6-4
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「……進めば進むほど、悲惨になっていくな」
俺は王城へ続く坂を走りながら、苦々しくつぶやいた。城へと近づくということは、すなわち激戦区へ近づいているということらしい。道のわきに打ち捨てられた哀れな兵士の亡骸が目立つようになってきたのだ。
「……っ。こいつら、成仏できてない……」
俺の目には、亡骸のそばに立つぼんやりとした白い影が、はっきりと映っていた。死んでしまった兵士の無念が、いまだに漂っているのだ。
(……許してくれ。ジェレミー、カステル……お前たちを守ってやれなかった……)
(……くそ、ちくしょう!なんでなんだよ、なんで……)
(……神よ。私の代わりに、どうか祖国をお守りください……)
(……誰でもいい。一度だけ、俺に力を貸してくれ。みなを守る力を、俺に……)
俺の耳には、亡霊たちの無念のささやきが絶えず流れ込んでくる。みな一様に、戦いに敗れたことを嘆き、遺してきてしまった人たちのことを案じていた。しかしこれだけ数が多いと、一人ひとり立ち止まるわけにもいかない。俺は歯を食いしばって、嘆く霊たちの脇を走り抜けるしかなかった。
「しんどいな……」
「ええ……」
同じ幽霊のウィルは、兵士たちの霊に強い憐憫を感じているようだった。
「けど私、それ以上に気味が悪いんです……」
ウィルはあまり兵士の遺体を見ないようにしながら、こわごわと言った。
「時たま、家の壁面に、鉤爪の跡みたいなものが残ってるんです。あんな傷跡、人間が使う武器じゃつきませんよね……?」
「鉤爪?もしかして、いま城を襲ってるのって、人間じゃないのか……?」
エラゼムが鎧を鳴らしながら、低い声で言う。
「……どうにも、敵の正体がはっきりしませんな。王城付近に来ましたら、慎重に進んでいきましょう」
「そうだな。どうせそのころには、敵の姿も見えてくるだろうし……」
俺たちがさらに道を進むと、だんだん戦闘の音が聞こえるようになってきた。何かが激しくぶつかる音、ドーンという爆発音。さらに嫌だったのが、俺たちが走る坂道だ。上のほうでずいぶん悲惨な戦いが起こったらしい。黒ずんだ血の跡が、石畳に沿って幾何学的な模様を描きながら、下へ流れてきたのだ。俺たちの足元はだんだん赤くなり、今ではどす黒く染まっていた。俺はめまいがするのと、滑りやすいのとで、二度ほど転びそうになった。
「みなさん、速度を落としてくだされ。ここからおそらく、敵の索敵範囲内です」
エラゼムに言われて、俺たちは走る速度を緩めた。街角に姿を隠しながら、前方に敵がいないか、慎重に確かめて進んでいく。しかし、市街地は警備が手薄なようだ。外から敵が来るとは考えていないらしい。一度だけ、見張りらしい“人間の”兵士を見かけたが、そいつをやり過ごせばあとは楽だった。市街地を抜けると、そこから先は森の中の一本道に繋がっている。ここを抜ければ王城なんだろうが、一本道では姿の隠しようがない。安全を考慮した俺たちは道を外れて、木々の間を迂回しながら進み、そしてついに森を抜けた。
「いよいよ、ここまで来たな……」
目の前に高々とそびえる城壁を見て、俺はつぶやいた。城壁のまわりはお堀がぐるっと囲っている。ここを、俺は流されていったんだな。てことは、今抜けてきた森が、俺の落っこちた森ってことだ。探せば骸骨剣士と別れた場所が見つかるかも知れないけど、そんな時間はなさそうだな。
「桜下殿、見てくだされ。あちらです」
エラゼムの声のほうを見ると、ここから離れた城壁のそばに、兵士の大群が陣取っていた。そこには堀と城門を結ぶ大きな跳ね橋があったが、今は跳ね上がったままになっている。その代わりに長い丸太が何本も渡されていて、あれを急造の橋代わりにしたみたいだ。
「あいつら、城門を壊そうとしてるのかな?」
「というより、開けようとしているようです。もちろん壊せれば済む話ですが、あれだけ頑丈な門を壊すには相応の時間がかかりましょう。それよりも、連中は壁を乗り越えて門を開ける道を選んだようですぞ」
この高い壁を越えるだって……?あ、ほんとだ!目を凝らすと、人影が城壁にへばりついて、よじ登っている。信じられない、城壁はゆうに百メートルはありそうな高さだぞ?それを命綱もなしで……
「……んん?」
俺は目をしばたかせた。目の錯覚か……?いや、やっぱりおかしい。
「なあ、あの壁を登っているの……人間か?」
遠目に見れば、人の形に見える。けど、全体的にどことなく骨っぽく見えるんだ。それに、頭はひょろ長いし、なんだかしっぽみたいなのも見えるんだが……
答えは、目のいいフランが教えてくれた。
「……違う。あれ、人間なんかじゃない。トカゲと人間の骸骨を、足して二で割ったみたいなやつらだ」
『まさか……竜牙兵!』
アニが鋭く叫んだ。スパルトイ?
「それ、前にも聞いたことあるな。竜の牙がどうとか……」
『ええ、スパルトイは竜の牙を触媒に呼び出される、小型のゴーレムの亜種です。強さはゴーレムほどではありませんが、そのぶん数を量産することに優れる特性があります。個ではなく、軍で力を発揮するモンスター……』
「じゃあ、いま城を襲ってるのは、そのスパルトイの群れってことか?人間じゃなくて?」
『いえ、スパルトイは野生のモンスターと違って、自然発生しません。かならず、それを呼び出した人間の魔術師がいるはずです』
「なるほど。あいつらは、魔法でモンスターを呼び出して、それを兵隊にしているのか」
『ええ……これで合点が行きました。王都がここまで攻め立てられているのは、スパルトイによる数の暴力で押し切られていたからです。その気になれば、スパルトイだけで何十万という大軍を指揮することが可能でしょう』
「なっ、何十万!?」
『はい。ああ、しかし、それでも理解ができません。どうしてあの連中は、竜の牙などという貴重な素材を、それだけ確保することができたのでしょうか?先の村でも、竜の骨が多く出回っていた……竜素材など、うろこ一枚が市場に出ただけでも騒ぎになるというのに……』
アニは訳が分からないというように、左右に激しく揺れている。だが俺は、骨の出どころなんかより、あの奇妙な姿の兵隊がうじゃうじゃいることのほうが気になった。あんなのが何万匹もいたら、あっという間に城なんか落とされちゃうんじゃないか?
まさにその時だった。ガガーーン!突然、すさまじい爆音が響き渡った。
つづく
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