながら酒を飲む気か?
「悪いけど、お断りだ。今日にでも俺は、この町を発つつもりだ」
「おや、そうでしたか……それは残念ですな。しかし、でしたら無理にお引き留めはしますまい。後のことは我々で処理させていただきます。さあ、そのゴミを引き取りましょう」
クライブ神父はにっこり笑うと、アルルカへ手を向けた。アルルカがその手を凝視する。しかし、俺は首を横に振る。
「悪いが、それはできない」
「は?」
「こいつは、俺がもらい受ける」
シーン……好き放題喚き散らしていた町人たちが、一瞬で水をうったように静かになった。
「勇者殿……いま、なんと?」
「アルルカは、わたさない。こいつの処遇は、俺があずかる」
「ふっ……ふざけるな!」
ドワアアァァァァ。再び嵐のような野次が巻き起こった。皆口々に、復讐が行えない事への不満を爆発させている。クライブ神父が顔を赤らめて俺に食い掛かった。
「冗談ではありませんぞ、勇者殿!我々には、そのヴァンパイアに復讐する正当な権利がある!なぜそれを邪魔なさるのか!」
「俺はアンタたちに、謝罪を受け取る権利があると言っただけだ。俺は今回の騒動で、死者が出ることを望まない。それはこの町の人たちだろうが、ヴァンパイアであろうが同じだ」
「なっ……!あ、あなたは!この怪物に、情けをかけると言うのか!そんな畜生ふぜいに!」
「違う。殺させないと言ったんだ。犯した罪には、相応の罰が下されるべきだろう。けど、それをアンタたちに任せると、まず間違いなく殺しちまうだろ?だから、こいつは俺が連れて行く」
「なにを言っておるのですか!その怪物に下されるべきは、死のみだ!それ以外にそいつの罪をそそぐ手段など、あるはずがない!」
「それは、俺が見定めさせてもらうよ。それに……今そそぐべき罪は、まだ他にあるからな。それは神父、そして町の人たち。あんたらの罪だ」
「なに……?」
俺が手をさっと上げると、俺たちの後ろをついてきていたハイゲイトたち……かつて生贄にされた亡者たちが、暗がりを出てぞろぞろと俺の近くに集まった。
「うっ……」
クライブ神父が眉を顰める。町の人たちも一斉に息をのんだ。
「この人たちが誰か、わかるな?」
「……」
「この人たちは、ヴァンパイアの城にずっと囚われていたんだ。けど今夜、ようやく解放された。日が昇れば、この人たちはやっと自由になれる。だけどその前に、あんたたちにやってほしいことがあるそうだ」
「そ、それは……?」
「謝罪だ。この人たちを騙し、死へといざなったことについて。それでこの人たちの命が戻ってくるわけではないけど、あんたたちがこの人たちへできるのは、それくらいだろ」
悪いことをしたら、謝るべき。それは、アルルカに限った話じゃない。
「……」
俺たちの会話を、ローズが離れたところから、困惑気味に見守っている。ローズからしたら、何の話をしているのか見当もつかないだろう。けど俺は、知らないで済むならそっちのほうがいいと思った。世の中、知らないでいたほうが幸せなこともあるだろうから……
「さあ、謝ってくれ。そうじゃないと、この人たちはいつまでたっても浮かばれない」
亡者たちは、虚ろな眼孔でクライブ神父を見つめている。そのほとんどがローブを着ているのを見るに、たぶん彼女たちは元シスターなのだろう。腰に剣を差して、冒険家風の格好をしている人は、神父だけじゃなく町の人たち全体を睨み付けていた。
「……」
クライブ神父は、唇をかんで黙りこくっている。ひょっとすると、このまま朝になれば万事解決するとでも思っているのかもしれない。仕方ない、すこし脅しをかけておくか。
「言っておくが、この人たちはアルルカと違って、俺の命令には忠実じゃないぞ。もしもしびれを切らして実力行使に出たとしても、俺は止められない」
「ッ……!」
これは半分嘘だ。亡者たちとはアルルカほど強く同調していないので、強制をさせることはできない。だけどアンデッドである以上、止めようと思えばどうとでもなるからな。だが俺の気まぐれ次第で、この町が亡者に襲われることになるのは事実だった。
「……」
クライブ神父は、かみ切れそうなほど唇に歯を食い込ませていた。それでもゆっくりとだが、頭を地面へとむけた。
「……申し訳、なかった」
ぼそりと小さな声でつぶやく。が、それで亡者たちが満足するはずもない。一人の亡者がかがんで、指の先で地面を指し示した。
「……っ!この……!」
クライブ神父はその意味を理解し、一瞬目を吊り上げた。が、亡者の真っ黒な眼孔と目が合うと、すぐにその勢いは失われた。
「くっ……」
クライブ神父が、ゆっくりとひざを折る。腰をかがめ、そして両手を地面についた。その格好で、クライブ神父は深々と頭を下げた。
「申し訳、ありませんでした……」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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