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おたまじゃくしクッキング

まぁ合格、という大して有り難くもない評価をいただいた後、私はせめて休憩させていただけるかと思いきや、追加で三匹連続でおたまじゃくしと対面させられた。

何だこれは。

一匹目は笑われた事からの怒りのようなもの、二匹目はアーデン恐ろしさに、三匹目は気合いで、最後の四匹目は何かもう、作業に近かった。

ばっさばっさと切っていく内に不本意ながらじわじわ斬るのは上手くなり、四匹目に至って漸く真っ二つにすることができた。


だがその事に喜びを感じることは勿論無く、私は緑の体液にまみれた自分自身と日本刀に疲れ果てていた。

精神的なものもさることながら、たかだか五回ほどしか日本刀を振り下ろしていないにも関わらず腕は震え、握力は弱りきっている。


その様子を見定めてかアーデンはロッツィに声をかけておたまじゃくしの供給を止めてくれる。



「よし、とりあえず四匹も居りゃあ腹も膨れるだろ」



…うん?



「今、腹も膨れるって、仰いました?」

「あ?

ああ、そうだが?」



それがどうしたと言わんばかりのアーデンにぞっとしてロッツィを見るが、ロッツィも不思議そうに私を見ている。

嘘だ。

誰か嘘だと言ってくれ!


恐る恐る、今しがた自分がほぼ二つに斬り裂いてきた物体達を振り返り、込み上げてくる物を飲み込む。

まず、私が適当に斬り裂いた場所が悪かった。

尻尾を除いたおおよそ半分ほどの位置でばっさりと斬られ、中の黒なのか緑なのかはたまた赤黒いのかよく分からない臓物がしっちゃかめっちゃかにおたまじゃくしの腹からはみ出している。


周辺は森へ入ったときよりも更に泥臭く、生臭い。

これを本気で食べるというのか。

このグロテスクさを思えば昨日の臭い汁、もといミルクスープ……、いや、やっぱり臭い汁だが、それの方が数段マシだ。



「さて、流石にここからは俺達も参加だな」



言いながらアーデンとロッツィはズボンのホルスターからサバイバルナイフを取り出して近寄ってくる。

あ、これマジだ。

マジの奴だ。

なんか泣きそう。



「ロッツィ、教えてやれ」

「了解っす。

んじゃあカエデさん、チャキチャキやるっすよー!」



嫌だ。

そんなテンションでは無理だ。

どんな何分クッキングなんだ。

というか誰が見たいんだ、おたまじゃくしのクッキングなんて。



「まずは、内臓を取り出すっす。

っても結構はみ出て来ちゃってるんで引っ張り出すだけっすね。

ほら、カエデさんもやるっすよ?」



私の涙の訴えなど歯牙にもかけず、ロッツィはぐいぐいと躊躇無く私が中途半端にざんばらりんした内臓を取り出している。

まぁ声に出していないのだから歯牙にかけることなどないのだけれど。

私は一先ず日本刀を地面に突き刺すとロッツィに倣っておたまじゃくしの内臓を引っ張り出した。

ぬめりとしてぷるんとした、何とも言えない触感に胃液だけが競り上がってるくるが一度吐けば二度とおたまじゃくしに向き合えそうもない気がして私はそれを飲み下す。



「内臓は泥臭いっすからホントは塩揉みして臭み抜いてから食べるんすけど、今日はそんな塩も無いんで魔物の餌にするっす」



ここに入れてくださいねー、と軽く言うロッツィの側にはどこから取り出したのか蔓の籠がいくつか並んでおり、内の二つは既にアーデンによって内臓がうず高く積まれていた。

というか、内臓も食べる可能性があったのか。

そういう意味では塩が無くて本当に良かった。



「内臓が出せたら、今度は皮を剥ぐっす!

カエデさん、さっきの剣、これに変えれないっすか?」



言って、ひらひらとサバイバルナイフを見せてくれるロッツィに私は突き刺した日本刀を手に持つ。

と、体から何やら熱がじんわりと日本刀に引っ張られ、常に半泣きだった目元から水分が失せた。



「呪はナイフ、とかでいいと思うんすけどねー」



うーん、と唸りながら言うロッツィに私は疑問を一旦押し退けて日本刀を眺める。



「ナイフ」



言うと、どろりと銀が一度溶けて刀身がみるみる縮み、小振りなサバイバルナイフへと変貌した。

というか、全く質量が釣り合っていない気がする。

それはあれなのか、魔法って便利で済ませるべきなのか?


そうやって極力別の事を考えながら私はおたまじゃくしから黙々と皮を剥ぐ。

ぬらぬらとした粘液が表面を覆ってはいるものの、肉との隙間はそれなりにある為、剥がすのに然したる苦労はない。

それでも頭部を剥ぐのは少し、いやかなり気持ちが悪かった。


中の肉は淡いピンク色で目玉だけが黒々と光り、私を笑いやがった口には歯はなく長い舌が力を無くしてだらりと垂れ下がっている。

剥がした皮も臓物と共に蔓の籠へ放り込んで処理し、私は泥と汗に塗れた額を比較的汚れていない部分で拭う。


…気にしては負けだ。

何処で拭おうと汚い事には変わり無いし本当は暖かい湯船を思って泣きたい所ではあるがそんな事を思ってはおたまじゃくしにもう触れない。

私は無心でロッツィの指示でおたまじゃくしをぶつ切りにしていく。



「…あー、アーデンさん、川行くにもちょっと距離あるんでさくっと洗ってもいいっすか?」

「あ?

あー…、好きにしろ」



おたまじゃくしを収納していた枯れた蔓を集めながらアーデンはため息をつく。

ロッツィはニヤリと笑ってから地面にアーデンと私がぶつ切りにしたおたまじゃくしを積み上げて左肩のホルスターから取り出した試験管の中身をその周囲にばら蒔くと、ゆらりとそれらに掌を向けた。



「ゲフェングニス・フォン・ドルン」



何やら聞き覚えのある呪をロッツィが唱えるとおたまじゃくしの周囲から蔓が伸び互いに絡み合うと、ミシミシと音を立てながらまるで虫籠のような形へと組み上がりおたまじゃくしをすっぽりと覆い隠してしまう。

蔓の虫籠。

端的に言ってしまえばそれだけだが、マジックノイドにしろこれにしろ、無から有を生み出すというのは中々に面白い。

もう謎原理とか気にならなくなってきた。



「んじゃ、ちょっと失礼するっす」



そう言ってロッツィは私の手を握った。

何をする気だと聞くよりも早く、ロッツィは再度口を開く。



「ウォッシュ」



あ、マジか。


慌てて私は息を吸い込んできつく口を閉じ、サバイバルナイフを手放さないようにきつく握り締める。。

がそれよりも僅かに早く、どこからともなく溢れてきた水に煽られ、私は反射的に強く足を踏ん張った。

だが予想よりもあっさりと水の勢いは緩やかになり、大した衝撃もないままに消え失せてしまう。



「うん、さっぱりしたっすね!

アーデンさん、こっちはOKっすよ!」



にこにこと屈託無く笑いながらロッツィはさっさと私の手を放してアーデンに向き直る。



「ああ。

こっちももう大丈夫だ」



そう言うアーデンの足元には、この湿地でどう着火したのか炎は赤々と燃えていた。



「んじゃあお願いします!」



アーデンはロッツィに短く返事をするとゆるりと蔓の虫籠に掌を向ける。



「シュイーヴン」



そう唱えた瞬間、掌を向けられた虫籠はまるで重力を忘れてしまったようにふわりと浮き上がる。

クリスの家で見た新聞と同じだ。

よく見ると虫籠の中のおたまじゃくしも同じようで、ふわりふわりと積まれていた筈のおたまじゃくしは生き返ったように虫籠の中を泳いでいる。

とはいえ、皮を剥がれてぶつ切りにされているのだから生き返っているという表現も無理があるのだけれど。


その様子に勿論ロッツィは驚くこともなく、中空に浮かぶ虫籠をゆっくりとアーデンの目の前の焚き火の上へと押していった。

上がる煙がおたまじゃくしを燻し、絶妙な泥臭さを掻き消していく。


虫籠の中の煙はゆらゆらと不規則に揺れ、やがて下から上がってくる新たな煙に追い出されるように四散していく。

その様は何とも、不思議である。

煙というものは下から上へと上昇気流に乗って移動するものの筈が、虫籠の中のでだけはそれらを無視して揺らめくばかり。

泳ぐおたまじゃくしも、知っている筈の炎ですらどこか幻想的だ。



「魔法って凄いですね…」



ほう、と私は思わず呟く。

するとロッツィは呆けたように私を見た後、苦々しく笑った。



「まぁ、かもしんないっすけど不便なもんっすよ?

僕達はぐれ者の魔導師は嫌われ者っすから」



その言葉に私は首を傾げる。



「え?

でもこの国の皆さんは魔法が使えるんですよね?」

「…ロッツィ……」

「いやぁ、でもカエデさんにも教えといた方がいいんじゃないっすか?

とりあえず軍で保護って言っても管轄僕達なんすよね?」



含みのあるロッツィの言い回しに、私は更に首を傾げる。

確か、ウェルト・ヴィレに耐えられる存在でなければ産まれても来ない筈だ。

アーデンがああも滔々と語った内容がまさか嘘であるとは考え難い。

そう思ってアーデンを見るとアーデンは虫籠に掌を向けたまま舌打ちすると酷く不愉快そうに口を開いた。



「魔法を使える一般人と、魔導師は全くの別物だ。

勿論この世の全ての生物は魔法を使えるが、出来て精々火を起こしたり一時的に身体能力を上げたりする程度。

俺達みたいに他者や自然に直接魔法を使える人間は管理されなければいけないんだよ」



まるで吐き捨てるように言うアーデンに、私は戸惑う。

だって、この世界の人々は、魔法が使えるのだ。

魔法が使える人間を、魔法が使える人間が管理しなければいけないなんて、言っている意味がわからない。



「…属性魔法と対人魔法があるって話は前にしたな?」



ため息をつきながら、それでも理解していない私に語りかけるようにアーデンは口を開く。

私はその問いかけに頷きながら、未だきつく握り締めたサバイバルナイフを決して手放さないように更に握る。



「普通はどっちもできない。

より正確に言うなら、属性魔法は才能がなければ使えず、対人魔法を使えるのはエリートかいかれ野郎だ」

「え?」



エリートか、いかれ野郎?

最初の属性魔法は才能、というのはまだ分かる。

魔力の許容量には個人差があると前聞いていたし、アーデン自身も魔力の扱いが得意でないと言っていた。

だが、それにしても対人魔法とやらに関しては理解ができない。

何故それを使うことがエリートかいかれ野郎という、あまり関係性の見出だせない二者になるのか。



「対人魔法っていうのはな、自分の魔力を相手に流し込んで扱うものだ。

だが人には各々魔力の許容量がある。

許容量の多い人間に魔力の少ない人間が魔法をかけても直ぐに抵抗されて弾かれる。

あー…、簡単に言うと津波に向けて細波がどれだけ頑張っても大して威力はないって事だ」



イメージできるか、とアーデンはクリスの家と同様私の理解を確認してくれる。

私が頷くとアーデンは満足したように頷いた。



「じゃあ逆に、魔力の少ない人間に魔力の多い人間が…、細波を津波が襲ったらどうなる?」

「そりゃ、呑まれますよね、細波は」



言って、私はゾッとした。

そうだ、細波は津波に呑まれるのだ。

成す術無く、無慈悲に。

そして細波は、それに耐えうる大きさのコップにしか入っていないのだ。


そこに急に津波が来たとして、コップの水がどうなるかなんて考えるまでもない。

途端に溢れ返り、行き場のない魔力は破裂してしまう。

そうして破裂した魔力はそのまま同様に肉体をも破裂させる。

それは、前にも想像した話だ。



「と、いうことは、」

「そうだ。

細波は津波に呑まれて死ぬんだよ。

だが今目の前にいる相手が細波か津波かなんて、訓練しなければわからない。

ところでお前は、そんな、触るだけで人を殺せるような連中とお前は進んで関わるのか?」



アーデンは静かに私を見る。

よく見る不遜で不満気で面倒臭そうな顔ではなく、静かなその顔には何の表情も無かった。



「進んでは、関わりませんね」



そんなアーデンの表情に、私は嘘をつくことも出来ず、素直に話す。

だって、そんなの怖くてたまらない。

街で擦れ違って、少し肩をぶつけたこの人が悪い魔導師だったとしたら?

私は次の瞬間死んでいるかもしれない。

魔力が溢れて死ぬという感覚はよく分からないが、死ぬ瞬間のあの恐怖は、例え夢や妄想であったとしても、そしてどんな死因だったとしても変わりはないだろうと思う。

私はまだ、死に追い付かれたくはないのだ。

だけれど、



「でも、私は既にはぐれ者で嫌われ者の方々と関わっていますし、クナイさんに、貴女方に拾っていただけて幸運だと思っています」



そう、私は幸運なのだ。

きっと私にはもっと不運な道もあって、きっともっと過酷な道もあったと思う。

その中で、彼らのような、私を一人として見てくれる人達に会えたのは幸運で、こうして育てようとしてくれる人達に拾われたのは幸運なのだ。


それなのになぜ、私は今、また軽薄にへらりと笑っているのだろう。



「もっと不運な道もあると思いますから」



まるで、テレビで不幸な事件を視て、ああ私は幸運なのだと慰めているような、そんな薄っぺらな感覚に私はただ、空いた左手でナイフを握る右手を握り締めた。



「……そうか」

「はい」

「…ともあれお前はこれからそんなはぐれ者集団の一員だ。

市民には魔導師と思われるような言動は慎め」

「はい」

「あー、でも道具を使った魔法なら一般の方も使えるんでカエデさんの場合は話す内容だけ気にしてくれればいいっす」



にっこりと笑うロッツィに頷いて、私は檻へと目を向けた。



「所でこれは何をしているんですか?」

「ああ、これは肉の燻製を作ってるっす!

慣れれば中々イケるっすよ!」

「燻製を…」



慣れればイケるというおたまじゃくしの肉塊は煙で見え難いが、蔓の虫籠の隙間からは止めどなく水滴が定期的に流れ落ち、中のおたまじゃくしから確実に水分が抜けている事を教えてくれる。



「ゲルプフロッシュの肉には微生物やら軽微な毒が含まれるからな。

こうして煙で燻さないと食えたものじゃない」



ゲルプフロッシュ…、確かおたまじゃくしの名前だったか。



「ロッツィ、クリスと新人を呼んでこい。

飯を食ったらまた再開だ」

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