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軍医の焦燥

カエデへ手を翳して彼女を眠らせたのは隊長だった。

あ、と言いそうになるのを堪えて処置に入ろうとするけど隊長からの無言の圧に僕は動きを止めてしまう。



「説明しろ」



隊長は短くそう言うと腕を組んで僕に向き直る。

その様子は僅かに怒気を孕んでいたようで、僕は背中に怖気が走るのを感じた。


隊長がここまで感情を出すのは意外だ。

けど、ここはカエデの命に関わるところだ。

僕も譲るわけにはいかない。



「はっ。

しかし、その前に応急処置をさせていただきたく存じます」



僕は敢えて隊長からの圧力を無視して具申する。

隊長とは付き合いも長いからこんな事で琴線には触れないとは思うけど、普段の態度を鑑みると今の彼女の圧力は異様だ。

背中に汗が伝うのを感じながら、僕は隊長と相対する。



「説明しながらやれ」

「はっ」



とりあえず、処置の許可をもぎ取って涎や涙を流すカエデの顔を確認する。



「リサーナ、魔力を落ち着かせてあげて」

「えぇ」

「ルーファス軍曹、魔力計の報告を」

「はっ。

…しかしドローレス軍医中尉、これは、」

「いいから」



言い淀むディーグを急かして僕はカエデの脈を確認した。

少し遠いけど、許容範囲内だ。

瞼を押し開けて瞳孔を確認したけど問題はない。


心配した重度の中毒症状が見られないのを確認して息をついてから握りしめていた右手を見る。

傷口は開いてない。

膿んでいる様子もとりあえずは無いし、平気だろう。


僕が小さく息をついて包帯を巻き始めるとディーグの声が聞こえた。



「…検出されたのは魔力計の起動魔力のみです。

つまり、」

「魔力が無い、か」



ディーグの言葉を引き継いだ隊長の声はため息混じりだった。



「は?」



ジルから間抜けな声が漏れる。

いや、気持ちは分かる。

僕らが住むこの世では魔力がなければ生きていけない。

無ければ実際死ぬのだ。


世界は魔力に溢れている。

この世に生きとし生ける者は全てその世界の大いなる魔力、ウェルト・ヴィレに干渉されて生きていく。


それに対して全ての生命の魔力量には生来許容量というものがある。

受けるのにも掛けるのにも限界があるのだ。

一方、ウェルト・ヴィレで僕らの魔力は常に増え続ける。

それは世界の仕組みであり、変えることの出来ない理だ。

しかし問題は、魔法を使わなければウェルト・ヴィレによって内包する魔力量が肉体の許容量を凌駕してしまうことにある。

行き場を失った魔力は発散する場所を求めて体内で熱を持ち、植物であれば枯れ、動物であれば肉体は破裂する。


生来魔力を持たない、若しくは持っていても微量である存在というのはそもそもの肉体の許容量がほとんど無い。

だからこそ、魔力を持たない存在はウェルト・ヴィレによる干渉を受けて母胎の中にいる内に淘汰され、流産するのが普通だ。


だから、魔力の無い人間が二十年も生きるのは不可能な筈なのだ。



「けど無いんだよ、ジル。

僕も信じられなかったけど、この検査結果で決まりだね」

「待ちなよ。

そんなのあり得ないだろ?

そんな技術がありゃ技術開発局が黙ってる筈ない、だろ?」

「まさか、王国の新技術ってことか?」



ジルに続いてディーグが口を開いた。


うーん、僕の所見になるけど、そんな新技術は有り得ない。

というか、革新的にも程がある。

僕らは当たり前のように魔法を使うけれど未だどの臓器が魔力を司っているかは謎のままなのだ。

もし魔力を持たない存在が生き続けられるような研究が有るとすればそれは…。


僕はちらりとジルを見る。

ジルはそれ以上何も言わない様子だが、その心情は察するにあまりある。

すると考え込んでいたようなコックスが不意に口を開いた。



「あり得ないことが重なっている。

ジルとディーグの意見は議論しても時間の無駄だぞ」

「まぁ、それはそうだけどねぇ」

「それより何で急にカエデさんはトチ狂っちゃったっすか?」



唸りながら僕を見るロッツィは本当に不可思議そうだ。

え、この期に及んで、と言いたくなるのを堪えて念のために周囲を見渡すと、呆れたような顔の面々と目が合った。

よかった、わかってないのはロッツィだけらしい。

僕は巻き終わった包帯を結ぶとロッツィに向き直った。



「魔力中毒の症状の一つだよ。

情緒不安定。

正しくは神経に作用して異常な興奮状態になる事だよ。

更に進むと幻聴や幻覚が現れる」

「まぁつまりは、隊長と初めて会った時は隊長の魔力浸透で、隊長の執務室では私の魔力浸透で、私の家でも私の魔力浸透で、そして今日は魔力測定器の起動魔法で、それぞれ中毒症を発症したわけね」



僕とリサーナの話を聞くロッツィだが、口はだらしなく開いてぽかんとしている。

だがふと何か閃いたようでロッツィはぽん、と掌に拳を乗せた。



「ああ、だから僕が今日カエデさんに握手しようとしたの止めたんすか?」



あ、覚えていたんだ。

僕の家で握手しようとしたロッツィにマグカップを渡した時の事を思い出して僕は苦笑する。



「確かにそう聞くと印象と実物の差にも納得がいくな。

ここに来た時、意識もハッキリしていた様だったし」

「で、その確証を得るために測定器に繋いだってわけ?」

「そういうことだね」



コックスとジルの声に同意しながら僕はリサーナを見た。



「隊長の魔力は極めて微量だったから後遺症も無いと思うわ」



それを聞き、僕は心底安心する。

隊長はカエデが錯乱した時に眠りの魔法をかけていた。

魔力が無いならあれさえも致命傷になる可能性があったけど、その心配は無いらしい。



「どうなさるおつもりですか?」



コックスの一言で視線が一斉に隊長へ向く。

そうだ、僕はカエデを訓練生に入れるという隊長の意思を変えさせなくてはならない。

とはいえ、カエデは放っておけば確実に魔力中毒の症状を発しながら死ぬことになるだろう。

どうやって彼女の人生を終わらせるかの話をしなくてはいけない。


隊長は僕のその思いに気付いているのかいないのか、表情も変えず、視線も逸らさず、僕らに断言した。



「クリスの意図は理解した。

考えは変わらん」



ひゅ、と僕の肺が動く音がする。



「本気ですか?」

「ドローレス軍医中尉、」



僕が静かに隊長の言葉に食って掛かると仲裁するようにコックスが僕を呼ぶ。

だけど、それは僕には理解ができなかった。

隊長は一体カエデに何を見たというのか。



「隊長、魔力の無い彼女を訓練生へ紛れ込ませたとして、その後どうするおつもりですか。

近々カエデは死ぬ可能性が極めて高いんですよ?

それに中毒症状が強く出てしまえば今より更に扱いは難しくなります。

その中で死んだら確実に強力なアンデッドになるのは隊長もご存知の筈です」



僕は僕の見た所見を隊長に述べる。

たった二日。

確かにそれだけだったが医者として正確に彼女を看てきたつもりだ。


隊長の執務室ではこんな事になるとは思わなかったけど、カエデを手元に置くという事は常に導火線に火が着いている爆弾を抱えておけと言われるに等しい。

隊長に考えがあるのはわかるが、感覚だけで爆弾を背負い込める程僕は物理的に強くはないのだ。



「彼女はこのまま、安楽死させてしまうべきです」

「駄目だ」



はっきりと、隊長の却下が入る。

そして隊長は一度カエデを見た後、恐らく言葉を選んでいたんだろう、小さくため息をついた。



「明日、もう一人男が来る。

ソイツとバディを組ませたい。

後は技術局に出していた申請の許可も通った。

クリスの理論が確かなら、延命できる」

「延命だって?」



ジルが訝しげに隊長を見る。

だが隊長はまた言葉を考えるように沈黙するとずっと黙っていたアーデンがため息をつきながら口を開いた。



「隊長のお考えは正直、カエデであれば理論上可能程度の話だ。

それに俺が失策だと判じた時点で俺が安楽死させてやる。

クリスはそれでいいな?」



腕を組ながらアーデンは念を押すように僕らを見る。

確かに、何を考えているかよく分からない隊長に押し切られるよりは、隊長の考えに基本的に反対しているアーデンの言うことの方がまだ納得できる。

だがまだ承諾は出来ない。



「僕が言っているのはいつ発作が起きるか分からないって事だよ。

重度の中毒症が出たら、僕には対処のしようがない」

「…隊長、本当に何も説明していらっしゃらないんですね」



アーデンはじとりと隊長を見てから呆れ果てたようにため息をついた。



「クリスの言い分は尤もだ。

だから明日来る男も連れて郊外に遠征に行く」

「遠征っすか?

効いてないっすよ!」

「全員同じだ馬鹿、静かに聞け」



茶々を入れるロッツィに肩を組んで黙らせるのはディーグだ。

だが、本当に聞いていない。



「遠征概要だが、先日隊長が先行して行っていたマジックノイドの実証実験並びに新規入隊者の戦力分析だ。

場所はクリーヒ・ティーアの森。

対象者は俺、ドローレス軍医中尉、エイブラハム曹長、新入隊員二名の計五名。

遠征が終われば二人には実力に応じた組へ訓練生として派遣する。

ロビンソン少尉、ドローレス少尉は交代で監査役をしつつ本隊の雑務処理。

ここまでで質問は?」

「我々は?」



アーデンに呼ばれなかったコックスが腕を組みながらアーデンを見る。



「居残り組だ。

流石に全員で遠征に行くのは許可が降りん」

「嘘だろ!」



アーデンの言葉にディーグはショックを受けたようで、ロッツィにもたれかかりながら崩れ落ちている。

賑やかな事だ。



「クリスは納得したか?」



隊長の言葉に僕は肩をすくめながら首を振る。



「それと延命になんの関係が?」

「…マジックノイドは使用者の魔力を吸って銀を操る兵器だ。

だからウェルト・ヴィレで受けた干渉をマジックノイドへ吸収させればいい」

「そんな事が出来れば苦労しませんよ。

世の魔力中毒症の子供は根絶するでしょう」



何を言っているんだ、この人は。

そんな簡単な事で魔力中毒を発症させなくて済むのなら魔力の少ない赤ん坊に魔力を消耗させる道具でも握らせておけば済む話だ。

まぁ、道具を使えればの話でもあるけど。



「それでは駄目だ。

マジックノイドは手にしている人間の魔力を際限無く搾り取る。

多少でも魔力のある存在が手にしたら今度は欠乏症で死ぬ。

だからお前はどんな状況においてもマジックノイドに触るな」



隊長は言いながら軍服の懐から紫色の塊を取り出した。

そしてそっとその塊を解きながらカエデに近付いていく。



「カエデは、有り得ない。

魔力が無いなら産まれて来ない。

だが存在し、おおよそ二十年の歳月を生きている。

だが魔力浸透による一瞬の許容量の超過さえも耐えられない。

だが大人だ。

自分の感情、感覚、理解を他人に明確に伝え、また聞くことも出来る。

子供が最も苦戦し挫折する魔法を行使する感覚を教え込めるかもしれない」



隊長の静かな声が検査室に響く。

隊長はそっとカエデの首にシルバーのネックレスを引っ掛けた。

トップは十字架で、無骨な印象を受ける。


確かに隊長の言葉は理論上可能だった。

カエデは今のままだとウェルト・ヴィレの影響でいつか死ぬ。

だがマジックノイドとやらが魔力を常に吸い続けるなら、ウェルト・ヴィレの影響が出る前に発散させられる。

もしかしたら、延命できるかもしれない。


そしてそれが、魔力が無いまま生きてきた、大人の彼女にしか出来ない事である事も理解した。



「それが出来れば、魔力が少ない子供達を助けられるかもしれないと?」

「…やってみなければわからん」



ジルの声に隊長は緩やかに首を振った。



「だが納得したか?」



再度確認してくる隊長に、僕はため息をついた。

そんなもの、試すしかないじゃないか。

例えカエデがどこの手の者だったとしても、カエデは極めて有益だ。



「ここまで考えた上で僕らに任せたんですか?」

「…いや、たまたまだ」



隊長は嘘をつかない。

だからたまたまだと言えば本当にたまたまそうなったのだろう。

ならこれは、神の悪戯か。

僕は苦笑して隊長を見る。



「では遠征の準備を致しましょう」

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