決戦・五条砦 鬼軍、最後の進撃
敵の主力たる薔薇童子が倒れ、鬼の一軍は完全に統制を失い、散り散りとなって十二天将の「八門遁甲」の術の餌食となっていった。こちらも最強の武将である碓井貞景を失ったものの、残る衛士小隊の若武者たちは亡き戦友に劣らぬ勇猛さを見せ、見事鬼たちを各個撃破していった。このまま行けばここ「五条砦」でこの戦の決着がつく……!
「なんだ、あれは……?」
砦の物見櫓から声が響いた。見張り役の男が朱雀大路の南を指差す。見ると、暗闇の大道から、何かが恐るべき速度でこちらに向かって来るのが見て取れた。
一騎、二騎……合わせて八騎の馬が尋常ではない速さで朱雀大路の広い道幅いっぱいに広がって走って来る。揃いの藍染めの綾糸を毛引縅に編んだ鎧を着込み、「巴紋」の旗印を掲げて突進して来る。それは……
「御陵衛士だ……謀反人の御陵衛士が来たぞうっ!!」
そう叫んだ見張り役の喉元にズブリと矢が貫通した。まだ砦までは二町(約218メートルほど)も離れた場所から、馬上の誰かが射った矢は放物線を描くこともなく、全くの直線で暗闇の中にいる見張り役を射落としたのだ。
「夕鶴、赤子、右へ。勇魚、石熊、お前たちは左だ」
先頭の騎士が指示を出すと「御意」という声と共に四騎の騎馬武者が列から離れた。四騎はさらに左右二手に別れ、それぞれが気合と共に馬ごと大路沿いに立ち並ぶ建物の屋根に飛び乗った。
馬は屋根伝いを文字通り飛ぶように駆け抜けていった。普通の馬に出来る芸当ではない。騎乗している馬はどれも巨大で、二本の捻れた角を持ち、まるで下卑た人間の老人のような顔をしていた。
この馬たちもまた異形の化け物だった。
屋根上の四騎は瞬く間に砦前まで殺到し、上から「八門遁甲」の指示を出していた十二天将たちに肉薄した。まず左京右京の最も外側にいた匂陳大将と騰蛇大将が長槍で串刺しにされた。さしもの十二神将たちも流石に屋根の上を馬で駆けて来る者がいようとは思いもよらなかったであろう、一瞬対応が遅れ、なすすべも無く田楽刺しに貫かれた。
「なに!?」
他の場所にいた十二天将はまさかの奇襲に驚きの声をあげた。槍で貫かれた二人は苦悶の表情を上げるでもなく、音も立てずに煙のように消え果て、後には二人が着ていた衣装と、小さな紙製の人形が残された。
「ほ、やはり噂通り晴明の傀儡であったか、他愛もない」
匂陳大将を串刺しにした「夕鶴」と呼ばれた女武者は、すぐさま屋根の上を折り返して次の獲物を求めて妖馬を走らせた。隣の区域を担当していた六合大将はすぐさま大量の式神を飛ばし、御陵衛士の視界を奪おうと陣を張った。
夕鶴は瞬く間に無数の鳥や虫を象った呪符に全身を覆われ、身動きを封じられた。その夕鶴の肩を踏み台にして何者かが高く飛び上がった。一瞬、六合大将がそちらに気を取られ顔を上げた瞬間、無人の妖馬が六合大将に突進し、肩口まで大きく伸びた異様な口を広げてその胴を噛みちぎった。空中に舞った六合大将の上半身を、上空から降下してきた赤子が太刀で真っ二つに切り裂いた。
六合大将もまた、同じように衣装と人形だけを残して霧散した。
「大将!?」
頭上で何が起こっているのかわからない地上の衛士小隊たちは、突然指示が無くなったことで指揮系統に乱れが生じていた。その彼らに、惟任上総介率いる御陵衛士の残り部隊が周囲の建物ごと兵士たちを撫で斬りにして行った。
「こ、これは……!」
自らの傷の手当てを終え、砦に戻ろうとした卜部季春は、事の急変に狼狽した。惟任上総……!まさか、本当に敵の尖兵としてこの都を襲う側になるとは!?教導官として自分たちを厳しく鍛え上げてくれた彼女は、味方としてこれ以上ないほどに頼もしい存在だった。それを今、敵として相対せねばならないということに季春はかつてないほどの恐怖を覚えた。
「子四天王……季春!!」
どこからか季春に呼びかける声がする。
「逃げろ……!本丸へ戻り、最後の戦に備えろ。ここはじき落ちる。だがお前らならば、お前たち『鬼狩り』と、頼義様ならば……」
屋根上からそう語った玄武大将は、後ろから斬りつけた惟任上総介に首を落とされ、無残にも千切れた紙人形に戻って行った。
「汚らわしい。薄汚れた陰陽師の呪いなどに頼るとは、都も地に落ちたものよ」
屋根から飛び降りてきた惟任は季春を見ながら言った。
「さて、どうする季春。男らしく私と一騎打ちでもするか、潔く自害するか?それともまたいつも通り泣きべそかいて逃げるか?隠れるか?思えばお前はいつも逃げてばかりだったな。成人した今もまだその面のように獺のごとく逃げ出すか?」
笑いながら惟任が挑発する。はて、自分の知る惟任上総はこのような下衆な煽りなどするような人間ではなかったが。いや、そうか、すでにこの者は……
「さあ、どうする!?」
惟任が凄む。季春は覚悟を決めて立ち上がる。
「いつまでも臆病者扱いされてはこの卜部季春男が廃るというもの。かくなる上は……いざ!」
季春が右手を高く掲げ、大量の呪符を撒き散らす。落ち葉のようにハラハラと舞い落ちる呪符の雨の中で
「オン アニチヤ マリシエイ ソワカ!!」
と真言を唱えた。その瞬間、音も光も発する事なく、卜部季春は消え失せた。惟任は周囲を見回したが、もはや何処にも季春の気配はない。
「ちっ、摩利支天の隠行離法か。ここにおいてもまだ逃げ出すとは、つくづく臆病者よ。まったく……」
そう言って惟任はニヤリと笑みを浮かべた。
「まったく、頼もしいヤツよ」




