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じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。  作者: 万怒羅豪羅
4章 それぞれの明日
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9-3

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「うわあぁぁ!」


「桜下殿、お待たせしました……ん?」


へ?川の中から現れたのは、巨大な剣を背負った鎧の騎士……え、エラゼム?


「エラゼム、なのか?」


「はい。遅くなり申し訳ありません。エラゼム・ブラッドジャマー、ただいま帰還いたしました」


エラゼムはざぶざぶと水から上がると、俺の前に片膝をついた。エラゼムの鎧のすき間からは、水がぴゅーぴゅーとふき出している。体のところどころには水草が引っかかっていた。


「な……なんで、川の中から?ひと泳ぎしたくなったってわけじゃないよな?」


「あいにくと、泳ぎは不得手でして……それでこれだけ時間がかかってしまったのですが。追っ手を撒くために、川底を歩いてきたのです」


「はぁ?川を、歩く?」


「はい。陸で撒けるなら、それに越したことはなかったのですが……さすがに馬には勝てませんでした。そこで隙を見てステュクス川に飛び込み、ここまで水中を進んできたのです」


な、なるほど……じゃあ、エラゼムが言ってた秘策ってのは、これのことか。呼吸がいらない、アンデッドならではだな。


「けど、ずいぶん距離があっただろ。とりあえず、お疲れさま」


「ありがとうございます。しかし、桜下殿。もし可能であれば、今夜はいましばし移動を続けてはいただけないでしょうか」


「へ?けど、もう真っ暗だぜ。追っ手だって、さすがにもう来れないんじゃ……」


「いえ、奴らがその気なら、たいまつを灯して夜通しでも走ってくるでしょう」


あ、そらそうか。火をつけりゃ夜でも走れるし、相手は馬に乗っているかもだもんな。しかし、フランはそれに対して首を振った。


「けど、さっきまで見てたかぎりじゃ、たいまつは見えなかった。少なくとも、十バイキュビット付近にはいない」


(十バイキュビットってどんくらいだ?)


俺はこそっとアニにたずねた。


『約五キロメートルです』


ひゃー。フランは五キロ先が見えてるってことか。すごい視力だ。


「うむ。奴らも、目につく形ではこちらを追跡できぬと踏んだのでしょうな」


「うん?どういう意味だ?」


「こちらの戦力を恐れているのでしょう。ウィル嬢とアニ殿の魔法が効いている証拠です。やつらは暗闇から魔法で迎え撃たれるのが怖くて、おとなしくしか移動できていないのでしょう」


なるほど。昼間あれだけ暴れてやったからな。連中が怖がっているのは、たぶんウィルだけじゃないだろうけど……


「じゃあ、すぐさま追撃はなさそうだな」


「ええ。しかしだからこそ、今夜のうちに奴らとの距離を稼いでおきたいのです。日が昇れば、奴らの移動速度もぐんと増すことでしょう。ですが夜のうちであれば、疲れを知らぬ吾輩たちは一気に突き放すことができる。桜下殿には窮屈な思いをさせることになりますが……」


「あ~……そういうことか」


唯一生身の人間である俺は、夜通しは歩けない。なら、代わりに歩いてもらえばいいわけだ。


「荷物は吾輩がもちましょう。フラン嬢なら夜目が利きますし、吾輩と違って肌も柔らかい」


「ってわけなんだけど……いいか、フラン?」


「ん。わかった」


フランはうなずくと、俺の前にかがみこんだ。昼間に引き続き、フランの背中に負ぶさることになるとは。


「いや、まだいいよ。もう少しは歩けそうだ」


「けど、前が見えないじゃん」


「多少は星明りがあるし……アニ、お前で照らせないか?」


『了解しました。光量を絞って、遠方から見えない程度に光を出しましょう』


アニはぽっと青く光ると、光を絞って、目の前の地面だけを照らし出した。これなら何とか歩けそうだ。


「よし、じゃあもうちょっと移動しようか。ウィルは大丈夫か?もう動けそう?」


「ええ。もうずいぶん良くなりましたから」


ウィルは薄く笑いながらうなずいた。


「んじゃ、行こう」


俺たちは夜の川岸を、しずかに歩き始めた。先頭はフランが行き、彼女が踏み固めた芦の上を俺が歩いていく。しんがりはエラゼムがつとめ、ウィルは俺たちの少し上をふわふわと飛んでいた。河原は舗装された街道と違って、自然のままだから歩きにくくて仕方ない。芦原の中に突如現れる水たまり、大きな倒木、巨大な岩……そんなに時間はたっていないと思うけど、朝から走り回っていた俺は、自分が思うより早くばててしまった。


「ふぃー、結構きっついな」


額の汗をぬぐう俺を見て、エラゼムが心配そうに声をかけてくる。


「ご無理をなさらないでください。この足元の悪い中、さらに暗闇を進むのでは、体力の消耗は何倍にもなりましょう」


「み、みたいだな。ははは……」


強がって笑ってみたけど、声が震えてるな……フランは無言で俺の前にかがんだ。早く乗れ、と言わんばかりに。俺がおとなしくフランの背に身を預けると、フランは俺のカバンを勝手に漁り、なかから革ひもを取り出すと、自分と俺とをぐるぐる縛った。


「これで少しは楽になる、と思う」


「……ん、確かに。ずり落ちなくていいな、これ」


「眠くなったら寝ていいから。なるべく静かに歩くし」


フランはひょいと俺を担ぎ上げると、さっきと全く変わらない歩調で移動を再開した。人ひとり背負っているとは思えないな、まったく。俺はフランの首に手を回すと、彼女の肩ぐちに顔を寄せた。フランの髪からは、古い本のような埃っぽい香りがした。


(……今日だけで、何回フランに負ぶってもらったんだろうな)


街中を走り回っている間は、ほとんどフランの上で揺られていた。彼女の健脚は頼もしい。けど、少し頼りすぎだったかな。そもそも、俺が追われるような事にならなければ、こんな風に逃げ出す必要もなかったのかも……


(……いけね。ちょっとネガティブになってるな)


夜も更けてきて、俺の脳みそもいい感じに疲れている。こういう時は、思考がドツボに嵌りがちだ。それについてはもう考えないことにする。

けど、俺はよくても、フランはどうだろう。彼女はこの旅のことを、どう感じているんだろうか。気になりだすと、もうにっちもさっちもいかなくなる。俺は我慢できず、小声でフランに話しかけた。




つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。


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