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村へ

「集中しろ、集中。

こんなの三歳児でも出来るぞ」


「まったく魔力が流れてない。

もっと流れに集中しろ」


「駄目だ、それじゃただ垂れ流してるだけだぞ。

本当にセンスが無いな」



べちん、と頭を叩かれる。

何故だ。

これでも一生懸命やっている。


じとりと頭を叩いたアーデンを睨み付けて私はネックレスを握りしめた。

アーデンに魔法の事を教えてもらってからしばらくして、リサーナが帰ってくるとアーデンは私を引き摺って軍の施設に向かって行った。

そこであれよあれよという間に彼らの着る軍服に似た物を着せられて馬車の幌に放り込まれると、アーデンから魔力の扱い方とやらをかれこれ体感で三時間程教えて込まれていた。


それはまだいいのだ。

どこまで本気かは知らないけれど、被験者として軍にぶち込むと言われたのだから生きる術として叩き込まれるのは最悪我慢できる。


ただ、生来お伽噺としてしか認識していないものを急に使えと言われても困るんだ!

それに教えてくれているアーデンにも問題がある。

理論を説明するのは凄く分かりやすかったのに実践となるとさっぱりわからない。

魔力には流れがあってとか、流れる感覚があるだろうとか言われてもわかんないんだって!



「おい、聞いているのか」



すみません、聞いていませんでした。

素直にそう言えればどれ程楽か。

私は項垂れながら謝罪を呟く。



「アーデン、流石に厳しすぎるんじゃないかい?」



苦笑して御者台のクリスが助け船を出してくれる。

よし、もっと言ってください!



「お前は甘すぎる。

大体この女、素はかなり強かだぞ。

これぐらいは問題ない筈だ」



はん、とアーデンはクリスを鼻で笑いながら私を睨んできた。

ちっ。

さっきの話で私が押し込めた会話でアーデンは私の性格を推し量っていたようだ。

確かに営業でノルマとお友達だった私からしてみればアーデンの口の悪さはまだ我慢できる範囲である。


それよりもどこへ向かっているのか、何をさせようとしているのかがわからない事の方が我慢しがたい。

今まではクリスが静観していたから私も声を上げにくかったけど、今なら聞ける、気がする。



「あの、この馬車、どこへ向かってるんですか?」

「え?

アーデンから聞いてない?」



きょとんとしたクリスの声にに私は頷く。

よしよし、これで一先ず成果の出ない練習から解放される。



「アーデン、」

「行く場所より魔法を使えるようにしておかないと危ないだろうが」

「危ない?」



何、危ないところに行くの?

じとりとアーデンを見るとアーデンは舌打ちをしてから口を開いた。



「遠征だよ。

俺達三人と、後二人来る」

「遠征ってどういう事ですか?」

「新入隊員の戦力分析とマジックノイドの実証実験をする。

その為にいくつか魔物を狩るつもりでいるがな」

「魔物!?」



んなゲームじゃあるまいし、と声に出そうとすると至極真面目な表情をしたアーデンが私を見ていた。

え、本当に?

本当に魔物なんて物がいるの?



「何だ、ニホンとやらには魔物もいないのか?」



その声にクリスはアーデンを一瞥してから表情を険しくする。

何て言うべきか。

考えながら頭の中で舌打ちをする。

少しは私の知っている常識が通用してもいいだろうに世界はまったく、優しくない事だ。



「日本に魔物は私の知る限り今は居ません。

昔は妖怪と呼ばれる物が居ました」

「ヨウカイねぇ」



アーデンの顔が険しく歪む。

先の話でも無理やり押し込んだだけだから今後も今のように探りを入れてくる事だろう。

面倒にも程がある。



「それはどこに生息していたんだ?

これから行くのはクリーヒ・ティーアの森だからな、岩場だろうが水辺だろうが魔物には気を付ける必要がある」

「クリーヒ・ティーアの森?」



質問は気付かない事にして私は地名と思われる名称を繰り返す。

だからな、と言われても私には通じないのだ。



「クリーヒ・ティーアの森はドラッヘ大森林の中でもグレンツェの街から近い場所にあるところだよ」

「はい?」



そして当たり前のように名称を出されてもわからない。

そろそろ何の滞りもなく会話がしたいと切実に願うところである。



「ドラッヘ大森林は河で幾つかに仕切られていてな。

その一番手前、グレンツェの街に近いエリアをクリーヒ・ティーアの森と呼んでいるんだ。

ドラッヘ大森林の中でも一番安全で、一番魔物が多い。

因みにグレンツェの街っていうのは俺達の駐屯地で、お前が運ばれた街だ」



流石です、アーデン先生。

私が分からないと言いたいのを察したようにアーデンが口を開いてくれた。

馴染みがなくて覚えにくいが、自分が拠点にさせられている街ぐらいは覚えておかなくては。

いや、それよりもちょっと待て。



「…一番魔物が多いんですか?」

「そうだ」

「私、戦った事なんてありませんけど」

「ニホンは平和なんだな」

「魔法も使えませんよ?」

「見ればわかる」



この野郎!


しれっと答えるアーデンに殺意が沸いた。

というよりこの男私を殺す気か!

私は情緒不安定な面があるみたいだぞ、此処に来てから!


一体どういうカリキュラムで私をそんな場所に放り込む気か、凄く問いただしたいが多分説明はしてくれないだろう。

何となくそんな気がする。



「ま、まぁクリーヒ・ティーアの森なら僕でも安全に単独行動できるぐらいだから安心して?」



ね、と優しく声をかけてくれるクリスに何だか癒されながら私は渋々頷いた。

けれど軍人さんと一般人を同じ土俵に上げないでいただきたい。

特に私は平和ボケしていると名高い日本人である。

人を本気で殴った事も無ければ体育の授業以上に運動したことすら無いのだ。



「ある程度は守ってやるが、お前は魔法の発現が最低ノルマだからな。

死ぬ気でやれ」



ニヤリと笑うアーデンに、私は項垂れるしかない。

これは魔法とやらを使えないと不味い。

私は新入隊員として此処にいるが、いつでも被験者、最悪被験体まで降格させられる。

最後の呼称になった暁には人間扱いしてくれるかどうかは甚だ疑問だ。


私は平和と性善説を信じる日本人だが、人の残酷性もよく知っている。

この魔法やら魔物やらがいる世界で、どれくらい人権が認識されているかは考えたくない問題だ。



「もう一度、教えて下さい」

「あ?

またか?」



面倒臭そうなアーデンが舌打ちをする。

私でも魔法が使えるなら、何度だって説明してもらうつもりだ。

死活問題なのだから。



「イメージするんだよ、いいな?」



はい、先生。

アーデンの声を聞きながら私は目を閉じる。



「身体中の熱をかき集めろ。

魔力は熱だ。

身体中に流れる熱いものを体の中心に溜めて、十字架に流し込め」



……さっぱりわからない。

そもそも身体中に流れる熱いものなんて感じたことはない。

血の気が失せる感覚はちょこちょこ経験しているから分かるが、あれとはどうも別物のような気がする。


しかも更に困惑する事にだ。



「だから、それじゃあ魔力をマジックノイドに垂れ流しているだけだろう」



何かよく分からないけど垂れ流せているらしいこの現状。

別にそこにアーデンの言う熱を感じる事も無ければ何かが流れる感触もない。

私は本当に何を垂れ流しているのか。


ぐぅ、と唸りながら強く十字架を握り締めてみるがやはりさっぱりわからない。

だけど何とか活路を見出ださなくては。

私は何度も唸りながら十字架を握り締めて努力を重ねてみる。


そうして努力を初めて一時間程経ち、日も落ちかけた頃、馬車が緩やかに速度を落として停まった。

不思議に思ってクリスの背中から外を盗み見ると、どうやら人がいる場所に着いたらしい。

クリスが誰かと話しているのが見えた。


程無くして馬車はまた動き始め、一軒の比較的大きい家に横付けされる。



「着いたよ」



クリスは言いながら御者台を降りて背中を伸ばしている。



「降りるぞ」

「は、はい」



アーデンが大剣と細身の剣、それに小さな袋を掴んで幌を降りるのに慌てて着いていき、私は地面に着地した。

かさ、と私の足に合わせて砂塵が舞って、グレンツェの街を出る時に履き替えさせられた皮のブーツを汚す。

クリスは幌から馬を外すと家の側に建てられた厩舎へと引っ張っていた。


外は、なんと言うか、RPGの最初の村のようだった。

木材の家が並び、その横には畑がある。

店はあまりない様だがそれでも行き交う人はそこそこいるようだ。

民家らしき家には牛や鶏が彷徨いているところもあったりして、私は改めて自分のよく知る世界から離れてしまっている事を再認識した。


アーデンは呆ける私を無視して馬を繋ぎ終えたクリスに大剣を差し出している。



「ありがとう」

「ああ、ロッツィと新人は?」

「先に着いてると思うよ。

村の入口に枯れた植物がかなりあったから」

「そうか」



言って、アーデンはさっさと歩き出し、クリスもそれに続く。

待って待って置いていかないで。

慌てて私も二人の後を追うと幌を停めた横の家に入って行く。


家の中は薄暗く、テーブルと椅子が何脚か揃っており、奥にはカウンターが据え付けられている。

どうやらここは酒場のようで、テーブルには数組の男達がゲラゲラ笑いながら酒を飲んでいた。



「あ!

アーデンさん、こっちっす!」



テーブルの一つから、聞き覚えのある声がしてそちらをみると、大きな翡翠の目とかち合った。

ロッツィはその小柄な身体を伸ばして私達に手を振っている。

その度にロッツィの明るい茶色の髪が揺れ、まるで犬が尻尾を振っているようだ。


くすりと笑うと、その横に一人、男性が座っているのが見えた。

その人は、男性というよりは青年、といった年頃の子で黒くて長い前髪が印象的である。

前髪から覗くのは黒淵の眼鏡で、いまいち顔が見え難い。


アーデンはその二人を確認するとさっさと近づいていき、椅子に座った。



「遅かったっすね!

部屋は取っといたっすよ」

「ああ、助かった」



既に二人は何か食べていたようで、テーブルの上には何かしら干物やビールらしき黄金色の飲み物、スープと思われる白色の液体にパンの様な茶色の物体が並んでいた。

私とクリスも椅子に座ると少し汚れた金髪の女の子が私達に近づいてきた。



「軍人さん、ご注文は?」

「同じ物を三人分でお願いします」

「はーい!」



女の子は元気よく返事をするとカウンターへと戻っていく。

大体中学生くらいだろうに、ウエイトレスとして酒場で働かなくてはいけないなんて。

彼女の背中を見ながら何とも言えない感情を噛み締めて、私は少し目を伏せた。



「ソイツが新人か?」



言いながらアーデンはロッツィの隣に座る青年を顎でしゃくる。

すると青年はそうだと呟き真っ直ぐアーデンを見る。


垂れた瞳は眠そうな印象さえ持つが、眉や口元はハッキリしており、表情が読みにくい。

クナイは不機嫌顔で安定しているから読みにくいのだが、彼の場合はそもそもの顔の作りとして読みにくいような気がする。



「名前は?」

「ライラだ」



彼、ライラはそう言うとまた黙る。

ああ、また会話が成立しにくそうなのが増えた。

ファミリア隊って好き好んでこの手の人を探しているのだろうか。


まぁ隊長がクナイだから、コミュニケーション能力は二の次って感じなのだろうか。

けどそれを取りまとめる側は大変そうだけど。

最初に会った時のアーデンの疲れっぷりを思い出してアーデンを盗み見る。



「おい、次はお前だぞ」



べちん、と後頭部を叩かれた。

不憫に思ったらこれだ。

抗議の意味を込めてアーデンを睨む。



「…藤堂楓です。

えぇと、楓が名前なので呼ぶ時は楓で良いかと」

「は、はぁ」



私が自己紹介すると青年、ライラは戸惑ったように私を見る。



「カエデ・トードーって事だよ。

あんまり気にしないで」



見かねたようにクリスが苦笑しながら訂正してくれる。

今後はカエデ・トードーって名乗った方が楽か。


そんな事を思っていると、先程の女の子が何度かに分けて食事を運んで来てくれる。



「所でお兄さん達、その格好は一般兵さんだよね。

どこの村の出身?」



にこにこ笑いながら女の子は私達を見渡した。

だけれど私達の中で対応する気があるのはクリスだけらしく、クリス以外の他の面々はしれっとそっぽを向いている。

おいおい、と思いながら女の子に視点を合わせると奥のカウンターの男性が此方を睨んできていた。

まぁ、雇っているウエイトレスが客と談笑してたら不愉快…か?

満員というほど客は居ないように思えるけど。



「首都郊外にある辺鄙な所だよ」

「首都!?

ここからどれだけ距離があると思ってんのさ!

何でこんなとこまで来たの!?」

「お仕事だよ。

今の君と同じでね」



驚きを全力で表現する女の子にクリスは困ったように笑う。

だが私としては彼女の事よりも食事の事が気になる。

目の前に出されるまで忘れていたが、私は三日間でホットミルクしか口にしていない。

凄くお腹が空いたのだ。

けれど、目の前に並んでいるものは“らしきもの”ばかりでどう食べるべきかよく分からない。

出来ればクリスかアーデンが食べているところを見たいがために私は食事に手を着けないでいた。



「ふぅん、お姉さんは新人さん?」

「へ?」



危うく垂らしそうになっていた涎を飲み込んで、私は女の子を見た。

女の子は、何に興味を退かれているのか、輝く瞳で私を見ている。



「え、と…。

新人?」

「そう。

一般兵さんの格好だけど軍人さんっぽくないから。

違った?」



こてりと女の子が首をかしげて私に言う。

いや、まぁ、軍人になれと言われてからまだ数時間だし、そりゃそうだけど。



「よく軍人に会うの?」



空腹が堪らないけど、ついつい喋ってしまうのは職業病か。

ああ、お腹空いた。



「いや、逆だよ!

知ってるだろ、この辺に軍人さんは来ないよ!

珍しいから覚えてるの!」

「ああ、そうだよね。

この辺りはあんまり軍人は来ないよね。

そっか、珍しいからか」



へぇ、来ないんだ、軍人。

さも当然のような顔をしながら頷くと驚いたような顔のロッツィと目が合う。



「そうそう。

この辺に来るとすればドラッヘ大森林を目当てに来る猟師とか傭兵が多いね。

お姉さんの所もそう?」

「そうだね、似たような感じかな?

ところでご飯作ってるの、ご家族?」



言いながらカウンターの奥に座る男性を見る。

出来ればそのまま仕事に戻ってくれるとありがたい。

正直、彼女と喋っている間ずっと此方を気にしているのが見えて申し訳ないのだ。



「違う!

いや、でも、ごめんなさい…。

…ごめんなさい、私、仕事に戻らないと」



そう言って彼女はそそくさとカウンターへと去ってしまう。

…ん?

何か聞いてはいけない事だったのだろうか。

戸惑いながら彼女の後ろ姿を目で追うと男性に言われてカウンターの更に奥へと引っ込んでいく。



「カエデさん、この辺に軍人があんまり来ない事は知ってたんすねー」

「まったくだ。

それともニホンも似たような物なのか?」



言って、アーデンは顔をしかめながらパンらしき物を一口大に千切って口に放り込んだ。

千切った側面は白くて気泡によると思われる穴が空いている。

よし、パンらしき物は何かのパンに昇格だ。


がっつきたいのを何とか堪えながら私はアーデンに倣ってパンを千切ると、その固さに戸惑った。

え、なにこれ、かった!!

これ、私噛めるかな。

少し不安に思いながら口に含むと粉っぽいゴムを咀嚼している感覚に陥る。

驚くほど不味い。


ごふ、と咳き込んで吐き出しそうになるのを堪えて噛み続けてみる。

何かのパンは私の口内の水分を吸収するがちっとも柔らかくならず、口だけが乾いた。

何かのパンは一瞬でパンっぽいゴムに降格である。



「っ…、あー、さっきの会話は基本的に、相手の言った事を、繰り返しただけですよ」

「…カエデ、大丈夫?

スープでも飲んで?」



言われてクリスに勧められた白色の液体を口に含むと、パンが柔らかくなった。

だが、これも引く程不味い。

ベースはどうやら牛乳なのだがホワイトソースのような上等な物で作られている訳ではなく、牛乳に適当に野菜の欠片をぶち込んで加熱しました、というような味付けも糞もない味だ。

なんなら加熱のし過ぎのせいか臭い。


何とかそれでパンを飲み下して私は項垂れる。

何故だ、クリスの家で飲んだホットミルクはあんなに美味しかったのに、何故食事処のご飯が不味い…!



「へぇー、本当っすか?

そんな上手い事いくもんすか?」



おぇ、とえずきそうになるのを堪えるとアーデンが呆れ返ったようにため息をついた。



「……ちゃんと全部食えよ。

後、飯の感想は今言うな」

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