最終決戦・大内裏大極殿 酒呑童子、真名を名乗るの事
「もしもし?おーい、生きてるかーい?」
酒呑童子が動かなくなった白面童子に近づいたかと思うと、場にそぐわぬ口調でこれまた場にそぐわぬ事を聞いた。もとより白面童子に返事はない。
「なーんだ、死んじゃったのかー。こいつさあ、いつも口先では大きなこと言うくせに肝心ところでは役に立たないんだよなー。まったく、能無しなんだから僕の足を引っ張るなよう、って話だよねー」
白面童子の亡骸を小突きながら酒呑童子が毒づく。見ていて吐き気がするほどに無邪気で純粋な悪意だ。まるで子供が罪の意識もなく蝶の羽をむしるがごとく、第一の腹心であったはずの者を辱めるような真似を臆面もなくやってのける。金平はその酒呑童子の膝元に剣鉾を突き立てた。酒呑童子は驚きもせず、ポカンとした顔で金平を見上げる。
「残るはテメエ一人だ。問われるまでもなくテメエは殺す。だがその前に一つ昔話をしてやるよ」
金平は酒呑童子を睨みつけたまま語り始めた。
「昔大陸にある王様がいた。王様は鬼道の邪法で人々を支配し、残虐非道の悪政を恣にしていた。その事を憂慮した一人の仙道士は武王という王子を焚きつけて無事その王様を追い出すことに成功した。だがその王様は死なずに別の国に逃げ延び、そこでもまた同じように残虐な行為を繰り返した」
酒呑童子は金平の昔話とやらにはまるで興味もないらしく、退屈そうにあくびを繰り返す。
「仙道士……太公望呂尚と呼ばれたその男は、このままあの王を放っておけばいずれ行く先々の人々に多大な被害が及ぶと憂えた。そこで呂尚は自らの一族を王討伐のために送り出した。『呂家』と呼ばれたその一族は逃げた王……鬼となったその王の後を追い大陸を渡り、半島を超え、ついにこの倭の国にまで到達した。一族はこの国に外来の技術、特に製鉄の技術をもたらし、彼らは各地を巡ってこの国の製鉄産業の礎を築きながら、この国に隠れ潜んだ鬼の王との戦いを繰り返していた。その戦いは時に鬼が勝利し、時に一族が勝利した。そんな戦いが何百年と続いていった」
酒呑童子の態度は変わらない。頼義は金平の昔話を黙って聞いていた。
「その一族は近江伊吹山の鉄鉱床に地盤を固め、時の帝より、鉄を打つ時に使う鞴の音から『息長』の姓を賜った。また、息長氏が全国を回って興した産業と、鬼の王との戦いの記録は『古事記』『日本書紀』に記される運びとなった。記紀における我ら……息長の一族の名は、倭建命(日本武尊)という!」
頼義は驚きに目を見開いた。倭建命!帝の三種の神器の一つである「天叢雲剣」を祀り、全国各地の夷狄を討伐した伝説の英雄、その末裔が金平たち息長一族とは……!
「伝説は伝説よ。記紀に書かれた話がそのまま本当にあったわけじゃねえ、だが伝説のように一族は各地に技術をもたらし、その先々で鬼の王との戦いを繰り返した。その末裔は今も全国各地に根付いている。高い製鉄技術を備えた職能集団、『金太郎党』という名でな」
「金太郎党」という言葉を聞いて、酒呑童子はわずかに不快そうな険しい表情を見せた。
「金太郎党……鉄打ちの、職能集団……?」
「そうだ、結果として全国に製鉄技術を普及させることにはなったが、当初の目的である鬼の王であるテメエの討伐は叶う事なく今日に至ったわけだが、それも今日で報われる。今、ここでテメエをブチ殺して何百年と続いた鬼との腐れ縁ともおさらばさせてもらうぜ酒呑童子、いや」
金平が剣鉾を構える。
「殷朝最後の皇帝、辛帝……紂王よ!!」




