王妃様の面談
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ブックマークと評価が一気に増えていて目を疑いました。ありがとうございます。
おかしいわ、約束の時間から10分経っているけれど来るはずの人間が来ない。
あまりに無礼な仕打ちに不機嫌オーラを出してしまったせいか付き合いの長い侍女が困ったような顔をしてこちらを見ている。
さて、これで3人目ね。
愚息が真実の愛だなんて言って、婚約したいと令嬢を連れてくるのは。
真実の愛が3回もあるなんて私もびっくりですけれど。
あら、ノックの音。やっと待ち人が来たようね。
入ってきた男爵令嬢は確かに可愛い顔立ちだ。
以前の2人と同じように庇護欲をそそる、そして動きや表情はまるで小動物のよう。でも出るところは出ている。あの子のタイプはこういうご令嬢ですか。
「王妃様、慣れない王宮で迷ってしまいまして」
許可を出していないのに遅れた言い訳を男爵令嬢は述べ始めました。そんなに大きくないのにキンキンと響く煩い声です。いやいや、ちゃんと侍女を寄越していたはずですけどね。それにあなたは愚息のところにいたでしょう。
言い訳を無視して席に着くように促すと、マリアという、名前だけは慈悲深い男爵令嬢はむっとした顔で席に着きました。そんなに明け透けな表情をするなんて貴族の教育をきちんと受けていないか、身に付いていないようです。これは男爵家に抗議しないといけません。妾の子だからと学園に入学前まで平民として過ごしていたと聞いていますけど、こんな状態で貴族の世界に放り出すなんて矜持を持っていないのでしょうか。
呆れながらも王妃として長年培ってきた表情は崩さず、穏やかに話を切り出す。
「あまり緊張なさらないでね。ジルヴェルトの好きになったご令嬢がどんな方なのか会ってみたかったのよ。そのドレス、素敵ね。あなたによく似合っているわ」
「はい。ジルヴェルトがこの日のために用意してくれたんです」
ちなみにジルヴェルトというのはうちの愚息の名前です。一応、第1王子です。
愚息に違いないけれど、王子を男爵令嬢が呼び捨てにしたことで同じ部屋にいる使用人や護衛騎士がぎょっとして引いている雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「そうなの? あの子はあなたのことが本当に好きなのね。あなたに似合う色を分かっているみたいね」
少し褒めるとマリアは分かりやすく顔をほころばせました。
「それで。あなたはジルヴェルトと結婚したいのかしら?」
「は、はい……ジルヴェルトもプロポーズしてくれて……これをくれました」
あの愚息がプロポーズするのはあなたで3回目なんだけどね。
そして愚息にはなんと公爵令嬢の婚約者がいるの。王家からお願いしまくって婚約してもらった婚約者が。あぁ頭が痛い。
マリアが自慢げにもらったと見せているネックレスは昔、陛下が私にプレゼントしてくれたものだ。
あのどうしようもない愚息は宝物管理室から勝手に持ち出して、勝手に贈ったようだ。
ため息をつきたくなるがなんとか堪える。普段は表情を出さない侍女たちの視線がやけに鋭い。
「では、王妃になる覚悟はあるのね?」
私の問いにマリアは自信たっぷりに頷く。無知というのはある意味幸せだ。
「そう、分かったわ。じゃあ、ついでだから王妃教育の説明をしておくわね。ジルヴェルトと結婚するなら王妃教育を修了してもらわないといけないの。もちろん貴族令嬢としてのお勉強の部分はとばすわ。男爵家と学園でそこはキチンと終わっているはずだから。ジルヴェルトのことが好きなら出来るわよね? 真実の愛だって聞いているもの」
なんだか顔色の悪くなり始めたマリアに畳みかける様に言う。真実の愛というワードを出すとすぐにまた夢見がちな笑みを浮かべた。この子、大丈夫かしら? 学園の成績は取り寄せてあるけど……お世辞にも成績が良いとはいえないわ。
「じゃあまず確認させてね。あなたは何カ国語話せるかしら?」
「え……?」
「学園でも外国語の授業があったでしょう? 伯爵以上の貴族は最低でも2カ国語は話せるのよ。外交官を目指すなら最低4カ国語ね。王妃なら5カ国語は話せないとね」
「…………」
あら、もう沈黙? 確かにあなたの成績は下から数えた方が早いけど。好きな人のために頑張ろうという気概はないのかしら?
「我が国が国境を接している国は4つ。それらすべてと交易をしているのよ? 海を隔ててさらにもう1国とも。これらの国々の使節や王族が来られた時に日常会話くらいはできないといけないわ」
「……通訳がいるんじゃあ……」
「あらまぁ。私が通訳を介して他国の方と会話しているのを見たことがあって? 通訳を介すと意思の疎通に倍の時間がかかるし、他国の方も普通に我が国の言葉を話すのよ? 王妃が話せないのでは我が国の貴族が他国からバカにされるわ」
全く、夜会で何を見ていたのかしら。
「そんな……ジルヴェルトは隣にいてくれればいいって……」
ジルヴェルトもまだ2カ国語しかマスターしていないものね。教育係があまりの出来の悪さに自分の教え方が悪いのかと泣いていたのを思い出すわ。
「話せないようだから王妃教育に追加しておくわね。あと、あなたの学園の成績もここに取り寄せてあるわ。これを元に作ったあなたの王妃教育のスケジュールがこれよ」
マリアがぼそぼそ言うのを無視して、紙を差し出す。
「なっ! どういうことですか! 朝5時に起床なんて!」
「あら、そうしないとあなたの勉強が間に合わないのよ? 外国語の他に経済・自国の歴史と文化・他国の歴史と文化・政治・マナー・ダンス・護身術も学んでもらわないといけないんだから」
「そんなに沢山……」
「では明日から早速始めるわね。教育係はアルテア嬢がしばらく務めてくれるそうよ? 良かったわね」
アルテア嬢というのは愚息ジルヴェルト王子の婚約者である公爵令嬢の名前だ。そう、今ここで重要なのは、アルテア嬢がまだ愚息の婚約者だということだ。
うちの愚息も公衆の面前で婚約破棄を叫ぶなどという暴挙をしでかす勇気はないらしい。
「なっ! 私は彼女にいじめられてるんです! そんな人に教えてもらいたくありません!」
そんなにみっともなく叫ぶなんてはしたない。アルテアがあなたをいじめるわけないじゃないの。
「あらあら。あなたの意見なんて聞いていないのよ? これは命令なの。私は別に誰が王妃になってもいいの。ちゃんと王妃教育を修了して、民のことを考えて、元気な子を産めるのであれば」
「そんな言い方……」
「それにアルテア嬢があなたをいじめるわけないでしょう。万が一やっていたとして、公爵令嬢が男爵令嬢に少し嫌がらせをしたところで何か問題があるのかしら?」
「わ、私はジルヴェルトに……」
「真実の愛とやらがどこまで通用するか見せていただくわ。もう下がって結構よ。約束の時間に遅れるほど忙しいのに呼びつけてしまったみたいで申し訳ないわ」
嫌味を含めてにっこりと笑うとマリアは顔を青くしながら立ち上がる。
「そうそう、ジルヴェルトがプロポーズするのはあなたで3人目よ? 知っていて? 前の2人は残念ながら王妃教育を終了できなかったのよね。あれから2人ともご病気になって領地で療養されているようで残念だわ」
「え……」
マリアは聞いていなかったらしく驚いたようだが、侍女に促されてほとんど追い出されるように部屋から出て行った。
「さてと、アルテア。待たせたわね」
カーテンに向かって声をかけると悪戯っぽい表情をした令嬢がそっと出てくる。アルテアはきつめの顔立ちの美人だ。しかし今のような悪戯っぽい表情をしていると可愛く見える。そんな表情は婚約者のジルヴェルトの前では絶対にしない。
青い瞳を好奇心で輝かせながら先ほどまでマリアが座っていた席にアルテアが優雅に腰かけた。
「3人目よ。あなたと婚約してからあの愚息がプロポーズして連れてきたのは。しかも全員見た目はちょっと可愛いけど中身は貴族令嬢としてありえない子ばかり。こちらから頭を下げてお願いした婚約だけど、そろそろジルヴェルトに愛想をつかしていいのよ? 大して好きではないでしょう?」
「うふふ。殿下がバカだから可愛いのではないですか。殿下がバカでないと私が政治を操れないです」
しれっとバカと2回言っているが、特に咎める気にならない。まぁ事実だし。
「でもそろそろジルヴェルトは無理ね。宝物管理室からの窃盗の件もあるし。あの令嬢に貢いだようだし。ねぇ、アルテア。第2王子の婚約者になる気はないかしら?」
「ジュスト様ですか? あまりお会いしていないので何とも……。でも私が政治に関われるなら何でもいいです。あ、誰でもいいです」
「あなたはそういう人だったわね。じゃあジルヴェルトは病気になるから、ジュストを立太子するわ」
「マリアはどうされるのですか?」
「そうね……ジルヴェルトがあの子に少なくない額を貢いだようだから返済していただきましょう。今日着ていたドレスもそうよ」
「えぇ、男爵令嬢ではとても手が届かない生地を使ってありました。ふふ。では私が手配しましょう。良い娼館を知っています。王妃様のネックレスも取り返しますわ。また、もう2点ほど王妃様のアクセサリーをマリアが持っているのでそちらも取り返しますね」
「あら、気づかなかったわ。ありがとう。そうしてちょうだい。あなたが行う政治を楽しみにしているわ」
この会話の翌日、ジルヴェルトが姿を消し病気で療養と発表された。同時に第2王子ジュストが王太子となり、王妃教育を見事修了しているアルテアとの婚約が公にされた。
マリアにこのことは知らされず、王宮に軟禁状態でしばらく王妃教育という名のアルテアの憂さ晴らしが続けられた。ジルヴェルト王子の寵愛を受けて増長していたマリアにアルテアもストレスが溜まっていたのだろう。そしてマリアが妊娠していないと分かった頃、彼女の姿は王宮から突然消えた。
アルテアはその後、王妃となり、女性の雇用を促進する政策を打ち出したことで後世に知られている。
そして誰でもいいと言っていた割には、国王ジュストとの仲はとても良好なものだった。
これは第2王子だったころからジュストがアルテアに懸想をしていたという説があるが真相は分からない。