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測る

「いやぁ、そーんな気ぃ使わなきゃいけないなんて知らないっすもん」



けらけらと笑いながら私の斜め前に座るロッツィの右目は青く腫れていた。

大きな翡翠の綺麗な瞳なんだが右目だけは見るかげもない。

というのも、これは自業自得だと思う。

クリスの言い訳をどうにも信じられなかった私の顔は引き吊っていたようで、その顔を見たリサーナがどうしてくれると言わんばかりにロッツィの顔を殴ったのだ。


ああ、人ってあんなに綺麗に飛ぶんだなぁ、といっそ清々しくなるような一発。

これからはリサーナを怒らせないようにしようと堅く誓うのは容易である。


本当はこの後その検査室とやらで何をされるのか不安でたまらないけど、そんなリサーナにとにかく馬車に乗れと言われてしまえば乗るしかない。

私は言われるままに馬車に乗り込むとその後ろからリサーナ、クリス、ロッツィが続く。

御者台には似たような軍服の男性が座っていた。



「ロッツィ、頼むから少し黙っててくれないかい?」



完全に頭を抱えて私の向かいに座るクリスはため息をつく。

うん、何て言うか、ご苦労様ですって感じだな。

自由気ままな部下に神経すり減らしている中間管理職のような様に、私は同情を禁じ得ない。



「えぇと、ごめんね。

不安にさせて」

「いえ、平気です」



私は我慢できるが、発狂した私を見た彼らからしてみればヒヤヒヤものだろう。

また発狂されてはたまったものじゃない、と私なら思う。



「とりあえず、これから行くのはさっき言った通り軍の医療施設だよ。

僕の職場でもあるね」

「それにクリスは傷口に菌が、とか言っていたけど、それはちょっと違うわ。

でも簡単な検査だから安心して」



さらっとクリスの嘘を認めてリサーナは笑うけど、不安なんだよな。

そもそも軍の医療施設って。



「まぁ、君が色々思い出してくれれば民間の医療施設でも十分なんだけどね」



訝しむ私に向けてクリスが微笑む。

畜生、人を怪しむなら自分の事を正直に話せって事か。

それを言われてはぐうの音も出ない。

というか自分で言うのも何だけど、よく情緒不安定な人間にそう言えるな。


とはいえ、今は兎に角彼らしか頼れそうな人も居ないし、黙るしかない。

私は曖昧に笑って静かに馬車に揺られる事にした。


それから程無くして、二度馬車は止まる。

窓がついていないからよく分からないけど恐らく目的地に到着したのだろう、ノックしてからゆっくりと馬車のドアが開かれた。

一番手にリサーナが出ようとするが、その前にそっと私に耳打ちする。


良いと言うまで出て来ないでね。


驚いて固まっていると、私を見られたくない事情でもあるのか、リサーナとロッツィは立ち上がり外に出るが、クリスだけは外から私が見えないように馬車の入り口に立って動かない。



「お疲れ様です、ドローレス少尉、ドローレス軍医中尉、エイブラハム曹長!」

「えぇ、お疲れ様。

キークミュール中尉から申請書は来てるわよね?」

「はっ。

第一検査室の使用許可が出ております。

他の方々も順次到着しておいでです」

「そう、案内はドローレス軍医中尉に願えるから貴方は下がりなさい」

「はっ…。

しかし恐れながらの馬車の中をお見せいただきませんことにはお通し致しかねます」

「ええ、構わないけど、中はファミリア大尉が定めた特事案件よ?

それでも見たい?」

「ふぁ、ファミリア大尉ですか…。

それは遠慮申し上げます」



そこまで会話が聞こえると、靴音が遠ざかり、扉の閉まる音がする。



「さて、カエデ。

ここから先は軍事秘密も多いからね。

目隠しをさせてもらうよ」



いいね、と念を押すようにクリスが目線を合わせてくれたので、私はゆっくり頷く。

見てはいけないものを見てそのまま殺されるなんてのは真っ平ごめんだ。

その私の様子にクリスは満足そうに頷くと私に麻袋を被せた。



「ロッツィ。

後は頼むよ。

僕は先頭を歩くから」

「了解っす」

「余計な事言ったら殴るわよ?」

「リサーナさん、それ洒落になんねぇっす…」



三人の問答に苦笑して、私は手を引かれるままに歩きだした。



「ゲフェングニス・フォン・ドルン」



ミシミシと、自分の回りで音がして思わず引かれる手に力を込める。



「ちょっと驚かせちゃったっすか?

僕の、いや…。

えーっと、まぁ怖いもんじゃないんで気にしなくて大丈夫っす。

なんかあっても僕が守るんで、問題ないっす」



ぽんぽんと、その口調と同じく軽い感じで私の手が叩かれる。

その優しさに、悪い子じゃないんだろうなぁとつい笑ってしまう。

最初会った時は何で連れてきたんだろうと不思議に思ったけれど、彼の軽さは毒気を抜かれる。

現代社会には中々いない貴重な人材だ。



「まったく、リサーナさんは怖くて駄目っす。

そう思いません?」

「え?」

「まぁ言ってもファミリア隊の人は怒らせるとみーんな怖いっすけどねー」

「は、はぁ…?」



あ、前言撤回。

この子ずっと喋るタイプだ。

毒気を抜かれるっていうより、どうでもよくなる感じだ。


ていうか、リサーナ、目の前にいるんじゃ…?



「あぁ、大丈夫っす。

今僕の声聞こえるのカエデさんだけなんで」

「はぁ…」



どういう事だろう。

聞こえないはず無いだろう。

いや、でもよくよく耳をすませてみれば私とロッツィ以外の足音は聞こえない。


もしかして、別行動をしているのだろうか。

気配とか、そういうものを感じた事は無いが足音がしないということは近くにいないということなのだろう。


それに、さっきの発言でリサーナが反応しないのも考えにくい。



「まぁ、怖いって言っても皆尊敬してるんでチャラっすけど」



何がチャラ何だろう。

よく分からないこの感じはジェネレーションギャップか。

なんか、五つ下の子が中途で入ってきた時の感じに似てる。



「尊敬してるんですね」



こういうときは相手の言ったことを鸚鵡返しするのがベストだ。

会話が続かなくても話をしているように相手に錯覚させることができる。



「そうっす!

隊長は勿論っすけど、アーデンさんもリサーナさんも、クリスさんもジルさんもコックスさんもディーグさんも、尊敬してるっす!」



うん、知らない名前が三つ出てきた。

ジルにコックスに、ディーグ。

他に名前が出てこない事を考えるとファミリア隊というのは黒銀の彼、もとい彼女の部隊の総員なのだろう。

あんまり軍には詳しくないけれど、少し人数が少ないような気がする。



「ジルさんにコックスさんに、ディーグさんですか」

「はい!

だから、気になるんすよね」

「気になる?」

「次、僕らの隊に入ってくんのはどんな人なのかなぁって」



ああ、少ないと思ったら募集中なのか。

話を聞く限りロッツィが一番下みたいだし、気になるのも当然だろう。



「どんな人なら良いんですか?」

「うーん、尊敬できる人ならいいっす」



快活なロッツィの声がするが、何だろう、何かずれてる気がする。

そもそも、尊敬できる人なんていうのは定義として難しい。

何故なら人はそれぞれ尊敬するポイントが違うからだ。


極端な話をすれば善人は正義を成す人を尊敬するし、悪人は罪を重ねる人を尊敬する事もある。

つまりはロッツィの言う尊敬できる人というのはロッツィにとってのいい人という事になるわけだ。

彼は恐らく前者であると信じたいから尊敬する人は善人なのだろうけど、そもそもそれを自分の後輩に求めるのは間違っている。


先輩というのは、というより上司だが、とにかく上というのは下を導く事が仕事であり、仮にやって来た人間が悪人だとしても善人へ導いてやるのが仕事である。

まぁ、かなり極端な物言いだからそれができるかどうかは一旦置いておくとしよう。



「カエデさん?」



ハッとして体を揺らした。

なんだか久しぶりに仕事の事を考えたせいか、ロッツィの言葉を反復するのを忘れていた。



「あ、すみません。

ちょっとぼーっとしてしまって」

「あー、ずっと麻袋被ってますしね。

もう着いたんで大丈夫っす。

ただ、もう少し被っててくださいね」



ロッツィはそう言うと、ずっと繋いでいた手を放す。



「ヴァルケン」



ぱきぱきと音がそこら中で鳴って、私は固まった。

すぐ側で何人もの声がする。


クリスとリサーナ、後は多分だけどアーデンの声もする。



「お!

皆さん勢揃いなんすね!」



この嬉しそうな声はロッツィだ。

多分私の事はもう意識から外れているのだろう、足音が僅かに遠退く。



「ああ、ったくロッツィめ。

何もなかったかい、カエデ」



クリスの声が近くで聞こえて体から少し力が抜けた。

良かった、クリスが近くにいるならまだ安心できる。



「えぇ、と人がちょっと多いけど驚かないでね。

僕の同僚達だよ」



こくりと頷くと麻袋が上に持ち上がった。

目の前には心配そうなクリス。

その後ろには警戒したような顔付きのリサーナ。

その更に奥に楽しそうなロッツィの後ろ姿と会ったことの無い女性が一人。

その他にも部屋の中に二人組が二組、少し距離を開けて立っていた。


全員、見覚えがある。

クリスの家で見た写真の人達だ。


まずロッツィと共に喋っているのはロッツィよりも少し背の高い赤いショートカットの女性だ。

アシンメトリーな髪型で、右目が前髪で隠れてしまっている。

細い糸のような瞳は何となく蛇を思わせた。


二人組の内一組はクナイとアーデンの二人。

特に会話はしていないようで、此方を静かに見つめている。


最後の二人組は二人とも肌が浅黒い。

一人はスキンヘッドに黒淵メガネで恰幅の良い男性だ。

もう一人はまるで深海のような青い編み込んだ長髪が特徴的な男性。



「先ずは自己紹介かな?」



一度クナイを見やってからクリスはニヤリと笑い、私は思わず笑ってしまう。

それは卑怯です、クリスさん。



「ジルから頼めるかな?」



クリスが緩く微笑みながら振り返ると、ロッツィと話していた蛇のような女性がひらひらと手を振って自己を主張する。



「どうも。

ジル・ロビンソンだよ」

「よろしく、お願いします」

「次は俺かな?

コックス・アボットだ。

よろしく」



そう言いながら手を振ってきたのは恰幅の良い男性だ。

穏やかそうな表情で、なんというか、良いお父さんのように見える。

私は小さくよろしくと返すと隣に立っている青髪の男性が少し驚いたように目を見開いて私を見ていた。



「ホントに聞いてたのと印象が違うな。

ディーグ・ルーファス。

よろしくな」



何を聞いたのか凄く聞きたくなったが、聞かぬが華。

私は曖昧に笑って、ディーグにも同じく応える。



「さて、アーデンもだよ」

「は?

前も会ったぞ?」

「名前、言ってなかったわよ?」



リサーナがそう言うとアーデンは小さく舌打ちする。

なんだか、クナイと対面していた時とは比べ物になら無いほどに荒々しい。

見た目だとディーグの方が荒っぽそうだが、喋るとよっぽどアーデンの方が荒い感じがした。



「アーデン・キークミュールだ」

「じゃあ次。

隊長、願えますか?」

「ん?」



クリスがアーデンからクナイへと視線を動かすと、クナイは相変わらずの不機嫌顔で小さく手を挙げた。



「クナイ・ファミリア。

女だ」



言った途端にぶふっとロッツィを初めとした数人が吹き出す。



「隊長、それ毎回言うんすか!?」

「よく間違えられる」

「だったら髪でも伸ばしゃあいいんじゃねぇっすか?」

「邪魔だ」

「まぁ、隊長らしくて俺はいいと思うけどね」

「ちょっとした笑いになるしねぇ」

「あら、でも邪魔なだけならディーグが結えばいいんじゃない?」

「それは却下だ」

「男の嫉妬は醜いよ、アーデン」

「なっ!

五月蝿いぞ、クリス!」



ぎゃいぎゃいと戯れる八人に、私はぽかんと呆ける。

えぇーと?

物凄く不機嫌顔だけど、まさか不機嫌じゃない?

ていうか男に間違えられてる自覚あるの?


そんな仲睦まじい和からクリスがしれっと抜け出して私を手招きする。



「さて、カエデ、来てくれるかい?」



クリスに促されて部屋にある椅子に座らされるとがらがらと鉄の塊が私の左右にセットされる。



「まったく、皆何しに集まったのかしら」



未だ楽しそうな一団を不愉快そうに見つめながらリサーナが左の機械からコードを幾つか取り出すと私の左足に貼っていく。



「俺は手伝うためだよ」



声が聞こえて振り返ると、スキンヘッドのコックスがリサーナと同じく左側の機械からコードを引っ張り出しては左手に貼った。



「俺は冷やかし」

「ひっ!」



しゅる、と首筋に指が這ったのに驚いて体が跳ねる。



「ディーグ」



クリスは私の右手の包帯を解きながら私の背後へ視線を動かしていた。

どうやら私の背後でディーグが私の髪を弄っているらしい。

時折緩く引っ張られる感触は美容院を思い出す。



「でも髪の毛邪魔だろ?

驚かせたのは悪かったよ」



ぽんぽん、と結び終わったのかディーグが私の肩を叩いて足音が遠退いた。

あの一瞬で結んだらしい。

恐ろしい手際の良さ。


すると左手にコードを貼り終わったらしいコックスが背後に回って露出した首筋にもコードを貼り始めた感触がした。



「あの、これは…?」



まさか電気を流されるのか。

一気に恐ろしくなって恐る恐るクリスに声をかけると、クリスは唸りながら顔をしかめた。



「魔力測定器だよ」

「魔力?」



そう、と頷きながらクリスはリサーナに目配せして右手にコードを貼り始める。

当のリサーナは私の右足にコードを貼り付けている。

ものの数分で、私はほぼ全身コードまみれになっていた。



「ザフキエル公国は魔導国家でね。

入国審査時はこうやって魔力測定するんだ」



私の顔色を確認しながらクリスは私の右手を握る。

硝子の刺さった傷口がじくりと痛んだ。



「カエデ、これは大事なことだよ。

よく聞いてね」



酷く穏やかなクリスの声。

じくじくとクリスに握られた右手傷口が痛むけれど、私は黙ってそれを受け入れる。



「いいかい、少しでも怖かったり熱いと感じたら言うんだよ?

それか僕の手を思いっきり握って。

いいね?」



これのどこが簡単な検査なのだろう。

とてもそうとは思えないコードの数に不安になって辺りを見渡した。


リサーナは警戒するように此方を睨んでいるし、クナイは言わずもがなの不機嫌顔。

アーデンは腕を組んだままクナイの側に立っていて動く気配は無い。

ジルとロッツィは薄い笑みを浮かべているけど、二人の笑みはどうにも安心できない何かがある。

何となく安心できそうなコックスはディーグと背後に立っているから見えないし、私が縋れそうなのはクリスだけである。


私はそっとクリスの手を握り返して、眼を瞑る。

あー、逃げたい。

けど、逃げてどうなるともわからないし、彼らは軍人だ。

私みたいな一般人が逃げ出しても直ぐに捕まるだろう。

そう考えると彼らのいうファミリア隊が揃っているのも納得がいく。

私を逃がす気がないという意思表示だ。



「それ、嫌がったら止めてくれます?」

「うーん、とりあえず一回は我慢してもらわないとね」

「…努力します」



へらりと笑ってクリスを見るとクリスは笑みを深くして返してくれる。

クリスが居るなり、とりあえずは大丈夫。



「リサーナ、頼むよ」



どっちみち現状頼れるのはクリスとリサーナしかいない。

覚悟を決めろ、と自分に言い聞かせて眼を閉じる。



「シュタルテン」



きゅいん、と何かの機械音がした直後、体に熱が走る。

まるで体を巡るように右足から頭を通って左足へと抜けていく熱に驚きながら私は拳を握った。



「カエデ、僕を見て。

僕が分かるかい?」



クリスの声がする。

私は何度も体を走る熱に耐えながらクリスを見た。

クリスの顔は、微笑みを型どっている。

まるで心配しないでとでも言いたげだ。



「僕を見て。

ここがどこかわかる?」



ここ?

ここは、どこ?


待て、落ち着け。

どうして、こんなに急に。


ぎゅうっと、更に強い力でクリスの手を握る。

怖い。

どうして、こんなに怖い?

さっきまで、こんなに怖くなかった。


熱い。

体が、凄く熱い。

熱すぎて、体からゆらゆらと湯気が立ち込める。



「おいおい、クリス。

これはもう止めるべきじゃないか?」

「そうよ、これ以上は」

「待ってくれ。

カエデのこれは、普通じゃないんだ。

もう少しだけ」



普通じゃ、ない?

もう少し?


クリスの声だけがクリアに聞こえる。


私はもう少し、我慢?

おかしい。

この機械に繋がってから、おかしい。

昨日みたいに、頭がぐちゃぐちゃになる。


これは、何?

嫌、怖い。



「やぁぁあああああああだぁああああああああああああ!!!」

「ディーグ、魔力計は!?」

「取れてるぞ。

けど、」

「取れてるなら大丈夫。

多分、僕の予想通りだから」



予想通り?

何が?


どうして私はこんなに怖いのに、クリスは止めてくれないの?

どうして?


怖い。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


ぐぅうう、とクリスの手を握り閉める。


もうやだ、止めてよ。

怖いのは嫌。

熱いのはもっと嫌。

熱いから怖いの?

怖いから熱いの?

分からない。

分からない。

分からない!



「ああああああああああああああああ!!!!」



声の限りに叫ぶ。



「シュラーフェン」



ふわりと、風が吹いた気がした。

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