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「ガモットの別名は、<ビーバーム>というの。その名の通り、蜂が好む香りがするわ」
「びーばーむ」
「そう。だから、ガモットを採る時は、虫よけは絶対必要よ。インディゴ色に染めた布はどこの家庭にもあるわね」
「いんでぃご。あおい、ぬの……」
お昼ご飯も食べて、眠くなる時間。私はエドガーのお仲間であるトルテさんから、庭でちょっとした講義を受けていた。祖母は家の中でエドガーと、私を助けてくれた男――ブルーノとお話をしている。二人でしゃがみ込んで、木の棒で地面に図を描きながらの青空教室だ。
短いお昼寝から覚めた後、エドガーやお仲間の人に迷惑をかけてしまったことを謝った。みんなは困った顔をしていたけど、無事でよかったと言ってくれた。
その時に「手が空いてるから、私がガモットについて教えてあげるわ!」とトルテさんが名乗り出てくれたので、こうして勉強会となった。
ところで、トルテさんが教えてくれた、青い布に心当たりがありすぎる。ガモットの群生地までの木に括り付けてあったものは、虫よけだったのだろうか。
「きに、まいても、いい?」
「木に巻いておいても効力はあるわね。一定期間で替えないとダメだけど」
「てにもってる、いい?」
「そうね、一般的には洋服に使うけど。私たちみたいな冒険者は、鎧を着けることもあるから青い小物を使うことが多いわね」
ふむ。私の服は綿で出来たものだけど、生成り色で青は入っていない。だから祖母は藁籠の取っ手に、あらかじめ青いリボンを巻いておいてくれたんだろう。蜂に襲われた時に蜂が警戒していたのは、あの籠についている虫よけが効力を発揮していた結果だったみたいだ。
うんうんと頷いて地面にいろいろ書いていると、視界の端にトルテさんが入ってきた。
「やっぱり、ラフちゃんはえらいわ~。町の4歳児は、こんなに一生懸命勉強してくれないわよ」
「べんきょ、たのしい。もとおしえて」
「あら~。じゃあ、インディゴの染料についても教えてあげようかな。せっかくだし」
トルテさんはズボンに付いていた土を簡単に払うと、私にも立ち上がるように言った。きょろきょろと地面を確認して「あ」とつぶやく。
「いたいた。ラフちゃんも座って。この子よ~、虫よけにはこの子が必要なの」
「……やな、よかん」
庭にある薬草畑の傍にしゃがむ。ふかふかの土の中で青いにょろにょろが好き勝手に動いてた。
「ミーズ、知ってる? 土を綺麗にしてくれる益虫……、いい虫さんなんだけどね。虫が避けるフェロモンが出てるらしいわ」
つぶして使う必要があるから、つぶしてみましょうか。
そういうと、トルテさんは手づかみでミーズを一匹掴む。ミーズは生命の危機にびちびちと跳ねた。いつも暇つぶしに付き合ってくれる、優しい虫さんの唐突な生命の危機……!
わたわたと手を振りながら、トルテさんに覆いかぶさった。トルテさんは手を上に伸ばして、ミーズを私から遠ざける。
「だ、だめ!」
「え~。だめぇ?」
「だめなの!」
にやにやしてる様子から本気ではないようだが、私が慌てているのを楽しんでいるようだ。涙目になっている私を見て「仕方ないなあ」と言うと、トルテさんはミーズを庭に放す。ミーズは急いで逃げて土の中に埋まっていった。
「いじめちゃ、だめ!」
トルテさんがミーズを逃がしたのを確認し、腰に手を当てて怒る。トルテさんは反省をしていないどころか、俊敏に距離を詰めて私を捕まえると、抱きかかえて頬ずりする。
「ふふふ、かわいーラフちゃん!」
「ちょっと、トルテさん……。嫌われるっすよ」
実は一緒に庭にいた、リックさんが呆れた声を出す。リックさんは、エドガーと一緒にきた冒険者うちの一人だ。トルテさんにダーリンと呼ばれているが、嫌がっているので付き合っているわけではないらしい。リックさんはこちらにまったく興味なさそうに、庭の薬草を眺めていた。
「あら、そんなことないわよ。ねえ」
「む。らふのこと、かわいい、いうひと、きらい」
助けは期待できないので、自分で頑張ることにする。どうにか手足を暴れさせて脱出を試みるも、意外に力が強く抜け出せそうにない。
そんな私に、遠くから「ラフくん、男の子っすよ」と助け船が聞こえた。そう、そもそも私は今世男なので、可愛いと言われて喜ばないのだ。全力で頷いていると、にっこりと笑ったトルテさんが口を開く。
「男の子も可愛くていいのよ? お姉ちゃんもそうだし」
「え」
「ちょっと、混乱しちゃうからやめてあげてくださいよ」
トルテさん、おとこのひと……?
抱きかかえられたまま、トルテさんの顔をじっと見る。肌もきめ細かく、一目みただけでは男性だとはわからない。思わずじっと見つめていると、笑顔のまま私に顔を近づけてきた。
「あら、可愛い顔して……ちゅー」
「やー!」
こ、この人子供に嫌われる典型的な人だぞ……!
顔を両手で押し返して全力で抗う。男だから女だからっていう話でなく、普通にキスは嫌だ。ぷるぷるしていると、家の扉があいた音がした。
「えどがー! たすけて!」
「トルテ……何やってるの」
「あらあ。時間切れ」
話し合いが終わったのか、家の中にいたエドガーと祖母が出てきた。二人を見たトルテさんは私を地面に下してくれたので、全力で祖母の後ろに隠れた。
そろそろと様子を伺うと、トルテさんがこっちを見ていたのでぴゃっと隠れなおした。
「行っちゃったあ」
「まったく……。ごめんね、ラフ」
「むう……だいじょぶ」
エドガーが悪いわけでないので、ちょっと考えて首を横に振る。可愛がってくれるのはありがたいが、相手が子供であっても節度を持って接してほしい。
祖母の足元から警戒を解かずに眺めていると、祖母の手が私の背中に添えられた。
「ラフ、新緑の御剣はもう帰るからね。お茶を持っておいで」
「! ん、もてくる」
エドガーに少し待つようにお願いして、家の中に入る。急いでキッチンに入ると、自宅用に置いておいた、アールグレイの小瓶を探した。祖母がうちの分はまた作ればいいと言ってくれたので、あげることにしたのだ。取り出した小瓶を振ってにんまり笑う。
そういえば、今日作った花茶の方はどうだろうか。あっちも大丈夫そうなら上げようかな。ふと思い立って、空き瓶を持って居間に戻る。お茶の葉とスミンの花を広げていた布を確認する。数時間しか置いていないはずだが、すっかり花も萎んで茶葉に香りが移っている。
「よさげ」
「何が良さげなんだ」
「ぬう!?」
花茶に夢中で回りの警戒を怠っていた。私の後ろにはいつの間にかブルーノが立っていて、私を見下ろしていた。巨体が見下ろしてくるのは非常に心臓に悪い。特にこのブルーノという男は、優男系イケメンのエドガーと違い強面なので威圧感があるのだ。しかし私はこれでも中身は大人なので、泣いたりはしない。異論は認める。
びっくりはしたが、時間もないので花茶も瓶に詰める。ブルーノはそれを興味深げに見ていた。
「それは?」
「おはなのおちゃ。すみんのおはな」
「あ? スミンは幻覚花だろうが。麻薬でも作ってんのか」
「ちがうもん、おちゃ! ばちゃ、だいじょぶていった」
人聞きが悪いことを言う。鑑定結果ではスミンの幻覚作用もなくなり、ただの香りが良いリラックス効果のあるお茶だ。そう説明をすると、ブルーノは興味なさそうに「へえ」と頷き、私の持っていた瓶を取った。
「なあ、これ俺にくれよ」
「えー」
「エドガーにはそっちの茶をやるんだろ? ならいいじゃねえか」
むーん、そう言われるとまあ確かに。それに、危ないところを助けてもらったお礼も、しっかりしていないし。欲しいというなら上げてもいいかもしれない。
「いいよ。おれいね」
「は、命の代償には安いが。ま、いいだろ」
「む、えらそう。あげないよ!」
ブルーノは「冗談、冗談」と笑って私の頭を叩く。ちょっとむっとするが、喜んでくれたのでまあいいだろう。腰に着けていた袋にそのまま瓶をいれる。
「じゃ、そろそろ俺らは帰るんでな。さっさとそれエドガーに渡せよ」
「ん。そうする」
大人しく頷いて家の外に出る。瓶詰のアールグレイをエドガーに渡したら、非常に喜んでくれたので満足だ。
今日は色々なことがあってとても疲れたけど、知り合いも増えて楽しかった。祖母との暮らしは穏やかで優しいけれど、たまにはこんなことがあってもいいかなと思う。生命の危機がない範囲でね!