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私がこの世界に転生して、もう8年が経った。私も立派に8歳の男児。今日も今日とて、庭を走り回り、泥だらけになって家に帰る。そして祖母に怒られるまでがセットだ。
男児ってなんであんなにバカなんだろう。なんて思っていた時期もあったが、これは仕方ない。考えるより体が先に動くのだ。個人差はあるだろうが、私は精神が大人だからまだ抑えられている。たまに、私が本当に子どもだったら、とんでもない悪ガキだったのではないだろうかと考えることもあるが。
ところで8歳といえば、自分の持っているギフトを確認できる年齢だ。教会で行うらしいのだが、教会自体が大きい街にしかないので必然的に田舎者は街に出なくてはいけない。森深くに住む私も同様で、今日が祖母の家に来てから初めての遠出となる。
「ラフ、荷物は持ったかい?」
「持ったよ。ほら」
肩にかけた青い鞄を見せる。旅に必要なものは、きっちりと入れてあるので問題ないのだ。
ちなみに、街まで行くには、国が派遣している馬車を利用する。ギフトを確認したい子供たちのために、国が教会までの足を出してくれているらしい。今いる村からは片道半日の旅路なのでそんなに時間はかからないのだが、8歳の子供にはなかなか長い旅路だ。
「教会でギフトの確認をしたらどうするか、覚えているかい」
「街に泊まる。それで、次の日に薬師ギルドでばあちゃんの薬を売って、昼過ぎの馬車で帰ってくる」
「よし。あとは街に着いたら、ギルドの通信水晶で連絡するのを忘れないように」
そう言って、祖母は私の背中を強く叩く。気合を入れるための一発だ。
村の子供たちは教会に行った後はすぐに馬車に乗ってとんぼ返りするが、私は祖母のお使いを熟さねばならない。一人きりでは危ないと馬車の御者に言われたが「この子は大丈夫だよ」という祖母の言葉で引いてくれた。私も祖母の信頼を裏切らないようにするつもりだ。
「そろそろ出発しますよ!」
御者が声を上げる。その声に、ひと時の別れを惜しんでいた家族達が反応する。お互いに手を振って、子供たちは馬車に乗り込んだ。私も遅れないように、馬車に乗り込む。馬車が出発するまでの間、腕を組んで立っていた祖母の表情が、なんだか印象に残った。
悪路の中を馬車が進む。途中何度か近辺の村にも立ち寄り、そのたびに8歳の子供たちが増えていった。今は合計7人の子供と御者が一人、それから護衛を依頼された冒険者が二人の大所帯で街までの道を進んでいる。
しかし子供が集まって、半日という長い時間を大人しくしていられるわけなく。徐々に騒がしくなる馬車内に、冒険者の一人がイライラして毒づく。
「ちっ、うるせえ。こんな依頼、受けなきゃよかったぜ」
そんな様子に気づく子供はあまりいない。私の他に気づいている子は、萎縮して大人しくするか、文句を言っている冒険者を睨みつけたり。隣り合って座っているし、もしかすると知り合いなのかもしれない。
「ねえ、君たち知り合い?」
斜め前に座っていた二人に声をかける。私が急に声をかけたせいか、女の子がきょとんと目を瞬かせた。女の子は一瞬目をさ迷わせたが、私の問いに答えるために口を開く。
「うん。同じ村の生まれなの」
「へえ。私、同じ年の友達いないから、羨ましいな」
心細さからか寄り添っている二人は、きっと信頼しあっているんだろう。そうじゃなければ、この年頃の男女が一緒にいるのは難しい。勝手に納得して頷いていると、私を見て男の子が口を開いた。
「私? お前、女なの?」
「ん? 女の子に見える? ちゃんと男だよ」
私の外見は、客観的に見るとどちらにも見えるらしい。これはエドガーやブルーノにも言われたから、変えようのない事実だ。淡いベージュ色の髪で柔らかい髪質も、女の子っぽい要素なのだろうか。悩ましい。
しかし、男だと答えた私に、男の子は馬鹿にしたように笑った。
「男なのに“私”かよ。だっせぇ」
「ちょっと、ユノ……!」
「ミトもそう思うだろ。男らしくねえよ」
ミトと呼ばれた女の子に注意されても、ユノ少年は意見を変えることはない。というか、これはミトちゃんに話かけた私に対する報復のような気がする。この年頃の子は難しいからね。きっと、今まで二人きりで同年代の男という驚異がなかったのだろうと思う。
しかし、一人称が“私”というだけで馬鹿にされる謂れはない。ちょっと反論してやろうかな。
「なんで私って言ったらダサいの?」
「はあ? 男らしくねーじゃん」
「男らしいってなに?」
「え。そ、そりゃあ、強くってカッコいいことだよ!」
「ふうん。それって、自分のことなんて呼ぶかが関係あるの?」
秘儀理詰め!
この年頃の子にはつらいんじゃないだろうか。結局、価値観なんて他人から植え付けられたものなのだし、自分で考えたものでなければ、自分の意見として発信するのは難しい。
私からうだうだと聞かれていると、ユノ少年は思うように反論が出来なくてわなわなと震えている。そんな少年をミトちゃんは心配そうに見ている。
「う、うるさい! 普通に考えてそうだろ! 私とか言ってる男が強いはずねえよっ」
とうとう逆切れを披露したユノ少年は、これでどうだと言わんばかりのどや顔を披露した。うーん、でも残念ながらそれも当てはまらないなあ。
「私の知り合いに、強い人いるよ。私って言ってるけど」
「はあ!? んなわけねえじゃん! ホントなら言ってみろよ。俺も知ってる人間だろうな!」
テレビも何もない世の中で別の村に住む子供が、共通の知人を持てる可能性はどれくらいあるんだろうか。結構無茶言っている自覚あるのかな。無さそうだな……。明らかにミトちゃんが止めようとしている。この子は考えることの出来る子なんだろうな。直情型のユノ少年に付いていてあげてね……。
「うーん。知ってるかは、わからないけど深緑の御剣のエドガーは、知り合いだよ」
「え!」
「深緑の御剣、ってあの?」
エドガーの名前を出すと、ユノ少年もミトちゃんも目を見開いてこちらを見た。特にユノ少年は口をパクパクと開閉し、言葉にならない声を出している。
「エドガーのこと知ってるの?」
「えっと……知り合いなのに、知らないの?」
「うん。ばあちゃんの商売相手なんだよね。小さい頃から良くはしてもらってるけど、冒険者ってことしか知らない」
喋られないユノ少年の変わりに、ミトちゃんが聞いてくる。ミトちゃんはなるほど。という顔をすると、言いにくそうに説明をしてくれた。
「本当は、ユノの方が詳しいんだけど……。<深緑の御剣>のエドガー様は、国から二つ名を与えられた冒険者の一人よ。国から二つ名を貰えるほどに功績を上げたのは、国内にはあと二人しかいないの」
「それだけじゃない! <御剣>って二つ名は、すっげ―強いやつしか貰えないんだ!」
「国の有事に、王の剣となるように……それが、<御剣>の所以なんです」
二人の説明を聞いて一番に思ったのは、ミトちゃん頭良すぎない? という事だった。いや、ユノ少年の馬鹿っぽい説明を補うミトちゃんが有能すぎる。
というのは、置いておいて。まさか小さい頃から交流のある人が、かなりすごい人だとは……。祖母が過去に『深緑の御剣なら、後ろ盾に申し分ない』と言っていた意味を漸く理解した。
正直この年まで二つ名に興味を持たなかったことが恥ずかしいが、今日知れてよかったと思おう。私には他にやりたいことがあったし……なんて言い訳してみたり。
「それより! お前、エドガー様と知り合いなら、俺のこと紹介してくれよ!」
「ええ……、調子いいなあ。エドガーも私って言ってるけど」
「そんなの、エドガー様なら強いに決まってんじゃん! 私って言うやつは女々しいと思ってたけど、そんなことないんだな!」
手のひら返しが激しいな……。ま、素直なのはいいことかなと思っておこう。
とりあえず、知り合いなのは祖母だし、次にいつ会えるかはわからないから紹介できるかはわからないことを伝える。ユノ少年はそれでもいいから、いずれ頼むよ! なんて言う。
「俺、冒険者になりたいんだ! 父ちゃんが戦闘特化ギフトだったし、俺も持ってるはず!」
「へえ」
「有名になるには、有名な人に教わるのが一番だろ! あ、安心しろよ。その時はミトも連れてってやるからな!」
夢見がちに語っているユノ少年は、もうエドガーに師事して有名人になる妄想をしているみたいだ。そうは言っても、エドガーが弟子を取るかはわからないし、保証はできないのになあ。
あとは、声をかけられたミトちゃんが、何か言いたげにして口を閉ざしたことが気になる。先ほどよりも暗い顔をしている彼女は、抑圧して生きていた頃の私にどこか似ている気がした。
「ミトちゃん」
「え、あ。なに?」
「気分悪そう。大丈夫?」
私に声をかけられたミトちゃんは、はっと意識を戻す。ちょっと困った顔をして「大丈夫だよ」と言った。顔色を見るに大丈夫そうじゃないけど、本人がそう言うのなら今は口を挟むべきではないだろう。
とりあえず語っているユノ少年の話を聞こうかなと、考えて顔を向ける。その時、馬車の入り口が勢いよく開かれた。
「おい! 盗賊だ!」