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斬る

「秘訣?

かくれんぼにですか?」



きょとんとクリスの言葉を繰り返す。

秘訣もなにも、真剣に隠れるしかないではないか。

例えば視界に入らない木の上だとか沼地で息を潜めるとか。

とはいえ発見され次第攻撃してくるというのであれば防衛策とかが居るのだろうけれど。



「そう。

ところで何で手錠を着けたかわかるかい?」

「…アーデンさんの嫌がらせ」

「ライラ、」



はっきり言い過ぎだ。

嗜めるように言うとライラはしれっとそっぽを向く。

子どもか。



「ははは、まぁそう感じるかもね。

けど本当はカエデを見失わないためなんだ」

「私を?」



私の疑問にクリスは深く頷いた。



「そう、僕ら軍人、というより魔導師は肉体に纏う魔力を感知して目に見えなくてもどこに居るかを探る事が出来るんだ。

だけど君は纏う魔力が無いからね。

はぐれるとどこに居るかわからなくなるんだよ」



こんな森の中で完全に迷子なんて嫌だろう、と笑顔で小首を傾げる。

その、当然だろうと言わんばかりのテンションは正直付いていけないないが、私への安全対策だったという事であれば納得する他ない。

…うん、仕方ない、のか?



「魔力がないって、それで生きていけるのか?」

「……都会ではね。

詳しくはまた話すよ」



ライラの疑問にクリスがかなり適当な回答を返す。

アーデンの話ぶりではそんな適当な話では無かった筈だが、ライラがなんとなく納得したような顔をしている辺りそうでも無かったのだろうか。

ちらりとクリスに視線を向けると曖昧に微笑まれ私はとりあえず沈黙することにする。



「えぇ、と、まぁ魔力って言うものはエネルギー源だからね。

持っているものはそれなりにエネルギーの膜を体に纏っているんだよ。

全身に炎を纏っているイメージになるのかな?

想像できるかい?」



何とか四苦八苦という印象のクリスが、身ぶり手振りを加えながら教えてくれる。

うーん、まぁ前回アーデンが教えてくれた水差しの中身がガソリンだと思えばいいの、か?

で、ガソリンを持っている人はその、気化したガソリンで燃焼していると?


…それはそれで、肉体が大変なことになっているので違う気がするが最も近そうだ。

全身に炎を纏っているって言ってるわけだし。

燃焼しているから煙が上がってその、魔導師であれば煙を発見できるとかそういう事だろう。

勝手にイメージ付けて自分を納得させてから私はクリスに先を促す。



「その状態で接敵するとどうなるかな?」



その状態で?

まぁ煙が出ている敵が近づいてきたらって事だよなぁ。



「警戒しますね」

「先に攻撃する」



ライラとほぼ同時に別の回答を出して唸る。

まぁ確かにゲームでも相手に気付かれずに奇襲をかけるのは常套句だ。

寧ろFPSの場合真正面から行くことのメリットなど殆ど無い。



「その通り。

だから僕ら魔導師は魔力を探知されないように魔力を内に秘めるんだ。

纏っている炎を引っ込めるっていうのかな?」



言われて、空想の水差しに蓋をする。

蓋をしなければ気化したガソリンで燃焼するが蓋さえしてしまえばそれは起こらない。

故に炎を纏うこともない、ということだろう。

ということはつまりだ。



「クリスさんやアーデンさんは魔力を引っ込めているから触っても熱くなくて、ライラは引っ込めてないから触ると熱いって事ですか?」

「その通りだね。

これが出来るのと出来ないのとじゃあ生存率が大きく変わってくるからね。

魔力を纏ったままのライラなら五キロ圏内どこでも見付けられるよ」



そう言って、クリスはへらりと笑った。

そ、それってつまり、



「俺が魔力を引っ込められなければいくら隠れても無駄ってことか」

「そういうことだね」



なるほどなぁ。

少し疑問だったのだ。

私達はさっきのかくれんぼで真面目に隠れちゃいなかったが、流石に見付かるのが早すぎる。

まるで私達がどこにいるのかわかっているかのようにクリスは私達に一直線でやって来たとしか考えられなかったのだが、なるほど、本当にどこにいるのかわかっていたらしい。



「ということは、かくれんぼの秘訣は魔力を引っ込められるかどうかって事ですか」



私は唸る。

これは、私にはどうしようもないなぁ…。

そもそもこの手錠自体が私を見落とさない為のもので私単体で動くのであればまともに隠れてしまえば見付からないという事だ。

魔力の抑え方なんて知らないし、マジックノイドに垂れ流していると噂の魔力も何の事だかさっぱりわからない。



「そうだね。

まぁ攻略法は実はもう一個あるんだ」

「もう一個?」

「そう。

まぁ言うは易しって奴だけどね」

「…その方法は?」



ライラの問い掛けにクリスはにっこりと微笑んだ。



「僕と真正面から戦って打ち負かす」



お勧めはしないけどねー、と言うクリスにライラは小さく舌打ちする。

見たところ、私同様ライラは手ぶらだ。

さっきクリスの剣を受け止めたのも手錠の鎖を使っていた様子だし、正面からの突破は難しい。



「…魔法は使ってもいいのか?」

「勿論だよ。

他に質問はあるかい?」

「魔力を抑えるコツは?」

「コツ?

コツかー…。

うーん…」



割合淀みなく答えていたクリスが困ったように唸りそして諦めたように首を振った。



「僕はこれ、あんまり好きじゃないんだけどなぁ」



そう呟いたかと思うと背中のホルスターから大剣を引き抜き、腰を落とす。

ぞわりと肌が粟立って咄嗟にライラの後ろに隠れた。



「魔力を使って、枯渇した状態を体に教える。

魔力があっても体表は魔力がほとんど無い状態に保つんだ。

詰まる所、」

「アンタと戦って、魔力を使えってか」



そうだよ、とクリスは苦虫を噛み潰したような顔で笑い、そして大剣を下ろす。



「さて、このまま戦うのも吝かじゃないんだけど、流石にカエデを引き摺ってやるわけにはいかないからね。

アーデンの所に戻って手錠を外そう」



言い含めるようにクリスは私達に言う。

あ、良かった、まさか戦闘に引き摺り込まれるかと思っていたがその心配は必要ないらしい。

ライラも何のためにやるのか理解してからは何だか会話もしてやる気の様子だし、私は出来ればお暇したい所である。



「ライラ、これ飲んで」



私は再度ポーションをライラに差し出す。



「いや、だから、」

「ライラにちゃんと魔力を抑えてもらう方法身に付けて貰わないと私も困るの。

お願いだから飲んで」



守ってもらう前提で何をいけしゃあしゃあと、と自分で思わなくもないが致し方ない。

こんな言い方でもしないと多分彼は受け取らないだろう。

その予想は当たったようで、ライラは酷く不愉快そうに顔を歪めた後、ポーションを受け取った。



「じゃあ、戻ろうか」



面白いものを見たとばかりに笑うクリスを先頭に私達は恐らく来た道を戻り始めた。

歩き難い泥道を行くことおおよそ五分、私達はアーデンとロッツィの目の前に戻ってきていた。

一時間も経っていないだろうに彼らの足元には大量の緑の塊が積み上がっている。

得体の知れないそれはよくよく見れば植物の蔓の集合のようだが自然ではまずお目にかかれないであろう綺麗な立方体や直方体になっていた。



「うわー、派手に汚れてきたっすね、二人とも」



言ってロッツィはからからと笑うとアーデンが幌からずっと持っていた小さな鞄から何かを取り出して近寄ってくる。



「帰ってきたって事はこれからクリスさんスパルタコースっすよね!

カエデさんは僕とアーデンさんとでメンタルトレーニングっす!」

「物凄く人聞きの悪いこと言わないでくれるかい?」



クリスさんはため息をつきながら大剣を肩に担ぎ上げて項垂れる。

いや、スパルタコースも嫌な響きだが、その後のメンタルトレーニングとやらも大概勘弁していただきたい。

ロッツィはいいじゃないっすか等とクリスを流しながら私の手首を取って手錠を外す。

どうやら鞄から取り出したのは手錠の鍵だったらしい。

着けたときと同様に間抜けな音を出しながら外れたそれは重力に従ってべちゃりと泥を跳ねさせた。

久しぶりに自由になった手首は思った以上に軽い。

ロッツィは鍵をクリスに投げ渡すと私に向き直ると腰に手を当ててふんぞり返る。



「じゃー今からメンタルトレーニング始めていくっす。

カエデさんはどんな武器なら使ったことあるんすか?」

「ぶ、武器ですか?」

「そっす!」



何やらふんぞり返ったまま至極真面目な顔でロッツィは言う。

いやぁ、武器と言われましても…。

困ってライラとクリスを盗み見るが、彼らはさっさと連れ立って森の奥へと歩き始めている。

あー、どうしようかなぁ…。



「ほ、包丁…とか、ですかね…」



若しくはバール的なもの。

どちらも凶器として使用したわけではなく日用品として使ったわけだけれども。



「それ、武器じゃないっす…」



しゅぅんと項垂れてしまうロッツィに何だか申し訳なく思うが使った事が無いものは無いのだ。

それか若しくは、



「木刀?」



確か父が学生時代に買ったものがそのまま護身用とかで家にあった。

私も厨二病という微笑ましいくも思い出したくもない御年頃の時は格好よく振り回す様を思い浮かべたものだ。

ははは、と乾いた笑いを漏らすとさくっと小さな音がした。



「おお!?」

「え?」



嬉しそうなロッツィの声に驚きつつも私は音のした方を見た。

音は足元からした。

そこには銀色の歪な光を宿した細長い棒が刺さっていた。

どこか見覚えのあるそれに引き寄せられるように私は手を伸ばす。

引き抜くとそれは、先端こそ泥で汚れていたもののどこから現れたのか酷く美しかった。

握り締め、掲げてみる。


それは正しく銀色の木刀だった。

いや、形こそ木刀だが見る限りの素材は銀だから銀刀か?

約一メートル程の長さのそれは昔持ち上げた同じ形の物よりは重い。



「やったっすねー!

やっぱ呪だけが足りてなかったんすね!」



呪だけ、とは?

嬉しそうなロッツィに困惑しながらアーデンを見るとアーデンはニヤリと笑って岩から立ち上がる。



「さっきロッツィと話してたんだが、ウェルト・ヴィレの魔力が常に吸い出されているなら俺達が魔力を発動するのとは違って魔力を込める必要がないんじゃないかと思ってな。

出来れば武器に変形させてもらうのが一番だから試しに呪になりそうな物は無いか聞いてみた」



直ぐに当たって楽だったな、とアーデンは言う。

つまり?

えぇ、と、魔法というのは、人間の肉体に溜まった魔力を操り呪に乗せて炸裂させる事で魔法を発動させる、だったか。

その前半部分、つまり肉体に溜まった魔力を操る部分は常にマジックノイドの欠陥性能で常時強制発動していて、魔力を込める必要が無かったってことか。

その証拠に、首もとからはマジックノイドである十字架のネックレスが消えている。

と、いうことは、だ。



「馬車で数時間練習したのは全部無駄ってことですか!?」

「そうなるな」



しれりと何でもなさそうにアーデンは肯定してくれる。

いやぁ、本当に、いつか殴ってやる…。

ガックリと私が肩を落とすのとは裏腹にアーデンは凶悪に笑う。



「まぁ晴れて武器も手に入ったんだ。

ロッツィ、やるぞ」

「了解っす!」



そう言ってロッツィは山程ある四角形の蔓から一つの箱を持ってくると私の目の前に落とした。

落ち着け、こういうアーデンの笑顔を見た後は大概ろくな事が無い。

何をする気だと戦々恐々とロッツィを見ているとロッツィはからからと笑った。



「大丈夫っすよ、コイツらは大して強くないっすから!」



こ、コイツ、ら?

強くないってどういうことだ?



「ヴァルケン」



戸惑う私を無視して、目の前の箱がミシミシと鳴る。

蔓はみるみる枯れていき、箱の中身が露になった。

そこにいたのは、おたまじゃくしだった。

少し変態が進んだ、後ろ足のあるおたまじゃくし。


その口元には小さな髭のような触角が二本、左右対称にちょろりと生えており色は少し黒ずんでいた。

頭の上の方には目玉と思われるより黒い斑点が二つ。

その少し下には成長すれば鼻腔となるであろう更に黒い斑点がもう二つある。

ぬらぬらと光りを帯びる体はまだ手が生えていないから尾を振るばかりで跳び跳ねる様子はない。


さて、何故おたまじゃくしのような矮小な存在をこうも詳細に一目見ただけで観察ができるかというとだ。

そのおたまじゃくしの大きさに問題がある。

全長一メートル程。

体高は、五十センチといったところだろう。

それが、私の目の前に横たわっているのだ。

幼少期気持ちが悪いと遠巻きに見たあの小さな生き物が、見たことの無い大きさで目の前にいる。



「き、きゃああああああああああああ!!」



驚くほど乙女な叫び声がした。

誰だ。

いや、これは私だ。

半泣きになりながら後退りして私はわたわたと距離を取りながらアーデンの後ろへと逃げ込む。



「な、なななななんなんですかこいつぅ!!」

「ゲルプフロッシュの幼児期だ。

害はほぼ無い」

「が、害はないって、み、見た目が害悪でしょうが!!

何なんですか!!」

「カエデさんのメンタルトレーニングっすよ?

いっちょそのマジックノイドでばっさり斬っちゃうんすよ!」



アーデンは実に面倒臭そうに、ロッツィはいけいけーっと半ば囃し立てながらおたまじゃくし、もといゲルプフロッシュの幼児期とやらの前に私を押し出す。

ええええええ、無理無理無理無理!!

これを?

斬れと?

マジックノイドで?



「ぜっっっっっっっったい無理です!!

気持ち悪い、近付きたくない!!」

「腹括れ、腹」

「成せば成るっす!」

「いやぁぁぁあああああああ!!」



半泣きになりながら後退りをするため足を動かすが、背中に頑強なアーデンとロッツィ腕が一本ずつ添えられて一ミリも後退できない。

ちらりとアーデンを見て私はその形相に見たことを後悔する。

え、本気で?

やるしかない?


下手したら先程のクリスに相対するよりもビビりながら私は恐る恐るおたまじゃくしに近付く。

大丈夫、大丈夫?

デカイし、気持ち悪いが、相手は動けぬおたまじゃくしだ。

一発。

一発べしっと叩き斬ればおわ、終わる、筈。


自分の不快感を永遠続けるぐらいならばこの存在不明の黒い物体の命を奪う方がマシ。

これは虫なのだと自分に言い聞かせて、私は逃げ腰で木刀ならぬ銀刀を勢いよく叩き付けた。


とぅるん。


意味不明な擬音と共に、銀刀はおたまじゃくしの体表を滑って地面に刺さる。

そしてその勢いを殺せる筈もない私の体は銀刀に振り回されるような無様な格好で前のめりになり、視界一杯におたまじゃくしのぬらぬらが広がった。



「にぎゃああああああああ!!」



おたまじゃくしの体に飛び込んだ勢いそのままに私は転げ落ち、泥にまみれるのも構わずアーデン達の足元に転がって逃げた。



「……マジか」

「…これは、酷いっすね…」



斬れないじゃん。

斬れないじゃん!

そりゃそうだろ、木刀だよ!?

刃の部分丸いもんね!

木刀って斬るもんじゃないもんね!

畜生!

豚も煽てりゃ木に登るを自分でやってるんじゃないよ!


顔面に広がるぬらぬらを半狂乱になりながら拭い去り、おたまじゃくしを見るとおたまじゃくしはその気持ち悪い顔を此方に向けていた。



「ぐげぇっげっげ」



まるで笑うように、中途半端に出来上がっているらしい口を開くおたまじゃくし。

この野郎。

ぶちっと斬ってやる。

さっきはアーデンが怖すぎてやるしかないと思ったが、おたまじゃくしに笑われた後では引くわけにはいかない。

大丈夫、相手はおたまじゃくしだ。


私は木刀を握り締めた。

木刀でマジックノイドが変形したってことは、そのまま発音すれば呪になる筈。

魔法の事など毛ほどもわかりはしないが、それなら私が一番イメージしやすい刃物にしてやる。



「日本刀!」



どろりと一瞬木刀が溶けて新しい形を作る。

柄があり、鍔のあるそれは実は私が昔ハマった漫画の一品である。

当時酷い厨二病を患っていた私が何度も夢見た日本刀。

その精巧さが私の厨二病の重さを物語っているようで少し、いやかなり恥ずかしいが致し方ない。

このおたまじゃくしが斬れるなら私はこの黒歴史を振り回す事に羞恥は感じないのだ。



「お?」

「うりゃああああああ!!」

「ぐげぇぇ!!」



踏み込み、勢いよく日本刀を斜めに振り下ろす。

イメージとしては真っ二つになる筈たったそれは踏み込みが甘かったらしくあともう少しの所で繋がっている。

緑色の液体が四散し、日本刀が緑色に輝いた。


鼻息荒くそのままの体勢でいるとおたまじゃくしはびちびちと跳ね、やがて動かなくなる。



「まぁ、合格、か?」



アーデンの呆れたような声がやけに響いた。

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