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「んぁ」


なにか柔らかいものにぺちっとおでこがぶつかって、俺は目を覚ました。体がゆさゆさと揺れていて一瞬ドキッとしたが、すぐに現状を思い出す。夜の間に少しでもラクーンの町から離れるために、俺はフランの背中におぶられて夜を明かしたんだった。俺が寝ている間も、みんなは移動を続けていたはずだ。

フランのひんやりした背中から顔を離すと、口元からよだれがひとすじ、つぅっと糸を引いた。うわわ、フランの服に染みができてる。


「起きたの?」


「ひょえ。あ、ああ、おはようフラン。爽やかな朝だな、は、はは」


俺が動いたのが伝わったのか、フランが前を向いたまま声をかけてきた。俺は口元をぐいと拭うと、引きつった笑みを浮かべた。フランは果たして、背中の惨状に気付いているのだろうか。こちらを見ないまま、もくもくと歩き続けている。

俺はあたりの様子をうかがった。俺が眠る前は、川沿いの芦の原っぱを歩いていたが、今は柔らかい朝日が照らす、もやに包まれた深い森の中を歩いている。足もとはふかふかした苔で覆われ、緑のじゅうたんのようだ。大きく張り出した古木のわきや、倒れた木の橋の下なんかを、白い糸のような川が早い勢いで流れている。


「ずいぶん様変わりしたなぁ……フラン、もういいよ。起きたから、自分で歩く」


俺がフランの肩をとんとん叩くと、フランはガントレットのはまった手で、器用に俺とフランを結んでいた革ひもをほどいた。苔の上に降り立つと、体中が軋むような気がした。一晩中同じ格好で背負われていたから、体が固まっている。ひもで縛られていたところの肌がヒリヒリした。俺は肩をぐるぐる回して、体をほぐしながらたずねた。


「重くなかったか?夜通し担いでもらっちゃったな」


「別に。ゾンビだから、疲れもしないし」


こともなげにフランが答えた。そうだ、アンデッドであるフランは眠らないし、疲労も空腹も感じないんだ。だからこそ、夜通し歩き続けるなんて無茶ができたわけだけど。


「けど、ありがとな。おかげでぐっすり眠れたよ。ところで、ここどこだ?」


「さあ。川沿いにひたすら歩いてきただけ」


ふむ。確かこの川は、西の方から流れてきているんだっけ?じゃあ俺たちは西に向かっているわけか。すると、俺の首からぶら下がるガラスの鈴が、朝を告げる鐘のようにリンと鳴った。


『主様、おはようございます。ここは二の国の南端、三の国アアルマートとの国境付近かと思われます』


魔法の鈴、アニが、男とも女ともとれる中性的な声で言った。


「おはよう、アニ。てことは、このまま進むと国を出ちゃうのか?」


『いえ、川はその前に大きくカーブするので、国はまたぎません。しかしこのまま延々西に進めば、いずれは山脈を越えて一の国に入ることになります。まだだいぶ先ではありますが』


「なるほどねぇ。いっそのこと、国外逃亡しちゃうかな?」


『国を越えるのは、それなりにややこしいかもしれませんけどね。主様が勇者であるということを隠しながらでは、少し難しいと思います』


「そっかぁ。ううむ」


俺は故あって勇者を辞め、そのせいで二の国の連中から追われる身だ。昨日も王女様がよこした兵隊たちと、派手にやり合ったばかりだからな。今はとりあえず、あいつらから離れたい。また追ってくるかもしれないし、だったらいっそ違う国に逃げ込むのもありかも知れないな。


「よし、決めた。とりあえず、このまま行ってみようぜ。違う国に行ければ、あいつらも追っかけてこないかもしれないし……」


ん?そこまで言って、俺ははっとした。それだと困るかも知れない仲間が一人いる。俺は後ろを振り返った。後からは、鎧の騎士・エラゼムが付いてきている。その少し上のあたりを、幽霊のウィルがふわふわと浮いていた。問題なのは、エラゼムの方だ。


「エラゼム、確かあんたが探してる城主さまって、二の国の北の方にいるかもしれないって、そんな話だったよな?」


エラゼムは馬用の兜が乗った頭でこくりとうなずいた。


「ええ。ですが、お気遣いは無用でございます。今は桜下殿の都合を優先してくだされ」


「でも……国を出て西に行けば、全然違う方角に向かうことになるぜ?いいのか?」


「ええ。吾輩たちは死霊、時間はいくらでもありますので。生きておられる桜下殿のほうが肝要です」


「そうか?」


まぁ、本人がそう言っているならいいけれど。俺たちはまたしばらくの間、急な流れの川に沿ってもくもくと歩き続けた。が、進むにつれて、だんだん山が深くなってきた。苔むした大岩があたりにゴロゴロし始め、濁流になぎ倒されたかのような巨大な倒木が道をふさぐ。その度に回り道をするか、エラゼムの肩を借りてよじ登るかしたけど、これじゃ半日もしないうちにバテてしまいそうだな。

そのうちに、川が大きくゆったりとカーブする、穏やかな河原に出た。そこは川底の砂が積み上がってできたのか、白と灰色の砂地に、白い小さな花がぽつぽつと咲いている。


「ひらけた場所に出ましたね。ちょうどいいので、ここで朝ごはんにしませんか?」


ウィルが俺の隣にふわりとやってきた。朝一から険しい道のりを歩いたので、胃の中がすっからかんだった俺は、二つ返事で了承した。

エラゼムが荷袋の口をほどき、ウィルが中から食材を出してはもどし、出しては戻して唸る。特にすることもない俺は、近くの芸術的な流線を描く流木に腰掛けた。ちょうどいい、昨日ぼんやり考えてたことをまとめるいい機会だ。


「なあ、アニ。ちょっと相談に乗ってくれよ」


『はい?構いませんが、どうしたんですか?』


俺は頭の後ろで手を組むと、胸元のガラスの鈴にだけ聞こえる程度の声で話をつづけた。


「昨日の戦い、なかなか印象深かったと思って。ほら、ラクーンの門のところで、むこうの兵士たちが仕掛けてきたやつ」


『ああ……槍兵と弓兵に分かれて、主様だけを集中的に狙う、あれのことですか』


「うん。完璧に俺を対策してきてたよな。実際、なかなか苦戦させられた。で、思ったんだ。今まではフランの怪力とかでゴリ押ししてきたけど、ちゃんと戦術を組んだほうがいいんじゃないかって」


『ほう……死霊を率いるネクロマンサーとしての自覚が出てきましたね。私もその意見に賛成です。昨日無事に町から逃げおおせたのには、我らが軍団の力を最大限引き出せたところによるものが大きいでしょうから』


「だよな。みんなの強みをあらかじめ理解しておけば、土壇場で指示しやすいし、これから先足りないものも見えてくるだろ」


『なるほど。主様の言いたいことは理解できました。して、主様は彼らのことをどうお考えですか?』


「うん。まずは……」




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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