7-4
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「は……なんだって?」
「ですから、謝罪です」
当然だろうといわんばかりに、ジェイは馬鹿正直に繰り返した。
「王女には、こう謝ってもらいたい。無能な自分に仕えさせて、悪かった。無価値な自分のために、命を投げうたせて悪かった。無意味な戦いのために、必死になってもらって悪かった……と」
ロアは、ぽかんとジェイを見つめていた。
「そして城の人間たちに、無駄な抵抗をやめるように言っていただきましょう。ついでに馬鹿で間抜けな自分は死ぬから、これからは新しき賢い王に仕えるように口添えてくださいませ」
わっはっはっはっは!ハルペリン卿が大声で笑った。それにつられて、兵士たちも一斉に、口をそろえて笑い出した。
「わはははは!その通りだ!」「馬鹿な小娘め!」「新しき王に、バンザーイ!がはははは!」
ロアの頭は、ゆっくりと目の前の男が言ったことを理解し始めた。あまりにも、あまりにも卑劣な要求に、脳が理解することを拒んでいたのだ。
「……貴様っ!ふざけるのもいい加減にっ」
「断じてふざけてなどいない!まだ立場がお分かりでないようですな、王女様?いや、“元”王女といったほうがよろしいか?」
ロアは言い返そうとしたが、それよりはやくジェイが畳みかける。
「あなたが私たちに異議を申し立てる権利など、とうの昔に無くなっているのですよ!あなたがこの場に現れた時点で、我々の勝利だ!お前はただ、私の言うことに従うほかない!」
「なにをっ」
「では!あなたが四の五の言うたびに、この兵士の指を一本ずつ切り落として差し上げましょうか?」
ジェイは大男に指示し、エドガーを床に下させた。ジェイはその上にどっかりと腰を下ろす。
「いいんですよ?私たちにとっては、この男など何の価値もないのですからな」
「き……貴様!約束と違うではないか!」
「さて?いつ、私たちがタダで、捕虜を解放するといいました?あなたが勝手に都合よく解釈しただけでしょう」
ロアは唖然とした。ジェイの横暴ぶりにもそうだが、なぜ自分は今まで、敵が素直に約束を守ってくれると信じていたのか、それを疑いもしなかったのか。さっきまでのロアは完全に、冷静さを失っていた。ジェイの言葉に心乱され、まともな判断ができなくさせられていた。
そのことに、ようやく気付いたのだ。
「わ、私は……」
「さらに申せば!あなたがこちらの手に落ちた以上、城内の人間に戦う意味などないでしょう。あなたが降伏を促せば、これ以上無駄な犠牲を出さずに済むかもしれませんぞ。むろん私たちは、歯向かうものには容赦しません。あちらが戦う気でしたら、容赦なく皆殺しにしますがね」
「……き、汚いぞ」
「そう思うなら、私の要求をのみなさい!家臣のために、最後にそのお綺麗な顔に、泥ぐらいかぶったらどうです!?」
ロアは、混乱していた。ジェイの言いなりになんかなりたくない。けど、自分が抵抗すれば、エドガーや、ほかの家臣が殺されてしまう……ロアはエドガーを救いたいし、自分を嫌っているとはいえ、罪なき侍女たちがなぶり殺しにあうのは嫌だった。
(受け入れるしかない……)
ロアが諦めかけたその時、ほとんど意識を失っていたエドガーが、ぴくりとまぶたを動かした。ジェイの下敷きにされて苦しそうに呻くエドガーが目を開けた瞬間、ロアの瞳と、かちりと目が合った。
「ロア……様……?」
「エドガー……!無事か!」
「ロア様?なぜここに……!いけません!ここに来ては……!」
叫びかけたエドガーを、ジェイは顔を蹴りつけて黙らせた。
「感動の再会のところ申し訳ないが、今は大事な取引の最中なんで、な!」
「ぐはっ……」
「や、やめろ!エドガーに手を出すな!」
「でしたら、元王女さま。やるべきことは、お分かりですね?」
「くっ……」
「ロア、さま……いけません!こやつの言うことなど、何一つ聞いては……」
ジェイはまたしても蹴りを入れ、エドガーを黙らせた。ロアは、わずかとはいえエドガーと言葉を交わしたことで、いささか冷静さを取り戻した。
「……城の者たちに、降伏するようには勧める。それで、双方利害は一致するはずだ」
「ノン、ノン、ノン!それでは、つまらないでしょう!?あなたには、敗軍の将らしく、みじめで、あわれで、みにくく映ってもらわなくては困るのですよ!」
ジェイは目を細めると、まとわりつくような視線でロアの全身を眺めた。
「……どうやら、あなたの中にはまだ頑固なスジが通っているようですね。その鼻っ柱を完膚なきまでに叩き潰さなければ、素直に言うことを聞いてはくれないでしょうか?」
ロアの背筋に、ぞわりと悪寒が走った。この男は、ロアを拷問に掛ける気なのだ。
「さて、ただ痛めつけるという手もありますが、それではいささか品に欠けますかねぇ。それよりも、あなたの尊厳を踏みにじるような、そんな方法が好ましい……」
ジェイは腰を上げて、あたりを行ったり来たりし、その一挙手一投足を追うロアの視線を十分に楽しんだ後で、周囲の兵に語り掛けた。
「さて、諸君!そこで諸君らに、相談があるのだが……諸君は、王女のカラダの味を、味わってみたくはないかね?」
ロアの顔から血の気が引いた。反対に兵士たちは、にわかに色めきだった。
「フゥー!」「はっはぁ!待ってました!」「犯せ!穢せぇ!」
ジェイはごほんと咳ばらいをすると、狂気じみた興奮で沸き立つ兵士たちに、簡単に告げた。
「あー、あまり時間は掛けられないぞ。早い者勝ちだ、急ぎたまえ」
そう言い終えた次の瞬間には、男たちは血走った眼を見開いて、ロアのもとによりたかっていた。
「や、やめろ!はなせ、はなせぇ!」
ロアは身をよじるが、力で兵士にかなうはずがない。ロアのシルクのドレスは、男たちによって力づくで引き裂かれた。ビリリィィー!
「いやああぁぁぁ!やめてえぇぇぇ!」
「貴様らぁぁぁ!ロア様から離れろぉぉぉ!」
エドガーが口から血しぶきを飛ばして絶叫する。ジェイはその様子を見てニタニタ笑うと、エドガーの顎をつかんで、ぐいと顔を固定した。
「さあ!あんたの王女が地に落ちていくさまを、この特等席でたっぷりと見るがいい!ひひひ、ひぃっひっははははは!」
「このっ腐れ外道があああああああ!」
エドガーの叫びもむなしく、ロアは蹂躙されていく。ドレスをはぎ取られ、ロアは下着だけの姿にされた。ロアは泣き叫んでやめてと頼むが、異様な興奮に支配された男たちの耳に届くことはない。一人の男が、ロアに口づけしようと顎をつかんだ。ロアは必死に顔をよじり、男の指に噛みついた。男は激高し、ロアの頬を力いっぱい張りたたいた。バシーン!
「うぁ」
あまりにも強くたたかれ、ロアは地面に投げ出されてしまった。ロアは鼻から、生暖かいものが流れ出すのを感じた。殴られた頬は、白熱したかのようにじんじんと熱を持っていた。
「おら、立て!」「おいおい、きれいな顔が台無しだな?」
ロアは髪を引っ張られて無理やり立たされ、腕を背中側でねじりあげられた。ロアにはもはや、泣き叫ぶ気力も残っていなかった。体中に吐き掛けられる狂った吐息を、どこか他人事のように感じていた。
「……」
涙の膜でぼんやりとかすむロアの目に、むりやり顔をあげさせられているエドガーの姿が映った。こんな姿を、見ないでほしい……でもどこかで、エドガーがそばにいることに安堵している自分がいた。
そして次に、その傍らでニタニタと意地汚い笑みをこぼす、ジェイの顔が映った。ジェイは、これまで抑えていた薄汚い喜びをもはや隠そうとはせず、顔じゅうの筋肉をゆがませ、愉悦を表していた。それを見たとき、ロアの濁った頭の中で、なにかがカチリと音を立てた。
(そうか……あいつは、喜んでいるんだ……私が、泣いて、わめいて、苦しむ姿を……)
ジェイは単に、ロアを殺したがっているわけではない。ロアの尊厳を踏みつけ、みじめに汚して、徹底的に貶めたいのだ。そしてロアは、今の自分の姿が、ジェイにとっては極上のごちそうであることを理解した。
(……ふざけないで)
ロアの胸の奥から、奇妙な感覚が沸き上がってきた。怒り?憎しみ?それとも、勇気?
否。それは、刹那の衝動。ロア・オウンシス・ギネンベルナという人間の源泉から突き上げた、魂の咆哮であった。
「……っ!はなせえぇぇぇぇーー!」
バシーン!
ロアに群がっていた兵士たちは、一瞬何が起こったのかわからなかった。ロアが信じられないほどの力を発揮し、男たちを振り払ったのだ。我に返った男たちは、抵抗したロアに怒りをあらわにする。
「おい、てめぇ……」
「だまれええぇぇぇ!」
ロアの叫びに、信じられないことだが、男たちはたじろいだ。幾度とない戦闘訓練に耐え、ここに来るまで何人もの王国兵を殺し、そして目の前の女をただの食い物としか見ていなかった男たちが、ロアの一声に、身をすくめたのだ。
「な……何をしている!小娘一人に、なにを憶するか!」
ジェイが目の前の光景に泡を食らい、唾を飛ばしながら兵士たちを叱りつける。
「貴様もだ、ロアぁ!お前が下手なことをすれば、この兵士がどうなるか……」
「やってみるがいい!エドガーにこれ以上手を出してみろ!私は必ず、お前を殺す!」
ロアの叫びは、空気をビリビリと震わせた。
「な……なにを言っているのか、ひひひ!お前のような小娘に、なぁにができる!」
「かならずだ!腕をもがれようが、足をもがれようが!口だけになったとしても、貴様の喉元を食いちぎってやる!」
今のロアの言葉には、不思議な威圧感があった。鼻血と涙で顔はぐしゃぐしゃだ。恰好はぼろぼろで、ほとんど下着姿といってもいい有様であるのに、ロアの姿は、今までで一番、女王としての威厳を放っていた。
「ここではっきり言っておく!私はお前のようなゲス野郎を喜ばせることは、断じてない!私がここにやってきたのは、お前たちの笑い者になるためでも、慰み者になるためでもない!私は、家臣を守るためにここに来た!これ以上、何人たりとも我が城の者を傷つけてみろ!たとえこの身がどうなろうと、私は必ず、そいつを殺してやるっっっ!」
ロアは一息に言い切った。血が滴り、地面にポタタッと跳ねる。その言葉には、脅しだけではない、確かにそうしてやるという力が感じられた。兵士たちは気付かぬうちに、ロアの周りから何歩も退いていた。驚くべきことに、ハルペリン卿や、あのジェイでさえ、無意識のうちにロアから距離を置いていたのだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ロアは息を荒げて、兵士たちを隙間なくにらみつけていた。しかし兵士たちも、ロアの放つ威厳に少しずつ慣れてきた。どれだけ啖呵を切ろうとも、所詮は小娘一人じゃないか。こちらは何万と兵がいるのだ、どうとでもしてやれる。
兵士たちは一人、また一人と立ち直り、ぎらつく視線を再びロアに向け始めた、その視線はさっきまでとは違い、明確な殺意が込められたものだった。兵士の一人が、剣の柄に手をかけた。
その時だった。
「よく言ったぜ、王女さま」
その声は、はるか上空から聞こえてきた。そして、闇夜の中から、一人の元勇者と、四人の仲間が、ロアの周りに降り立った。
つづく
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