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「ばちゃ、くさ、とてきた」
「ありがとう、ラフ。そこに置いておくれ」
「ん」
抱えていた籠を土間に置く。藁籠いっぱいに積まれた草は、祖母が調合に使うものだ。村にいる薬師は祖母一人で、とても忙しい。わずか4歳の私が、こうして薬草取りに駆り出されるくらいには。――そう、転生した私は今、薬師の祖母と共に暮らす、ラフという子供として生きている。
薬草を集めたあとは自由時間になる。4歳である自分は、祖母から特に何も言いつけられていない。各家庭によっては家業を手伝うこともあるようだが、私は祖母と二人暮らしの身の上なので日々の暮らし以外にすることは特にない。
何せ薬師は資格職で小さな村では余りあるほどに需要があるので、子どもが仕事を手伝わなくても暮らしていけるのだ。薬草の採取は運動不足解消と祖母の手間を減らすのが目的だったり。
前世では指示されずとも動くことが美徳とされることもあるが、子供は余計な事をしないほうがいい。誰かの負担を増やしてしまうかもしれないので。
薬草の採取が終わったあとは、家の裏手にある畑で、ミミズ?相手に遊ぶ。青色だがにょろにょろしていて顔がないので、便宜上ミミズと呼んでいる。木の枝でつんつん突いていると、嫌がるように身をよじるのが面白い。大人になってからは、こんなくだらないことをすることもなかったが、子供に戻ってからは、些細なことが新鮮で楽しい。
しかし、やることがないと言っても養って貰っている身としては、何かしら祖母に恩返しがしたいところ。昨年、田舎に連れてこられた私は祖母に預けられた。一緒に暮らしているのは母方の祖母だ。私の両親は、いまだに冒険者としてブイブイ言わせている。
そして1年、まったく音沙汰がないのだが、私の小さな頭ではそろそろ両親の顔を忘れそうだ。捨てられたわけではないだろうが、いささか寂しく感じるのも事実。まあ、前世でも今世でも目新しいものがたくさんあるので、飽きることはないのが救いだ。
悶々と考えながら、ミミズをさらにむいむいと突く。体をうねらせて逃げていくが木の枝で追いかけてさらにつつく。ーーさすがにやりすぎだろうか。でも、なんか楽しいし……。そうしていると、土を踏む音がし、目の前に影が落ちる。
「やあ。あまり突いてやると、ミーズが可哀そうだよ」
「みぃず? かわいそ」
「うん。放してあげようね」
「んー」
手を取られ、持っていた木の棒をそっと外される。その隙にミミズ……ミーズは地面へと潜っていった。名残惜しくてその様子を見ていると、声をかけてきた男が私を持ち上げた。
しかし、幼児の舌は回りづらくて困る。頭の中と口が連動しないのがとてももどかしく感じる。その上、今は話す相手が祖母しかいないから全然成長しない。両親と住んでいた頃も他人との会話というのが少なかったし、同年代と比べて言葉があまり得意ではないのだ。
男の持ち上げ方が手馴れているせいか、違和感もなく居心地がいい。近くなった顔を見ると、こちらを見てさわやかに笑う。指通りの良さそうな金色の髪に、きらきらとした宝石みたいな緑色の目。女子がキャーキャー言いそうなイケメンだ。
「君はこの家の子かな。薬師の方はいる?」
「ばちゃ、あっち!」
久しぶりに祖母以外の人を見て、テンション上がってしまう。子供だからか感情の起伏が激しい上に、天井を超えてぶちあがることもしばしば。抱きかかえられていることを良いことに、イケメンの頬をべちっと叩くと「ぅお」と言いながら、困った顔をするので楽しい。
家の入り口を指した私を抱きかかえたまま歩くイケメンは、扉の前にたどり着くとゆっくりとノックした。
「もし、」
「ばちゃ! おきゃくさ!」
「ああ……」
テンションのぶちあがった私が先に声を上げると、出鼻を挫かれたイケメンが残念な声を出す。家の中から祖母が慌てて出てくる音が聞こえた。
「ラフ!」
「お忙しいところ、申し訳ない。深緑の御剣、エドガーと申します。薬師殿に依頼があり、参りました」
「……冒険者かい。孫が失礼したね」
エドガーと名乗ったイケメンが、手を差し出した祖母に私を手渡す。祖母は私を受け取ると、おでこを軽く叩いた。
「これ。迷惑を掛けたらいかんよ」
「かけてないよ!」
「こんな時ばっかり流暢に……。現金な孫だよ」
かけてないよ! ちょっと頬っぺた叩いたけど。
心からの叫びに、祖母は呆れた顔をするが、横からエドガーがまあまあ、と声を上げた。エドガーに仲裁され、テンションの高い私を祖母が抱いたまま、家の中へと戻る。
エドガーに椅子へ座るように促すと、祖母は2つしかない椅子の一つに私を座らせようとした。それに抵抗して床に降りると、キッチンへと走る。一つの椅子には諦めた祖母が座った。
「よろしいので?」
「ああ、大丈夫。危ないものは手の届かないところに置いてるからね。……ところで、私にどんな用事だい?」
私を見送った二人が会話を始めるのを盗み聞きしながら、私はキッチンであるものを取り出した。私用に祖母が場所を分けてくれている戸棚には、乾燥させた葉をとってある。薬草だったり、よくわからないはっぱだったりするが、前世で嗅いだことのある匂いを元に集めてきたものだ。
「こち……、こっち?」
2つの瓶を嗅ぐ。一つはアールグレイで、もう一つはほうじ茶の匂いがする。
不思議なことに味もほぼ同じで、畑でとってきた薬草にちょっと手を加えただけで出来た。もしかすると薬草と言われている草は、前世でいう茶樹に似たものなのかもしれない。土に直接生えてるから違うものなんだろうけど。
ところで、エドガーはどちらが好みだろうか。滅多にない来客なので、手作りのお茶を祖母以外に披露するのは初めてだ。考えすぎても仕方がないし、紅茶にしよう。
お茶らしきものは出来上がったが、茶器についてはあまり良いものがない。丸いティーポットで入れると葉が踊っておいしくなるが、個人的には渋すぎなければいいと思っているので、ティーパック方式を採用した。祖母が買ってきた夏用の薄い紗の布地を少しいただき、よく洗って包んで使用している。それを2つのカップに入れ、リビングへ持っていく。よろよろと近づいていくと、それに気づいた祖母がカップを受け取った。
「お茶かい? なんでまた」
「おきゃくさ、おちゃいるよ」
「はー。どこで覚えたんだか」
カップを机に置くと、祖母が小さく呪文を唱える。すると、茶葉しか入っていなかったカップにお湯が満ちた。今世では誰もが魔法を使え、こういった簡単な家事には生活魔法と呼ばれるものが利用されている。水、お湯、熱湯など応用が利くのでかなり便利だと思う。
「お茶、ですか」
「ああ。孫がどうしてもって言うからね」
「ありがとう、ラフ」
「んふ」
お礼を言われると少しくすぐったいので、祖母の後ろに隠れる。よく色の出たお茶に祖母が口をつけたのを見守ると、エドガーもカップに顔を近づけ一口飲み込んだ。
「……変わった香りですね。さわやかな匂いだ」
「ああ、冷やすと夏場に調度いい」
「都でも飲んだことはない香りですが、これは……」
「あんたもよく知ってるよ。ガモットさ」
祖母の言葉を聞いたエドガーが咽る。気管に入ったようで辛そうだ。そんな様子におろおろしている私と、平然としている祖母。急いで近づくと、背中を擦る。少し落ち着いたエドガーは唖然と祖母を見た。
「麻痺草じゃないか……!」
「そうだね」
「ぬ」
まひ……。麻痺草、だろうか。え、私は麻痺するお茶を嬉々として祖母に飲ませてた?
で、でも私も飲んでいるし、今まで不調を感じたことはない。それに、毒となるものを祖母が飲み続けることを許してはくれないだろう。
「適切に処理されてるから大丈夫だよ」
「適切にって……。それは、薬師ギルドでも把握されていないのでは?」
「それ以上は、機密事項さ」
慌てている私を尻目に、二人は会話を続ける。結局のところ、これは飲んでも大丈夫なのだろうか。そわそわとテーブルの周りを歩き回っていた私に、エドガーが気づく。
「ああ、ごめんね。おいしいよ、ありがとう」
「だいじょぶ?」
「うん……、不思議と」
本当に不思議そうにもう一口含む。その様子を見た祖母は鼻で笑うと「それで?」と話を促した。その会話を聞きながら、私は邪魔をしないようにテーブルの下に座り込む。近場にあった藁を集めてきたので、手慰みに草鞋作りの続きをしようと思う。
まずはよりよりと藁をまとめていく。長くつなげなくてはいけないので、とても重要な作業だ。これをすると、祖母は変なものを見る目でこちらを見てくるので、作った藁縄を守るのも大変な任務となる。
「はい。ギルドにポーションを卸していただきたく、お願いに参りました」
「ポーションなら、街の薬師ギルドで事足りるだろう。わざわざこんな、場末の薬師に会いに来る程とは思えないね」
「ご謙遜を。この不思議なお茶で確信しました。最近出回っている薬効の高いポーションは、あなたの作でしょう」
どんどんと藁縄が長くなる傍らで、結構な話題が交わされている。確かに祖母は近くの村でも尊敬を集める力のある薬師だ。それが遠くの街で話題になっていてもおかしくはない。
「ふうん、どうしてそう思う?」
「毒も適量なら薬となる。そういうことでしょうね」
ほー。普通の薬に何かしらの毒を、ちょぴっと混ぜている。そういうことなのだろうか。それくらいなら、誰か試してそうだけど。祖母の技術がないと難しいアレなのかもしれないな。さすそぼ。
私がうんうんと頷いていると、祖母の溜息が聞こえた。
「まあ、いいだろう。どれくらい要るんだい?」
「ありがとうございます。……出来ることなら、今あるだけ。今後は、定期的に買い付けをする許可をいただきたい」
「はあ、老いぼれをこき使うんじゃないよ。村の薬もあるからね、月10で限界だよ」
「十分です」
エドガーの言葉を聞いた祖母は、空間魔法のマジックボックスを唱える。色々な荷物を保存しておける便利な魔法だが、その中にストックしておいたポーションをすべて出したようだった。私もさすがに藁縄をよるのをやめて、テーブルに顔を出してみる。50個くらいはありそうだった。
私が顔を出したことに気づいたエドガーが、輝かんばかりの笑顔をこちらに向ける。
「やあ、君のおかげだ。ありがとう」
「本当にねえ。あんたが茶を出さなければ、すっとぼけられたのに」
「む。おちゃ、いる」
確かにお茶は出してしまったせいでヒントを与えてしまったようだが、お客人にお茶はいるのだ。でも祖母の不利益になってしまったのであれば、それは反省したい。
「ばちゃ、ごめんね?」
「何をしょんぼりしてるんだい。遅かれ早かれこうなってただろうし、深緑の御剣が後ろ盾なら、そう悪いことも起きないだろうよ」
「ええ。それは抜かりなく。後ほど契約書をお持ちしますね」
私にわからないところで、売買契約の他にも契約が成されていたらしい。祖母に迷惑がかからないのであればよかった。ほっと息を吐いていると、優しく笑った祖母が私の頭を撫でる。
「それに、あんたが大人しく抱きかかえられているのを見た時、何となくこうなる気はしてたのさ。ばばあの勘だねえ」
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