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6-2

6-2


「恨んでいるでしょう、フラン。私は、報いを受けに来たの」


報い……?ジェスは立て続けにいう。


「さっきあなたに飛びかかられたとき、私、殺されると思った。けど、当然よね。私がさいしょにあなたを見捨てたんですもの。あなたにはそれをする権利があるし、私はそれを甘んじて受け入れるべきなんだわ」


俺は唖然とした。わざわざ、殺されに来たっていうのか?思わず口を開いた。


「ジェス、どういうつもりだ?」


「だって、このままあなた達が行ってしまったら……さっきは、あなたがフランを止めてくれたけど。本当は、それがフランの気持ちだったってことでしょう?あなたに話してみろって言われて、私気づいたわ。フランにずっと面と向き合っていなかったんだって。だからよ」


ジェスはそこまで言い切ると、フランセスへ視線を戻した。


「フラン。ごめんなさい。あの時助けられなくて、ごめんなさい。私、あなたを見捨てて、今まで生きてきた。どんな呪いの言葉でも、どんな罰でも受けるわ」


ジェスは一歩、フランセスへ近づいた。対してフランセスは、ジェスを感情の読めない目で見つめている。俺はフランセスの一挙手一投足に注意した。最悪の場合、無理やりでもフランセスを止めるつもりだ。

フランセスが、ジェスに手を差し出した。


「じゃあ、あなたの腕を一本もらう」


「……え?」


「次は足を一本。その次はおなかを開いて、中身をもらう。あなたの顔を切り取って、口の中のものを一つずつもらう。そうやって、少しずつ、少しずつ死んでもらう。どう?」


ジェスは唇まで真っ青になって、がたがたふるえている。聞いていたこっちまで土気色になりそうだ。


「私のために死んでくれるんでしょ。簡単には殺さない。苦しみのたうち回って、死んでもらう」


ジェスの歯がガチガチ鳴っている。いや、俺の歯か?俺は知らぬ間に、剣の柄をぎゅっと握りしめていた。汗で手がぬるぬるする。

暗闇の中、フランセスの真紅の眼だけが異様な光をまとっている。狂気、憎しみ、殺意……その目はまさしく、怪物の目だった。


「死んで、ジェス。私のために死んで。そうしてくれるんでしょ?」


「あ……あぁ……」


ジェスは足をもつれさせて、その場に尻もちをついた。そこにフランセスの黒い影が覆いかぶさる。


「よせ!娘に手を出すな!」


そのとき、異変に気付いたフランク村長が、血相を変えてこちらへ走ってきた。フランセスは不機嫌そうに、駆けてくる村長をねめつけると、鉤爪をジェスへ突きつけた。


「こないで」


静かな、だがはっきりとしたおどしに、フランク村長の足が止まった。


「はぁ、はぁ……じ、ジェスに手を出すんじゃない。死んでほしいのなら、私が代わりになろう」


「お、父様。だめよ、これは私が勝手にやったことだもの。お父様を巻き込めないわ」


「ジェス、いいから、いうことを聞きなさい。フランセス、君も本当は私を殺したいはずだ。あの日、君を見捨てるように指示したのは私だ。さらに君の遺体をあの森に投げ捨てたのも、他ならぬ私なのだからな」


なんだって?遺体を森に捨てた?あれ、そういえば変だな。フランセスの死因が礼拝堂の火事なら、どうして彼女は遠く離れたあの森で彷徨っていたんだろう。証拠隠滅のためだろうか?


「私を殺すといい。それで君の復讐は完結だ。好きなだけいたぶるといい。君にはその権利がある」


「……」


「だから、頼む。どうか娘だけは。ジェスだけは、見逃してくれ……」


フランク村長は膝をつき、ほとんど土下座に近い形で懇願する。フランセスはそんな彼を、冷ややかな視線で見おろしていた。そしてじろりと、ジェスへ視線を移す。ジェスの瞳が大きく見開かれた。

フランセスは無表情のまま、鉤爪を振り下ろした。


「だめだ!」


「待ってくれ!」


ザシュ!

俺とフランク村長の制止もむなしく、爪は振り下ろされた。あたり一面に、ジェスのものだった栗色の髪が舞い散る。村長は脱力して、へなへなとその場に崩れた。俺の心境も似た感じだ。

フランセスは、ジェスの束ねた髪だけを切り落としていた。


「え……?」


ジェスは、何が起こったのかわかっていない様子だ。フランセスは爪をぱっぱと払うと、ぼそりとつぶやいた。


「気がそがれた。これで勘弁してあげる」


それだけ言うと、フランセスはジェスに背を向けて歩き出してしまった。俺はどうしていいかわからず、ジェスとフランセスの背中を交互に見比べていた。これで、終わりってことでいいのか?だがジェスは、その答えに納得いっていないようだった。


「ど、どうして?どうして情けをかけるの!あなたは、私たちを恨んでいたんでしょう!」


「……」


フランセスは足だけを止めた。


「恨んでいたんでしょう!あなたがいなくなった三年前から、あの森から瘴気の風が吹くようになった!みんな次々に体がおかしくなっていったわ。口には出さないけど、みんなきっとわかってた!あれが、フランの恨み、呪いなんだって!そうでしょう!?」


あ……そうか。村に来てからやたらと耳にした、三年前という言葉。それがこんな風に収束してくるのか。ジェスの足の自由が利かなくなったのも、フランセスの呪い……なのか?


「それだけ恨んでいたのに、どうして……どうして今更、情けなんて……」


ジェスはそのまま、べそべそと泣き崩れてしまった。俺はそんなジェスを見て、どうにも不可思議に感じた。どうしてこの子は、やたらとフランセスを刺激したがるんだ?せっかく見逃してもらえたんだから、おとなしくしていればいいのに。

フランセスは、くるりとジェスに振り返った。


「ジェス。あなた、死んで楽になろうとしているでしょ」


「え……?」


ジェスがぽかんと口を開けた。


「死んで、それで私に許してもらおうとしてる。命を賭して償えばいいと思ってる。冗談じゃない。わたし、あなたのこと許さないから」


あ……そうか。ジェスは、罰を受けたがっていたのか。罪悪感から、解放されるために……

フランセスの瞳は、未だらんらんと赤い輝きを放っている。けれどもさっきのような、化け物じみた輝きではなくなっていた。


「生きなさい。私が生かしてあげた命を、粗末に扱うなんて許さない。生きて、おばあちゃんを守って。生きて、わたしみたいな子が出ないように、この村を守って」


そのとき、サアァと風が吹いた。草が揺れ、木々がざわめき、雲が勢いよく流れていく。すると、ちょうど雲間に隠れていた月が姿を現した。

満月だった。


「生き続けて、罪の意識にさいなまれ続けなさい。それでこそ、わたしの死が報われるわ。だから、あなたを殺さない」


言い終わると、フランセスは今度こそ背を向けて、振り返らずに歩き出した。あとに残されたのは、風のささやきと、それに乗って響くジェスのか細い嗚咽だけだった。フランク村長が歩み寄り、ジェスの肩を抱く。

俺は静かにその場を後にした。




つづく

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よければ見てみてください。


↓ ↓ ↓


https://twitter.com/ragoradonma


読了ありがとうございました。

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2022/3/9 追記

文中のフランセスの発言、「気がそがれた」という表現は、「興がそがれた」では?というご指摘をいただきました。

私が調べたところ、「気がそがれる」は「やる気などがなくなるさま」、「興がそがれる」は「楽しい、面白いという感情がなくなるさま」という意味になるようです。

これを言った際のフランセスの感情は、ジェスへの怒りや憎しみ、けれどもかつての親友を憎み切れない思いなどがないまぜになった状態です。それを考慮すると、楽しい感情の喪失を表す「興がそがれる」よりも、「気がそがれる」が適切であると判断したため、そのままにすることにしました。

分かりにくくて申し訳ありません。また、ご報告に感謝いたします。

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