お仕事3
その次の日も、その次の日も颯太君もお母さんも私には何も言いませんでした。
だから私もこの台本の話はしていません。
きっと、この台本が終わった後にでも颯太君とカフェに行っていっぱいお話します。
「ふぅぅぅ…はぁぁぁ」
だから今はそんなこと気にせず、私の仕事を、私だけの台本を…全力で。
いつも通り台本を読んで、演技をする。
そうだと分かってても緊張します、心臓がバクバクして…はぁぁ。
「もう一回、読みましょう」
何回も目を通して、事前にここはどう演技するか、どういうイントネーションで読むか、頭でイメージしてから収録に入るのはいつもと変わりありません。
ただいつもより丁寧に、数多く、鮮明にイメージします。
特に今回は鮮明にイメージするのは難しくないです。
半分は颯太君との思いで…、もう半分はカップルだったら一度やってみたいシチュエーションじゃないかと思いました。
「……」
もちろん台本のセリフの後なんかに演技の指示やイメージ、設定なんかも書かれてます。
でも本番で読みながらそれを読んで演技を考えて声に出す、なんてそんな器用な真似はできそうにありません。
だからいつもよりも丁寧に、大事に、しっかりと…
ーー何も話さない私にあんなにやさしくしてくれた人…
ーー友達とお昼ご飯を食べると夢を叶てくれた…
ーーこんな私の声に期待をしてくれる…
…颯太君のために。
いえ、嘘です。
そんな颯太君に…これからも推して貰うために。好きだって言ってもらうために
……
…
台本と水、なるべく衣擦れのしない服。
マイクにノイズが入らないように事前に対策をして、ボタンやアクセサリーをなるべく避けた服を着ます。
ここ半年で使いなれた防音室に入ってマイクとの距離を台本の指示通りに調整し、椅子に座り、心を落ち着かせていきます、ふぅぅ。
その間もお母さんは機材、マイクチェックと順番に作業を終わらせ準備を着々と進めてくれています、これが本当の最後になるんでしょうか…。
『それじゃあ収録に入ります』
いつも通りヘッドホンから聞こえるお母さんのディレクション、えと、つまり進行の指示で順番に演技をしていきます。
「はい、よろしくお願いします」
親子として甘えないようにお互い敬語をしっかりと使うこのルールももう終わりなんですね。
~第一話『出会い』~
なるべく紙の台本がこすれる音がしないように動かしたり、めくるのはもう意識しなくてもある程度できるようになりました。
今回は演技に集中したいので過去の自分を信じて気にしない方向でいきます。
「あ、あの…私とペアを組んでくれませんか?」
それはクラスでペア組む時に余った二人が仕方がなくペアを組んで、お互いを知るところから始まります。
「ありがとう! 誰もペアになってくれないんじゃないかって心配で…」
確かに初め颯太君に言葉は発さなかった、だから少しでもあの時の気持ちが颯太君に伝わるようにーー
儚く、心配そうに、それでいて…相手を頼るように演技を。
「うん、君の名前はなんて言うの? そっか、これからよろしくね!」
ヒロインが語り掛けて、音声作品を聞く人に頭の中で言葉を返してもらうスタイルを採用した第一話。
記憶の中にある私達の出会い。
あの時颯太君と話していれば今はもっと仲良くしていたんでしょうか?…そう後悔してももう遅いことはわかります。
でもだからこそ、その失敗を取り換えすようにここで…。
…
「きゃぁ!! 痛た~、あ、ごめんね。 足捻っちゃったみたい」
ペアを組んで仲良くなった二人は一緒に登校してきました。
そこでヒロインが階段でこけてそれを聞き手が助けるんですけど、足をひねる場面です。
これは山で私が捻挫して、おんぶで宿舎まで戻った時でしょうか?
ふふ、流石にあれはそのまま台本にはならなったようですね。
二人の秘密です。
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