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「ばちゃ、くさ」
「ああ、ありがとう」
エドガーがやってきてから、ひと月が過ぎた。この期間には他の来客はない。商人以外の人が来ることはあまりなく、エドガーが来た事が珍しいことだったので、そこまで落胆はしていない。
来客があってからも私の生活はそう変わらない。今日も薬草を摘んで、祖母に渡す。祖母の畑では色々な薬草が育てられているが、その日に必要な薬草を指示されて持ってくる。今日持ってくるように言われたのは、体力回復の薬草として使われるアッサミと、白い小さな花スミンだ。スミンには鎮静効果があるらしい。
私が麻痺草を喜んで祖母に盛っていたことが判明してから、出来る限り薬草の効能を聞くことにした。知らなかったじゃ済まないことはたくさんあるから、勉強は大切だ。
「ちゃんとスミンのつぼみを持ってきたね」
「ん、つぼみ、つかうって」
「うん、よく覚えてたね」
籠の中を確認した祖母は満足気に頷くと、私の頭を撫でた。祖母は小さな私がこれはなにかと聞いても、嫌な顔せずに説明してくれる。子供だからわからないだろうというような適当なことは言わず、真剣に教えてくれるので本当にありがたい。
薬草の調合は、一つ一つを手作業で行う。この世界で言う《ギフト》というのは、物事を一瞬で出来るようにしてくれる便利なものではないらしい。自分の出来ることを助けてくれるような、そんなものがほとんどだという。
例えば祖母は、調合の成功率が上がる〈調合の才能〉というギフトを持っていると聞いた。
素質<適正<才能<天質という風に補正がかかるといった具合だ。才能は、上から二番目の性能で、祖母はかなりすごい部類になる。
この世界では、ギフトを元に自分の将来を決める人がほとんどで、ギフトに従えばくいっぱぐれることもないというのが、この世界の共通認識だと祖母が言っていた。確かに、出来るものがハッキリしているのだから従わない道理がないだろう。……けれど、オックスさんの適当具合を見た後だと、諸手を上げて同意出来ないのがつらいところ。
8歳になったら、私もギフトを調べることが出来る。詳しくはまだ教えてもらっていないのだが、大きな街へ出かけてギフト鑑定なるものをするらしい。
この世界でどんなことが出来るのか、考えるとわくわくしてくるなあ。
「ばちゃ、つぼみ、ほしい」
「好きにもっておいき」
「ん、ありがと」
渡した中から薬草を少しだけ拝借した。最近自分でお茶をつくるのにハマっている。前作っていた草鞋(藁縄)は、草鞋になる前に祖母によって小さな籠になっていた。「蔓でない籠も、中々おつだね」とは犯人の言葉である。
スミンを広げておいておく間に、キッチンから作っておいた茶葉を持ってきた。詳しいことは割愛するが、私がお遊びで煎ったり揉んだりしたアッサミである。詳しい工程はわからないので、見様見真似だ。
それに今日取ってきたスミンを重ねる。だいたいアッサミ3に対してスミン1だ。それを何回か繰り返し、満足いったところでいったん止める。このまましばらく放置だ。この後は香りがつくまで置いておく必要があるので、時間までミーズで遊んでこようかな。
「ラフ、何をやってるんだい?」
「ん? んー……、おちゃ、作ってる。おはなのおちゃ」
いわゆる、花茶というやつである。前世とは色々勝手が違うので、工程があっているかは責任を持たない。けれど、香りの強い花を茶葉と一緒にしておけば、近しいものは出来るのではないかと思う。うきうきしていると、祖母が、置いておいた花茶(予定)を少し手に取って香りを嗅ぐ。祖母は呪文を唱えると、花茶を鑑定したようだった。
「ふむ……、スミンの幻覚作用が、アッサミで中和されているね。アッサミには解毒作用はないはずだけれど。興味深いね」
「げんかく」
「スミンの効能は正確にいうと、幻覚による鎮静作用だね」
そぼうそついた……?
唐突な祖母の裏切りにショックを受ける。ショックを受けている孫の存在は気にせずに、祖母は花茶(予定)に夢中である。けれど鑑定の結果を踏まえて「心配しなくてもこれならお茶にしても問題ないよ」と言った。
「のんでもへいき?」
「ああ、大丈夫さね。ところで、これ少しばあちゃんにくれるかい?」
「いいよ!」
祖母の要望を叶えるために、お皿を持ってきて花茶(予定)をお皿いっぱいに盛る。気持目いっぱいに盛った。それを手渡すと祖母は「ありがとう」と受け取った。お遊びで作ったものでも必要とされると嬉しい。今日はいい気分でミーズと遊べそうだ。
「ばちゃ、にわいく」
「ああ、行っておいで。ただ、今日は深緑の御剣の遣いが来る日だから、お昼には帰っておいで」
「ん」
庭に出てむいむいとミーズを突く。今日のミーズも元気よく真っ青な色をしている。このミーズという虫は土を良くしてくれる益虫と祖母から聞いた。その点も前世と似ているが、この色だと鳥に見つかったりしないのだろうか。茶色い土の中に青い虫がいるのは違和感がすごいのだが。
ところで、私の住んでいる家は森の奥にある。一年前に両親と共に来た時は、一番近くの村からどれだけ歩くのかと驚いたことを覚えている。案の定途中で疲れて父に背負われたが、起きた時には両親の影はなく、祖母から一緒に暮らすことを告げられたのだ。
私が普通の子供であれば泣き叫んだのではないかと思う。その辺りなかなか薄情な両親だ。しかし、3歳の誕生日を迎えていたので記憶も戻っていたこともあり、すんなりと今の生活に馴染んでしまった。
村を通ったきりで、それ以来村には一度も行っていない。そのうち遊びに行ってみたい気もするが、いつになることやら。祖母は私が小さいうちにはどこかに出かける気はないようだ。
ちなみに、数週間に一回ではあるが、祖母が懇意にしている商人が色々と売りに来てくれるので生活には問題ない。商人は祖母の家で薬を買って、村で一部を卸して自分の店に帰るようだ。前に聞いた時には、普段は都会で商売をしていると言っていた。大きくなったら行ってみたい。
「そだ」
そういえば、前にエドガーが来た時にあのアールグレイを気に入ったみたいだった。麻痺草ガモットをブレンドしたものだったから、最初は訝しげだったが、帰り際には祖母に売ってくれないかとお願いしていた。ただ、あれは私がお遊びで作ったものだったので在庫もないし、祖母も売る気はない様子だった。
今日せっかく遣いの人が来るのなら、作ってあげたら喜ぶかもしれない。時間はあるし、森にガモットを取りに行こう。ガモットについてはあまり使用しない草なので在庫がないのだ。麻痺草はそもそも麻酔くらいにしか用途がないらしいので、祖母は必要分しか置いていない。
ただ、面白い効果が見込めそうだってことで、最近祖母が畑に植え始めた。使えるようになるには成長を待つ必要があって、もう少し時間がかかる。しばらくは森に行くしかないのだ。
そうと決まれば、早めに採ってこよう。小さな体は思った以上に行動に時間がかかってしまうので。玄関先に置いておいた藁籠を持ち上げる。祖母が編んだ私用の小さな籠だ。
ここからそう遠くないし、祖母には伝えなくて大丈夫だろう。心の中で行ってきますと元気よく言って、裏手の森へ足を踏み入れた。
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