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決戦・朱雀門砦 頼義、鬼となりて鬼を討つの事

「……」



頼義の独白に、金平は無言でただ彼女を見つめるばかりだった。惟任(これとう)たち御陵(ごりょう)衛士(えじ)の女武者たちは不気味な薄ら笑いを浮かべながら頼義の言葉に耳を傾けていた。



()(かな)()(かな)。頼義、お前も半分()()()()()()()のだな。なら恐れることはない、そのまま流れに身を委ねるが良い。お前は元々()()()()の存在だ、かまうことはない、こちらの世界は素晴らしいぞ」



そう笑って惟任は大きく口を開けた。そこには


長く伸びた無数の牙が生えていた。



「これ……とう……」



金平は惟任の今の姿を見て、心底悲しげな表情になった。こんな顔の金平を、頼義は初めて見た。



「そのように情けない顔をするな金平。私は後悔などしてはおらぬぞ。いや、むしろ私は後悔しておったのだ、今までの自分の人生をな」


「……!」



惟任の思わぬ告白に金平も頼義も目を見開いた。惟任は構わずに言葉を続ける。



「もとよりお家のためとはいえ、女だてらに武士(もののふ)として宮中に出仕したこと、それがそもそもの間違いであった。貴族どもは女と見ればそれが礼儀だと言わんばかりに身体を求めて好きに言い寄る。功を成せば『女の身でようやる』と上から目線でものを言い、出世すれば『女風情が』と陰口を叩く。この男社会で女が頭角を表せばな、皆このような憂き目に遭うのだ。ここにいる者たちも皆同じような仕打ちを受けてきた。我らはただ『(オンナ)』というだけで舐められ、侮られた」



惟任の、女武者たちの目が爛々と光る。



「それでも、少しでも宮中における女人の立場を向上せんと功績を積めば積むほど、男どもは躍起になって我らを排除した。奴らはただ『(オトコ)』であるという、ただその一点のみでもって我々を(さいな)み、虐げてきたのだ。だが今は違う。我々は御方様に出会って、真の『解放』を得たのだ。男も女もない、人間すらも凌駕した、新しい、これからの……」


(やかま)しい」



彼女の話を最後まで聴き終えるまでもなく、頼義は大弓を撃ち抜いた。矢は一直線に御陵衛士の一人の喉を貫いた。



「……!?」


「惟任上総、そなたのいい言い分など当方は聞き及ばぬ。そなたらが『鬼』となったのであれば……ただそれを討つのみ!!」



頼義は文字通り矢継ぎ早に次々と矢を撃ち続けた。御陵衛士たちは即座に散開して矢を襲来をかわしたが、頼義は逃さず女武者の一人に追いすがり、渾身の力でもって一刀を振るった。



「萩!!」



「萩」と呼ばれた女武者は、悲鳴を上げる(いとま)も無く一瞬で黒い炭の塊となって崩れ落ちた。頼義の手に収まった大太刀が青白い燐光を帯びてその刀身を小刻みに振動させている。



童子切(どうじぎり)……安綱(やすつな)か……!」



惟任が忌々しげな顔で頼義を睨みつける。かつて主人(あるじ)酒呑童子の首を両断した「鬼斬り」の聖剣が、頼義の手に握られている……!



「いかにも。この安綱の霊剣と、この頼義の『鬼』の力が、貴様らを討つ!!」



頼義の目にも青白い燐光が宿る。その全身にすらも揺らぐように青白い光が浮かび上がってくるように見えた。



「よせ、止めろ!お前は、その力を使うな!!」



御陵衛士と睨み合いを続けながら金平が叫んだ。頼義は金平に向かって静かに微笑んだ。



「良いのです、金平。私は鬼。鬼なればこそこの者どもを討つこともできましょう。だからこれは命令です坂田金平。この戦が終わり、全ての鬼を倒した暁には……」



再び頼義は微笑む。



()()()()()()()()()()()()


「……!!」


「約束よ、金平」



そう言い残して、頼義は再び御陵衛士に向かって切り込んだ。先程頼義に矢を撃たれた女武者は力ずくで矢を引き抜き、抉れた喉もとを晒しながら獣のように吠えた。二合、三合と撃ち合いながら、女武者は頼義の剣技に圧倒されてズルズルと後ずさる。耐えきれなくなって後ろへ大きく飛び退いた呼吸に合わせて頼義も前へ跳躍する。


必殺の一撃を受けた女武者は目を見開いた。その直前、頼義の背後を狙って惟任が斬りつけた。


頼義はその一刀を避けることもせず、左手の手甲でまともに受けて、構わずに組み伏せた女武者の喉元に開いた傷口に安綱の刃を押し付け、(ねじ)り切るようにその首を落とした。


惟任も目前の部下の死に動ずることも無く、なおも力を込めて頼義の左腕を切り落としにかかる。頼義は左腕に食い込んだ太刀から逃れもせず、そのまま惟任に一撃を見舞った。惟任はそれを紙一重でかわし、さらに刀を押し込もうとしたが、頼義は素手で惟任の太刀を掴み、竿を振るうように振り回した。



「ぬおっ!!」



惟任はとっさに太刀を手放し飛び退いた。そのまま太刀を握り続けていれば、間違いなく地面に叩きつけられて首を掻き切られていただろう。頼義は腕に刺さった太刀を引き抜き、放り投げる。右手も左腕も、神経こそかろうじて繋がっていたが、止まらない出血はそのままどくどくと脈打って足元に血だまりを作る。



「はは、くははははは!!いいぞ、その力だ!!存分に震え、鬼の力を!!その力でもって我らを討つなれば、その時こそ新たな鬼の女王の降臨の時ぞ!!さあ憎め、呪え、殺せ!その血でもって『鬼の道』をその内に開くが良い!!」


「ざけんなコノヤロウ!!」



惟任に向かって金平が剣鉾を横薙ぎに振るう。惟任は当然と言わんばかりにそれを読んでいたのか、片手で柄を取り、剣戟を押さえつける。あの金平と剛力比べで一歩も引けを取らない。金平は信じられぬといった表情で一瞬彼女を見たが、すぐさま渾身の力を振り絞って剣鉾を振り抜いた。



「くっ……ぬ、おの、れ……え!」



惟任は身体を捩ってなんとか形勢を取り戻そうとしたが、力比べは金平に軍配が上がった。力負けした惟任は横一直線に吹き飛び、そして応天門の正門に直撃した。そして分厚い門壁人叩きつけられる直前、ニヤリと牙を剥き出しにして笑った。



「感謝するぞ金平。お前は本当に……未熟者だな」



そう言い放つと、放り投げられた自らの身体を弾丸として応天門の硬い樫戸を突き破り、惟任上総介は本丸のある朝堂院太極殿に向かって駆け抜けて行った。

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