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決戦・朱雀門砦 坂田金平、御陵衛士と相対するの事

静まり返っていた。


平安京の中央道、朱雀大路の北端に位置し、大内裏へと来る者を招き入れる玄関口である「朱雀門」は、急造の建て増しによっていまや両隣に並ぶ皇嘉門こうかもん美福門びふくもんまで取り込み、手前に建つ大学寮の軒にまで腕を伸ばす、文字通りの「最後の砦」となっていた。


その「朱雀門砦」は迫りくる最終決戦を前にして、不気味なまでの静けさを漂わせている。


敵がいないわけではない。事実、五条砦に火の手が上がり、鬼たちは敗残兵を追い立てながら朱雀大路を直進して来ていた。しかし敵軍はあえて深追いをせず、碁盤の目状に広がった都の道々に拡散した鬼たちが再び朱雀大路に集合するのを待っていた。


そのおかげで逃げて来た友軍の残党を朱雀門砦に回収でき、同じく生き残った十二神将の白虎大将、天后大将もかろうじて合流できた。


朱雀門砦を守るのは道長麾下の正規軍千五百名、それに坂田金平が連れて来た相撲すまい力士たち二百名、それに羅城門砦、五条砦から逃げのびた二百名ほど。対する鬼の軍勢は四、五千といった見込みである。最後まで最前線で観測していた白虎大将によれば、これ以上の援軍は確認できなったとの事、少なくともこの五千の鬼を凌ぎきりさえすれば、この戦いにおいては都はかろうじてながらも耐え切れる計算になる。


友軍約二千、敵軍約五千。


数の上では圧倒的に不利だが、砦に籠城しているという優位をもってしてみれば、戦力はほぼ互角と見ていい。むしろ朝廷軍からしてみれば、敵が鬼らしく無闇矢鱈に突撃を繰り返してくれればその都度押し返せるだけの備えは十分にあった。それだけに、いたずらに攻め上らずに兵をまとめて静観している鬼たちが兵士たちにはかえって不気味であった。


朱雀大路の向こう、おそらく鬼の軍勢がいるであろう方向にはただ宵闇が覆うだけで、一点の灯火も見当たらない。鬼たちは夜目も効くのか、こちらからはまるで様子がうかがえない。十二神将たちが偵察の式神を飛ばしても、その詳細までは読み切れなかった。



「惟任、どう出る・・・?」



朱雀門の真正面に仁王立ちする金平がつぶやく。鬼らしからぬこの統率の取れた配陣、金平は間違いなくこれが惟任上総介の指揮によるものだと確信していた。鬼の破壊力に惟任の采配が加わる・・・金平はその事実が途方もなく恐ろしいものに感じた。野獣のごとき鬼たちに兵士としての統率が加算される、まして指揮をするのは他ならぬ「元・鬼狩り」の将なのだ。こちらの手の内は知り尽くされている。


朱雀門砦の総指揮を任された金平は、ぬかりなく四方に十二神将を配し、搦め手からの敵の奇襲に備えた。周囲からの侵入者は一人の討ち漏らしもなく「八門遁甲」の餌食になるだろう。仮に敵がそちらに兵を分散してくれるなら逆に薄手となった中央に堂々と正面突破を仕掛けられる。


最大の急所は、正面に広く伸びた「朱雀大路」そのものだ。幅はゆうに四十間(約70メートル)を超える大道にももちろん柵や堀を建てて簡単には直進できないように施してはある。さらに両脇の建物には衝立を備えた矢口が隙間なく並べられている。たとえ中央突破を試みても、東西から雨あられと降る矢弾によって朱雀門にたどり着くまでにはほぼ兵力を失うことになるだろう。常識的に考えれば、即席とはいえ完成された砦に籠城されてしまえば、落とすのにはその十倍の兵力が必要になるだろう。ましてや、こちらは打って出る必然性もない。ただ守りさえすれば「勝ち」なのである。勝算は十二分にある。だが、それでも金平には不安を拭えなかった。


長い睨み合いが半刻ほど続いた後、朱雀大路の暗闇の向こうから


どん


という太鼓の音が聞こえた。


太鼓の音はゆっくりとリズムを刻み、その鼓動は長い時間をかけて少しずつテンポを上げて来た。テンポが早くなるに連れ、次第にその音がこちらに近づいて来る。まだ砦側からは何が起こっているのか窺い知れない。ただ、何か大勢が地面を踏みつけて移動しているらしき土埃の匂いが風に混じって感じ取られた。


ようやく、砦側の灯りが敵軍の姿をとらえた。


肉眼で確認できた時にはもう遅かった。太鼓の音に乗せて突撃して来たのは、屈強な鬼たちが抱えた巨大な丸太だった。丸太は太鼓のリズムに合わせて加速し、その加速が頂点に達したところでとてつもない速度で撃ち出され、朱雀門砦の正面に突き刺さった。


突き刺さったものの、何重にも柵を張り巡らされた砦は易々と貫通はしない。それでも砦の受けたダメージは大きかった。間髪を容れず次の丸太が撃ち出される太鼓の音が響いた。



「弓隊、鬼どもの足を止めろ!!当たらなくてもいい、とにかく奴らを加速させるな!!」



金平の号令で屋根の上から一斉に無数の矢が飛び交う。鬼たちは全身に矢を受けながらも、次弾の丸太を投げつけた。二撃目はそれでも弓矢による足止めの効果があったのか、さほど加速が上がらず一撃目ほどには深く刺さらなかった。太鼓の音は休みなく続く。



「射て、射て!!くそっ、なんて事考えやがるんだ!!」



まるで手投げの破城槍だ。三度、四度と続けざまに撃ち込まれ、砦はまるで子供が描いた大木の絵のように不恰好な枝を生やしたような姿になった。



「怯むな、この程度の攻撃で砦は落ちねえ!!・・・ん?」



太鼓の音と丸太の襲撃が聞こえなくなると、今度は複数の騎馬が駆ける蹄の音が聞こえた。



「騎馬隊だと!?いや・・・あれは・・・!!」



暗闇から飛び出して来たのは、二本のねじ曲がった角を生やした妖馬だった。三騎・・・五騎・・・七騎の騎士がおよそ普通の馬には出せぬ速度で突進して来る。弓兵たちは慌てて矢を射るが、その早さについて行くことができず通り過ぎた跡に虚しく矢が刺さるだけだった。


騎馬たちは少しも速度を緩める事なく、これまた普通の馬では到底できぬ高さまで跳び上がった。妖馬は先に鬼たちが突き刺した丸太を足がかりにしてさらに一段高く跳躍した。



「!?しまった!初めから『それ』が狙いか!!」



金平が慌てて振り返る。二段飛びに跳ね上がった妖馬たちはさらにもう一段高く飛び上がり、とうとう朱雀門の屋根に到達した。



「待・・・!!」



金平の叫びも虚しく、騎馬たちは易々と朱雀門を飛び越えて大内裏へ侵入を果たした。鬼たちの放った丸太は元より砦を破壊するためではなく、彼女たちを大内裏へ送り込むための「踏み台」にするために撃ち込まれたのだ。



「御陵・・・衛士!!」



金平が歯ぎしりを立てて大内裏へ向かおうとした時、後ろからもう一騎駆けて来る騎士があった。



「てめえ・・・惟任ぅ!!!」



金平は向かって来る騎馬を駆っている女武者の姿を認めて激昂した。馬上の惟任は金平に向かって真っ直ぐ駆けて来る。



「て、めえええええええええ!!!!!!」



すれ違いざまに金平は全身の力を込めて剣鉾を妖馬に振り下ろす。その一撃はまさに一段目の跳躍をしようと高く跳ね上がった妖馬の胴を真っ二つに斬り裂いた。


聞くに耐えないような耳障りな鳴き声とともに妖馬が墜落する。騎上にいた惟任は、斬られた馬の上半身を踏み台にして丸太へ駈け登り、さらに跳躍してあっという間に朱雀門の向こうへ消えていった。その消え行く一瞬に金平は惟任と目が合い、彼女が



「未熟者」



と嘲笑ったのを確かに聞いた。

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