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憂鬱を憂慮するとある副隊長の懸案事項

「ちょっと!

クリスさん、アーデンさん、何やってるんすか!!」



クリスに今日女と話した内容を伝えていた時、ロッツィが怒鳴り込んできて俺は反射的にぶん殴ってやろうかと思った。

腐っても上官二名の部屋へほぼ蹴破って入ってくるとは良い度胸してやがる。


だがロッツィとその後に着いてきた新人の表情を見て、その衝動は引っ込んだ。

さっきから五月蝿いと思っていた、どこか遠くの叫び声が怒鳴り込んできた途端にでかくなった事も冷静になるのに一役買っていたのもあるだろう。


俺は眉間に皺を寄せて部屋の隅のベッドで眠る女に目をやるが、変わった様子は無い。

相変わらず、此方に背を向けてベッドに転がっている。



「この叫び声、この部屋からしてるんすよ!?

どうなってんすか!」

「何?」



ロッツィの言葉に、俺はベッドの方へ掌を向ける。



「ツリュックコメン」



硝子の割れるような音がした瞬間、叫び声が更にもう一段階五月蝿くなる。

くそ、俺とクリスの会話を聞かれないようにするために防音処理したのが裏目に出た!

弾かれたようにクリスは女に駆け寄ると仰向けにして声をかける。


やっぱり隊長の判断は失策だったかと、俺はクリスの横から近付いて女の頭を掴んだ。

せめてこれから見る夢が幸せであることでも願ってやろう。



「待ってくれアーデン!」

「何でだ。

お前も安楽死には賛成してたろ」

「これは中毒症状じゃない!

僕は中毒症状も起こしてない患者の安楽死は頼んでないぞ!」



これが中毒症状じゃないだと?

なら何で錯乱してる?



「おい、アンタら何してる!」



俺が戸惑っていると下から店主がやって来る。

次から次へとめんどくせぇ。



「連れが発作を起こした!

おい、ロッツィ!!」

「了解っす。

ライラ、中入ってアーデンさんの言う事に従うっすよ」



よし、これでロッツィが適当に言い訳して時間を稼ぐか、それが無理なら気絶でも何でもさせるだろう。

新人は取り残されて所在なさげだが、構ってられん。



「どうする気だ、クリス」

「起こすよ。

かなり危ない賭けだけど、ねぇ、ライラ!

カエデの足を押さえて!

アーデンはそのまま頭を押さえてね」

「い、一体何を?」

「いいから速く!」



クリスの剣幕に圧され、新人が動く。

そして女がちゃんと押さえられているのを確認した後、クリスは珍しく声を張り上げた。



「アオフヴァッヘン!」

「ッ!

はぁっ!!」



びくりと女の体が一瞬強ばり、直ぐに力が抜ける。

と同時に耳をつんざく叫び声もやんで、俺は小さく息をついた。



「ああ、良かった、目が覚めたね。

僕が誰だか分かるかい?」

「クリス、さん?

どうし、たんですか?」



どうやらちゃんと覚醒したらしい、女の声は掠れてはいたが、今日の昼に交わした時の冷静さを取り戻しているようだった。



「クリス、問題ないか?」



確認のために声をかけるがクリスは女から目を離さない。



「待って。

カエデ、ここはどこかわかるかい?

どうしてここにいる?」

「ここは、ザフキエル公国、ですよね?

ここにいるのは、えぇと、クリーヒ・ティーアの森へ行くんでしたっけ?」



確認するように女は言う。

とりあえずその様子を見るには大丈夫そうだった。

ロッツィが顔を覗かせてからドアの前にいる店主に再度頭を下げている様子が見える。

向こうも何とかなりそうだな。


今度こそしっかりとため息をついて、俺は女の頭から手を離す。

それに続くようにして新人が、最後にクリスが女から手を離して上体を起こしてやっていた。



「カエデ?」



よく見れば震えているようだ。

何なんだ、一体。

舌打ちをして俺は腕を組む。



「カエデ。

…何があったんだい?」

「…すみません、変な、夢を見て、大丈夫です」

「…そう。

眠れそうかい?」

「平気です。

すみません、皆さん」



言って、女は笑った後ベッドに潜り込む。

…隊長、流石に荷が重いですよ。

ため息をついて俺は背中を壁に預ける。



「…アーデン、さん」



声をかけられて首を捻る。

声をかけてきたのは新人だった。

何か話したい事がある様子だが、…まぁいい。

丁度良く店主を下げさせたロッツィが部屋に入ってきたのを確認して俺はもう一度ため息をつく。



「ロッツィ、すまんがそっちのベッドで休め。

また騒いだら教えろ」

「…了解っす。

アーデンさんはどうするんすか」

「こっちでクリスと新人と楽しいお話だ。

代わるか?」

「わぁ、喜んで休ませてもらうっす」



そそくさと奥のベッドへロッツィが移動するのを見送って、俺は新人とクリスをこちら側へ下がらせる。



「ラーメン・フォン・シュウィレローゼグカイト」



盗聴防止用に使っている魔法だが、見張りには不向きだったな。

まぁ今回は女の横のベッドでロッツィが休んでいるし、問題ないだろう。



「で、何の用だ。

出来れば俺はクリスと話がしたいんだが?」



いまいちパッとしない新人に向き直ると新人はちらりと女の方を見る。



「僕らの声は向こうには聞こえないよ」



クリスの言葉に新人はホッとしたように表情を緩ませる。

微妙な変化だったが隊長よりは分かりやすい。



「…何故、彼女は入隊を?」

「お前には関係ない」



何を気にしてるんだコイツは。

そう言いたくなるのを我慢して俺は新人を眺めている。

そんな事気にしてどうするのか。

あの問題児と組まされるのは不憫には思うが、今俺が説明することではない。

場合によっては、バディを組むことなどできないのだから。



「向いてないように思います。

俺よりもよっぽど」

「だから?」

「…辞めさせるべきでは?」



至極尤もな意見の具申はありがたいが、それが出来たら苦労しない。

その辺に放置して死んでもらってはアンデッド化するし、安楽死させようとすれば賛成していた筈の軍医が拒否をしやがる。

しかも当の本人の頭は悪くないが故に迂闊な行動はこちらとしても慎みたいところだ。


そういった諸々の事情を愚痴るついでに喋っても構わないのだが、女の首からぶら下がってるのは軍事機密である以上、言える筈もない。

本日何度目かも分からないため息をついた。



「それが出来ればとっくにそうしている。

話がそれだけならお前はもう部屋で休め」

「……はい」



渋々。

そういうのが一番相応しい表情で新人は部屋を出る。

本来であれば新人にも一人着けてやるべきかもしれんが、正直そんな余裕はなかった。

俺は念の為に一度部屋から首を出して周囲を確認し、人影がないことを確認してからクリスに向き合った。



「で、クリス。

どういうつもりだ?」

「言った通りだよ。

僕は中毒症状も起こしていない患者の安楽死は頼んでない」



頑なな態度に苛々する。



「あの女は、自分の意思で眠りに着いたんだ。

執務室やお前の家で錯乱した時とは違う。

比較的落ち着いて眠りに着いて、錯乱している。

誰も何もしてないのにだ。

あれが中毒症状でないなら何が原因だっていうだ。

俺が今日一日、あの女に張り付いているのは、万が一が起こったときに速やかに処理をする為だろう。

お前がそうするのを望んだからだ。

違うか?」



俺が捲し立てるとクリスは視線を俺ではなくあの女に合わせる。

それが逃げているように感じて、どうにも腹が立った。

軍医中尉は俺の管轄下でも階級が下なわけでも無いが、後始末をするのは俺だ。

処理方法も、判断も、隊長から一任されている。

説明してもらわなければ、勝手に処理するしかない。


そんな俺の思いを感じ取ってか、それとも何かしらの結論が出たのか、クリスは女から俺へと顔を動かす。



「睡眠障害だよ、恐らく」

「すい…、はぁ?」



睡眠障害っていうと、確か過剰なストレスで上手く眠れなくなるとか言う症状だ。

だがそれは納得できない。

そもそも過剰なストレスでそうなる人間は、酷い戦地帰りの軍人ぐらいしか聞いたことが無い。

軍に入りたての訓練されていない一般兵や、農民から徴兵された民兵に多いという話は聞くが、この女がそれであるというのは絶対に違う。



「僕も最初は中毒症状が出たと思った。

だけど、確認の為に魔力を流したら滞留せずにそのままマジックノイドに流れた。

試してみたら分かるよ」

「じゃあ、今あの女の魔力は…」

「常にマジックノイドに流れてるみたいだからね。

いつでも空っぽの筈だよ。

隊長の読みは正しかった」



疲れたような表情だが、クリスの目は珍しく強い。

リサーナとの事でここ二年ばかりいつも草臥れたような表情をしていた筈なのに、まるで希望を見付けたような、そんな顔に俺は戸惑う事しか出来ない。

隊長といい、クリスといい、何故あの不振人物にそこまで入れ込むのか。

だが、睡眠障害?



「だとして、流石に有り得んだろう、睡眠障害は。

あんな、労働も知らんような指で、教えられても身を清める事も出来ん癖にあの髪だぞ?

それにこの店の飯を食ったときの表情を見たか?

村で食べられる一般食を吐きそうになりながら食う、敢えて言うが“世界の出来損ない”だ。

それが、どれ程幸福で、どれ程異常か、お前が知らない筈がないだろう」



あの女の指や髪は、正直に言おう、見たことが無い程美しい。

よく手入れされていると思うし、そこらの富豪の娘より金がかかっている上にそれを全て他人にやらせていた可能性さえある。

食も美味い物を知っている。


だが、どれ程育ちが良かろうとあの女は“世界の出来損ない”なのだ。

ウェルト・ヴィレで死んでしまう、世界に最も愛されなかった存在。


そんな存在を、ああまで寵愛する国は世界をひっくり返したとしても出てこないだろう。

そんな異常で幸福にも程がある存在が、ストレスが原因でなるという睡眠障害を患っている?

馬鹿も休み休み言え!

有り得ない事は二つも三つも重ならない。

一つでも、それが存在し得ないから有り得ないんだ!

それを、どうしてそうも冷静に受け入れる?


それは、お前があの女に望みを託したいからという贔屓目ではないか?


だがその思いを馬鹿正直にクリスにぶつける事は出来ず、俺は黙ってクリスの真意を探ろうとするが、クリスの真意は読めない。

舌打ちしたい衝動を堪えて、俺はクリスが再び口を開くのを待つしかない。



「…医者にとって最も大切な物は何か、知ってるかい?」

「はぁ?」



ぶん殴ってやろうか、コイツ。

普段会話が通じる奴が急に通じなくなるとここまで腹立たしいとは知らなかった。



「アーデン、怒らないでちゃんと考えて。

大事な事なんだよ」



カエデを一任されてる君に理解してもらいたいんだ、と訴えてくるクリスに俺は我慢しきれなかった舌打ちをして歯を食い縛る。



「あー、医者にとって大切な物?

魔力の扱いの上手さじゃないのか?」

「…回復魔法が使える事って言うと思ったよ」

「それじゃお前、ほとんど使えないだろうが。

これでも俺はお前の腕を信用してるんだよ」



だからさっさと言え、とまでは言わずに腕を組む。

どうせ俺達は隊長に拾ってもらった、はぐれ者集団だ。

苛立つ事はままあるが、信用しているし、他の誰より自己をさらけ出せる相手だと俺は思っている。


クリスは照れたように苦笑すると視線をわずかに下げてまた口を開いた。



「ありがとう。

確かに魔力の扱いは重要だけど、僕が一番大切だと思うのは、消去法が得意かどうかなんだ」

「消去法?」

「そう。

医者ってさ、基本的には回復魔法が得意だろ?

だから何が起きても回復魔法やハイポーション、それでも駄目ならエリクサーって感じで結構力任せに治療しちゃうんだよ。

だけど、下手に魔法をかけすぎても患者の毒になるから、元々好きじゃないんだ、そういうやり方。

だから僕はどう処置するのが最も効果的で、何が原因なのかを見る。

だから、今回の有り得ない続きのカエデも消去法で考えてみたんだ」



クリスはそこで一度区切ると俺を見る。

多分ちゃんと聞いているかの確認だろう、俺は無言で続きを促した。



「まず、魔力中毒。

これはさっき言った通り考えにくい。

もうひとつ付け加えるなら、僕は彼女を起こす時確実に彼女の許容量を越えて、言い替えるなら、致死量の魔力を流し込んで覚醒の魔法を使った」

「何!?」



つまりあの女のコップ、まあ正確にアイツの魔力の許容量を言い表すなら正直小皿だが、それを溢れさせる程に魔力を流し込んだって事か。



「危ない賭けだって言わなかったかい?」

「いや、言っていた気はするが…、」



まさか人に安楽死させるなと息巻いていた人間が、あっさり一線を飛び越えていた事に関しては驚くというか呆れるというか。



「一応理論上正しいと判断したからだよ。

賭けには勝ったしね」



確かに、起きた後は昼間の時と変わらないように見えた。

丁寧口調の不審者だ。



「だから魔力中毒は除外。

次に思い付くのは彼女が元々何か、錯乱するような病気を患っていた可能性だ。

これは難しいけど、僕が診察した限り彼女は健康そのもの。

四肢もよく動くし、頭も悪くない。

それに、魔力さえ安定していれば彼女は常に冷静だった」



それも事実だ。

俺も確認しているし、酒場での店員とのやり取りを見ても明らかだ。



「じゃあ、彼女が仮病を使っているか。

これは無い。

態度や行動は意図して示せるけど瞳孔や脈拍は違う。

彼女の生体反応は言行一致していた。

アーデンなら他に何を疑う?」



問われて唸る。

医療の知識はほとんど無いし、そもそも俺が見たことのある錯乱した奴なんて大概が命の危機に瀕して命乞いをした奴らか、常におかしいかのどちらかだ。

それ以外で、通常は冷静な奴には会ったことが無い。



「そこで、僕は執務室や家、そして君に語ったカエデの言葉を思い出してみたんだ。

報告は聞いているよね」

「ああ。

だがあれはほとんど支離滅裂だってクリスもリサーナも言っていただろう。

特に引き出せた事もなかった筈だ。

俺に対しての話も事実だとは思えない」

「多分そこが間違いなんだよ」

「はぁ?」



待て待て。

あんな有りもしないような国の名前や適当に繋ぎ合わせたとしか思えない話を信じるっていうのか?

冗談だろ?



「多少は嘘かもしれない。

でもカエデの話は一応筋が通ってるのは事実だ。

そしてそれを軸に考えればカエデの睡眠障害の理由も見えてくる」

「どういう事だ?」

「カエデは一度死んでるんだよ」



駄目だ、完全に眉間に皺が寄っているのがわかる。

多分今の俺は子供に見せられない顔だ。

頭が痛い。

何故世界で最も信頼する医者がこんな、荒唐無稽な話をしている?


そう俺が思うのを分かっていたのだろう、クリスはいつものように困った顔をしてからまた女を見た。



「肉体は生きているからね、精神的な話だよ。

彼女はデンシャっていう物に轢かれたと思ってる。

いや、精神的には既に轢かれているんだろうね。

だから僕の家でもう一度死にたかったんだ。

精神と肉体を同じ場所に置きたかったんじゃないかな。

それに精神的に一度死んでいるなら、それは過度なストレスに十分なり得るよ。

寧ろストレスが無い方がおかしいと思わないかい?」



クリスは笑った。

自分の理論がカエデの言っていることは事実だと仮定して、細い線の上を歩いていることを理解しているからだろう。

その様子に俺はため息を付く。

俺が睡眠障害になりそうだ。



「…仮に、仮にだ。

仮にそうだったとして、何故あの女はあんなに冷静なんだ。

今日話した限り、アイツはまともだぞ?

もし、精神的に死んでいるなら、それは廃人じゃないのか?」



頭を抱えて俺は言うがクリスの顔色は変わらない。

この男はいつになく真剣だった。



「そうだね、そう思うよ。

どうして一番始め、死んだ直後が冷静だったのかはまだ分からない」

「ほら見ろ。

前提から間違ってるだろうが」

「けど、その後冷静だったのは仮定できる」



くそ、折れねぇ。

確実に押し通す気だ。



「多分魔力浸透で強制的に錯乱した事が良かったんだ。

理性での自制を取り払って興奮状態に、魔力を抑えて強制的に鎮静させる事で冷静さを取り戻せていたんだよ。

繰り返せば自分の状況や生を理解できる。

やっぱり傷口は残して正解だったんだ」



俺に説明するというよりは、自分の中の散り散りになった情報を整理していくように呟いていくクリス。

それは、お前の都合の良い解釈じゃないか。

ほとんど妄想の域だ。

勿論根拠も証拠も確実性も無い、ただの妄想。

それを証明しろと言えば、あの女はまた“悪魔の証明”だとでも宣うのか。

ならばそれを求める俺は悪魔か?

……笑えない冗談だ。



「……お前の所見は理解した。

分かってるだろうが同意出来ん」

「ああ、でも僕はそれを仮定に動くよ。

理由は、分かるだろう?」



その言葉に俺は頷く。



「ありがとう、アーデン。

だから君は、カエデの言う事を信じないでくれ。

僕が胸を張って証拠を提示できるまで。

僕が私利私欲に駆られないように」



頼んだよ、と軽く言ってくれる旧友を、俺はどうするべきだろうか。

今すぐふざけるな、と胸の内をがなり立てるべきだろうか。

既に有り得ない、間違っているんだと。


それとも快く了承してやるべきだろうか。

お前の心行くまでやりたいようにやってみろ、それがお前には必要だと。


そうでなければ無言を貫くべきだろうか。

厄介な事を俺に頼むなと言わんばかりに。


だが結局俺は、何の意図も無く我慢できなかったため息と共に舌打ちを溢してしまうだけだった。

…隊長、これは本当に、俺には荷が重いですよ。

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