決戦・羅城門前 羅城門、陥落するの事
羅城門前における緒戦の趨勢はほぼ決していた。堀を埋め尽くす炎の壁はいまだ高く燃え盛って後続の鬼の侵入を遮ってはいるが、それも時間の問題だろう。
それでも、生き残った渡辺党の戦士たちは指揮官を失ってもなおその場に留まり最後の抵抗を見せていた。
物見の高台の上では、弓隊を指揮した第三艦隊頭目の佐伯末永が、主人である渡辺竹綱の首を取らせまいと、その亡骸を守りながら孤軍奮闘していた。
「鬼どもおっ!この佐伯末永の目の黒いうちは、若には指一本触れさせんぞおっ!!」
両手に二刀を携えて四方から押し寄せる鬼たちに、老臣は最後の抵抗を見せていた。
その老臣のもとに、炎の壁の向こうから何者かが飛び込んできた。紅蓮の炎に炙られ、その身も真っ赤に焼けているのを意にも介さず、その者はひとっ飛びに高台の上まで到達した。
「茨木……死んだか」
燃え移った炎をはたき落としながら、惟任上総介が言った。
「ふん、独断専行で勝手に飛び出した挙げ句そのザマか。私が苦労して訓練した兵をあたら無駄に潰しおって。所詮は獣よな。ヒトには……勝てぬ」
続いて惟任は座したまま息絶えている渡辺竹綱の遺骸に目をやった。
「竹綱、初陣にしては良き采配であったな。『盾の女』どもはともかく、鬼の軍までこれほど数を減らされるとは思わなんだぞ。此度の戦、第一の殊勲は紛れもなくお前だ竹綱。まったく……」
惟任が竹綱の亡骸を蹴り飛ばす。
「忌々しいほどになあ!!」
惟任の目が爛々と燃えている。若輩の竹綱にまんまと嵌められて多くの兵力を削がれた事、その手にむざむざと落ちた鬼どもの不甲斐なさとで、惟任は怒りを抑えることができなかった。
「貴っ様あああ!!」
末永が吼える。主人を足蹴にされたことで一気に怒りが頂点に達した末永は片方の太刀を投げ捨て、両手持ちで残りの太刀を構えた。
「貴様は許さん!!この渡辺党第五艦隊頭目佐伯の……」
末永が名乗りを終わるより早く、惟任の太刀が唐竹割りに老臣を頭から真っ二つに両断した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「天空、大裳との連絡が途絶えましたな」
頼義の側にいた陰陽師十二天将の一人、貴人大将が報告した。頼義は大内裏の中央、朝堂院の講堂に左大臣藤原道長ら重臣たちと共に朝廷最後の砦として立てこもっている。この本丸が破られた時、神代より続いた倭の国は滅びるのだ。頼義は貴人大将の報告を受けて状況を確認した。
「それはつまり、羅城門が突破された……ということですね?」
「然り。白虎大将が残り状況を伝えてくれます。当初の作戦通り、武綱どの率いる渡辺党は堀に火を放ち、炎の壁とすることで敵軍を分断することには成功した模様。ですが……」
貴人大将は言葉を詰まらせる。覆面の上からはその表情は読み取れないが、言葉遣いからもその先の意味は読める。
「わかりました。羅城門砦は放棄します。生き残った者は六条砦まで退避を。碓井貞景隊に連絡、次の作戦に移ります」
「御意」
二人のやりとりを聞きながら、重臣たちは不安な面持ちで互いの顔を見合わせた。鬼たちはすぐそこまで迫ってきている。見つかればたちまち生きたまま八つ裂きにされて生きたままかじり殺される……!講堂の中に鬱蒼とした恐怖の気が蔓延した。
「お姉ちゃん……」
道長の子、左兵衛少将頼通が不安そうな顔で頼義の袖を掴む。今まで気丈に振る舞ってはいたが、そこはまだ十ばかりの少年である。迫りくる恐怖に頼通は怯えていた。
「大丈夫ですよ若さま。私の部下たちは必ずや鬼どもを誅戮いたします」
頼義は少年の手を握り、優しく言った。先の報告で渡辺竹綱が討ち死にしたことは読み取れた。意外にも頼義はその「死」を冷静にすんなりと受け入れられた。これが戦なのだ。始まれば必ず誰かが死に、誰かが泣く。その一人一人の「死」と「悲しみ」を全て一身に背負うのが大将の務めなのだ。
頼義は少年の手を離し、すっと立ち上がると、講堂の外へ歩み出ようとした。
「いずこへ参られる左近どの」
その行く手を貴人大将が遮る。
「前線へ」
頼義はこともなげに答える。
「なりませぬ。そなたは御大将。みだりに本丸を動かれては今後の作戦の差し障りが出ます」
「参ります」
「ならぬ」
押し問答が始まった。貴人大将は頼義がなぜ突然前線へ打って出るなどと言い出したのか、その真意を測りかねていた。もし迂闊に酒呑童子と邂逅し、その目を見られてしまったら……貴人大将は主人安倍晴明より受けた命令を思い浮かべた。
「どうしても参るというのであれば、殿、御免……!」
貴人大将が腰に差した懐剣に手をかける。
「私は、参ります」
頼義が大きく目を見開く。その目をまともに見た貴人大将は一瞬身を岩のように固くし、身を震わせると
「は、い……頼義様、全ては頼義様の御心のままに……」
と言って、頼義に付き従って朝堂院の正門を後にした。そのやりとりを見ていた道長たちは、狐につままれたようにポカンとした顔で、二人の出て行くのをただ見守るばかりだった。
(行かねば、私自らが前線に立って皆を鼓舞せねば)
頼義は唇を固く噛んだ。
(それに……)
その唇の端がキュッと釣り上がる。
(ソウシナケレバ、アノ方ノ瞳デ見ツメテモラエナイモノ……)




