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決戦・五条砦 薔薇(そうび)童子、焔(ほむら)にて送らるるの事

闇夜の砦に薔薇(そうび)童子の絶叫がこだまする。一本目の毒蔓はともかく、二本目のは根元から斬り落とされた。この蔓はもう再生することはあるまい。薔薇(そうび)は初めて目の前にいる「人間」に恐怖した。


藤原(ふじわらの)保昌(やすまさ)……?あの男はそう言ったか?薔薇(そうび)にはその名にいやというほど覚えがあった。


藤原日向守保昌……源頼光と並び称される当代無双の武人である。他でもない、頼光らと共に「御方様」である酒呑童子の首をその愛刀「岩切」でもって斬り落とした張本人として、薔薇(そうび)には忘れようにも忘れられぬ仇敵の名だった。



「なるほど、あの男も一枚かんでいたとはな……そうか、知っていたのか、待っていたのか、我らが再び蘇り、この都に仇なすことを!!」


「そうだ、我が師は貴様らを葬った二十年前の時点ですでにこの日があることを予見しておられた。そして、この日のために鍛え上げられたのがこの俺よ、この碓井貞景は貴様ら鬼どもを殲滅するためだけに生み出された最終決戦兵器と知れ!!」



貞景が三本目の毒蔓を斬り落とす。勝てない!この男には敵わない!!薔薇(そうび)童子は恥も外聞もなく無様に逃げ回って必死に距離をとった。


無人となった大宮大路に、鬼と人とが向かい合う。



「見事、見事なものじゃ。人の身でありながらようそこまで練り上げたものよ。貴様のその修練のほど、敵ながら賞賛に値するぞ。だがなあ、それでも足りぬ、それでも負けぬ。わしは貴様ら人間を一人残らず殺しつくすまで、絶対に死なん、絶対にだ!!」



薔薇(そうび)童子が血の涙を流しながら吠える。全身から噴出するその憎悪のあまりの凄まじさに、貞景の足が一瞬止まったほどである。



「鬼、鬼よ……それほどまでにヒトが憎いか」


「憎い!憎い憎い憎い憎い憎い!!」


「なぜだ?何がお前をそうまでさせた?お前を鬼にしたものは何だ!?」


「わしを鬼にした原因だと?貴様、それを聞くか!?わしを鬼に落とした張本人であるヒトがそれを問うか!?」


「我らが、貴様を鬼にしたと?」



貞景の問いに鬼は毒蔓の一撃で応える。貞景は難なく避けたが、薔薇(そうび)も威嚇だけでそれ以上の深追いはしなかった。



「わしはな、()()()よ……わしもかつては普通の人間だった。普通の、どこにでもいる娘っ子だった。だが、ある日唐突に両親が死んだ。流行り病だった。すぐに兄弟もみな同じ病で死んだ。引き取られた祖父の家でもみな流行り病で死んだ。その次も、そのまた次でも、わしに関わる者はみな死んでいった。いつもわし一人が生き残った」



薔薇(そうび)童子が目を伏せて訥々(とつとつ)と己の過去を語る。その一言一言に呪詛を込めるように、ゆっくりと、ゆっくりと。



「村の者はみんなしてわしを袋叩きにして追い出した。どこの村に行っても、どこの寺を訪ねても、わしを救ってくれる者はいなかった。わしを守ってくれる者はいなかった……!ただ一人、御方様だけがわしに触れてくれた!『お前の毒はこの世で一つしかない、お前だけのものだ。お前の毒は美しい』と、そうおっしゃってくれた!だからわしは鬼になった!、わしはこの身の全てを御方様に捧げる、御方様の望む世界を、貴様らを皆殺しにして作り上げるのじゃ!!」



薔薇(そうび)の毒蔓が貞景を打つ、打つ、打つ。貞景はその襲撃のことごとくをかわしながら鬼の少女に憐みの眼を向けた。



「愚かな、そして哀れな奴。貴様がヒトである内に誰か一人でも貴様を抱きしめてくれる腕があったなら、その運命も違ったであろうに……」


「死ね、死ね、死ね、死ねえええええ!!!!」


「わかった、もはや俺は貴様を憎みはすまい。せめて……」



貞景の必殺の一撃が残った毒蔓もろとも薔薇(そうび)童子を袈裟懸けに斬り裂いた。



「せめて、これ以上ヒトを憎まなくて済むよう、その禍根を断つ……!」



薔薇(そうび)童子はその場で力なく崩れ落ちる。残っていた毒蔓も主の死と共に地面に投げ出された。どす黒い血しぶきが噴水のように噴き上がる。



南無(なむ)八幡(はちまん)大菩薩(だいぼさつ)……願わくばこの者に魂の安らぎを」



貞景は薔薇(そうび)の亡骸に向かって一礼した後、くるりと背を向けて砦に戻ろうとした。そして……突然大量のどす黒い血を吐いた。



「……!?ぐっ、ぐふっ!!」



貞景が苦悶にのたうち回る。遠のいていく意識の向こうで、誰かが高らかに笑っていた。



「ぎゃはははは、我が息は毒、牙も毒、流れる血もまた毒よ。我が血を受けた貴様にもはや生き残るすべはない!!たっ、魂の安らぎだとう!?憎しみの禍根を断つだとう!?否、否、否!わしは死なぬ!!たとえこの身は朽ち果てようとも、我が恨み我が憎しみはこの地に毒となりとどまりて永久(とこしえ)にヒトを呪い続けようぞ!我が毒は死なず、我が憎しみは死なず!!」



もはや肉塊と化した薔薇(そうび)童子が呪いの言葉を吐き続ける。貞景は目から、口から、鼻から、あらゆる器官から血を噴き出して悶絶した。


そしてその最中であってさえも、なお貞景は最後の力を振り絞って薔薇(そうび)童子の肩をつかんだ。



「かかか、いまさら何を(あらが)う人間、そのまま苦しみぬいて死ね!!」


「抗うさ……人間、だからなあ!」



貞景はそう言いながら、いつの間にか手にしていた篝火(かがりび)用の松明を自らの体にかざし、火をつけた。



「貴様、何を……!?」


「昔から……病毒を滅却するにはこれが一番よなあ」



貞景は最後にニヤリと笑うと、懐から出した素焼きの陶製の球を地面にたたきつけた。その瞬間、辺り一面が真っ白な光に包まれ、高温と爆風が四方に猛烈な勢いで広がった。


それは以前、薔薇(そうび)童子の毒に侵された住吉大社を焼き払う時に卜部季春が用意した陰陽寮特性の爆薬だった。古代より仙道士たちは自分たちが研究していた「練丹術(れんたんじゅつ)」と呼ばれる不老不死の薬を求める研究の一つの結果として、硫黄と硝石を化合することによって生じる急速な燃焼効果をいち早く発見していた。その術は空海ら入唐僧(にっとうそう)の手によってこの国にももたらされ、陰陽寮において更なる独自の発展を遂げるに至った。


秘伝の爆薬は内包した金属粉を燃やし、通常では得られないような高温の炎を作って薔薇(そうび)童子の全身を焼きつくした。



「ぐが……死なぬ、死なぬうう!!!ここでは、このままでは死ねぬ!一人でも多く、人間を……」



貞景の肉体は一瞬のうちに蒸発するかのように燃え尽きた。その炎に焼かれながら、薔薇(そうび)童子はなおも呪詛の言葉をまき散らし続ける。その鬼の頭上に、どこからともなく何かが振り注がれた。


「それ」は鬼を焼く炎に触れるとたちまち爆発的な熱と光を生み出し、薔薇(そうび)童子に最後のとどめを刺した。断末魔まで呪詛の言葉を吐き続けた鬼は、ついに真っ黒な炭の粉と化し、それもまた一瞬で燃え尽きた。


手に持っていたありったけの爆薬を薔薇(そうび)童子に叩き込み、真っ白な炎の中で崩れ落ちていく鬼の最期を見届けながら、瓦礫から這い出てきた卜部季春が血まみれになった額をぬぐいながらつぶやいた。



「貞景ェ……莫迦(ばか)野郎、貞景のやつ、死んじまいやがって……莫迦野郎……!」



すべてを焼き尽くし、沸騰して泡立つ地面に、柄まで燃え尽きた「岩切」の刀身だけが、碓井貞景を弔う墓標のように突き刺さっていた。

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