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決戦・五条砦 碓井貞景、存分に剣を振るうの事

卜部季春が立っていた二階建ての商家が轟音を立てて倒壊する。突然起こった事態に、地上にいた非戦闘員の住民たちは状況が把握できず、蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げ出した。その住民たちを太い鞭のような何かが薙ぎ払った。住民たちは派手に吹き飛び、周囲の民家に叩きつけられた。



「なな、なんじゃあ!?」



被害を免れた他の住民が救助のために篝火を集めて倒壊現場を照らす。そこには、太い蔓が幾重にも巻きついて螺旋の柱のようになった「何か」が、松明の明かりに照らされてゆらゆらとその姿を見せていた。


その蔓の束がするすると解けていき、まるで海月(くらげ)の触毛のようにゆっくりと開くと、その中心には前髪を切りそろえた禿(かぶろ)頭の少女が蔓を台座にして座っていた。



「むう、調子に乗るなよ人間ども。小賢しい細工でこの薔薇(そうび)を足止めできると思うたか!」



言うや、薔薇(そうび)童子は自らの体の一部である六本の毒蔓を鞭のようにしならせ、住民たちが押さえていた門に叩きつけた。門は大きな音を立てて後ろへ弾き飛ばされる。裏で門を支えていた男たちは渾身の力を込めて踏ん張ったが、二度目の攻撃で門もろともバラバラに吹き飛ばされてしまった。



「門で道を塞ぐならばこの蔓が全てを薙ぎ払うまで。人が我が前に立ち塞がるならば……この毒が貴様らを侵すまで!!」



男の一人に薔薇(そうび)童子の毒蔓が巻きついた。すると男の顔はたちまち青黒く染まり、腫れ上がった舌を飛び出させて死んだ。それを見た他の住民たちは恐慌に駆られ、我先にと毒蔓から離れようと駆け出した。


その逃げる先々で、待ち構えていた鬼たちが住民を頭から齧り、首を掻き切り、腹に爪を立てて内臓にかぶりついた。



「てめえらよくも!!ブチ殺す!!!」



攻撃部隊として屋根上で弓矢を(つが)えて待機していた衛士小隊の若者のたちが階下の惨状を見るに見かねて飛び降りた。衛士たちは太刀を抜いて襲いかかる鬼を叩き斬り、住民たちを逃がしながら地上で応戦を始めた。


その衛士たちをめがけて再び薔薇(そうび)の毒蔓が襲う。衛士たちは三人一組となって一本の毒蔓に相対し、その攻撃をかわしながら必死になって剣や槍を打ち込んだ。



「下の者、北へ、大宮大路からそのまま五条の砦まで逃げよ!まだ『生門(しょうもん)』が開いておる。そこまで逃げおおせれば助かるぞ!慌てるな、大宮大路担当の者は東西の門を塞げ、皆を北に逃がすぞ!!」



季春がやられて奇門遁甲の空白地帯となった部分を支援するために、右京区で指示をしていた十二天将の一人、玄武大将が左京区まで屋根を飛び移って来た。玄武大将は手にした羅盤(らばん)(方位表)を見ながら下にいる者たちに避難先を告げる。



「武器を持たぬ者は先に逃げろ、野郎ども、鬼どもを近づけさせるなよ!!」



衛士小隊の隊長らしき男が自ら殿(しんがり)を務めながら指示を飛ばす。その男の頭の上に薔薇(そうび)の毒蔓が容赦なく叩きつけられた。



「ははは、逃げろ逃げろ。どこまで逃げても行き着く先は無間地獄よ、恐怖と絶望を存分に味わってから死ねい、人間ども!!」



必死に逃げる人間たちを鬼たちが休む事なく追いかけ続ける。鬼たちの集団は人間の血と肉を欲して次々と人間たちが逃げていった闇の中に消えていった。


暗闇の中で絶叫と断末魔の息ごえが幾重にも響き渡る。それでも鬼たちは次々と闇の中に血を求めて殺到する。その姿と絶叫を一身に浴びて、薔薇(そうび)童子は愉悦の笑みを浮かべる。



「くくく、死ね、死ね、死ね。男も死ね、女も死ね。貴人も流人も老いも若きも、人は皆ことごとく死ね、死んでこの薔薇(そうび)の養分となるが良い。最後の、一匹に至るまでなあ!!」



薔薇(そうび)童子は蔓の台座の上で高らかに笑う。その彼女の元に暗闇の向こうから何かが投げつけられた。薔薇(そうび)がそれを蔓の一本で弾き飛ばすと、それは今切り落とされたばかりの鬼の首だった。



「んあ?」



薔薇(そうび)童子が(いぶか)しんでいると、暗闇の向こうに殺到していた鬼たちがなぜかジリジリと後退してきた。やがて鬼たちは何かに怯えながら暗闇の方からこちらに向かって逃げ出し始めた。



「死ね?死ねだと?」



暗闇の中から何者かが声をかけた。



「ここが無間地獄だと?なるほど鬼には事欠かぬなあ。だがな、これ以上ここを地獄にはさせぬ、貴様らこそ……本当の地獄に帰るが良い、鬼ども!!」



暗闇の奥底から、碓井貞景が飛び出してきて数匹の鬼たちを一息に斬り伏せた。



「ここから先は通行止だ。他を当たれ。もっとも、貴様らの行く道は黄泉路(よみじ)一本よ!!」



東西の道をふさがれ、南北一本道となった大宮大路を貞景が小薙刀を振り回しながら突進して来る。その動きには一切の無駄がなく、最短の距離を、最適な力量で刃を走らせる。何十、何百と押し寄せる鬼の襲撃に、貞景は全く臆することもなく、真正面からこれに立ち向かい、見事に鬼ども蹴散らしている。獣の闘争本能のままに襲いかかっていた鬼たちは、貞景の()()()()()圧倒的な剣技にまるで太刀打ちできずになます切りにされていった。



「十二天将、他は無事か!?」



貞景は屋根上の玄武大将に問いかける。



「今のところは持ちこたえておる。ただ卜部季春の行方がわからぬ。あの崩壊した屋の真下に落ちたでな、おそらく……」


「季春、死んだか……くそっ、鬼どもめえっ!!」



貞景が絶叫する。その頭上に薔薇(そうび)の毒蔓が襲いかかる。貞景はその攻撃を正面から弾き返し、跳ね返った蔓に逃さず追撃の一頭を振る舞った。



「ぐぎゃっ!!」



蔓の一本を切り落とされて薔薇(そうび)童子の顔が苦悶に歪んだ。どうやら人の腕と同じで、あの蔓にも神経が行き届いているらしく、斬られれば同じように痛いものと見える。



莫迦(ばか)な!?わしの蔓を切り落とすなど!?」


「我が武器をそこらの鈍刀(なまくら)と思うなよ。我が師、藤原(ふじわらの)保昌(やすまさ)公より受け継ぎし『岩切(いわきり)』の小薙刀、その切れ味を存分に味わうが良い。そして地獄で竹綱と季春に詫びろ、鬼よ!!」



貞景の絶叫と共に、二本目の毒蔓が叩き切られた。

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