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 ガモットを簡単に説明すると、紫色をしている。それから、一つの茎に何枚も針のような葉がまとまっていて、花のようにも見えるのだ。実際の花は葉っぱの中央に咲く。

ちょっと遠くても風下に居れば匂いが届くほど香りが強く、花粉に微量ながら麻痺効果があるので、匂いがした時点で大体の冒険者は警戒するらしい。冒険中に麻痺したら危ないしね。

 まあ、葉っぱを直接食べない限りは、動ける程度とのこと。無駄に恐れる必要はないのだ。


ぽてぽてと印を確認しながら進む。祖母がガモットを取りに行く時に目印にしているものだが、木の幹に青く染めたリボンを巻いている。ガモットを取りに行く時は必ずこの道を通るのだと教えてもらった。ちなみに、同じ色のリボンは私の藁籠の取っ手にもついている。


「あた」


 8本目の木を確認してしばらく。ガモットが群生しているのを見つけた。花のような形をした、紫色の植物だ。思いのほか時間がかかってしまったので、手早く済ませよう。

 しゃがみ込んでプチプチと葉っぱを千切る。使えるのは葉っぱだけなので、葉っぱだけ。いずれ花も何かに使えるか試してみたい。籠の半分を超えたあたりで、採取をやめる。あまり持ちすぎても、持って帰るのが大変だ。


 籠を抱えて立ち上がると、一瞬くらりと立ち眩みがした。暑いからだろうか。よく考えれば、日差しもあるのに帽子がない。そのうち麦わら帽子でもつくってみようかなと思う。

 なんだか最近、やってみたいことが多いから、とても充実しているように感じる。それだけでも、記憶があるまま転生をしてよかったな、なんて思うくらいには現金な人間だ。


 帰ろうと思ったが、今から目印通りに帰ると少々時間がかかってしまいそうだ。なぜだかあのリボンの道は入り組んでいて、家からは遠回りになる。真っすぐ突っ切っていく方が、早いのではないだろうか。


「あちからいく!」


 祖母の言いつけを破るのは気が引けるが、遅くなったほうが心配をかけてしまうだろう。決意を固めて、家への最短ルートで帰ることにした。さっき群生地に入ってきたところから右手にまっすぐが家に行く道だ。


「ぬ?」


 右に向かって歩き、森に一歩踏み入れようとしたとき、虫の羽の音が聞こえた。低く震える音は、前世の記憶で言うと蜂に似た音だ。嫌な予感がして、ぞっと血の気が引いた。目線をずらすと、私の顔ほどある虫が宙に浮いていた。1、2、……6匹。逃げられる気がしない。蜂のような生き物は、隙なく私を見つめて、心なしか、徐々に近づいてきているような気がする。


「ぅ、ぅう」


 恐怖から歯ががちがちと鳴る。声にならないうめき声がのどから出て、慌てて口を塞いだ。そのせいで持っていた藁籠が落ちて、集めたガモットが地面に散らばる。


 ――刺激しちゃ、いけない!

 4歳の自分(ラフ)は、泣き叫びたいと言っている。成人した自分(宮沢真)は、絶対に声を出すなと言っている! 相反する意識が、私の動きを鈍らせる。


 目の前の蜂は私を獲物として見ているが、どこか警戒していてまだ襲ってくる気配はない。けれど、少しでもこう着状態が崩れれば、容赦なく襲ってくるだろう。

 すとん、と腰が抜ける。どうにか逃げれないかと後ろにずり下がるも、蜂は同じだけ追ってくる。


 ――もう、死ぬんだろうか。せっかく、やりたいことが増えてきたのに。これからが、楽しいんじゃないのか? 頭で後悔ばかりがぐるぐると回る。言いつけを破ったばかりに、人生が終わる。私は、結局、何もできなかった。


 蜂が急に距離を詰めてきた。気づいた時には、目の前に複眼が迫り、短い悲鳴が喉から漏れ出た。腕を前に出して顔を覆い、目を閉じた。



「――大人しくしていろ」


 ふわ、と体が浮く。目を開けたら、地面と平行するように目線があった。お腹に太い腕が回っていて、しっかりと私の体を抱えていた。

 あれだけ怖かった蜂は、すべて地面に倒れ伏している。縦に体が切断され、生きているものはいない。ぽかんと口が開いてしまう。間抜けな顔をしていると思うが、今ばかりは許してほしい。


 私を片手で抱えている人間は、男性のようだった。大きな革靴が見えるが、それよりも鋭利な剣も視界の端にあるのが気になる。


「へぶ」

「……」


 私が呆然としていると、男性は私を地面に落とした。うまく着地出来なかったので、顔からいってしまい、変な声が出た。男は剣についていた蜂の体液を払うと腰の鞘に戻し、私を再び持ち上げた。


「なに、なに、する」

「お前は、薬師の孫だろう。こんなところで何をしている」


 持ち上げられながら抵抗して暴れるが、男には何のダメージもない。帰路に立とうとしているのを感じ、咄嗟に声を上げた。


「はっぱ、とりきたの! あれ! あれもって!」

「ガモットか? 何でまた……」

「おちゃつくて、えどがーに、あげる!」


 どうにか意思を伝えて、藁籠を持つように言う。男は訝し気にしながらも、散らばったガモットの近くまで私を連れていく。ガモットを簡単に集めると、籠を私に持たせた。


「ちゃと、あつめて!」

「うるせぇ餓鬼だな。助けた感謝はねぇのか」

「むぅ!」


 男は私を黙らせるために、先ほどの件を持ち出す。本気で言っているわけではないようだが、確かに助けてもらったのに感情が先に立ってしまい、お礼を言っていなかった。


「あいがと、ござます」

「……なんだ、素直じゃねぇか。なら、せいぜい怒られる準備でもしてな」

「なんで!?」

「なんでじゃねぇよ。お前が庭にいねぇって大騒ぎになってんだ。俺まで駆り出されて迷惑してんだぞ」


 この人、もしかしてエドガーの遣いの人? ……というか、もうすでに私がいないことがばれてしまっているのか。

 先ほどの蜂と同じくらいに血の気が引いていると、それに気づいた男が鼻で笑う。


「餓鬼が好き勝手してんじゃねぇよ。生きててよかったなぁ」

「ぬぬぬ」


 な、なんだか素直にお礼を言って損した気分だぞ……?

 抱えられながらもんもんとしている私を尻目に、男は家までの道を迷いなく進んでいくのであった。




 抱えられて家に帰った私を待っていたのは、真っ青な顔をしていた祖母と、知らない女の人だった。それからしばらくして、エドガーともう一人、別の男の人が合流した。私を探すために手分けをしていたようだった。

 祖母は帰った私をきつく抱きしめると「無事でよかった」と泣いた。私もごめんなさいと謝って、感動の再会を果たしていたが、私を助けた男に水を差された。


「そいつ、ガモットの群生地にいたぞ」

「……なんだって?」


 エドガーが固い声を出す。私は口にこそ出さなかったが、げ。と声が出そうだった。ずるいかもしれないが、このまま感動の再会で終わらないかと思っていたのだ。無理だったが。私を抱きしめていた祖母の体が強張る。ゆっくりと体制を整え、私の目を見ると「座りな」と言った。


「ラフ。どうして、ばあちゃんとの約束を破ったんだい」

「あぅ」


 椅子に座るのは忍びなかったので、反省の気持ちで床に正座した。椅子にはエドガーが座り、その後ろに男女が立つ。私を連れてきた男は壁際に座り込み、寝る体制に入った。

 手をもじもじと触り、祖母の方を見る。祖母は私の答えを待っているようだったが、続けて声を出した。


「お前は頭のいい子だ。ばあちゃんがダメって言う理由は、わかるだろう?」

「あぶな、から」


 一人で森に入るのは危ない。普通ならわかることだ。なのに私が約束を破ったのは、ガモットを採ってきて紅茶を作りたいという理由の他に、私自身の驕りがあったことは否めない。記憶を持っている、普通とは違う。だから何をしてもいい、大丈夫なんて傲慢にも思っていたのだ。

 ――結局のところ、前世から私の考え方はかわらない。根拠のない万能感で、祖母を心配させ、エドガー達に無駄な労力をかけさせてしまったのだ。


 じわりと目に涙が溜まる。ここで泣くのは卑怯だ、なのに今世の自分(ラフ)は我慢することが出来ないのだ。ぬぬぬと目に力を入れて、どうにか泣くのを我慢して、祖母を見る。


「おちゃ、つくりたかったの……」

「お茶かい? まだあるだろう」

「……えどがーに、あげたかったのおぉ」


 しゃべっている内に我慢しきれず、ぼろぼろと涙がこぼれる。視界の端でエドガーが「……私に?」と言って、横にいた女の人に肘で突かれていた。

 しゃっくりまで出てきてとても苦しいし、顔がべちゃべちゃだ。うぇぇという自分の声が聞こえるが、どこか他人ごとに思えてしまう。祖母は溜息を吐くと、私を抱き上げた。


「ラフ。あんたが優しい子で、ばあちゃんは嬉しいよ。深緑の御剣(しんりょくのみつるぎ)が気に入ってたから、あげたかったんだね?」

「ぅん……」

「でもね。それならまず、ばあちゃんに言うべきだ。森は危ないだろう?」

「ばちゃ、いそがしい……」

「そう思わせちまったのは、ばあちゃんが悪いね。ラフより優先することなんてないんだから、遠慮なんていらないんだよ」


 ばあちゃんはゆっくり私に言い聞かせながら、私の頭に頬を寄せた。それから「今度は、ばあちゃんに相談できるね」と言うので、腕の中で頷いた。

 すん、と鼻をすすっているうちにだんだんと落ち着いてきたが、ゆらゆらと体を揺られていると、疲れもあって眠くなってくる。


「ほら、今は眠ってしまい。起きたら、心配をかけたことを深緑の御剣にも謝ろうか」

「……えどがー、おこってる?」

「ラフが謝ったら許してくれるさ」


 ばあちゃんの声と揺れのせいで、どんどんと瞼が落ちてくる。起きたら、エドガーに謝って、ばあちゃんに話して、お茶を渡そう……。そんなことを考えながら眠った私は、この後お茶を渡して喜ばれる夢を見ることが出来たのだった。

 ーーなので、私を抜いて交わされる会話のことは、あずかり知らぬことである。



「――よう、色男。こんな餓鬼にまで手出してんのか?」

「そんなわけないだろう……! ブルーノ、いい加減なことを言うな!」

「いやーん、ほんっと可愛いわぁ。うちの子にしたい~。ねえ、ダーリン」

「トルテさん、近いっす。あと俺はダーリンじゃないっす」


「……まったく、難儀な子だねぇ」





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