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「はあ!? まじかよ!」


 御者が声を上げると、座っていた冒険者が腰を上げる。外ではもう一人の冒険者が、襲い来る盗賊に腕を切られたところだった。


「くそっ! 子供を送り届けるだけの楽な仕事じゃねえのかよ!」


 馬車から飛び出した冒険者の男は、多数の盗賊が馬車を取り囲む光景に怯む。冒険者の二人は、目の前の盗賊を相手に完全に戦意を喪失していた。特に腕を切られた男は、利き腕がやられたのか、覚束ない様子で剣を構えている。


「クソ雑魚じゃねぇか。なあオイ!」

「ひっ!」


 冒険者と相対している盗賊は、数の利から余裕そうに冒険者を恫喝する。萎縮した二人はすでに逃げ腰で、勘弁してくれと小さな声で呟いた。


「まあいい。俺らの目的はそこの餓鬼どもだ。おめえらには用はねえから消えな」

「そんなこと出来るはずないだろうが! ……ぐあ!」


 主犯格らしき盗賊の言葉に反論した御者の男は、近くにいた盗賊により切り捨てられる。それを見た子供たちに動揺が広がり、泣き叫ぶ声が響いた。


「は、はは。ありがてえ。じゃあ、俺たちは消えさせてもらうぜ」

「おう。達者でな」


 戦意がないことを示すためか、冒険者の二人は自分のメイン武器を地面に置いて後ずさりする。少し離れたところで体を翻し、全力で走り去った。


「あいつら……!」

「やめな、ユノくん」

「おい、止めんな!」


 馬車の中から出ていきそうなユノ少年の服を引いて止める。私の唐突な行動にユノ少年が怒りを表す。

 馬車の隙間から外を確認すると、6人の男が馬車を取り囲んでいた。主犯格らしき男が指で合図すると、男4人が冒険者の走っていった方へ追いかけていく。恐怖から背中にじっとりとした汗が流れた。


「今、偉そうな奴が合図を出した。あの冒険者たち、殺されるよ」

「そんな……!」


 一度安心させておいて、どん底に落としたうえで殺すのだろう。性格が悪すぎる。私の言葉に動揺したミトちゃんが手を口に当て、震えていた。切られた御者の男が、街道の脇に投げ捨てられる。盗賊の一人が御者席に座りながら、何事かを主犯格と話しているようだ。


「私たちは、しばらくは生かされるよ。恐らく商品だからね」


 今死ぬことはないはずだから、様子を見てチャンスを待とう。声を潜めてそう言うと、ユノ少年が胸倉を掴んできた。


「俺は戦う。このまま黙って売られてたまるか!」


 ユノ少年の目には混乱と、自分なら出来るという自信が、炎のように揺らめいていた。かつての自分を見ているようで、カッと感情が高ぶり、ユノ少年の胸倉を掴み返す。私が反撃したのが意外だったのか、ユノ少年は目を見開いた。


「殺すことに慣れた大人相手に、子供が何を出来るの。君の自殺には付き合えない!」


 恐怖から、私の声が震えているのがわかる。情けなくて何が悪いのか。

 私は、私が何もできないことを知っている。私は万能ではない。考えて、今生きるために出来る最善を行うことが、私に出来る唯一のことだ。


 私とユノ少年がにらみ合っていると、馬車が動き出す。バランスを崩して倒れそうになっているところに、盗賊が顔を出した。


「おうおう、喧嘩すんな。どうせお前ら仲良く売られるんだ」

「何を……!」

「騒がねえで、大人しくしてなあ」


 それだけを言うと、御者席に戻っていく。いなされたユノ少年は、歯がかけそうなほどに噛みしめて睨んでいた。


 ――しかし、一旦盗賊が話を遮ったことで、恐怖に染まっていた気持ちが少し落ち着いた。ユノ少年が言うように戦わねば、このまま黙って売られることになるだろう。それは私たちが一番避けなければならないこと。それを考えると、タイムリミットは意外に少ない。チャンスを待っている余裕もない可能性が高いのだ。

 ーーそれならば、戦いかたを考えなくては。そう考え込んでいると、ぽつりと「ごめん」と聞こえた。声の方を見ると、ユノ少年がこちらを見ずに話しを続けた。


「……俺が戦っても、死ぬだけだよな」

「ユノくん……」

「でも、このままじゃ」


 ユノ少年は、俯いてぽつりとつぶやく。ユノ少年に寄り添っていたミトちゃんも、不安げな顔をしている。私たちの他にいる子供たちも、顔を伏せたり俯いていて泣いていたり。馬車の中は暗い雰囲気に包まれていた。

 このままじゃ以前の生活には戻れない。それは、事実だった。ごくりと唾を飲み込み、体に力を入れる。


「逃げるなら、今しかない」


 みんなに聞こえる程度の小声で言うと、ミトちゃんが頷く。


「……盗賊の拠点に到着したら、何もかもを取り上げられると思う。みんなと同じところに居られる保証もないよ」

「うん。そうなったら絶望的。……助けも、望めないだろうしね」


 可能性があるとすれば、夕方までに私から祖母に通信水晶で連絡がされないことで、祖母が勘づき警邏に連絡してくれること。しかし、それまでに私たちが無事である可能性も低いし、時間が経ってから、盗賊のアジトを見つけることも難しいだろう。

 時間は思った以上に少ない。動く馬車からばれることなく逃げ出し、安全なところまで到着する必要がある。


 不安そうな子供たちの目が、私に向く。体は同年代だが、精神年齢は私の方が高いのだ。私が折れるわけにはいかない。


「……作戦会議をしよう」


 子供たちが力強く頷いた。



 盗賊は子供しかいない状況に油断しており、見張りをつけないどころか、拘束すらしていない。御者席に男が1人いるだけで十分だと考えているみたいだった。


 こそこそと話し合いを行う。驚いたことに、ミトちゃんは本当に頭が良かった。まず、この周辺の地理を完璧に覚えている。しかも覚えていた地理と、一旦止まった場所や、走った時間と速度を計算。持っていた地図と照らし合わせた結果、大体の現在地をわりだすことが出来た。


 これには流石のユノ少年も驚いたようだった。こんな特技があったことを、今まで一緒にいて知らなかったと呟いていた。それに対しミトちゃんは「村にいたら、使わないから」と苦笑して言った。


「じゃあ、馬車から降りられれば、あとはミトちゃんが先導できる?」

「うん。でも、思った以上に馬車が速いよ。このままだと、森を通りすぎちゃう」


 馬車は街からも元来た道からも離れていく。方向から≪ナコッタの森≫という、深い森の付近を通ることがわかっていた。森を大きく離れると、見つかり逃げきれない可能性が高くなってしまう。

 私は、持ってきていた鞄をあさり、必要なものを探す。この鞄は私が作った素材に、祖母が空間魔法をかけてくれた一品で、見た目以上に物が入るようになっている。


 そこから、瓶に詰めたあるものを数点取り出す。円錐が沢山入った瓶を見て、私が良くわからない物を取り出したと、子供たちは訝し気な顔をした。


「それ、なに?」

「ん。私の家の近くで採れる薬草……を加工したもの。これで、馬車を脱出するよ」

「はあ? そんなんで、どうにかなるのかよ」


 特にユノ少年は掴みかからんばかりに食いついてくる。作戦が上手くいかなければどうなるか火を見るより明らかだから、こればっかりは仕方ない。


 けれど、私には薬師の祖母から教わった知識(武器)がある。瓶をユノ少年に付きつけて言ってやった。


「用法容量を守って、正しく使うだけだよ」





5/21 一部訂正しました。

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