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8-2

8-2


「ぐす……」


二人のもとを離れる道すがら、ウィルはずっと涙ぐんでいた。


「私、あの二人のこと、何も知りませんでした……あの子たちは、ただ必死に、日々を生きようとしていただけだったんですね……」


ウィルは、昨日彼女たちへの非難をいろいろ言ってしまったことを後悔しているみたいだ。別に直接言ってはないんだし、ウィルがああなるのも当然だとも思うけど……なんだかんだ、ウィルも根はまじめだ。


「けど正直、予想は嫌な方向に向かったな……」


俺はにがにがしげに言った。リンから得た情報は、有用であると同時に、劇毒のような危うさも秘めている。


「やっぱりリンにも、前任がいたんだ。そしてその前任は、行方不明になっている。自分から逃げ出したらしいけど……怪しいもんだな」


「……ねぇ、だとしたら」


俺の意図が伝わったのか、フランが険しい顔で続ける。


「その前任者にも、前任者がいたはずじゃない?毎年儀式をしてるんだったら、少なくとも一人はいないとおかしいよ。でも今この町には、シスターは二人しかいない」


ウィルがはっと口を覆い、悲鳴を押し殺した。


「フランさん、それって……毎年、シスターが行方知れずになっているってことですか?」


「その可能性はある。けど、そうすると今度は、それをどう隠すかが問題になるよ。昨日、この人が言ってたでしょ。町の人が疑問に感じないのはおかしいって」


フランがちらりとこちらを見たので、俺はうなずき返した。


「次は、それを確かめてみてもいいかな。マスターの酒場に行ってみよう」




ひねくれ者の爺さんがマスターをつとめる酒場は、あいかわらず賑わいとは対極だった。同じようにしょぼくれた顔をしたおっさんたちが数人、ちびちびと酒を飲んでいる。だがしかし、困ったことに俺は昨日、マスターに出禁を食らっているのだ。今度この店に顔を出したら、俺は帽子掛けにされてしまうそうだ。そこで。


「……」


マスターは、なかなか取れないグラスの汚れにイラついてるような表情で、布きれを動かしている。その手から、突然グラスがぴょんと飛び出した。


「うおっ。とっとっと……」


慌ててグラスをつかもうとするが、グラスは生きているかのようにマスターの手をくぐり抜け、そのままコロコロと床を転がり始めた。


「おい、どこ行こうってんだ!」


グラスはそのまま、戸口をくぐって店の外へと出てしまった。客たちが不思議そうに目線を上げる。


「ちっ、なんだってんだ?」


ガラス製のコップは貴重なんだろう。見捨てるわけにもいかず、マスターはぶつくさ言いながらカウンターを抜け、グラスを追って店の外に出た。その瞬間、マスターはエラゼムによって後ろ手に捕らえられた。


「ぬお!?なんだおめえら!」


「ごきげんよう、マスター」


「やっほー、マスター。店の外なら、ノーカンになるよな?」


「なぁ!?お前は、昨日のクソガキ!」


俺がひらひら手を振ると、マスターはぎょろりと目をむいた。


「悪いな。ちょーっと手荒だけど、勘弁してくれ。頼む、エラゼム」


エラゼムはうなずくと、マスターの口をふさいで、ずるずると引きずり始めた。


「むごぉ!?むおおぉぉぉ……」


「ごめんって、ほんの少しだからさ。……あ、それとウィル、もう大丈夫だぞ」


俺が声をかけると、手以外地面に埋まっていたウィルが、にょきっと生えてきた。その手にはガラスのグラスが握られている。


「ぷは。オケラになった気分でしたよ」


「ははは、言えてる。ウチはビンボーだしな……」


「ちょっと……自分で言って、へこまないで下さいよ」


意味が分からなかったのか、ライラとフランはきょとんとした顔をしていた。ともかく、俺たちはマスターを店の裏手まで引きずってきた。ここなら人目につかないだろう。


「ぶはぁっ!お、おい!てめぇら、何のつもりだ!」


エラゼムが手を放すや否や、マスターが唾を飛ばしながら叫んだ。


「ごめん、荒っぽいことをしたのは謝るよ。ただどうしても、マスターに話が聞きたかったんだ」


「なにぃ?だいたい、こらクソガキ!なんでまだ町にいるんだ!」


「まさにそのことなんだ。どうして、俺たちはこの町にいちゃいけないんだ?」


「う……そ、れは……」


マスターは途端に勢いを失い、たじたじになった。やっぱり、それについては言えないんだな。


「……まあ、それはいいんだ。言えない事情があるのなら。でも、これだけは教えてほしい。この町の、シスターのことだよ」


「し、シスター?」


マスターは黄ばんだ目玉をぎょろりと動かした。


「ああ。マスター、この町では、毎年毎年、シスターが姿を消している。違うか?」


「なっ、にを言って……」


「でまかせで言ってるんじゃない。確かなスジの情報から、そう推測するに至ったんだ」


「ぐ……」


マスターは目を伏せる。


「……いなくなってるのは、本当だ。だが、煙のように姿を消したわけじゃねぇ。みんな嫌がって、逃げ出しっちまうんだよ。こんな田舎町じゃ、いい男なんざいやしねぇからよ。うら若き乙女は耐えられねぇんじゃねぇか?」


「毎年、きっかり満月祭の夜にか?おかしいな、それならもっと早く逃げ出してもよさそうなのに。どうして律儀に儀式の日まで、シスターとして励んでいるんだろう?」


「ちっ……口の減らないガキめ。俺がそんなこと知るか!教団の連中がそう言ってるんだよ!聞きたきゃ、やつらに直接聞いてみろってんだ!」


「ああ。そのつもりだよ。この後、クライブ神父のとこにも行こうかと思ってる」


「……は?」


俺の言葉が予想外だったのか、マスターは途端に様子を変えた。


「ば、ばか、何言ってんだ。あそこは町の心臓みたいなところなんだぞ。よせ、そんなことしたら間違いなく帰ってこれなくなるぞ」


その様子は焦っているというより、純粋に心配してくれているみたいだった。


「……前々から思ってたんだけど、マスターはシュタイアー教が嫌いなのか?」


「なに?……とくだん、好きでも嫌いでもねぇよ。俺はもともと、カミサマは信じないタチなんだ。だが町の連中は、例の宗教に首ったけだ……今では、俺たちのほうが異常者扱いされちまってるよ」


「異常者か。なんでシュタイアー教を信じないんだ?好きでも嫌いでもないんだったら、好きなふりをしとけば穏便に済みそうじゃないか?」


「てめぇ、知った風な口を……いいか、ボウズ。俺たちを異常者扱いするんじゃねぇ。おかしいのは俺たちじゃない。この町(・・・)だ。それをゆめゆめ忘れんじゃねえぞ」


マスターはそれだけ言い残すと、ぐいっと俺の肩を押して、ずんずん歩いて行ってしまった。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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