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落ちる

私は、負けず嫌いだ。

それも死ぬほど。

お陰様で男は出来なかったがその分学業と仕事は群を抜いていた。

自分で言うのもなんだが、かなり優秀だ。

だから頑張ったさ、仕事を。

遣り甲斐はあった。

入社し、表彰され、部下を持ち、来日も来日も仕事に明け暮れた。

今日も大切な商談があるんだ。

それなのに、それなのに……。

どうして電車が目の前に来ているんだ。


あ、死んだ。

人間本当にピンチになると冷静になれるらしい。

近々訪れるであろう衝撃を予想してぎゅっと目を閉じた。

落ちる、落ちる、落ちる。

線路に向かって。


落ちる。

落ちる。

落ちる。

落ちる。

落ちる。

落ちる。

落ちる。

落ちる。

落ちる。

落ちる。








……落ちすぎじゃない?

しかもなんか、落ちる速度も上がって、息苦しいような。

恐る恐る、目を開ける。



「うっ!!?

ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!???」



前回撤回!!

冷静!?

無理だ!!

何で!?

線路に落ちてたのに!!!



「何でスカイダイビングだぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」



手足を無様にばたつかせ、私は何故かパラシュート無しでスカイダイビングをしていた。


無理無理無理無理!!!!!

上空何メートル!!?

分かるかぼけぇ!!!!!

夢!?

走馬灯!!?

だとしても何でスカイダイビング!!!???

嘘嘘嘘!!!!

ああ、意味わかんない!!

電車に轢かれるなんて形で死にたくないって思ったけど、これじゃ電車のがマシだ!!!


電車なら一瞬で終わるものもスカイダイビングならば地面に叩き付けられるまで体全身から恐怖が沸き上がってくる。


無理だ、意味わかんない、怖い!!!!


ぎゅっとまた、現実逃避のように目を閉じて空中で縮こまった。

瞬間、衝撃。

蛙が踏み潰されたようなキテレツな悲鳴をあげると自由落下の吹き上がる風から一転し、今度は上昇するように髪が額に張り付く。

と同時に柔らかな温もりが膝裏と肩に回り込んできていた。



「おい女。

いつまでそうしている」



へ?

上から降ってきた低い声に身を固くした。

本日2度目だが、恐る恐る目を開ける。

そして私は更に体を固くした。

切れ長の冷たい瞳。

通った鼻筋。

柔らかそうな唇。

そして何より目を引くのは綺麗な黒銀の髪。

風にさらさらと流れ、鬱陶しそうな紫色の瞳が此方を睨んでいる。

何だこの美丈夫は。

テレビで見た俳優よりも、惚れ込んだ歌手よりも、ゲームで操作したキャラクターよりも、美しい。

呆けたところで、気付く。


ああ、私の体はもう死んでいるのだ。


その一言が頭を過った瞬間、すぅ、と体から血の気が引いて、酷く寒い。

だって、そうでなければ電車に轢かれかけて気付いたらスカイダイビングをし、こんな美丈夫に抱き抱えられるなんてよくわからない展開になりようもない。


きっと彼は天使なのだ。

そして死にかけた私の脳みそが見せる夢。

ともかくこれは現実ではない。

私は極々一般的な日本人よろしく、特段何かを信仰しているわけでもないのに天使だなんだというのは違和感しかないが、差し迫った死に脳みそがパニックを起こしてこんな妄想を見せているのだろう。

どう頑張っても生きていれば神だ何だのの知識をつけてしまうこともあるし、それによって死に際に救いを求めてしまったのかもしれない。


というか、そうに違いない。

それ以上に自分を納得させる方法もない。

そう結論付けてみると身体は酷く重くなり、引いた血の気でも戻ってきたのか、彼に抱き抱えられているらしい膝裏や肩から熱が全身を舐め回す。



「おい」

「す、すみません。

お手数おかけしてます」



何だかとても不愉快そうな天使に反射的に謝罪し、私は目を伏せた。

天の使いは気が短いらしい。

もしくは私の妄想の人間は。

その態度が気に食わなかったのか天使はぺいっと私を手放す。



「ひっ!?」



その急な浮遊感に あわやまたスカイダイビングかと思いきや、天使が私に手をかざすと足元から銀がまるでスライムのように延び上がり私を締め上げて固定した。

今更であるが天使は銀を足場にしていたらしい。


え、本当にどういうこと?

銀を足場にってどういうこと?

ていうか銀飛んでるし。

ていうか動いてるし。

しかもさっきまでスライムみたいな伸縮性をみせていたにも関わらず今は銀本来の固さを取り戻して私を拘束している。

自分で自分の状況把握能力に疑問しか浮かばない。



「何者だ」



その眼差しと同様に酷く冷たい声が天使から発せられる。

そしてどういう原理なのかスライム銀が天使の回りに現れてバリスタの鏃の様な形を模す。

これは、答えなければ容赦はしない的なあれですかね。

何て言う天使だ。

スライム銀の冷たさも相まってか、ぞくりと背筋に冷たい物が走るが私は既に死んでいる、ないしは死にかけている身だ。

どうにでもなれと半ばヤケクソ気味に私は口を開いた。



「私は藤堂楓と申します。

プラットホームから落ちて気付いたら空から落ちていました。

助けていただいてありがとうございます」

「ぷら?」



私が一息で言い切ると天使が固まった。

切れ長の瞳が恐らく限界まで開かれて紫色の虹彩がよく見える。



「……ガイランド王国の者か」

「は?

がいらんど?」



天使の発言に今度は私が目を見開く。

何だ、私の脳内では天使には国があるのか?

しかもガイランドって何だ。

王国って、あの王様が国取り仕切る王国?



「異国の者かと聞いている」

「異国?

いや、日本人なんで天使とは国が違うというか世界が違うと思います」



頭に疑問符が立ち込めていると、天使がまた口を開いた。

だから私は応えたのだが…。

妄想相手だとしても何なんだ、天使とは世界が違うって。


マジで頭おかしい。

いや、本格的に脳みそが死んだのか?

予想以上に私はパニックに陥っているらしい。

そうでもなければ、今目の前の天使が取り戻しかけた落ち着きをかなぐり捨てたかのように目と口を開ききっているなんて状況、本当にあり得ない。


天使は気を取り戻したように小さく震え、手を口許に持っていくと目線を下げる。

何やら熟考し始めてしまったらしい。

沈黙されるのも恐ろしいが直前に天使などと宣ってしまった手前、話し辛い。

いや、でも待ってほしい。

天使に天使と言ってこの反応はこれ如何に。

それによく分からない国名といい、死に際の妄想にしては設定が細かくないか?

もしくは実は幼少期辺りに読んだ、記憶にもあまり残っていないような漫画が元でこんな妄想を死の直前に見ているのか?


さっぱり分からない。

ともあれ、脳みそが完全な死を見るまでの短い夢だ。

死ぬのは恐ろしいが、こんな状況になってしまっては今更今日の商談なんてどうでもいい。

部下には死力を尽くしてもらおう。

というより、正直私には仕事も部下も気にする余裕などない。

落ちている真っ最中よりも落ち着いたとはいえ未だ天使にスライム銀で拘束中。

足は宙ぶらりんに垂れ下がり、目の前には恐らく天使特製のスライム銀の鏃が十個ほど。

何故死ぬ間際の夢なのに針の筵、もとい銀の筵なのか。



「…せめて幸せな夢を見ながら死にたかった」



ぽつりと言葉が漏れた。

だって、そうだ。

産まれてこのかた学業と仕事しかした覚えがあまりない。

友人もいたが、今となっては学生時代の思い出に過ぎないのだ。

上司からも部下からも頼りにされてはいたが、必ず踏み越えては来ない一線がある。

どこか怖がられているような、取っ付きにくいとでも言いたげなその一線。

私にとっての幸福と、得意な分野は決して交わってはいなかった。


だからだろう、もう死んでいるのだと思うと落ちている時ほどパニックにならないのは。

死んでしまったなら、それでいいのだと思ってしまう。

私は、誰にとっても、欠けがえのない存在では無いのだから。


ぽつりと漏れた言葉は、私の中のダムを壊す事は容易だったらしい。

営業という男社会に身を投じて持て囃されながらも自信の持てない毎日。

心の内を喋れるような友人も居らず、家族とも真剣には話さない。

恋人がいるわけでなし、誰かの為に身を粉にするわけでもない。

私は、何のために、努力するのか。

何のために、息をするのか。


じわじわと膝の裏や背中を中心に熱が這い上がっては消え去り、這い上がっては消え去る。

まるで鼓動のような熱の動きに吐きそうだ。

年甲斐もなく涙腺が緩んで生暖かい涙が頬を伝う。



「……死のうとしていたのか」



冷ややかな声がする。

見ると天使は、酷くどうでも良さそうにこちらを見ていた。

ああ、そうじゃない。

誰もが望んで死ぬ訳ではない。

死は恐ろしい。

だが、孤独もまた恐ろしい。

そうする他無いと思わせる孤独が恐ろしい。



「そういう訳では無いです…。

ただ、もう死んでるんだし、それでいいかなぁって…。

ただ、」



唇が震える。

言いたい事を言おうとする時、いつも震えるのだ。

拒絶されるのが恐ろしい。

馬鹿にされるのが恐ろしい。

だが、確固たる自分という理想はあれど実在はしない。

天使は相も変わらずどうでも良さそうだ。

まぁ、私の妄想なのだから、言葉にする事を恐れる必要もないか。

震える唇を押さえ込み、掠れる声を絞る。



「幸せに、なりたかった」



幸せの定義は多々あれど、普通に生きたかった。

普通に笑って、その一線を無くして、緩く楽しく、キリキリするような毎日じゃなくて。

友達がいて、休日には遊んで、無意味に過ごすんじゃなくて。

一人ぼっちの、毎日じゃなくて。

ぼろぼろとこぼれ落ちるのは、溜め込み始めて久しいものだ。

だから、どうせ死ぬなら、せめて優しい夢を見せて欲しかった。

誰かの、たった一人になりたかった。



「…下らんな」



天使のため息混じり聞こえた声はばっさりと私を切る。

分かりきった言葉で。

私は一度息を飲み込み、言葉を詰まらせる。

次に出てきた声はぺらぺらの緊張感の無い声だった。



「…ですよねー。

私もそう思います。

何自分を特別だと思ってるんだって」



けど、私は私にとってただ一人だ。

特別視して何が悪い。

それに、他の人はちゃんと出来ているのだ。

私にだってそれが出来ても良いじゃないか。


子供の理屈のような、本当に下らない駄々だ。

分かってる。

だから誰にも言わないし、言う気もなかった。

それでも死に際の妄想なのだから、駄々を捏ねてもいいじゃないか。

またため息が聞こえる。

心底呆れられている。

自分の妄想相手に。

それが情けなくて、悔しくて、そして何より、自身の妄想もそう思っているのが救えなくて、涙が止まらない。



「面倒だ。

貴様は憲兵に預ける」



ぷらぷらとぶら下がったまま、抵抗する気もない。

憲兵とか、預けるとか、意味がわからない。

死ぬ間際の夢だと言うのに、本当に儘ならない。

漏らした本音をぺらぺらの笑顔と虚栄心で覆い隠す。

人間、死んでも変わらない事の方が多いらしい。

本当にもう、どうにでもなれ。

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